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死に際の殺し屋は、異世界で皇王と出会った  作者: 玲島和哲
プロローグ~ボウディン
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バグテリス

「バグテリス様、入らせていただきます」


 一匹の怪物がそう言うと、謁見の間へ入ってくる。『バグテリス』と呼ばれた男は、玉座の後ろの左右に並んだ内の左側の方から外を眺めていた。怪物は玉座の正面の段差から数歩のところまで近付くと、そのまま跪いてかしずいた。


「『ボウディン』を占領していたグヴィス・バグスがやられ、聖域も元に戻されました……言うまでもないことかもしれませんが、ファムアートの力によるものです」


「そうか……遂に、本格的に動き出したということだね」


 そう言って、バグテリスは振り返った。そのもの柔らかな物言い同様、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。安心しきったような、しっとりとした細い目、低く丸みを帯びた鼻、閉じられた小さな口が端正に整えられた、男か女か判別させない顔立ちが美しい。


 それに対し服装は、洗い立てのような白のカッターシャツに、黒の長ズボンという周囲の絢爛さからは駆け離れたものだった。エメラルド色の髪の毛が窓から射し込む光によって煌めいている。


「顔を上げろ。堅苦しくするな」


 怪物──バグテリスの従者『マグボーガ』は、顔を上げる。目の部分だけ開かれた防具を被っているような頭をしており、身体も、甲冑か何かを着ているかのようかで、いまいち生物然としたところがなかった。


 唯一、その開かれた目が、生物らしさを留めている。その目は、如何なる王者も自らの従者に足るものだと認めうるであるような落ち着きと勇猛さがあった。そんな従者の顔を見ると、それで満足でもしたかのように、再び窓に目を向けた。そうしてしばらく、二人の間に沈黙が流れる。


「……どうされますか?」


「ん?」


 バグテリスはマグボーガに目を向ける。


「いえ……ファムアートは動き出しました。それどころか、主要都市一つの奪還も行っております。ならばこちらからも何かしら行動が必要かと」


「ああ、なるほど」バグテリスは少し笑って答えた。「マグボーガだったらどうする?」


「激しい戦争を終えたとはいえ、バグテリス様の力が未だ充分に回復されないことを省みれば、今また更なる部下を性急に何体も生成するのは難しいことかと思います。しかし一方、主要都市が奪還されることは我々にとっても痛手となります。ですので、今動ける部下に今まで以上の働きを、もし必要とあらば私自身が動き、ファムアート捕獲に動こうかと」


 マグボーガは畏まりつつ、決然と言った。もし実際、今から出向くよう言いさえすれば、一時間もせぬ内に城から出ていくだろう。


「素晴らしい答えだ、マグボーガ。常に僕の事を考えた上での作戦を打ち立ててくれるね」


 バグテリスがここで言葉を止めると、マグボーガは感謝の意を表するように、頭を下げて、すぐに上げる。


「しかし、出向く必要はないよ。むしろ、場合によってはここまで来てくれても構わない」


 マグボーガはじっとバグテリスの方を見ていた。内心どう思っているのか、その様子からは窺えない。


「先程お前は、聖域が奪還されれば困ると言ったな? 確かに復元には手間取るだろうな。しかし、飽くまで手間取るだけだ。不可能ではない。ファムアートをこちら側に着ければ、全てが元に戻る。僕が彼女を追わせていたのは、特に行動に出る気配が無かったからだ。向こうから近付いてくるのであれば、それはそれで構わない」


「……お考えは分かりました」マグボーガは言った。「しかし、それは捕らえる必要がない、ということですか? そうでないにしても、今のままで問題がないと?」


「ああもちろん、捕らえられるのであれば捕らえてもらいたい」バグテリスは答えた。「何もせぬが良いということではない。むしろ全力は尽くしてもらいたい。聖域に関しても、特に統率者に護衛を勤めさせてほしい。グヴィスはどこかの館にいたんだろ? 他の連中も外に出てるのがいるはずだ。今まである程度は暇なはずの統率者に仕事を与えよう。簡単には聖域を奪還される気はないからね」


「無礼な確認でした」マグボーガは頭を下げる。


「構わないよ。頭を上げて」バグテリスは言った。「それから、神殿の罠も利用しよう。侵入者用の奴、確か使えたよね?」


「利用には、特殊な解除が必要とのことですが、一応利用は出来ると聞いております」


「解除には時間がかかるかな?」


「……恐らくは」


 懸念した様子で、マグボーガは答えた。


「うむ……」バグテリスは少し考えて、「多分、次皇王達が近くの都市に向かうとすれば、そこには『ラウル・バグス・バ・バ』がいるはずだ。あいつが解除できるか様子を見て、その後色々判断しよう」


