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死に際の殺し屋は、異世界で皇王と出会った  作者: 玲島和哲
プロローグ~ボウディン
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聖光利──その過去2

 独立し、更に気持ちも一新したかった光利は、彼の住んでいる場所から遠い地へと引っ越しを行った。叔父からの援助もあったが、基本は彼が貯めた貯金が利用された。閑静なアパートの一室で、荷物もほとんど無く、必要最低限だった。


 仕事の内容は、端的には『殺し屋』である。依頼で殺すように頼まれた者を、依頼者に悟られずに殺すという、当然の仕事。当然堂々と広告などは出せないため、所属していた暴力団体やそこでの仕事で知り合いになった者らに、裏社会に彼のことを宣伝させた。


 ただし、条件がかなり厳しかった。依頼金が何百万単位越え、依頼主やターゲットに関する情報提供は当然として、依頼主とターゲットがどう言った関係か、殺戮によって起こり得るリスクの想定はあるか、仕事に関係するものであればいかなる情報も提供するか……


 また、もし行き違いや情報の提供不足があれば、その分の違約金を払うなど、依頼主からすれば少々リスクの大きな条件ばかりであった。それ故か、当初はほとんど依頼など無いも同然だった。


 しかし、数は少ないながら舞い込んでくる依頼を、依頼主が満足する形で次々と完璧にこなしていくと、彼に仕事が次々と舞い込むようになっていった。


 殺人は当然のことながら、そこに至るまでの徹底的な調査や計画、それらを依頼主に確実に報告、確認する姿勢などが、次第に評価されていったのである。依頼によっては、自らが仕事の経費も出すことも行っており、そうしたことを評価する者もいた。


 また、依頼の仮定で聞き出した情報を売ることが無いこと、ターゲットに確実に寝返ることのない手堅さが、彼に対する信頼にも繋がっていった。裏社会とて、いや裏社会という反社会的な存在であるからこそ、こうした手堅い仕事、そこで成立した信頼関係は重宝された。


 その一方、こうした仕事をしていれば、当然相手方に狙われることもあった。事実、何度か狙われたことも無いではなかった。しかし、こうしたことには全て確実に対処を成功させており、狙ってきた者の所属する団体、あるいは自らの処理を依頼した主の元に直接出向き、脅迫紛いに恩を売り付け、ある依頼によっては一回限りながら協力をさせたり、場合によっては、その組織を潰すということさえした。こういった話題が流れることにより、光利には手が出されぬようになっていった。


 こうした生活の中で、彼は前述した評価を受けたのだ。


「あの男の目は怖い」……


 ──ある日光利はある組織から仲介者を通じて依頼を受けた。その組織の中で、幹部に黙って麻薬の売買をしている者がいるということである。当初光利は、組織の中のゴタゴタは自らで解決すべきではと確認したが、依頼主たる組織は以前、別件で大きな問題を起こしてしまい、警察に睨まれていることから思うように動けなくなったということである。


 麻薬の売買をしている面子に関する情報もしっかり提示され、金銭的にも悪くなく、後処理も組織の方で確実に行うという事で光利は引き受けることにした。唯一の問題として、麻薬の売買には、二人ほど組織外の人間が関わっているという。情報を探してみたもののどうしても見つからぬということだった。


 しかし、特に大きな組織が関わっているということもないらしく、また、何かしら情報が見つかれば即座に知らせるということ、もし不意に何かしらのアクシデントが起きたときには、その対処に手を貸し、料金も余分に支払うことということで光利は了承した。


 仕事は単純そのものだった。深夜にある廃ビルに組織の連中とその二人が現れるという情報があり、光利はそのビルを徹底的に調べあげた上で、ある日の深夜、その廃ビルに出向いた。乗り込んで始末する仮定で、難しいものは何もなかった。


 ほとんどが下っ端と中堅どころだったものの、拳銃の扱いもなってなければ、ろくな度胸も備わっていなかった。光利は飽くまで仕事に集中し、余計なことは考えなかったが、もう少し軟派な人間であれば、その仕事の呆気なさに脱力したところであろう。次々と組織の裏切り者を始末するなかで、なんとなく、これが組織外の人間なのだろうという者も一人始末した。


 ビル内の人間をほとんど始末すると、残りは一人になった。組織外のもう一人である。ほとんどの者が彼に向かって来たにも関わらず、何故その一人が現れないのか。光利は警戒しながらその一人を探し、最上階まで辿り着いた。そして、その一番端の部屋に、一人の男を発見した。


