アマルサス
光利は、自らが現れたこの国の名前を『アマルサス』だと教えてもらい、『リュナウィッシュ・ファムアート』は、この国における第百三十代皇王だと紹介された。
この国の歴史は、彼女の先祖である初代ファムアートが率いた一団によって、魔力による魔術が編み出されて始まったと言って良い。
長い年月においてその広大な大地には、それぞれの場所に住む人々がその地における自然などを用いて、細々と生活を送っていた。いわば、アマルサスにおける原始時代といえる時代である。
魔力の生成はいかにしてなされたかは、いくつか説がある。一つは、初代ファムアートが生まれながらに有していたという考えである。これは、アマルサスにおける最古の歴史書に記載があり、また、先ほどリュナウィッシュが光利に確認した時伝えられたように、アマルサスの人間は魔力を、軽微ながらも有しているため、事実長らくそのように信じられていたものである。
しかし、時を経ると共に、この歴史書は、確証に足る充分な裏付けが欠けており、公文書の様な実際性よりは、ファムアートの権威の肯定と称揚を目的に書かれたものではないかとされるようになった。
また、文章こそ、初代ファムアートの側近かそれに近い者が記述したような表現がなされているが、実は後年、それも数世紀を経て編み出されたという憶測もある。
更に、アマルサス人の体内に保持される魔力は、リュナウィッシュが魔力について説明した通り、アマルサス人が当初から保持していたのか、魔力を用いて生活をするうちに、その影響を体内で受け始めて身に付き始めたのか、今もって分かっていない。
アマルサス人の魔力が初めて確認されたのは、二十代皇王の時代における人体検査によるものが最古になっている。しかしこの検査自体は十七代皇王の時代から行われている方法と大きな違いはなく、その時代にはいささかも、体内における魔力の確認がされたという記録が残っていないのである。
無論、技術の発展が皆無ではないため、『精度の上昇によって発見出来るようになった』あるいは『仮に元から他の者達が有しておらずとも、ファムアートのみが、特別な要因で特殊な魔力を保持していた』という声も根強い。しかしどちらにせよ、魔力が元よりあったか、後天的に付随したかについては、今もって意見が分かれている。
こうした事情のため、現状『初代ファムアートの有していた』というのは、数ある説の一つに留まっている。
他には、それぞれの地域に伝わっていた、源泉となる力を駆使し、魔力を生成したという説がある。各地域に、何かしらの魔力かそれに近い物が存在したのを初代ファムアートらが利用して、一つの強力な魔力を生み出したというものである。
この説は現実的であると評される一方、これに関しては明確となる文研がほとんど存在せず、やはり一つの説ということになっている。
この様に、説自体は細かなところでいろいろ存在するも、『初代ファムアートが自ら手にした魔力を利用し全国を統一した』という事実は、確定しているとのことである。ちなみに、他にも魔力はあったそうだが、ファムアート率いる軍勢との争いなどを経て、全く残っていないといわれている。
そうして、ファムアートを皇王として祭り上げ、アマルサスと呼ばれる国が形成された。その後、元より強力な魔力を様々な形──生活、採掘、狩猟、戦争等々──に利用できるよう細分化され、アマルサスにおける生活に活かされていった。すなわち、アマルサスに存在する全ての魔力が、元より一つのそれから成り立っていた。
『アマルサス』は、首都ファムワを含めた、主要都市八つを中心に、数多くの都市、それらの堺となる山々の中、あるいはそこを抜けたところにあるいくつかの町や村によって成り立っている国である。
人口は現時点において千百三十五万人とされている。初代ファムアートの建国宣言を元年とし、約二千五百年もの歴史を持つと言う。
ファムアート家は現状、一度として血縁が絶たれたことが無いと言われており、リュナウィッシュは初代ファムアートの子孫ということになる。ちなみに、皇王に選ばれると、国花を背景にした皇王を刻んだ面と国鳥の刻まれた面が表裏になっている白金の首飾りが与えられ、光利はそれも見せてもらった。
