良い趣味
一階にはどんどん人が溜まっていき、オーナーを中心に、十五人の宿泊客が並んだ。男女で半々、少し男が多いくらいである。皆手を挙げている。光利もまた手を挙げながら、その目で次々と集まる人々を見ていた。
一人の男が並んで少しした後、階段を降りる際の軋んだ僅かな音が聞こえ、そちらに目を向ける。二階に向かったグランヴァについて、ルーアンが下りてきて、彼の方へと目を向けた。ガルティックとリュナウィッシュの姿は見られない。
ルーアンを従えたまま、そのグランヴァが光利の前までやってきた。彼の方をじっと見つめると、やがて彼女の方を見て、
「これが君の言っていた一人かな?」
「そうです。あと二人はまだいないようです」
「問うていないことを言う必要は無い」グランヴァはルーアンの方を向いて、「この男の隣に立っていろ」
そう言って、返事を待つこともなく、グランヴァは彼女に背を向け仲間の方へ行った。ルーアンは言われた通り、光利の隣に立った。彼と目を合わせると、心配する必要がないことを伝える様に確かめ合うよう、傍目にばれぬ程度に小さく頷いた。光利もそれを了承するように頷く。
ルーアンはそのまま前を向いたが、光利は彼女の方を向いたままだった。髪が濡れ、顔には仄かに潤みがあり、服にも所々、濡れて身体に張り付いている部分がある。リュナウィッシュやガルティックを隠すため、彼女がどのような状態でグランヴァに捕らえられたかが、それで分かるような気がした。この場も、決して温かいとは言い難い。風呂上がりには、あまりいい状態とは言い難い。
光利はコートを脱いで、彼女の肩からそれを被せた。
「……」
光利の行動は予想外だったというように、少し驚いた表情を浮かべて、ルーアンは彼を見上げた。光利は彼女に、特に気にせぬよう伝えるかのように小さく肩を竦めた。今の今まで着ていたので、そこそこには暖かいはずである。
彼女と視線を交わした後、光利は三匹のグランヴァの方を見た。うち一匹が二人の方を向いていたが、特に咎め立てしようとする様子はない。他の二匹は、ほとんどこちらを向いてもいない。
(良い趣味をしているな)
そんな皮肉の一つでも吐いてやりたがったが、あまり下手な行動に出るのは得策では無い。コートを彼女に羽織らせることに何も言われないのであれば、そのままにしておくのが一番である。
ルーアンはコートに腕を通し、ボタンを留めた。コートは彼女の膝辺りまであり、手が半分スーツの袖に隠れている。
三匹のグランヴァが、宿の宿泊客の前に並んだ。
「大したことでは無い」
そう言って、グランヴァの一匹は語り出した。曰く、この街に反社会的──それはほとんど、反バグテリスというのと同義である──活動の関与が疑われた男が、この辺りに逃げ込んだという。その男を捕らえるため、この都市にいるグランヴァは総力を挙げているという。この宿で行われていることは、他の場所でも行われているそうである。
最後にそのグランヴァは一人を見張りに置いて、この宿に何か怪しいものが無いかを確認すると宣告した。反発する者はいなかったが、やはり動揺は大きく、微かな不快感さえ浮かべている者もいた。
グランヴァが再度宿の中を点検に回ると聞いて、一瞬ながらも光利の心は動いた。ルーアンに視線を向けてみると、彼女にしても同様だった。当然グランヴァには気付かれなかったが、やはりリュナウィッシュとガルティックについては、意識しないではいられない。
この場に姿を見せていない以上、発見だけは何とか免れてほしいと願った。しかし同時に、最悪の展開は想定せねばならない。光利は、想定し得る数多の可能性とその対応策を練り始めた。




