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死に際の殺し屋は、異世界で皇王と出会った  作者: 玲島和哲
プロローグ~ボウディン
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殺し屋式酔っぱらい対策

 ラヌラーヴァらの入った飲食店は、賭博も兼ねているようで、奥にはビリヤードのような見慣れた台から、遊び方こそ予測はつくが、見たことはない物が机の上に乗ったりしていた。


 光利がその店に入った時、ラヌラーヴァ二匹と男二人は、カウンターにある古ぼけたドアに入っていくのが見えた。店の中は澄んだ倦怠感が漂っており、客は徹夜明けと思しき沈鬱な態度で、酒を飲んでいた。誰もラヌラーヴァらの様子を、知らぬ存ぜぬという態度である。


 店内をひとしきり見回した後、光利は真っ直ぐ、カウンターの方へと歩き出した。そんな折、酒の入った杯を持ってうつらうつらしていた男の席の後ろを通り過ぎるのと同時に、その男が前に勢いよく倒れ、頭を音が響く程に机にぶつけた。


「あ~、くそぉ誰だっ!!」男は立ち上がりながら光利の方を見る。「おまえだぁ、止まれぇっ!!」


 光利は立ち止まり、ゆっくり振り返る。男は椅子をどかし、少しふらつきながら光利の方へ近付く。


「おめぇ~は俺にぶつかっておいて何も言わずに行くつもりだったんか!? あぁ!? ちゃんと謝るのが筋ってもんじゃないのかぁ!? ワシはなんか間違った事言っとるかぁ!?」


 酔って上手く呂律が回らないらしく、線からはみ出した水彩絵の具のように、語尾がなだらかに伸びる。


 酔っ払いが座っていた席の向かい側に座っていた数人の内の一人が、他の連中を、何かを企んだ様な笑みを浮かべて見回すと、そのまま勢いよく立ち上がり、酔っ払いの隣に立った。


「謝罪だけじゃないな」男が言った。「酒まで零れてる……こりゃきっちり弁償しなきゃならん」


「んっ……? あっ!」


 酔っ払いは持っていた酒瓶を見て驚いた。その驚き方がまた、酔っ払っている影響だろう、何ともわざとらしく見えた。


「……ぶつかってなんかなかったよな」


「勝手に頭ぶつけただけだろ」


 酔っ払いと同じ席にいた二人が小さな声でやり取りをした。ほとんど音のない空間なので、三人の耳に聞こえなかったわけではなかったが、何の反応も返さなかった。


 光利は、酔っ払いと男の顔をそれぞれ見比べる。酔っ払いは不満げに、男はニヤニヤと口の角を小さく吊り上げている。一つ小さく息を吐く。緩慢な動作で右手を、S&W M10を持ったままポケットから出す。そのまま引き金を引くと、酔っ払いの右足に向けて一発引き金を引いた。轟音と共に、男の足を弾丸が撃ち抜いた。


 酔っ払いは、その喉が張り裂けんばかりの激しい苦痛に満ちた叫び声を上げながら、足を押さえながらその場に倒れた。皆が一斉にそちらに目を向ける。驚いた男は、苦しむ酔っ払いに向けていた目を光利に向けて、その胸ぐらを掴んだ。


「テメェっ一体何を……」


 男の怒気は一気に萎んでいった。光利は飽くまで、その顔に何の感情もその表情に現さなかった。半ばぼーっとしているともいえる表情は、時折の瞬きを除いて、何らの動きもなかった。


 ……男を見つめる光利の目は、まるで淀んだ黒い沼のようであった。何の反応もしない代わりに、その沼のごとき目を持って、相手を飲み込まんとする勢いである。人一人を撃ち抜き、胸ぐらを捕まれても何の表情も現さず、じっと淀んだ瞳を向けてくる男は、その手にM10を持ったまま、動かなかった。


