表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死に際の殺し屋は、異世界で皇王と出会った  作者: 玲島和哲
ヌディーリ
55/100

リグリスト・マッギウス

 リグリスト・マッギウスはその幼少時代、彼は従順にして大人しい少年として過ごしてきた。


 赤ん坊の頃から泣くということが少なかった彼は、大きくなってからも、元気よく外で遊びに行くこともなく、じっと家や図書館などで本を読んでいるような少年であった。


 人の言うことを素直に聞く少年であったが、それも決して、褒められたいが故のといった態度ではなかった。少年の物事に取り組む態度には、自らに託された使命を、従順に果たしていこうとしているかのような、老熟した態度が見られたのだ。


 それは学生になっても変わらなかった。決して偏屈な性格をしていたわけでは無く、頼まれれば教師であろうと同級生であろうと、手を貸すことを躊躇うことはなかった。勉学はもちろん、運動においても平均以上の成果を上げていたので、関心とある程度の嫉妬の対象となった。


 その一方、積極的に誰かと必要以上に関わるということがなく、特に誰かと懇意になり、良質な友人関係を築こうということがなかった。それ故彼は、周囲からとっつきにくい少年だと思われていたし、初対面のものから、まず話しかけられることもなかった。


 彼がワドゥル・マジュクを利用するようになったのは、ある健康診断の日、彼の身体について調べた医師が、彼の口の形は、初代ファムアート時代の言語を有するワドゥル・マジュクの利用が出来る可能性が示唆されたためだ。


 それを聞いて、彼の親や、魔力についての教鞭をふるっていた教師が、彼にその能力を身に着けるよう勧め、彼もそれを素直に受け入れたのだ。その受け入れる際の態度は、相変わらず子供らしさに欠けた、何とも厳粛な態度だった。


 初代ファムアート時代の言語によるワドゥル・マジュクは、たとえ素質があったとしても、その習得には困難を極める。にも拘わらず、彼は指導員すらも驚くほどの速さで、ワドゥル・マジュクの利用を可能にしていった。


 無論、それは彼の才能によるものでもあったが、それ以上に、彼の一途ともいえる努力のたまものでもあった。


 ワドゥル・マジュクも極め、学校を卒業した後、彼は言語学の学者になる道を選んだ。これは多くの者を驚かせる選択だった。


 ワドゥル・マジュクを身に付ければ、それに関する仕事に就くものが多い。まして初代ファムアート時代のものであれば、皇王近辺にかかわる仕事さえ手に入れられるはずだった。彼の周りの者達は、彼に考え直すよう何度も進言した。


 しかし、彼の固い決意と、彼の両親の後押しによって、彼は言語学者の道を歩むことになった。親が彼の意思を支持、尊重したのは、普段から自己主張の少ない息子が、珍しく強い気持ちでそういった仕事に就きたいと表明したためである。


 そうして彼は言語学にかかわる道を選んだ。学校で教鞭をふるいつつ、言語に関する論文や著作物を発表し続け、アマルサスでももっとも著名な言語学者の一人としての地位を築いていった。多くの者達が、彼を天才として惜しみない称賛を送ってきた。追いゆく彼の両親も、そんな彼に向けられた賞賛に鼻高々だった。


 天才……なるほど彼は間違いなく天才だった。そしてそれ故に、彼が何かをなす上で果たしているはずの努力は一向に見向きもされず、さもすれば努力知らず、苦労知らずの人間であるかのように語られてきた。


 彼が何かを成し遂げた。それは彼が天才だからである。多くの者がそう判断し納得した。


 才能を昇華することには、多大な努力が要する。当然リグリストも、それ相応の努力を要し、ワドゥル・マジュクの取得なり、言語学者としての才能を開花させていった。にも拘らず、彼が努力しているという事に思い至る者が、彼の周囲にはあまりに少な過ぎた。


 賞賛される努力という物には、必ず露骨な感情的な表現が必要とされる。苦悩、焦燥、怒り、涙……こうしたものを抱えながら、それでもなお何かに立ち向かう姿を人々に示した時、おおよそ人はそこに初めて努力を見出し、それを賞賛する。


 元より寡黙な彼には、そうした努力に際しての感情の露出が、ほとんど見られなかった。元より、彼自身努力をしたことを、わざわざ人々に訴えるようなことはしなかった。そうした寡黙さは彼を神聖化した。


 彼を賛嘆する者の中には、露骨に、彼が努力いらずの人間であることを口にした。無論、賛嘆を籠めてである。あるいは、彼の天賦の才を出汁に、周囲への軽蔑や、過剰な自虐に走る者も少なくなかった。


 多くの者が──親でさえ──その才能を過度に賞賛することによって、リグリストを他の者達と違う、異質な存在であるかのように扱った。それによって彼が傷つくことこそなかったが、確実に彼の人生に大きな影響を与えた。


 もう一つ、彼の生涯において影響を与えた出来事があった。


 ワドゥル・マジュクの取得に際し、彼には珍しく、ある一人の青年と友情を築き上げた。当初は何気ない会話から始まった関係は、自然と何気なく持続していき、互いの趣味や最近触れた舞台や本の話、更には近状まで語り合うようになっていた。


