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死に際の殺し屋は、異世界で皇王と出会った  作者: 玲島和哲
プロローグ~ボウディン
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命を賭す程の価値

 ──一人の男が、寝台の上に勢いよく上半身を起こした。額や筋肉質なその上半身には、至る所に包帯が巻かれている。そして寝台の上共々、乾いて黒ずんだ血に汚れている。男は手を、自らの額の方へ持っていくも、触れる直前で止める。そして、何か思うところがあるように、ゆっくり手を下ろしていく。


 すぐ横の窓に、その鋭い目を向けると、水色の空が広がっていた。その窓よりすこし低い位置に、木々が生い茂っており、ここが即座に、どこかの森の中の建物であることを察した。今度は部屋に目を向ける。


 机や椅子や鏡台が適当な位置に置かれて片付いてこそいるが、黒い染みや床の穴などから、ここが本来人の住んでいない場所であることが分かった。寝台の横を見ると、そこには小さな台があり、小型刃物が置かれている。


 その時、扉が雑に開かれて、そちらに視線を向ける。


「起きた?」


 入ってきた女がそう問い掛けた。穏やかながら気楽な感じの物言いであある。その雰囲気も落ち着いていて穏やかで、殺気をまとっているかのような男とは正反対だった。


「……俺はどのくらい寝ていた?」


 男は低い、それでいてしっかり聞き取れる声で問い掛けた。その声音と語調には、多言を必要とせず、その一方で、言いたいことは確実に口にすると言わんばかりの強さと堅固さがあった。


「この前の深夜に気を失って……」女は指を折りながら考えて、「四日だね。その深夜を一日として」


「なるほど」男は包帯を見て、「これは?」


「寝ている間に、血が噴き出すの。闇医者にも見せたが原因は不明だって。その医者には当然言わなかったけど、明らかに手に入れた力の影響だと思う。調子は?」


「悪くない……!」


 そう答えた直後、何かが小さく噴出する感覚が、左腕辺りから感じられた。目を向けると、血が垂れ流れ、寝台には噴き出した血が染みついていた。男は左腕のその部分を顔に近付ける。


「そういう感じで、定期的に続いたの」女は言った。「何か予兆というか……痛い?」


「噴き出した瞬間から今に至るまで何も感じない。何かが起こるという気配もなければ、起きた瞬間に傷むということもない」


 そう答えながら、男は自らの左腕をつねる。つねられた感覚はあり、あと少し強めれば痛覚も生きていることが確実だった。男はつねるのをやめる。


「前例において存在しなかった……少なくとも、滅ぼされたと思われて確認のされていない能力を手に入れたんだもん。どうなるかだって分からなくて……」


 女はそこで言葉を区切った。まだ言いたいことがあるのを堪えて、そのまま飲み込んだかのようである。その調子からして、仄かながら、不安を感じていることは明らかだった。


「……死ぬことなど覚悟の上だ」男は言った。「一度として俺は死を恐れたことはない。死を美化するなどといったばかげたことに興味はないが、俺達がなそうとする事柄の壮大さを思えば、その死の可能性は当然ものじゃないか? 死ぬことに価値は無いが、俺達の目標とする理想は、命を賭す程の価値がある」


 男の淡々とした調子の言葉を聞いた女は、彼の方にまっすぐ目を見据えた。そして、男の決然とした表情を見て、安心したように笑顔になった。


「他の奴らはどうしてる?」


「ん?」女はそう反応して、「それぞれ指令通りに外に出てるのがほとんどで、何人かは下にいるよ。バグテリス討伐の為、下準備も必要だから」


「そうか」


「もうしばらく休んでて。何かあったら呼んで。下の連中に起きたことを伝えて、一人扉の前に立たせとく。机の上の鈴を鳴らして知らせて」


「分かった」


「うん。じゃ」


 女はそう言うと、そのまま部屋から出て行った。男は緩慢に両足を寝台から下ろし、すぐ横にある台の上の鈴に、軽く人差し指の爪を当てる。鈴の音が一瞬、辛うじて聞こえる程小さく聴こえた。そして、その横に置かれている小型刃物を手に取った。


 突端と右に左に向けながら、持ち手や刃を軽く握ったり触れたりした後、そのままふと、真っ直ぐ向かい側の壁の方を向いた。


 当初見回した時には、ただ髪が張り付けてあるだけと思ったが、それは小さな新聞記事であり、リュナウィッシュ・ファムアートの写真が掲載されていた。バグテリスによる襲撃が始まる前の写真である。


 これを見た時、男の目付きに、一気に冷酷なものが宿っていった。憎悪とも、軽蔑とも、怨恨ともいえる、ありとあらゆる負の感情を、その目付き、顔付きに浮かべていた。まるでその写真を通じて、本物のリュナウィッシュに何かしらの効果が発揮するかのように。


 すると、男はその写真に向けて、かなりの力を籠めて刃物を放った。刃物は丁度、リュナウィッシュの顔に当たる部分に当たってわなないた。男はその目を逸らさない。皇王を突き刺した刃物の様に、その目は鋭く、じっとその写真へと注がれていた。

感想や評価などをいただけたら幸いです


※作品の設定上、登場する人物の視点に合わせて、同じものでも表現の仕方を変えている場合があります。(例:コート→外套 ベッド→寝具)お付き合いいただければと思います。

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