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死に際の殺し屋は、異世界で皇王と出会った  作者: 玲島和哲
シュニディー
100/100

いがみ合い

 リルシー姉妹がググルスの募集を受けたのは、単に給料が他の仕事よりも良かったからである。ルイは給料を見て、これまで受けた仕事でもここまでいい給料の仕事は無かったと嬉々としながら、マルにこの仕事を受けることを提案した。


 本を読まぬルイにとって、ググルスはどこかで見聞きしたことがあるかもしれないという程度の作家である。一方、マルは彼の本も読んでいたし、その言動、その思想も知っていた。彼に対し、彼女は良い印象は持っていなかった。


 最終的にマルは、仕事を受けることには賛同した。しかしその一方で、最後には、ルイとググルスの衝突が生じ、すぐに辞めることになるだろうという風にも考えていた。


 雇われた当初こそ、姉妹とググルスの間には、特にこれという問題も起きなかった。双方ともに、一応は必要最低限の礼儀を持って接してきた。しかし、親しみの生まれることのなかった両者の間に溝が出来ていくのも、そこまで時間はかからなかった。


 ググルスは雇った彼女達に対して、当初こそ意識的に礼儀に叶った態度を取っていた。問題は無意識の内の態度である。彼は何の気なしに、平然と、姉妹に対して侮蔑的な、あるいは軽蔑する様な言動や態度を示したのだ。


 彼のこうした傾向は、敵対者に対してはもちろん、彼の支持者、辛抱者に対しても示してきた結果である。彼は良く受けを狙う目的で、当人としては冗談のつもりで、相手を侮蔑する様な事を取ってきた。


 人によっては彼のこうした面に不快感を抱いたが、表立っては彼に対して窘める者はいなかった。そうした環境によって、彼は人を見下すことが自然な態度となって行ってしまっていた。


 更に、ググルスはググルスで、姉妹、特にルイに対し徐々に悪印象を抱くようになった。仕事も料理も雑で、何事もはっきり物申す、淑やかさや穏やかさとは真逆の性格とその顔立ち。ルイは、彼にとって忌むべき女性の素質をことごとく持ち合わせていた。


 ルイほどではないが、マルに対しても、あまりいい印象を持っていなかった。


 彼女はルイに比べればまだしっかり仕事をこなすし、あまり口を開かないし落ち着いた性格をしていた。しかし、それらは彼にとって、淑やかさや穏やかさではなく、感情の乏しさ、味気無さしか感じなかったのである。


 実際、彼は何度か彼女に対し話しかけたことがあったが、彼女の反応は彼の期待する者とはおおよそ遠かった。たとえ物静かでも、そこには慈愛のこもった微笑み、大らかさ、敬意を示してほしかった。穏やかさが、七色の感情で優しく彩られる様を見たかったのである。


 結果として、姉妹とググルスの間の溝はどんどん深まっていった。ググルスはより露骨に姉妹を蔑視していき、マルはともかく、ルイはかなり反抗的な態度を見せ始めた。特に、ググルスが彼女を侮蔑するようなことを言った時、平然と差別的なことを言った時は、噛み付かんばかりに文句を言った。


 そうして二人の間に喧嘩が勃発した。マルはそれを見ながら、仕事を辞めるのも時間の問題だと思った。ルイが辞めると言うか、ググルスが二人を首にすると判断するか。どちらにせよ、マルは構わないと思った。彼女にとっても、彼の態度も言動も不快だった。


 ……ところが、ルイから辞職の意思は示されなかった。ググルスが彼女達を首にすることもなかった。これにはマルも驚いた。ググルスはともかく、少なくともルイなら、ある程度圧迫感、息苦しさを感じれば、平然と雇用主にさえ喧嘩を売って辞めることも少なくなかったからだ。喧嘩をしながらとはいえ仕事を、それもいつも通り手を抜くことなく続けることは、予想外だった。


 ある時、就寝前の会話の中でマルはルイから、


「マルちゃん、もしかして仕事辞めたいって思ってる?」


 それは二人用の寝具に俯いて寝たままのやり取りだった。二人はもともとググルスの家の中でも特にひどい部屋をあてがわれていた。しかし、ルイがググルスに反抗心をむき出しにするようになった辺りから、彼女の抗議によって、現在の部屋になったのだ。


 マルにとって、ルイのその問い掛けのきっかけは分からない。ただ、もしかしたら、自分の戸惑いが姉に気取られたのではないかと気がしてならなかった。この質問を好機ととらえたマルは、


「私は全然大丈夫だよ」微笑みながらそう答え、「むしろ、よくお姉ちゃんの方が辞めたいんじゃないの?」


「なんで?」


 マルからの問い掛けの意味を把握しかねるという反応を妹に見せ、逆に彼女を戸惑わせた。


「……だって、よく喧嘩してるから……」


「あ~、まぁ確かにね」ルイは納得しつつ、「でもあれはちょっとね、なんというか、色々危ないというか。多分私らが辞めたら、下手すると他の人が使用人になっちゃう可能性があるわけじゃん? それは食い止めないと。あの人、の考え方というか、人の見方……っていうの? まずいって言うかさ? 間違ってるものは間違ってる、まずいなものはまずいって言わないと、あれは駄目だよ」


