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死に際の殺し屋は、異世界で皇王と出会った  作者: 玲島和哲
プロローグ~ボウディン
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逃避行

 真夜中の森林に覆われた山道を、数多の馬の蹄が性急に駆けていく音が響き渡る。馬が風を切って走り過ぎると、付近の草木や枝が揺らめいた。数多駆ける馬の中で、二匹だけが他から遠く離れて、前方を走っていく。


 その馬に乗っているのは二人とも、十代後半の少女で、ローブを被っている。露出した部分は顔と手綱を握る手と、鐙に乗せている足だけである。その顔も、目の辺りはローブの陰となって見えない。


 これに対し、追ってきている者達は、形こそ人のそれでありながら、全身が黒色で、上半身は墨で薄く、下半身は深淵のような黒色に塗られていた。頭の真ん中から上半分の部分は、全周ツバのある兜を被ったようになっており、目の部分に、一直線に隙間の様な線が開かれている。身長は六・六尺(約二メートル)を超えるか否かである。追跡対象たる前方二人に対し、この異形の者達の数は十人以上で追いかけていた。


 追われている二人のうち一人が、その静観な顔を半分ほど後ろに向ける。闇の中で、米粒程の大きさに見える追手が確認できた。先程よりも、確実に近付いてきており、その目を細める。


 そんな彼女に、もう一人の方が目を向けた。その目は特に、怪我をした為に流れ、今では辛うじて渇いている、血のこびりついた手に注がれる。


「……ルーアン」


 『ルーアン』と呼ばれた、静観な顔付きをした少女が、もう一人の方を見る。


「落ち着いたら、怪我を治します。今は逃げることに集中して」


 ルーアンはその言葉を真剣な表情で聞いた後、また後ろを向いた。僅かだが、やはり近付いてきている。


「……申し訳ありません」


「えっ?」


 少女の問い掛けに関わらず、ルーアンは自らの馬の耳に口を近付ける。


「皇王を頼むぞ」


 そう呟くとすぐ、ルーアンは馬からジャンプして離れると、そのまま道の真ん中に着地して仁王立ちになった。


「!! ルーアン!?」

 振り返った少女は叫んだ。


「ここは私が食い止めます! 皇王はそのままお逃げください!」


「その様なことは──」


「あなたは生きなければなりません!!」ルーアンは叫ぶ。「この国に住む人々の為に!! リュナウィッシュ様!!」


 ルーアンの言葉を聞いた皇王──『リュナウィッシュ』は、苦渋の表情を浮かべ、閉じた唇の裏で歯を食い締めながら前を向く。


「……生きて帰って」


 祈るような一言を呟くと、リュナウィッシュはそのまま馬を走らせる。


 ──追手の先頭にいた異形の者は当初、前方二人が何をしているのかが見えなかった。しかし、二匹の馬から誰かが飛び降りて道の前に立ちはだかったのは見えた。そして次第に鮮明に見えてくるにつれ、それが誰であるかを把握した。


「ルーアンだ!!」先頭の者が叫んだ。「全神経を集中させろ!! 相手は怪我をしている!! 決して捕まえられぬ敵というわけでは──!!」


 言葉を途切れさせたのは、ルーアンの姿が見えなくなったからだ。同時に、その先頭の者は、馬の上から大きく跳躍し、そのまま彼のいた後ろの方に向いた。


 すると、数匹の同胞が何かを察したように馬から逃れていく中、それに遅れた者らが良い気に斬り捨てられるのを見た。馬は無事で、乗っていた主人がいなくなるとそのまま走り去っていった。


 跳躍していた者は地面に着地し、背中から大きな蛮刀状の刃物を取り出した。最後尾よりさらに後ろの方に、既にルーアンは立っていた。彼女はゆっくり、異形の者らの方を振り返る。その右手の手首に巻き付いている銀色から、刃物が鳥の翼のように対に生えている。刃物には斬り付けた者らの黒々とした血が付着し、地面に一滴一滴、滴り落ちていた。