「畏まりました」


「あわよくば、少し改造も施せると良いね。簡単には事は運ばせないぞって示すこともできるし」


「畏まりました……」マグボーガは立ち上がった。「では、そのようにこちらから指示を出してきます」


「ああ、頼むよ」バグテリスはそう言うと、ふと思いついたように、「ああでも、大々的に吹聴したりしないでね。ましてや、市民に捕らえさせようとするのは。そういうの、多分刺激になっちゃって、面倒な混乱が起こりかねない」


「畏まりました」


 マグボーガは出ていこうと背を向けた。そして、扉の前まで来た時、ふと立ち止まった。その気配は、すでに窓の方に向いていたバグテリスも察したようで、またもマグボーガの方を向いた。


「一つ、確認しておきたいことがありまして」


 マグボーガはバグテリスの方を向いた。バグテリスは眉を少しばかり持ち上げることで、質問を促した。


「何故、バグテリス様は人間の姿になられているのでしょうか」


「……ほぉ」


 バグテリスは興味深そうな反応を示した。バグテリスの現在の格好は、実は日にすればそこまで経っていないのである。どういうわけか突然人型となり、片時も別の姿に変わろうとはなさず、現在まで至っている。


 この状態が、反感を買うほどではないしても、多くの部下達の疑問になっていることは間違いない。


「現状における目的はファムアートとの和解、及びアマルサス人との共生を掲げられておられます」マグボーガは言った。「そのお姿は、そうした目的のための、友好的態度の一貫なのでしょうか?」


 マグボーガの疑問にバグテリスは答えず、しばらくじっと従者を見つめるばかりだった。


 ……が、やがて、バグテリスは一応耐えていた物が我慢ならず堰を切ったように、可笑しそうに笑い出した。玉を打つような朗らかな笑いである。


「その発想は良いね。後付けだけど、もし聞かれたらそう答えても良いかもしれない」バグテリスは答えた。「無論違う。はっきり言えば、私は人間も、ファムアートも、アマルサスも大嫌いだ。この姿でいること自体、吐き気を催す程だよ」


「? では何故」


「うん。そうだね……」バグテリスは少し考える仕草をし、「正直、さっきマグボーガが言ったことに近いんだけどね? ファムアートから生まれたという俄然とした事実はそこに存在してるわけ。例え私が好もうと嫌おうと、その事実は変わらない。なら、例え不愉快だろうと、吐き気を催そうと、受け入れるための訓練は必要だろ? だからこの姿になったんだ。不愉快でたまらないが、それでもこんな姿であっても良いと、あの凛然として可愛い皇王、リュナウィッシュ・ファムアートの隣に立てるようになりたいんだ。生まれた経緯を考えれば、元はファムアートの産み出した力から僕は存在している。ならば、可能な限りファムアートに近い形で存在したいんだよ」


 マグボーガは、真剣な様子でバグテリスの言葉を聞いていた。その忠誠のあり方に何の変化もないことを喜ぶように、バグテリスは微笑む。


「今のこの僕の姿、おかしいかな」


「いえ、私も人間は好かぬものですが、それは別にしても、そのお姿は美しいかと」


「美しい、か」


バグテリスは笑いながら言った。


「大変不躾な質問、申し訳ありません」


 マグボーガは腰を曲げて謝る。


「ああ良いよ良いよ、気にしないで」バグテリスは片手を上げてひらひら揺らしながら、「もし似たようなことを聞かれたら、そう答えておいてよ。同じ答えを言うの、面倒だから」


「畏まりました」


 マグボーガはそう言うと、再び扉の方を向いて開けて、外に出る。そして閉める前に再度バグテリスの方を向き、頭を下げて出ていった。


 バグテリスはそれを見送ると、そのまま窓の方に振り返り、首都の街を見下ろした。今のところは、平和な様相を見せており、それに満足するように、バグテリスも笑った。


「……何一つ嘘は言っていないよ」バグテリスは静かに独り言ちた。「ファムアート……リュナウィッシュ、早く僕に会いに来てほしい。例え力をぶつけ合うことになろうと、僕は君に会いたいんだ」

感想や評価などをいただけたら幸いです


※作品の設定上、登場する人物の視点に合わせて、同じものでも表現の仕方を変えている場合があります。(例:コート→外套 ベッド→寝具)お付き合いいただければと思います。

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