その長い歴史において、アマルサスは数多の事件、戦争、災害など、多くの危機的状況に陥って来た。そうした歴史的事情は、各地における記念碑や多くの傷跡を持って刻まれている。
こうした歴史で、特に大きな影を落とし、更に現在最も強大な猛威を振るっているのが、『バグテリス』という存在である。
『バグテリス』とは、時期にして十代目ファムアート王の頃、黒魔術師ワット・ラ・ダルラによって考案され、魔力によって生成が行われていた生命体である。それは強大な力と凶悪な自我を有しており、生成者ワット・ラ・ダルラですら抑制が不可能だったとされる存在だった。
バグテリスは当時、その生成の場となった村を一つ消滅させ、更に近接する都市に多大な被害を及ぼした。一年をかけた長い戦闘を経て、十代目ファムアートの命と引き換えに、バグテリスは退治されたのである。
バグテリスが生成された当時は、賛否の分かれていながらも黒魔術が、一部で研究対象になっていた。それが、バグテリスの引き起こした甚大な被害によって、黒魔術の禁止、関与が認められた場合は極刑に至るまでになっていた。当然、ワット・ラ・ダルラを含めた関係者はほとんど処刑され、バグテリスに関する資料はほとんど焼き捨てられたはずであった。
しかしそのバグテリスの生成は密かに続けられた。ダルラの黒魔術に魅せられた魔術師や子孫らを中心とした小さな集団が資料の一部を隠し持っていたのだ。それは尋常ではない、もっとはっきりと言えば異常ともいえる執念を持って行われた。
こうしたことを可能にしたのは、一部、バグテリスに対して興味を持った者達による密かな支援だった。無論、幾度となく関与が見つかり、ほとんどのものが処刑された。にも拘らず、研究が途絶えることは一切なく、細々と数世代にもわたって続けられた。
そして、リュナウィッシュの曾祖父が王であった頃、ダルラの子孫や黒魔術師はバグテリスを完成させた。その結果として、バグテリスはアマルサスを恐怖のどん底に陥れた。かつての物とは比べ物にならぬほどの力を有していたのである。
バグテリスは、自らの力を持って作り出す化け物を出現させた。多くの都市で破壊行為に走らせ、人々を殺戮し、アマルサスを破滅へと追い込もうとした。
当然のことながら、リュナウィッシュの曾祖父は事件の終息に向け、国家を上げてこれらの化け物の討伐とバグテリスの処理に乗り出した。
結果から言えば、事件は終息した。しかし前述の様に、数百年かけて生成されたバグテリスの強さは尋常ではなかった。バグテリスへの対応は封印という形までしか行うことが出来なかった。
バグテリスの封印には多大な犠牲を強いられた。この国の住人に巨大なトラウマを残すほどの甚大な傷跡を残したという。当然、バグテリスの生成者である集団はもちろん、裏で協力をしていた者も皆処刑された。中には政界の者もいたという。
事件終息の後、ファムアート家はバグテリスの完全消滅を目指し、一つの策に出た。それはファムアート家に伝わる魔術『エメルード』の行使である。この魔術は、初代ファムアートがその配下の魔術師達と共に作り出した魔術である。その行使は一つの世界を容易く破滅に追い込むことの出来る力であるとのことだ。
しかしこのエメルードの利用には、一つの段階を踏まなくてはならなかった。エメルードは、初代ファムアート王の頃の時点で特殊な魔術を利用して作られている。その魔術は、このエメルードのために作られたとされ、現在においてもその魔術の内容は明らかになっていない。
ファムアートの人間がこの力をするのに、三つの世代にわたってエメルードの力を馴染ませなければならないのである。こうした仕組みに作られた具体的な要因は、現在でもっても解明はされていない。その強大な力のため、たやすく利用できぬようにするためだとするのが、一般的な説である。
高齢とは言えないまでも、既に若いとは言い難かったリュナウィッシュの曾祖父は彼の息子、つまりリュナウィッシュの祖父にエメルードの力を植込み、育て始めることにした。