 異形の者らは、警戒するような態度で戦闘態勢に入るのを確認すると、ルーアンは左手の手首を、自らの左目の前に持っていく。左目が小さく一瞬発光し、銀色にそれが移る。そして左手を地面の方に下ろして手を握ると、そこからも似たような刃物が生えてきた。


「……見えているぞ、ルーアン」先頭にいた異形の者がそう言った。「貴様は怪我をしている上に、かなり体力も消耗している。如何に素早く動けようとも、この数に勝てると思うか? そうでなくとも、同胞は後からまだ追ってきている……!!」


 ルーアンは答えない。しかし、その代わりと言わんばかりに腰を落としたかと思うと、再び彼らに向かって斬りかかった。それは、彼らの目にようやく映るか映らぬかという程の、迅速と呼ぶに値する速さであった──


♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦


 後ろを振り向き、未だ追手が来ぬことを確認しながら、リュナウィッシュは山の中をしばらく進んでいく。彼女の隣をルーアンの馬が、乗せていた時と同様の速さで疾駆している。するとその先に開けた草原があるのを目にした。追手か誰かがいる可能性を考慮し、皇王は警戒心を強める。


 次第にそこに近付くうちに、草原の全貌も次第に見えてきたが、その中央辺りに小さな者がその目に入ってきた。明らかに人間の子どもである。月の光でその姿が見えたが、奥見ると、俯いてじっと地面の方を見ているようだった。


 リュナウィッシュが馬に乗って草原に入ってすぐ、その場に馬を立ち止まらせた。深い森林に囲まれた草原一面には、綺麗な緑色の雑草が生い茂っていた。それは夜空に浮かぶ月の下、緑色の湖といった体を示していた。子どもは丁度、その真ん中にいた。


 リュナウィッシュは再び馬を歩いて進ませる。すると、近付いてくる蹄の音に気が付いたのだろう、こちらの方を向いた。そして、馬二匹に、その内一匹に座っている女の姿を見て、子どもは腰の革の入れ物から鎚を取り出し、その歯で噛んだ親指を持ち手に付着させて巨大化させ、それをリュナウィッシュの方に向けた。リュナウィッシュは馬を子供の前で止める。


「誰だ!!」


 その体勢同様、子どもが警戒心をむき出しにして、皇王に問い掛ける。皇王は答えない代わりに、子どもと、その隣に倒れている男の姿を目にした。


 子どもは女の子で十代前半、今は睨みこそしているが、本来は溌溂としているのであろうこと分かる、明朗で整った顔立ちをしていた。見た目から決して筋肉質と言える身体では何にも拘らず、明らかに重いであろう鎚を難なく持っている。


 倒れている男は、丁度二十ぐらいで、黒色の中折れ帽、肌色に近い外套、黒いズボンを着用している。身体つきはしっかりしているがが、脇腹辺りが黒ずんでいたが、一目で地であることが分かった。実際、気を失っているのであろう顔は真っ青だった。


 疑念は様々起こったが、彼らのどちらが緊急を要するかは明らかだった。リュナウィッシュは、頭から長くてゆるやかな外衣を下ろして、


「その男性の方は、どうされたのですか?」


 森を、そして夜空を背景にして、翡翠色の、仄かに輝く髪の毛を波立たせながら、リュナウィッシュは問い掛ける。柔らかく開かれた細い目、軽く弧を描くような、先が仄かに丸味を帯びた小さな鼻、花弁を合わせたような唇、頬は細く、華奢な身体つきを想像させた。


 その顔を見、そしてその落ち着いた優しい声音を聞いた少女は、自らの警戒心を解いて、鎚を斜め下に向けた。誰であるかを即座に判断したわけではなかったが、今目の前にいる者が、決して自分と敵対する者ではないことが分かったのだ。