 しかしまたその一方で……一秒先すら予測がつかなかった。この男はその状態で、如何なる事もしでかせるのではないか。唐突にM10を掲げ、相手の頭を撃ち抜き、それどころか、見ていた者の頭を全て撃ち抜き、一通り見回した後──もしかしたら何かを飲み干し──何て事無く店を出ていく。凄惨な現場を背に、飽くまで淡々とした態度で……


 男の額に脂汗が流れる。そこまで思う事無く思うと、少し突き飛ばすような勢いで胸ぐらから手を離し、その場から背を向けて出ていこうとする。


「おい」


呼び止められた男は振り返る。光利はじっと、男に視線を向けていた。


「店ん中が汚れてんだろ。掃除して出ていけ」


「……」


 男は挙動不審に目を開閉したり光利に向けたり酔っ払いに向けたりして、やがて店の隅にある清掃用具のあるロッカーはと近付いて行く。光利はそれを見届けると、今度は酔っ払いの座っていたのと同じ席にいた二人に目を向ける。二人は間違いなくびくついたが、目を逸らせることが出来なかった。


「足の血を止めてやってくれよ、ジャンパーか何かでくるんでやって。そうして、たぶん医者とかいるだろ? 連れてってやれよ」


 それだけ言って光利は、答えを聞くこともなくカウンターの方へと歩いていく。その姿を途中まで見送った二人は、やがて言われた通りジャンパーを脱いで、未だうずくまって苦しんだままの酔っ払いに近付いた。


 バタバタしている後ろを振り返りつつ、カウンターまで辿り着いた光利は、ふと下を見て、床に血の跡が点々と着いているのを見た。足の裏を向けて確認してみると、酔っ払いの広がった血が付着していることに、その時始めて気が付いた。


 が、特に気にする様子もなく、改めてカウンターの方を向いて、両腕を机に置いた。主人がひきつった顔で光利を見ていた。


「そろそろ静かになるよな? 後ろ」


 光利は右の親指で後ろを指しつつ、淡々と言った。


「あ、あぁそうだろうな……」


 主人は恐る恐る言った。光利は気にせず、酒を一杯注文した。飲みやすい酒は、既に確認済みである。主人は光利の方にチラチラ目を向けつつ、しかし慣れた手付きで酒を入れて光利に差し出した。光利はコップに口を着けて少しだけ飲んだ。確認した通り、口当たりの良い味をしており、光利は頷きながらコップに目を見ると、そのまま机の上に置いた。


「……人一人分、包み込めるような布袋は無いか?それと長めの布といくつかの紐。しっかり結べる奴だ」


「……」


 主人は不審そうな目つきをして、奇妙な問い掛けをした男を見る。しかし、余計な関わり合いにはなりたくないと判断して、カウンターの端の方に行ってしばらく物色し、言われた通りのものを持ってきた。光利はそれを受け取る。


「……そこに入らせてもらうが良いか?」


 光利は真っ直ぐ人差指を前に向ける。一瞬ビクッとなった主人は、後ろを振り返る。先程ラヌラーヴァらが入っていったドアが、ぼんやり閉じていた。


「ま、待ってくれ! ここは流石に……」


 主人が前を向くと、光利はM10を取り出して、銃口を彼に向けていた。主人の動きが止まる。光利は表情も変えず、頭だけ右側に傾ける。


「……」


 やがて、主人の顔に、諦めといおうか呆れといおうか、どうすることも出来ないのだと悟ったような表情を浮かべた。光利と向かい合った位置から少しずれて、カウンターを下から持ち上げて机を開ける。


 光利はM10を持ったままそこに近付き、カウンターの中へ入る。ドアの前まで来た時、不満そうな顔で脂汗を浮かべている主人の方を向く。


「……安心してくれ。悪いようにはならん」そう言って、光利はドアを開こうとドアノブに手をかけた後、「たぶん」


 飄々とそう言い残してドアを開いて中へ入っていく光利の姿を主人は半ば、唖然とした表情で見ていた。

作品の設定上、登場する人物の視点に合わせて、同じものでも表現の仕方を変えている場合があります。(例:コート→外套 ベッド→寝具)お付き合いいただければと思います。

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