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死に際の殺し屋は、異世界で皇王と出会った  作者: 玲島和哲
プロローグ~ボウディン
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試験

 光利はラヌラーヴァ数匹からなる突撃部隊の中ほどを、ポケットに両手を突っ込んで、ボウディンの道の真ん中を歩いていた。周りの者達の視線は当然のように集中していたが、光利は特に注目の的だった。


 あるいは不信感の、あるいは恐怖の、あるいは憐れみの視線を、事情も状況も分からないながら、おおよそ色々と予測を立てた者達は向けていた。光利はそれらの視線を特に気にする体も見せることなく、目もくれなかった。そんな時、


「おい」


 彼の隣を歩いていたラヌラーヴァが、彼の肩を呼びかけるように叩いた。特に強くしている様子もなかったが、少々肩が痛かった。少し顔をしかめつつ、相手の方を見る。


「あぁすまんな。少し強めに叩いたか」ラヌラーヴァはいささかの反省の色も浮かべず、へらへらとしながら、「一つ、お前に試験をやってもらいたいんだ」


「試験?」光利は問い掛ける。「ファムアート市民軍の捕縛じゃないのか?」


「それとは別にだ。連絡はしてある。この辺なんだが……」


 ラヌラーヴァが少しきょろきょろすると、男女の叫び声が入り混じって聞こえてきた。男の声は抵抗しており、女の声は懇願している。声のした方を見ると、少し先の店から一人の男が、二匹のラヌラーヴァに連れ出され、道の真ん中で無理矢理座らされた。


「離せっ! 離せっ! 俺が何をした!!」


 そう叫ぶ男の口を、一匹のラヌラーヴァが力強く抑える。あまりに突然の事だったためか、男の表情には困惑と恐怖と、それを押し隠そうとする怒りが浮かんでいた。口を抑える手は男の鼻も抑えていたので、恐らく息もほとんどできていないであろうことが見てとれる。


 口を抑えられて大人しくなった隙に、もう一匹のラヌラーヴァは、持っていた二つの縄を懐から取り出して、男の両手を縛る。


「あの男を処理出来るか?」


 その様子を見ていた光利の背中に、ラヌラーヴァは語り掛ける。大した反応を示さなかった光利はゆっくり振り返り、その巨体に乗っかる腫れ物のような小さな頭を見る。


「あの男は何かしたのか?」


「何かしてなきゃならんのか」セトグアールは光利のほうに近付き、心持ち落ちたようなトーンで口を開いた。「今から、そして今後においても、我々と共に戦うのであれば、あの程度の人間、躊躇わず処理出来る位の度胸は見せてほしいものだ」


「……」


 光利は答えずに軽く溜息を吐いて再び前を向く。両手を後ろで縛られ、膝を付いている男の睨み付けるような目付きと、怯えたような微かな震えを見た。男にじっと目を据えたまま、コートの内ポケットからS&W M10を取り出して、銃口を男に向ける。両手でしっかりグリップを持ち、頭を微かに俯かせ、冷徹な上目遣いを男に向ける。


「!」


 男の顔が引きつる。顔中には汗が吹き出す。ボウディンの町の住人も、皆息を飲んでその様子を見ていた。光利と共に、ラヌラーヴァの連中だけが、何てことないようなものを見るような目付きで見ていた。


「待ってください!!」


 その時、男がいた店から、一人の女が走って出て来る。客か知り合いか、店からは三人の男が出てきて、女が男に近付くのを必死に止めている。


「お願いです!! 主人を……主人を返してくださいッ!! 何もしていないじゃありませんか!!」


 女は泣き叫んで訴えた。ラヌラーヴァの数人は、冷めた目付きで小さくあざ笑う。しかしその中で、光利ただ一人だけ、男から目を離さずに、銃口を向けている。


 女の叫び声とその女を止めようとする夫である男の叫び声が、しんとした当たりの中で唯一響いていた。しかしそのようなものに、光利の集中力がかき乱されることは無かった。そんな光利の様子を、無感動な態度で、ラヌラーヴァは見ていた。