 青年の持つ比較的穏やかな、春の陽光の様な朗らかさな性質が、リグリストの厳格な性質と正反対であることを除けば、二人がかなりの部分で似通っていたところがあった。二人の友情の秘密は、そんなところにあったのかもしれない。


 その青年の学ぶワドゥル・マジュクは、十八代の頃の言語を利用したものだった。


 初代ファムアート時代のものでないものの、この魔術も取得には困難を極めるものであった。事実、彼と共に訓練に励んでいた者達が、次々とその取得を諦めて行ったのに対し、青年は持ち前のひたむきさで、一つ一つのその技術を身に付けて行った。


 しかしある時、そんな青年のもとに一つの報せが入った。彼の父親が仕事の最中に、持病を悪化させて亡くなってしまったのだ。元々裕福とは言えない彼の家は、父の死によって大きな打撃を受けてしまい、青年はワドゥル・マジュクの取得の為の学業を受けることが出来なくなってしまった。


 リグリストは、彼の才能と熱意の為に支援することを申し出た。しかし、人に頼ることを良しとせず、また一人残った母の傍にいたいという希望もあった青年はそれを辞退。あと一歩と言えるところで、ワドゥル・マジュクの取得をあきらめ、彼は生まれ故郷へと帰っていったのだった……


……………


 言語学に関する論文や著作物の執筆に取り組む傍ら行っていたリグリストの授業は、生徒を楽しませるという要素にこそ欠けるが、簡易かつ的確で、生徒達からは分かりやすいという評判であった。


 その寡黙さと厳格な雰囲気の為、当初こそ生徒達に取っ付きにくい印象を与えたが、接していけば決して難しい人間でないことが知られていった。受けた質問も気軽に答え、怒りや嫌味を表出することは全く無く、教えた所で生徒から分からぬと相談されれば、その生徒に合わせた態度で、その問題を取り組んでいった。


 同時に彼は、学校以外の場所でも、言語を含めた国語教育を受け持つようになった。孤児院や障がい者施設、未成年の犯罪者の更生施設等においてである。学校に通う生徒とは勝手の違う生徒達は、決して一筋縄でいく者達ばかりではなかった


 それでも彼は根気よく、いつに変わりのない真面目な態度でもって彼らと向き合った。そうした彼の態度に応える者は決して多くはなかった。反感にも似た態度を取られることもあった。しかしまた中には、彼の真摯さに心を打たれる者もいた。


 また、彼はより多くの児童が学校に通えるよう、学校や政府に対して様々な働きかけをした。特に金銭的な問題で学校に通えぬ者も、より気軽に通えるようにするため、学費の軽減や補助の充実を訴えていった。それは、ワドゥル・マジュクを始めとした魔法関連の習い事に関しても例外ではない。


 これは様々な理由や事情によって、簡単に通るような主張ではなかった。時には脅迫まがいの妨害を受けることもあった。しかし、言語学に関する本を書いたり、教師としての働きを続けながら、長年をかけて一つ一つ、遅々としつつも、これらの取り組みを成就させていった。


 事実、これらの為に、アマルサスにおける就学率は、徐々にではあるが上がっていった。例年に比べ、ワドゥル・マジュクを始めとした魔法関連の技術を取得する者も、増えて行った。


 リグリストの数少ない友人の一人の友人が、彼に、なぜこうした事業に取り組んでいったのかを問い掛けた。


「私が今ここにいるのは、私自らに備わった素質を伸ばす努力の出来る好機に恵まれたからだ」リグリストは言った。「私は様々な意味において恵まれた人間である。初代ファムアート様の時代の言語によるワドゥル・マジュクを使用することが出来るというのは、正にその恩恵の典型であろう。しかし、その力を身に着けることも含め、私には様々な機会が与えられた。私は心置きなく努力で来た。それ故に、私は様々な才覚を身に着けることが出来た。私を天才だという者がいるだろう。しかし、天才と呼ばれるに足る者など、私以外にもいくらでもいる」


 そこまで言うと、リグリストはその友人に目を向ける。彼を知らぬ者が向けられれば、一瞬たじろいでしまうような、厳格さと真面目一徹な、鋭く力強い目である。


「私を超える……いや、超えるか否かなどと、表現してはいけないな。私では手出しの出来ぬ才覚を持つ者がこの国には……この世界にはいくらでも存在する。そう言った者達が、素質や才能とは関わりのないところで、そういったものを開花させる機会が与えられぬというのは大いなる悲劇であり損失である。そうしたことはあってはならない。開拓できる数多もの可能性は、可能な限り開拓していく方が良い。それはまた、我らには思いもよらない新たなる世界を切り開く鍵にもなり得ると、私は信じている」


……………


 そうした忙しい日々を送る中、たまたま数日の休みを手に入れた彼は、ふと思い立って、かつての友──ワドゥル・マジュクの取得の為に共に励みながら、最後には去ってしまった友を尋ねて、彼の故郷に向かった。


 彼の家がどこかの情報が上手くつかめなかった彼は、友人の故郷で、コツコツと情報収集をして、友人に近付こうとした。


 そうしてリグリストは、その時初めて、友人が既に帰らぬ人になっていることを知った。仕事場での不慮の事故が原因で、ちょうど一年前の事だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