エメルードは祖父を通じその息子、リュナウィッシュの父に、そして遂にリュナウィッシュにまで受け継がれたのである。すなわち、バグテリスを倒す力を、彼女が今抱いているということである。
そうした特殊な事情と、生まれながらの持病とエメルードという特殊で強力な魔力育成による負担で、父親が早逝したことにより、リュナウィッシュは皇王の位を歴代最年少で任命された。
悲しみに暮れる暇も無く、リュナウィッシュも皇王としての役割を果たし、またその物腰柔らかな態度と、若いながらも誰にも分かる聡明さを発揮し、厚い支持を受けていた。
……しかし、彼女の中のエメルードの力の完成直前になって、バグテリスの封印が解かれた。それは、現在まで続く混乱が幕開けであった。
復活したバグテリスは曾祖父の代に比べて、段違いに強力になっていた。曾祖父の頃に比べれば圧倒的な力を持ったアマルサスの国軍もバグテリスの生み出した怪物達に対しては、劣勢に追い込まれてしまったのである。エメルードの力が未だ十分とは言い難かった彼女は、遂に逃げる以外の道が無くなってしまった。
リュナウィッシュは半年をかけて逃げ続けた。逃げ出した時には数十人近くはいた護衛をほとんど失った。更に先ほどまで共にいた『ルーアン・アジェイトレイ』までも捕らえられたという。
彼女が今どこにいるか、絶対の確信があるわけでは無いと断られた上で与えられた情報によれば、主要都市の一つ『ルイディン』の、ラヌラーヴァとその『主』が根城にしている館にいる可能性が高いという。その都市はこの森を、リュナウィッシュらが進んでいた方向へまっすぐ進んでいくと、辿り着けるという。
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──小屋の中は暗闇の中で静まり返っていた。小屋に入ってすぐ、ドルクルが光利に槍を向けた時に立っていた場所の後ろにあった階段から繋がる二階にある寝室の小さなベッドには、リュナウィッシュとガルティックが、小さく身体を寄せ合って眠っていた。光利とドルクルはと言えば、机を挟んで二つの布団を用意し、そこで眠っていた。
四人で机を囲み、茶を飲みながら『アマルサス』についてのおおまかな話を聞いた後、特にガルティックがかなり眠気を催していたので、風呂場で体を清め、寝床に入ることになった。
風呂場は台所と反対の、光利が小屋に初めて入った時に見えなかった、少し奥まったところにある洗面所の隣の部屋になっていた。リュナウィッシュとガルティックが一緒に入っている間は、男二人、裏庭に出て待機し、次に光利、そしてドルクルの順番で入った。就寝におけるこうした配置も、ドルクルが提案して決まったことだった。
……光利はじっと、自らの境遇の事を考えていた。地響きが鳴りそうな程のドルクルのいびきにも関わらず、それさえ耳に入らぬ程、光利はそのことに意識が向いていた。
彼の記憶する中、腹を撃ち抜かれて、山中の草原で目を閉じ、リュナウィッシュによって完治した後目覚める間、何かしらの記憶も存在しなかった。どういう原因で彼がこの世界に来たのかは、何一つ見当のつくものは無かった。
そしてまた、彼が目を閉じる前にふと考えた、妙な力が宿ったという感覚も無かった。おそらく、彼はこの世界において、現状武器となるのはワルサーPPKとS&W M10の二丁だけである。
彼自身は、何一つ変わっていなかった。この新たな世界においても、彼はその心境に何かしら到来した感じは何もなかった。唯一、異世界に現れたことに対する動揺だけが、それに値するだろう。それさえも今はなく、彼は自らの境遇の全てを受け入れた。元の世界からの延長として、彼は今ここにいた。
(俺は何も変わらない。ここがいかなる場所であろうとも、俺は俺の生き方を全うする)
光利は心の内で、そう静かに決意した。するとちょうど、彼のもとに睡魔のおりかかってくるのを感じた。そのまま抵抗することもなく、彼はそっと目を閉じた。
作品の設定上、登場する人物の視点に合わせて、同じものでも表現の仕方を変えている場合があります。(例:コート→外套 ベッド→寝具)お付き合いいただければと思います。