尋問
階段から降りてくる男をラヌラーヴァ二匹は奇異な物を見る目で見ていた。男──光利は、彼らに一瞥をくれる事もなく階段を降りていき、ラヌラーヴァらに近付く。男二人は、その時ようやく、顔を横に向けて、光利の姿を見ることが出来た。
当初、何者かが分からなかったが、やがて、逃亡の際にこちらに向けて何かを撃ち込んで来た者……まさに今、自分達をこうした状況へと陥れた男であることを思い出し、仄かな怒りを込めた目付きをした。
「何者だ、貴様」
ラヌラーヴァの問い掛けには、一応の警戒心はあった。その一方、彼の行動によって二人の男を捕らえる事が出来たということもあり、その語調は心持ち柔らかだった。
光利は答えず、飽くまで彼らの方へ静かに近付くだけだった。そして、男達の前で止まる。二人を見つめる顔に表情は無く、かといって観察しているようでも、何かを待っているようでもない様子は、傍目に仄かな不気味さを感じさせる。
「……『ファムアート市民軍』。名は『パル・ギル』『セイ・ログ』」金髪、角刈りの順番に見ながら、光利は言った。「主に情報収集と武器調達を役割として受け持っており、二人で行動することが多い。同じ隊員である以前に、元々は親友同志らしいな。今日は武器調達についての話をしに行く予定のところを、運悪く捕まったんだな?」
二人は、途中から唖然とした表情で光利を見ていた。
「どうやってそれを……」
金髪に問われた光利は、ただ小さく肩をすくめるだけだった。そして、再び歩き出したかと思うと、角刈り男の方へと近付き、近くにいたラヌラーヴァの方を向いた。
「あんたに頼みたいことがあるんだ」
「あぁ?」ラヌラーヴァは自らを指さす。「俺か?」
「あんたらの求める情報を引き出す」光利は布袋を差し出す。「こいつをこの男に被せてくれないか」
「……」
言われたラヌラーヴァは戸惑い、もう一匹の方を見る。その一匹は、逆に面白そうにニヤニヤしていた。
「面白いじゃないか」その一匹の方が言って、光利の前に立って、その顔を彼に近づける。「それで? もし失敗したらどうする?」
「好きにすれば良いんじゃないか?」
淡々と、しかしまたあまりに堂々とした答えに、ラヌラーヴァは笑った。
「おい、言われた通りにしろ」
「お、おう」
言われたラヌラーヴァは光利から布袋を取り上げる。そのまま被せようとするのを光利は止めて、先に持っていた布でセイ・ログの口を縛る。男は抵抗しようと頭を左右に振ったが、虚しくもそのまま縛られてしまう。
「悪い。頼むよ」
光利に言われ、ラヌラーヴァは改めて、布袋を男に頭から被せた。これにも抵抗した男は、そのまま椅子から倒れてしまう。それでも根気よく、ラヌラーヴァは布袋に男を入れていく。袋はなかなか大きく、男の膝より少し下を除き、ほとんどすっぽり被ってしまった。
それを確認すると、光利は持っていた紐を手渡し、ラヌラーヴァに指示すると、怪物はその通り、膝を紐で括る。そしてそのまま起こすと、椅子に座らせる。光利はゆったり歩いて、そんな彼の後ろに立った。その後頭部に当たる部分に目を向ける。一応は静かに座っており、少なくとも抵抗する素振りは見せない。
「……とりあえず聞きたいことは?」
「あぁ?」ラヌラーヴァが答える。「あぁ、こいつらの根城だ。とりあえずはそれだけだ」
「なるほど」光利はパル・ギルの方を向く。「だとのことだ」
光利に目を向けられたパルは、威嚇と仄かな恐怖の浮かんだ目を、彼に向けたり逸らしたりする。微かに戦慄いている。しかし答える気配はない。
光利はS&W M10を取り出すと、躊躇う素振りすら見せずに、ログの左肩に銃口をつけて引き金を引いた。
「!!!」
轟音と共に、弾丸に肩を貫かれたログは、再び椅子から転げ落ちた。抑えようとしてはいるものの、明らかに苦痛に呻いていた。打たれた辺りを中心に血が広がり、そこから下も所々、滴る血が付着していた。
轟音もさることながら、その突然の出来事に、ラヌラーヴァ二匹すらも驚愕の表情を浮かべて光利に目を向ける。光利の表情には何の変化もない。飽くまで平穏なまま、撃つ前と同じであった。しかし、先の行動によって、その表情の帯びる意味は変わる。少なくともパルは、一気に噴出した恐怖無しに、彼を見ることは出来ない。
光利は少し歩きだし、倒れたログの左側に立った。手にはM10を持ったままである。パルのいる方向から、よりはっきりとその全身が見える。更に、その足元のログの方を見やすくなった。
