異質感
見た目も味もコーヒーそのものの『黒豆煮』という物が出され、机の上には『ビュルスー』という名の三角の形をした、赤と緑と白のマカロンの様なお菓子を盛り付けた器が置かれていた。
光利は黒豆煮を飲んだ。口当たりが良く、しっとりとしているがしつこくなく、味が口の中に残らない。ピュルスーは白いのを一つ取り上げ少し口に含んだ。ミルクの様な味わいで甘味が強い。黒豆煮とは相性が良い。
ガルティックの方を見ると、黒豆煮をゆっくりと口に含んでおり、その後実に苦そうに顔をしかめていた。彼と同じように少女を見ていたルーアンが軽く笑いつつ、銀の容器を手に取ろうとすると、後ろからマルが、
「私がやりますよ」
そう言って銀の容器を持ってその蓋を開ける。
「ありがとう」
ルーアンの感謝に小さく頭を下げつつ、容器に挿してある細長いスプーンで、中から粘り気のある液体を一掬いして、ガルティックの黒豆煮の器に入れた。少女は器を口に持って行って、また一口含んだ。
「どうですか?」
「……うん。美味しい」ガルティックは笑顔でマルの方を向いて言った。
「良かったです」
マルは容器に蓋を被せる。
「──いかがでしょう、リュナ様」ググルスが言った。「黒豆煮は黒豆を、専門店の『ガンター』から入荷してすぐこちらに届けるようにさせています。ビュルスーの方も、『ポルーロ』から取り寄せた物です」
ググルスの言葉を聞きつつ、軽く黒豆煮を味わったリュナウィッシュは、
「……確かに、この味はそうですね。私もよくお世話になっていました」
ググルスは感に堪えたような顔つきをして、
「流石は名店です。本当に素晴らしい」
「……味が落ちたとか言ってたくせに」
「何か言ったか?」
ルイが小声で呟いたのを聞きとがめたググルスが、鋭く問い掛けた。
「いえ~、何でもないですよ~」ルイは飄々と答え、「ところで、改めて今日はどのようなご用件で来られたんですか?」
「ん? あぁ……」リグリストは器を置いて、「まずはそうだな……ググルス。リュナ様がここにいるという事は、どういうことかおおよそ察しはつくんじゃないか?」
「貴様は相変わらず気取った話し方をするな」ググルスは言った。「無論、リュナ様がバグテリス討伐の為に動いているという話しは聞いていた……ところで、貴様の方も、捕まっていたという噂を聞いていたが?」
「ググルス様」
ググルスのその皮肉と嫌味の問い掛けをたしなめる様に、マルが口をはさんだ。ググルスは彼女を睨んだ。
「構わんよ、マル」リグリストが言った。「いかにも。私はバグテリス側の連中に捕らえられていた。それを救ってくださったのがリュナ様達だった。ググルス。リュナ様らはお前の言った通り、バグテリス討伐の為の旅をしているのだ。私の提案は、その旅にお前達も同行してくれないかという事だ」
「……私達もですか?」
ルイが問い掛けた。
「その通りだ」リグリストが答えた。「ググルスは元より、私は君達の実力にも相応の信頼を置いている。可能な限り、戦力は多い方が良い。無論、君達が良ければではあるが」
リグリストとの言葉を聞いた二人は、互いに目を見交わした。
「……二人を連れて行くのは構わん」ググルスが言った。「そしてまた、俺もついて行くことには何のやぶさかもない。他ならぬリュナ様の為だ。それだけで、断る理由がすべてなくなる。その上でだ──」
ググルスは、芝居がかった鷹揚さを持って胸を張りつつ、光利の方を見た。肘乗せに両手を乗せ、右手を口の前に持ってきていた光利は、彼と目が合うと、それに反応するように一瞬だけ目蓋を上げた。ググルスは胡散臭そうな顔をして、光利に人差し指を指すと、
「この男は何者だ?」
「……聖光利という男だ」
リグリストの答えに、当初こそ小さく頷いたググルスだったが、それ以上何の説明もなされそうにないことにいら立ちを募らせ、