「……」


 思いのほかしっかりした姉からの答えに、マルは即座に返答できなかった。そして、それが何だか、あまりに姉らしい態度に見えた。彼女は笑顔になると、


「うん。そうだね」


 ググルスが彼女達を追い払わなかったのは単純だった。もともと彼は、昔の富裕層によくいた給仕を家で雇いたいと思い、よく募集をかけていた。しかし、これが彼の思うように事が運ばなかった。


 給仕にせよ使用人にせよ、昔の様になる者、なろうとする者はかなり少なくなっており、なったところでさして時間も経たぬうちにやめる者も多かった。端的に言えば、使用人とは新たなる就職先を決めるまでの稼ぎ口という感覚が、既に一般的に広がっていたのだ。


 更に悪いことに、彼は使用人を女性しか募集しなかった。彼の女性観は、女性自身からも支持がないわけでは無かったが、当然全的に肯定されるわけでも無い。多くの女性が大なり小なり、彼を拒絶したのである。


 仮に雇い入れた者がいたとしても、その女性観に基づく、彼の無自覚の侮蔑、蔑視、軽視は、彼女達を苦しめ、悩ませ、苛立たせ……結果的に、仕事が続けられない状況に追い詰められたのだ。


 リルシー姉妹が彼のもとに働きに来た時点のは、最後に雇ってから数年過ぎたころである。また、姉妹の働いている間も、使用人募集の広告を出していたにも拘わらず、彼のもとで働く意思を示す者は全くなかった。既に、彼に関する悪評が祟っていたのである。


 使用人に関して、彼はろくな目に遭っていない。にも拘らず、彼は飽くまで、家に女の使用人を置くという事に執着した。それが結果的に、幾度となく言い争いが続くにも拘らず、ググルスに彼女達を自分達の家に置き続けさせる決断をさせたのだ。


 マルはググルスのこうした事情を何となく察していた。それは彼の口ぶりや態度から認めることが出来たのだ。


 彼女はその優れた洞察力をもって、彼の事をよく見ていた。そしてそれ故、彼の粗暴な、侮蔑的な、あるいは差別的な言葉の裏にある、彼の劣等感を、あるいは弱さを見抜いた。


 それは間違いなく、彼が人前で必死に隠そうとしたものだった。その弱さを隠そうとする態度が行き過ぎて、時に彼に醜態をさらさせることもあった。残念なことに、彼はそれを主体とは思わなかったし、即座に忘れてしまうのだが。


 ググルスの嫌いな女はルイだが、そういう意味ではマルの方がググルスにとって最も望ましくない存在だった。


 ……ある時、用があってリグリストがググルスの家に出向くことがあった。こうした訪問が定期的に、しかしかなり稀にしか行われない、リルシー姉妹のいる時には初めての訪問だった。話題は経済格差に起因する教育問題だった。


 当然のごとく、二人の意見がまるで合わない。そんな中、元よりリグリストに対して嫉妬の混じった嫌悪感を抱いていたググルスは、やり取りの中で、話題に引っ掛けた品の無い冗談を口にした。


 リグリストは呆れながら、ググルスのそんな冗談を窘めようとした。それを差し置いて、ググルスに抗議を行ったのがルイだった。


「なんでそんなことを言うんですか!! もっとまじめに考えたらどうなんですか!!?」


「なっ……!!」ググルスは戸惑いながら、「き、貴様がいちいち……だいたい冗談だ! 真に受けるな!! 真面目な意見じゃない!!」


「冗談なら許されると思ってるんですか!? いったいその歳になるまでどんな考え方で生きてきたんですか!!?」


 リグリストを差し置いて言い争う二人を呆然と見ている彼の前に、


「……申し訳ありません。騒々しくしてしまって。こちら、ポルーロから送られてきた物です。お召し上がりください」


 その光景など見慣れて少しも気にしていないという様子のマルが、ビュルスーを置いた。


 ──リグリストも、何人かググルスの家にいる使用人を見て来た。しかし、ここまで彼に食らいつくような使用人も、その事をまるで気にしないでいられる使用人も見たことがなかった。彼は思わず笑ってしまった。


 ググルスの家から帰る間際、


「良い使用人だな」


 リグリストはそう言って立ち去った。リグリストとしては誉め言葉として言ったものだが、ググルスにとってはほとんど皮肉でしかなかった。


 ……アマルサスへのバグテリスの侵略は開始されたのは、三人のこうした微妙な、ある意味絶妙な関係の続く中でのことだった。もはや、辞める辞めないという話しも、新しい使用人を雇うか否かという話しどころではなくなっていた。


 ちなみに、リグリストがバグテリスにその力の為に捕らえられたと聞いた時、バグテリス側から何の接近の無かったことは、ある意味で彼を傷つけ、彼を徹底したバグテリス嫌いにした。

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