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死に際の殺し屋は、異世界で皇王と出会った  作者: 玲島和哲
プロローグ~ボウディン
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殺せる目

「──眼鏡とは、面白い形をしていますね」


 リュナウィッシュは、光利の持っていた眼鏡を上に掲げながら言った。ガルティックとドルクルも、興味深そうにそれをじっと見上げていた。光利がこの国に来て、再度元の世界との違いが見いだされた瞬間だった。


 眼鏡の事が話題に持ち上がったのは、三人が帰宅して、昼食と片付けの終わった後、ふと、変装について話している時だった。


 リュナウィッシュがこれから旅をするうえで、変装をした方が良いかどうかという話しの中で、光利がふと口にした時、リュナウィッシュら三人は、それが何かを問い掛けたのだ。光利は、変装用にたまたま持っていた一つ取り出して、皇王に手渡した。


「本来は目を悪くしてしまった時に使うんだ」光利がそう説明する。「見え辛くなった時にそれをかけると、元のようによく見えるようになる。掛けてみても大丈夫だぞ?」


 眼鏡を下に向け、光利の方を向いてその言葉を聞いたリュナウィッシュは、眼鏡の方へ見下ろし、そっと眼鏡をかけてみた。そして、顔を上げて顔の方に垂れてきた髪の毛を後ろにやって、掛ける瞬間閉じていた目を開いた。そして、両方のテンプルの方を人差し指と親指で軽く掴んだまま、右に左に顔を向ける。


「……特に、目がよく見えるようになったという感じはしませんね」


「それは変装用だからな」光利は軽く笑って答えた。「フレーム……あぁ、鏡みたいな透明の物が張ってあるだろ? 本来は目を悪くした者専用の物をはめ込むようになっているんだ。今のそれは飽くまで単なる透明な板でしかない」


「なるほど」


 リュナウィッシュは、相変わらずテンプルの方を持ちながら、前を向いた。


「リュナウィッシュ様」


 ガルティックに呼ばれた皇王は、少女らの方を向いた。その瞬間、二人は笑顔になった。


「とても、似合っていますよ」


 ドルクルが感嘆とした様子で言った。


「ありがとうございます」


 そのやり取りを見ながら、光利としてもドルクルの意見に賛同した。眼鏡がないという世界で、恐らく彼女がこの世界で初めて身に着けたであろうに、まるで今まで着けてでもいたかのようにあった。その一方、


「なんだか、別の人みたい」


 ガルティックがそんな感想を漏らした。実際、眼鏡のない状態とは、それなりに雰囲気は変わっていた。無論同一人物だといわれれば納得が行くが、何も知らずすれ違えば、一瞬目で追いかけこそしようが、確信に至ることはなさそうである。


 ……ふと、そんな彼女を見ながら、光利は右手を口の方へ持っていき、しばし考えるようなしぐさを見せて、


「皇王さん、少し良いかい?」


 リュナウィッシュは、彼の方を向いた。


♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦


 ──光利は鋏を利用して、リュナウィッシュの髪の毛を切っていく。そこはリュナウィッシュとガルティックが就寝を共にした、二階にある寝室である。二人で眠るには少し狭そうなベッドが隅の方に、その上の方に大きめの四角い窓があり、そこから射す日光が、丁度二人のいる方に注がれていた。


 下にはドルクルに用意してもらったシートを敷いて、リュナウィッシュには椅子に座って、カット用のクロスを着てもらい、光利は慣れた手つきで、彼女の髪の毛を短くしていく。斬られた髪は日を受けて、煌めきながらシートの上まで落ちていき、さしずめ翡翠色の小さな水たまりが出来て言っているという様子である。


 光利がリュナウィッシュの散髪を提案したのは、髪の毛を変えるだけでもかなりの印象が変わるはずだからという物だった。この国で皇王が髪を切ることに何かしら懸念すべきことがあるかを確認し、特に何の問題もないということで即決された。


