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死に際の殺し屋は、異世界で皇王と出会った  作者: 玲島和哲
ヌディーリ
77/100

硬貨

 夕食は、リグリストが薬の材料と一緒に買ってきた食材を使って用意された。全員はそれでそれを食べた後、それぞれ風呂にも入り、そのまま早めの就寝に向かった。リグリストは光利と共に、リュナウィッシュから身代を勧められたのを断って、用意してもらった毛布にくるまって眠った。


 翌日、真っ先に起きたのはリグリストだった。夜明け前の目覚めで、皆の眠りを妨げぬよう、窓辺によってじっと、木の枠を少し開き、誰もいない外を眺めていた。そして、日が差し始めた時、


「──調子はどうだい?」


 声のした方を向けると、目覚めた光利が毛布にくるまったまま、彼の方を見ていた。


「だいぶ調子が戻ってきた」


「そうかい」


 外面からでは、彼の調子を判断するのは困難だった。とりあえず、光利は彼の答えを信じることにした。その時、ベッドの方から音がしたので目を向けると、リュナウィッシュとルーアンも起き出していた。


 ルーアンは比較的しっかりしているが、リュナウィッシュはまだ結構眠そうだった。ぼんやり光利達の方を見ながら、


「……おはようございます。お二人とも」


 夢うつつのまま、少しぽやぽやした調子で、リュナウィッシュは二人に声をかけた。二人はそれぞれ答えた後、リグリストはルーアンの方を向いて、


「調子はどうかな?」


「そうですね……」ルーアンは少し、右手を回して、首を二度ほど横に動かすと、「特にこれということは。もしかしたら、違和感があるかもしれないという状態ってくらいというか……少し、表現が曖昧ですね」


 ルーアンが笑いながら言った。対してリグリストは、


「身体の違和感は魔力の影響によるものだ。動くのに特に負担がないのであれば、快癒に向かっているということでもある。何かあれば、すぐに知らせてほしい」


「分かりました」


 そう言いつつ、ルーアンはベッドから立ち上がった。


 ──ガルティックが起きてきたのは、リグリストが朝食を作り終えてからだった。作っている最中も結構な音を立てていたので、その時起きるかとも思われたが、少女は健康的にぐっすりだった。


「よく眠れましたか?」


「う~ん……はい!」


 眠そうに目をこすり、未だ惚けたようにぼんやりしていたガルティックは、問うてきたのがリュナウィッシュであることを遅れて認識した後、声を張り上げて丁寧な返事を返した。皇王は、そんな彼女を可笑しそうに見ていた。


 朝食は、昨日のリグリストが薬の材料と共に買ってきた物を、ほとんど使っての食事だった。


 食パンにジャム、サラダ、スープ、目玉焼きという並びであった。光利にとっても見慣れたものであったが、それぞれの名前はやはりアマルサス独自のものになっていた。彼はルーアンに、それぞれの生を聞いた。


 食パンは『平柔麦』──パンの事は『柔麦』という──、ジャムは『甘塗』、サラダは『野菜盛り』、スープは『汁』と呼ばれている。


 リグリストは、そんな二人の会話を聞きながら、


「そういえば、まだ君の事を聞いていなかったな」


 その言葉を皮切りに、光利はリグリストに対し、自らの事をおおまかに語った。内容は、概ねルーアンに話したことで、時折リュナウィッシュやガルティック、ルーアンから補足で説明が入った。


 常軌を逸しているともいえる内容を、リグリストは平然と聞き終え、さも当然の如く受け入れた。


「驚かないんだな」


 リグリストの態度に、光利は問い掛けた。


「様々なことが起こり過ぎたし……」リグリストは平柔麦に甘塗を塗って食した後、「何より、君からは……なんと言おうか……異質な感じがしたのでな」


「異質な感じってのは?」


「正直、勘みたいなものだよ」リグリストは答えた。「具体的には言い切れん。何か明確に、説明できるものがあると感じ取ったというわけでは無い」


 それから、リグリストは光利から軽く、彼の世界の文化や言語に関することを尋ねた。朝食を終えた後少しの間まで、やり取りは続いた。


 朝食の後片付けは、光利とガルティックが皿を持っていき、リグリストが水で洗った。食器は宿の物で、使用後は綺麗にするのが規則なのだ。


 その後は宿を出るための準備と部屋の片づけを行う。持ち物はほとんどリングルに入れて持っていくため、特に大きな荷物は無い。片付けの後の着替えは、光利とリグリストが簡単に済ませて出て行った後、女性陣も即座に着替えを行った。