目を下に向ける。ログは縛られたまま、まるで芋虫のように、その場にもがいていた。前に進もうという気配のないところは、そのまま静まっていって、やがて動かなくなってしまうのでは無いかと思われるほどだった。
「……もう一度。答えてもらえると嬉しいが?」
問われたパルは、光利の方を向く。光利は直立不動の体勢のまま、飽くまで柔らかな表情をしていた。注がれる視線に、じっと見ているといった凝視をしている感じはない。その目は曖昧で、霧のように、静かにそのまま流れていきそうな目だった。
何事にも興味を持っていないような瞳……何ら威圧的な物はないはずなのに、脅される以上の恐怖感を煽られる。パルの後ろに立っているラヌラーヴァが、そんな彼を見下ろしていた。
答えるべきか否か……彼は迷っていた。この時点で、彼の秘密を守ろうと言う意志はかなり薄弱なものになっていた。言うのを躊躇わせたのは、裏切り者という不名誉な称号の忌避と、言うことによって起こるであろう災厄に対する罪悪感であった。
何も言わぬパルに対し、光利は再び、ログに向けて銃弾を撃ち込んだ。ログの叫び声は、口に縛った布と彼を包む布袋によって淀んだ、抑え込まれたような叫び声が上がる。パルは顔を前にやって目を逸らす。
しかし、後ろのラヌラーヴァが後ろから、両手で彼の頭を無理矢理ログの方に向け、親指と人差し指で、その目を開けさせた。パルの目に、呻きながら全身をのたうっているログの姿が写る。撃たれた太股から血が広がっていく。
ふとパルは、ログの事が気になりだした。どれ程の苦しみか、何を考えているのか、何を訴えようとしているのか……
彼は想像した。彼の苦しみの表情を。もし彼が救いを求めていたら?彼は今、その苦しみのため、自分自身にすらも怒りを覚えているのではないか?もし彼がこのまま死ねば、次は自分が同じ目に……? 心苦しさと罪悪感と恐怖によって、彼の内面は混沌としていた。
「──安心しろ」
夢から覚めたように、パルは光利に目を向ける。光利は下を見て、すぐまたパルを見返す。
「撃たれた場所で死ぬことはない……一応は」
光利はその場に屈んで、その銃口を、ログのふくろはぎ辺りに引っ付ける。体をびくつかせながら、ログは呻いた。光利はそのまま銃口を離すと、今度は脇腹辺りに引っ付ける。その視線を上げる。パルの混沌はなお激しくなる。光利の近くにいたラヌラーヴァは、目に見えて引いていた。
光利は視線を落とす。銃口を離すと、ゆっくり動かして、今度はそのこめかみ辺りに引っ付けた。ログは大きな呻き声を上げた。
「待ってくれ!!」
パルの叫び声に、皆が一気に視線を向ける。
「待ってくれ!! 言う……言うからやめてくれ! もう解放してくれ……!!」
パルは大きく項垂れ、絞り出すようにそう言った。ラヌラーヴァ二匹は互いに、驚きの視線を向け合った。光利はM10を懐に仕舞いながら立ち上がる。
「解いてやってくれ」
「えっ? あ、あぁ……」
光利にそう言われたラヌラーヴァは、戸惑いながらも言われた通り、布袋からログを解放する。ログの顔は真っ青になり、半ば閉じた目は気絶でもしているかのようであった。光利が見下ろしていると、目だけそちらを見返した。
「今言ったことを忘れるな」
ラヌラーヴァが人差し指でパルを指しながら言いつつ、光利の方へと近付く。
「なかなかやるじゃねぇか。大したもんだ。名は?」
「聖光利」
「ヒカリ……」その名を覚えようとするかのように、ラヌラーヴァは呟く。「一応は、覚えといてやるよ」
それはどことなく皮肉めいた調子があったが、語調からして、当人にはそう言った意識は無いのだろう。
「もし、良ければでいいんだが」光利は臆する様子も見せずに行った。「あんたに、一つお願いがあるんだが」
「なんだ?」
「あんたらのお仲間に、俺も混ぜてほしい」
「……何?」ラヌラーヴァは不信感を顕わに見せる。
「あぁ」
光の確信に満ちた返事に、ラヌラーヴァはもう一匹に目を向け、互いに見交わした。不信感は、もう一匹も同じだった。
「……貴様の働きには感謝している」ラヌラーヴァが光利を見ていった。「しかし、この程度の働きでは、我々の仲間になるというのは、少々難しいかもしれないな」
「そうか」光利は言った。「じゃあ一つ、手土産として、あんたに良い情報を提供するのはどうだ?」
「良い情報?」
「あぁ」光利は答える。「例えば……皇王様の居場所とかだ」
作品の設定上、登場する人物の視点に合わせて、同じものでも表現の仕方を変えている場合があります。(例:コート→外套 ベッド→寝具)お付き合いいただければと思います。