「……名前だけ教えて終わりか? 貴様は俺が何を聞こうとしているのか察せなくなるくらいにここが鈍ったのか?」
頭を指さしながら、ググルスは苛立たしそうに言った。
「説明としてなかなか難しいのだ」リグリストは言った。「私も良く理解できているわけでは無い……しかし、『異質な存在』であることは察しているんだろ? そのつもりで聞いてほしい。この男は別の世界から来た男だ」
「別の世界……?」
ルイが問い掛ける様に呟いて、マルと顔を見合わせる。
「彼にとっては、この世界こそ異世界という事になるそうですけどね」
リュナウィッシュはそう言って、そっと黒豆煮を啜る。
ググルスは光利の方に、睨むようにして目を向ける。
リグリストの説明は、確かに意味がよく分からない。別世界とはどういうわけなのか。それだけで、ググルスにとっての光利への不信感は、より大きなものになるはずだった。
しかし、リグリストの言葉に納得が出来ないまでも、その感覚を通じて理解できる気がした。少なくともググルスは光利に、言葉にし難い異質性を感じていた。別の世界から来たという情報は、彼の中で驚くほどしっくり来ていた。
そのしっくりくる感覚と、それでいて未だ納得の出来ずにいる気持ちがせめぎ合い、煩悶とした表情を浮かべた。机に右の肘をついて、人差し指の第二関節で軽く額を叩きながらしばし考えた後、
「とりあえずはその説明で納得はしよう」ググルスは言った。「しかし、そんな得体のしれない人間が信用できるのか?」
「それは彼がここまで、リュナ様と共にしたという理由だけでは不充分か?」リグリストは答えた。「私は、ラウル・バグス・バ・バと戦っている時の彼の姿を見ている。出会ってそう時間も経っていないから、何もかも信じるとまでは言わん。しかし、少なくとも彼の実力は本物だよ」
「……」
ググルスはまた考える。
彼にとっては甚だ不愉快なことではあるが、リグリストの物を見る目が確かであることは彼の認める所だった。そしてまた、優しくはあるが甘くはない。取り立てて厳しい物言いをするわけでは無いが、容易く褒めはしないし、良い点も悪い点もしっかり見極めたうえで評価を与える。
彼がここまで言うことについては、やはり考慮に入れなければならない。何より、彼の言った通り、光利はリュナウィッシュと旅をしているのである。そんな男を無下にすることは、彼にはできかねた。
「……そもそもだ」ググルスは光利の方を向いて、「何故お前はリュナ様と共に旅をしようと決意したのだ。どういう理由があっての事だ? この世界に来る前に何をしていたのだ? どうやって戦っているのだ? その元の世界とやらではどういう生活をしていたのだ」
ググルスは矢継ぎ早にそう問い掛けた。如何に不審に思っている相手とは言え、初対面の相手にここまで不遜な物言いと言葉遣いが出来ることに光利は逆に感心した。
「リュナ様から依頼を受けたんだ」光利は答えた。「俺としても、全く知りもしない世界で一人放られてはどうしていいかも分からない。だから皇王様からの直々の依頼は、俺にとってもありがたいものだった。喉の渇いている時に湖のある場所まで連れて行ってくれると言われた気分だったよ」
「決して敬意からの物では無いんだな?」ググルスは目を細めつつ、少し前のめりになって聞いた。
「……初対面の相手、特に今の今まで名前も知らなかった相手に、あんたの言うような敬意を持っているとはあえて言わない」光利は言った。「しかし、俺なりの敬意なら抱いているつもりではあるよ。国の為に自らの足で旅を続けているんだ。ご立派な姿だとは思うよ」
光利はまっすぐ、ググルスの目を見据えながら、真面目な口調でそう言った。その静かながらも堂々とした彼の姿は、ググルスの癪に僅かに障った。
「戦法は?」ググルスは言った。「どう戦っている? 腕力か? 魔術か?」
問われた光利は少し考えた後、
「上着にあるんだ。取りに行っても?」