 リグリストが、昨日作ってまだたくさん残っているルーアン用の薬を手にした時、ガルティックが心底嫌そうな顔をして体を震わしていた。たまたま見ていた光利は、それを見て少しだけ笑い、少女の頭に軽く手を乗せた。


 光利達は宿の受付まで出向いた。宿泊料を支払い終えると、リュナウィッシュは今回の件の事で、感謝と謝意をそれぞれ伝えた。


「この宿の損害に対する賠償や保証は、私の方で手続きを取っておきます」リュナウィッシュは、店主と向き合ってそう言った。「もし何かあれば、使いの者もいますので、気兼ねなく伝えてください」


「そこまで気を使っていただく必要はありません」宿主が答えた。「事情は把握しているつもりです」

 宿主は、緊張しながらも毅然とした調子で言った。


「……この宿では、気持ちよく数日を過ごさせていただきました」リュナウィッシュは、少し考えた後言った。「そのことに、敬意と感謝を残したいという気持ちもあるのです。思うところはあるかもしれませんが、出来ることなら、何も言わずに受け取ってもらえないでしょうか」


「……」


 宿主は、リュナウィッシュのこの言葉に何も言い返さなかった。少し躊躇した後、


「分かりました。ありがとうございます」宿主はにこやかにそう言った後、「それから伝言ですが、宿の外に馬車が来ているそうで、町にはそれに乗ってほしいということです。それから……」宿主は、ポケットから小さな紙を取り出して、皇王に差し出して。「これを渡してほしいと言われました」


 リュナウィッシュは宿主から紙を受け取った。光利は、リュナウィッシュと彼女の持ったものをそれぞれ見比べる。髪には何も書かれていない。しかし、彼女の平静な様子から、受け取った白い髪が何か分かっているようだった。


 リュナウィッシュは、その紙にそっと左手の掌を向ける。少しすると、紙に薄っすら、翡翠色の線を引いて書かれた何かが浮かび上がってきて、それは次第に濃くなっていく。それは横を向いた人の顔の形だった。


 それを見た皇王は静かに微笑み、左手を下ろした。紙から線が消え、元の白紙に戻った。リュナウィッシュは宿主の方を向いた。


「ありがとうございます」そう言って、リュナウィッシュは光利達の方を向いて、「『彼ら』が用意してくれた、安全な馬車です」


 皇王の言う『彼ら』が、フェイズの面々であることは、その場の誰もがすぐ分かった。


「それでは、それに乗っていきましょう」


「ですね」


 リグリストの言葉に、リュナウィッシュがそう同意した。そして、リュナウィッシュが改めて宿主に感謝を述べ、ルーアン、ガルティック、リグリストが小さく頭を下げ、光利は被っている中折れ帽子のツバを軽く上下に動かして感謝の意を示し、宿を出て行った。


 外に出てすぐ近くの馬車乗場に用意された馬車に近付いている間、ルーアンはふと、光利が何かを考えている風なのを見て取った。


「どうした?」


 問われたことが予想外ということを表すように、光利はルーアンの方を見た。


「……いや、大したことじゃないんだ」光利は肩を軽く竦めて答えた。「さっきの紙に浮かび上がった奴、どこかで見た気がするなと思ってな。軽く気になったんだ」


 光利はそう言って微笑んだ。


「──光利」


 声のした方を見ると、少し前を歩いていたリグリストがその親指で何かを親指ではじいた。高々と飛んだそれを目で追いつつ、光利は落ちて来るそれを両手でキャッチした。見ると、それは硬貨だった。そこには、光利が見た気がするといった、紙に現れたのと同じ構図の物が刻まれていた。


 光利は、ガルティックとの買い物の際に、まさしくこの類の硬貨を受け取ったことを思い出した。特に意識していなかったため、記憶の片隅に追いやられていたのである。


 彼はそれをルーアンに見せ、再度またリグリストの方を向いた。丁度馬車に辿り着き、ガルティック、リュナウィッシュの後に乗ろうとしたリグリストもまた、光利の方を振り返って見ていた。光利は笑って、


「感謝するよ」


 そう言って光利が硬貨を差し出すと、


「そのまま持っておけ」リグリストは言った。「小遣いだ」


 そう言って、馬車の中に乗り込んだ。


 光利は硬貨を差し出したまま、少しばかり呆然とし、ルーアンの方を見た。ルーアンは何も言わず、代わりに彼に微笑み返し、一足先に馬車に近付き乗り込んだ。


 光利は硬貨を手の中に収め、


「ありがたいね。童心に帰った気分だ」


 少し皮肉っぽく微笑みながらそう呟いて、その手をコートのポケットに入れて馬車に近付き乗り込んだ。少しして、馬車は動き出した。

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