 しばらくして、光利は銃口を上に向ける。俯けた頭も心持ち少し上げた。しかし瞳は男に向けられたままである。


「……どうした?」


 セトグアールが尋ねる。


「いや……やはり始末する理由がほしい、と思ってな」


光利はセトグアールに目を向け、軽く肩をすくめる。


「ふざけているのか?」セトグアールは威圧的な声を出す。「これは、貴様を試す試験だ? ボウディンの住人を殺すことが怖くなったか?」


セトグアールの声には明らかに不信感が滲んでいた。


「……」


 光利は、気の抜けたような溜息をついた。そしてそのまま、男の方を向いて銃口を向けたかと思うと、いささかの躊躇なく引き金を引いた。その場の誰の耳をもろうさんばかりの轟音が響く。男を銃弾が貫いたのは、ほんの一瞬後の事だった。


「あ、あなたぁ!! あああああああぁぁぁぁぁ!!」


 倒れて叫び声を上げる男に向かって、妻と思われる女は必死の形相で走って近づく。女を止めていた三人の客や、周りの見物人一人二人が、男に近付いていく。


 苦しそうにのたうち回る男の左肩から血が流れていく。女は男を抱え、そこに近付いていた男達の一人が、タオルやら救急用具を用意するよう叫んでいた。その間、数匹のラヌラーヴァはその様子を、いかにも可笑しそうに見ていた。態度に変化がないのは、男の肩を撃ち抜いた光利と、セトグアールだけだった。


 光利は、打たれてもがき苦しむ男と周囲の騒がしい情景から眼を逸らす。そのままセトグアールに目を向ける。向けた目は、相手側の視線とぶつかり、しばしじっとしていた。やがて、光利は微笑んだ。


「……頭に撃てば一発だ」


 その言葉のおぞましさに比し、微笑みの柔和さは驚くべき程だった。花か何かが咲いたことを喜ぶ微笑みである


「結局、撃ち殺しはしないのだな」


 セトグアールは尋ねる。威圧的なところはあったが、光利の態度に、どことなく恐怖感を覚えているような調子である。


「ここいらの奴らがどうなろうと知ったこっちゃない。だがしかしあいつを含め、連中から金やら何やらを徴収してんだろ? 俺が撃った男は、店か何かを経営しているようだ。一人死にゃあそれだけ徴収するもんも減るだろ」


「微々たるものだ。必要とあれば税を増やせば良い」


「そもそも一人減りさえしなけりゃあそんな無駄すら必要ない。絞れるとこは絞り尽せばいい。この試験の意味は分かる。一般人を躊躇いなく撃てることに、罪悪感を持つか否かだろ? 結果はこの通りだ」


「私は処理をしろと言ったはずだが?」


 光利は肩を落としてもう一度ため息をつく。再び前を向くと、今度は背を向けたままの女に向かって数発の銃弾を放つ。


「キャァっ!!」


 銃弾が勢いよく道路を弾く音がすると同時に、女は男に抱き着いてその場に伏せる。弾は全て、女の近くの地面に撃たれた。その間、女は男を守る様に、また一方では助けを求める様にしがみ付いていた。周りの人間も大騒ぎをしながら、一気にその場から離れる。


 弾が撃たれ終わると、男の治療をしようとしていた周囲の住人、そして女は、信じられないようなものを見るような、恐怖を塗り込まれた表情で光利たちに目を向ける。


 そのような視線など気にも留めず、光利はラヌラーヴァの方を向き、自らのこめかみに銃口を向ける。


「そんなことは何時でもできることだよ」


 光利はトリガーを弾く。ハンマーが鳴るだけで銃声はなかった。セトグアールは特に反応はなかったが、近くで見ていた他のラヌラーヴァがビクッと身体を震わせた。光利はそれを見てふっと笑うと、M10を懐に収めて、前を歩きだした。


 途中、夫婦の横を通る時、二人から憎しみと殺意と、それ以上の恐怖をもって視線を向けられているのを感じながら、光利は決して目を見返すことはなかった。


 ラヌラーヴァらはしばし、他の住人と同じように呆然と見ていた。そこはかとない脅威をその目に見た気分に襲われるのだ。セトグアールだけが、相変わらずの冷たい視線を送っている。


 しかしやがて、一部の者はそんな光利を大いに気に入ったのか、盛り上がりながら彼の元に近付いて話しかけた。ただでさえ怪物を見るような恐怖に捕らわれた住人達は、そこに目を向けようとしなかった。しかし、その表情には苦渋と悔恨と怒りが籠められていた。

作品の設定上、登場する人物の視点に合わせて、同じものでも表現の仕方を変えている場合があります。(例:コート→外套 ベッド→寝具)お付き合いいただければと思います。

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