「……その方は、怪我をされているのでは?」


 改めて問われた少女ははっとしたように気をしっかり持った。


「はい! 通りかかったら倒れていたんです……」


 リュナウィッシュは少女の前に立った。そして微笑んで、


「分かりました。見せてもらっても」


「はい」


 少女がそう行って男の前から退くと、リュナウィッシュは男の前に近付いてその場にうずくまる。青白い男の顔を見つめ、その頬に手を添える。冷たくなった頬を確認すると、そのまま口の前まで手を持っていき、呼吸の有無を確かめる。辛うじて、息が手にかかるのを感じる。


 少女がじっと見守る中、リュナウィッシュは男の口から手を離し、そのまま両手を、男の 脇腹の方へと持っていく。


「『ブリグオ』」

 そう呪文を唱えると、その手が翡翠の色に輝き出し、男の傷口を包んでいく。しばらく、リュナウィッシュはその態勢のままじっとしていた。


 ……それはほんの数秒だった。傷口が塞がり、男の顔色も戻っていったのだ。


「うわぁ……」


 少女は思わずといった調子で声を漏らす。その声音は、見ている物への感動を素直に表していた。リュナウィッシュの手から光が消える。男の傷も、外套の穴も消えていた。


「治ったんですか?」


 問われたリュナウィッシュは、少女の方を向いた。感動に目を輝かせている少女の笑顔に、皇王は、少し心配そうに微笑んで、男を見下ろした。


「手遅れでなければ、これで大丈夫です」


 そんなリュナウィッシュの姿を、少女は探るような目つきで見ていた。そして、


「皇王様?」


 独り言とも問い掛けとも聞こえる声を聞いて、リュナウィッシュは少女の方を向いた。その顔を見て、少女の顔に、花咲く様な笑顔が浮かんだ。


「リュナウィッシュ皇王様だ!!」少女は言った。「うわ~美人さんだ~」


 あまりに無邪気なその反応に絆されて、リュナウィッシュは気の抜けた笑みを浮かべた。そして、そのまま腰を屈め、


「はい。わたくしは、リュナウィッシュ・ファムアートです」リュナウィッシュは自己紹介をした。「あなたは?」


「ガルティック・ストゥーミーです」


「ガルティック・ストゥーミー。分かりました」リュナウィッシュは言った。「あなたはこんな場所で何をしているの?」


「旅の途中なんです」


「旅?」


「はい」ガルティックは元気に答える。「強くなるための旅です」


 この答えを聞いて、リュナウィッシュの顔が少し曇った。


「……ガルティック。あなたは、ハムラム村の子どもですか?」


「はい。そうです」


 この答えに、リュナウィッシュは合点がいったという顔をすると共に、複雑そうな顔をした。


「あなたの村では、子どもを旅に出向かせることをやめたと聞きましたが?」


「あたしが頼んだんです」


「……あなたが?」


「はい!」ガルティックは答えた。「強くなりたかったんです」


「強く?」


「はい。あたし、村では一番強かったんです。それで、もっともっと強くなりたいって思ったんです。そしたら、昔の人は、村から出て行って一人旅をして、心も身体も強くなったっていうのを教えてもらったんです。だから自分も旅に出たいって言ったんです。最初はダメだって言われたんですけど、一杯一杯お願いしたら、試験? とかいうのを受けて、合格したから、旅に出て良いよと言われたんです。これが、合格の印です」


 そう言って、ガルティックは鎚を取り出して、更に右手の親指も見せた。少女の親指の先に、水ぶくれの膨らんだような白いものがあった。


「この膨らんだものを噛んで、そこから出てくる水っぽいのをこれに擦ると、これを思い通りに大きくしたり小さくしたりできるんです」


 そう語るガルティックの様子は、胸を張って、それを誇っているような態度だった。正直、リュナウィッシュは更に尋ねたいこと、伝えたいこともあったが、


「分かりました」リュナウィッシュは微笑む。「あとでまたお話ししましょう。もしかしたら、悪い人たちが来るかもしれます」


「悪い人?」ガルティックは鎚を革の入れ物に戻しながら言った。「バグなんとかかんとかでしたっけ?」


「『バグテリス』ですね」リュナウィッシュが、少し可笑しそうに言った。「そうです。近くに、『バグテリス』の使いの者……『ラヌラーヴァ』がいます。見つかってします前に、逃げださなければ」