 部屋は荒れ果て、ガラスやら瓦礫やら、比較的当たらしめの缶の様なゴミが落ちており、光利の入ってきた場所から丁度反対の場所に位置する壁の高いところに、ガラスがほとんどの破られた窓があった。そこから注ぐ月光がその窓の形に落ちて明るくなっているため、辛うじて柱に寄りかかって、足を伸ばし座っている男の姿を認めたのである。男からの反応は無かった。


 光利は部屋に入り、足場のものを蹴ったり踏んだりで音を鳴らしながら男に近付いていく。男の無反応が不気味で、動揺することこそ無かったが、警戒心は少しずつ強めた。やがて、光利は男の真正面に立った。そして、男が何故無反応だったかを察した。


 落ち窪んだ目、半端に剃られたために残ったあごひげ、ぼんやり開いた口からは涎が僅かに垂れている。頬はこけ、両手はだらりと、掌をこちらに向けて伸ばし、全身は筋肉を削いだかのように細いにも関わらず、腹は酒太りでもしているように出っ張っていた。その辺りで留められたスーツのボタンが、押し込められているように、その腹に埋もれている。


 目は呆然と光利の方を向いているが、光利を認識している様子は無く、虚ろとしていた。埃と酒か何かの跡などで汚れているスーツやスラックス、第一ボタンが取れて、だらしのないカッターシャツが、まだ綺麗に見える。ネクタイはしていなかった。


 当初、光利は男が既に死んでいると思ったが、僅かに聞こえる息の音、それに合わせて上下する腹を見て男が生きていることを確認し、袖をめくった右腕の注射針の後を見て、男の状況をおおよそ把握した。


 ……そうして観察する中で、光利はふと、男をどこかで見たことがあるように思った。仕事の最中には、そうした興味を覚えても、必要以上に干渉することはなかったのだが、その時は何故か、この男の事が気になった。


 光利は男に近付き、やはり何の反応もないのを確認すると、胸を軽く叩いてみて懐に手を差し入れ、カードケースと思しきものを取り出した。中のカードを取り出し、数枚ほど順番に確認していくと、保険証が見つかった。


 ──月光のもと、そこには、名字と名前の間にスペースを開けて、『聖勝利』という名前が記載されていた。


 光利は改めて男の顔を見る。なるほど、酷く落ちぶれてこそいるが、確かにどこかで見たことがある顔ではある。厳密に言えば、どこかで直接見たわけではない。その面影を、定期的に鏡に写す自らの顔に見ていた。ふと光利は、何故母が自らの首を吊ったかが、分かったような気がした。


 そして……それ以上特に何の感慨も湧かず、興味も無くなっていた光利は、男に銃口を向け、その頭を撃ち抜いた。二つの影による芝居はそれで終わり、立っていた一つは、そのまま部屋を、ビルの中を立ち去って行った。


♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦


 ──早朝に目が覚めた光利は、ドルクルの小屋の裏庭に出て空を見上げた。太陽の上り初めで、空は晴天の青を予感させる紫色だった。コートを着込み、前のボタンを閉じ、ソフト帽をしっかり被っていた。


 視線を下ろせば、静かな湖に、丁度彼の目の向けた所から円状に波紋が広がっていく。そこに映った自らの帽子のツバに、そしてコートに手をかけ、服装を整える。


 小屋に戻り、更に足音を忍ばせ出入口まで向かってまた外に出て、そのまま山道に出ようとする。


「もう行くのか」


 声をかけられた光利が振り返ると、ドルクルがこちらに近付いていた。一応しっかりしているようには見えるが、細めた目にまだ眠気が残っていた。光利はそっと微笑む。


「あぁ。行動は早い方が良いからな」


「そうか」ドルクルは彼の隣に立つ。「準備も大丈夫か?」


「あぁ。色々世話になった」


 そう言って、光利は帽子のツバを軽く上げて挨拶をすると、そのまま歩き去ろうとした。


「……光利」


 再度呼び止められ、光利は振り返る。


「信用しておるぞ」


 そう言われて、光利は返事をするように帽子を軽く上げて、そのまま歩き去った。その背中に、ドルクルの不審に満ちた視線を受けながら、しかし彼は、平然としていた。

作品の設定上、登場する人物の視点に合わせて、同じものでも表現の仕方を変えている場合があります。(例:コート→外套 ベッド→寝具)お付き合いいただければと思います。

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