 リュナウィッシュは背筋を伸ばし、その目をつむって、光利の切られるままに黙っていた。


「顔に切った髪が落ちる時がある」光利は言った。「痒かったり気になったら言ってくれ」


「分かりました」


 そうは答えたものの、散髪の間、リュナウィッシュは声を上げるどころか、微動だにしなかった。まぶたなり鼻なりに髪の毛が落ちても、素知らぬ様子で、凛と座っている様子は、彼女の生真面目さと育ちを、仄かに感じさせるものがあった。


 髪の毛の切られる音と、落ちる際の柔和な音、光利が少し回り込む際に足で床を踏む軋音以外に、聞こえてくるものは何も無かった。


 ──散髪を終えて階段を下りて来る時、机で向かい合って会話に興じていたガルティックとドルクルが振り返って二人を、特にリュナウィッシュの方を向いた。ショートカットになったリュナウィッシュは、視線を向けられると思わず立ち止まり、二人の方を向いた。


「……ほぉ、これはまた……」


「似合ってますよ。リュナウィッシュ様」


「ありがとうございます」


 リュナウィッシュは、嘘偽りを感じさせない感想に、丁寧な感謝の念を示した。彼女の横、壁側に控えていた光利が促すと、皇王は再度ゆっくり階段を下りていく。ガルティックとドルクルが、皇王に近付いた。


「……髪切るの上手いね、光利」


 リュナウィッシュの、前に横に後ろに移動しながら髪を観察し、ガルティックは言った。光利は少女の方を向いて、返事を返す代わりのように肩を竦めた。


「確かにな」同じようにリュナウィッシュの髪を見ていたドルクルが言った。「それに、光利が言っていたように、印象もだいぶ変わるな」


「だろ?」


「ドルクル」リュナウィッシュはドルクルの方を向いて言った。「机の上のお茶、飲んでも良いですか? 少し、喉が渇いてしまって」


「あぁもちろんですとも」


「では」


 リュナウィッシュが机の方に向かうと、ガルティックもそれについていき、一緒にお茶を飲んで、軽く談笑し出した。


「──光利」


 二人の方を見ていた光利は、ドルクルに呼ばれてそちらに目を向ける少しばかり、彼の目が真剣な、そして仄かな不審の念を表している。


「お前さんの、拳銃とかいう武器だったり、眼鏡だったり散髪といった変装術についてだったり、随分と精通しているように見受けられるが」ドルクルは少し声を落とす。「お前さん、元の世界とやらでどんな生活を営んでいたのだ?」


 その真剣みを帯びた問い掛けに、光利は真顔で、少し考えるように上を向いた。その様子はしかし、どこか肩の力の抜けた、余裕のあるようにも見えた。事実、また視線をドルクルの方に向ける時、仄かな笑みを浮かべた。


「どんな仕事をしていたと思う?」


 おどけたようにも見える笑顔で、光利は答えた。その答えに、ドルクルの不信感が、その表情に色濃くなったが、光利は気にせず、リュナウィッシュらの方を向いた。


 ──ふと、一瞬見えたその表情を通じ、彼はいつか、自分に向けられた言葉を思い出した。彼が殺し屋家業を営んでいる時、初めは比較的親しくしていたにも関わらず、いつからか時折、彼に目を合わせないようにし出した者が出てきた。仕事上問題もなかったのだが、ある日、そんな中の一人が誰かと会話をしている中で、彼の事をこう評していた。


「あの男の目は怖い。どんよりどす黒く、凄んでるわけじゃないのに、見つめられるだけで威圧されてる気分になる……まるでそのまま見つめていると、突然撃ち抜かれるんじゃないかと思わせられるというか……どんな奴だろうと、躊躇なく平然と殺せる目だよ、あれは」

作品の設定上、登場する人物の視点に合わせて、同じものでも表現の仕方を変えている場合があります。(例:コート→外套 ベッド→寝具)お付き合いいただければと思います。

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