「あたし、戦えますよ。もし皇王様が狙われてるなら、私が力いっぱい食い止めます」


 子どもらしい中にも、精いっぱいに出せるだけの凛然とした様子でガルティックは言った。その答えを聞くと、リュナウィッシュはルーアンの事を思い出さずにはいられなかった。


「ありがとう、ガルティック」リュナウィッシュは微笑んだ。「……でも、もしあなたが戦うとなると、私は一人で逃げなければならなくなります。真夜中の森の中を一人で進むのは寂しいのです。ですので、誰かと一緒にいてもらいたいのです」


 リュナウィッシュは、少しばかり懇願する調子で、そう答えた。彼女は、ガルティックを出来れば戦わせたくなかった。ハムラムの村の住人は、子どもの頃からかなり強大な力を有していることは知っていた。その中で一番強いとなれば、ガルティックの実力はかなりのものである。


 しかし、それは少女を一人残していい理由にはならなかった。敵がどれ程いるかも分からなかったし、それでなくても、このような場所に子供を一人にするわけにはいかなかった。その一方、少女が善意をもって気概に燃えていることそのものを、否定する気にもならなかった。飽くまで、少女の気持ちは汲みたかったのである。


「皇王様、寂しいんですか?」


「はい」リュナウィッシュはそう言って、ガルティックの右手を両手で包み込む。「もしよければ、私と共に来ていただけませんか?」


 ガルティックは、リュナウィッシュの真っ直ぐな瞳をじっと見返した。正直、言われた内容を忘れて、そのまま魅入ってしまいそうになるほど、綺麗な瞳だと思った。皇王の意図を組むことは当然できなかったが、それでも皇王に求められていることを受けて、


「分かりました」ガルティックは笑顔で答えた。「あたしも、一緒に行きます」


 リュナウィッシュの笑みに安心した様子が宿る。右手でそっと、その頭を撫でる。そしてリュナウィッシュは立ち上がり、馬の方を向く。それを追うようにガルティックも目を向けて、改めて馬が二匹いることに気が向いた。


「……馬が二匹なの、なんでですか?」


 素朴な疑問を投げ掛けられたリュナウィッシュはゆっくり振り返る。どう説明すべきか、少し困ったような笑みを浮かべた。


「もう一人乗っていたんです。でも、彼女は私のために馬から降りたのです」


 そう答えたリュナウィッシュは、努めて自らの悲哀を押し隠そうとした。しかし、子どもの鋭さをもって、ガルティックはそれに感づいていた。リュナウィッシュの先ほどの言葉と合わせ、彼女の寂しさに改めて触れたように感じた。


 あまりに真剣な少女の目付きに、リュナウィッシュは明るく振舞うように、


「きっと帰ってきますから、心配はあまりしていませんよ」


 その答えを聞いて、ガルティックも微笑んだ。皇王の気持ちを察したかのような笑みだった。


「さぁ、行きましょう」


 リュナウィッシュは馬の方へ近付いた。それは丁度、先ほど彼女が草原へ出てきた出入口となる道からそれるかたちになり、代わりにその道とガルティックがそこそこの距離を置いて、向かい合う状態になった。ガルティックも皇王に続こうとしたが、ふと男の事に気が付いて足を止め、振り返ろうとした。


 ──その時、ガルティックの右肩と左の太ももを、小さな光弾が貫いた。

作品の設定上、登場する人物の視点に合わせて、同じものでも表現の仕方を変えている場合があります。(例:コート→外套 ベッド→寝具)お付き合いいただければと思います。

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