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後編

 九回表、ランナー一塁。

 二人目の打者までは順調に打ち取る事ができたが、三人目のバッターに四球を出してしまい竜弥まで打席を回すことになってしまった。


「やっぱり一弥モ、俺と勝負がしたいんだナ。……来イ! お前の全力ヲ、俺に見せてくレ!」


「…………」


 俺との勝負を喜び、打席で吠える竜弥。

 そんな竜弥を見据えながら俺は腕を大きく振りかぶり、今出せる全力を持って白球を投げ込んだ。


「デッドボール! スリーアウト、ゲームセット!」


 竜弥の顔面に俺の全力投球が炸裂すると同時に、主審がゲームセットの宣言を叫ぶ。

 そして、死球を受けた竜弥の身に付けている首輪がルールに従い爆発した。

 爆発の衝撃で俺の立つマウンドまで竜弥の生首が飛んできて、俺の足元に落下する。


「カ、カズヤ……ドウ……シテ……。ナン……デ、ショウ……ブ」


 竜弥は悲しげな瞳で俺を見上げながら、何故勝負から逃げたのかと訴えかける。

「……竜弥は、あの日死んだんだよ。改造手術とか、訳のわからない事を言って俺を惑わせてくるお前は、俺にとって竜弥じゃない」


「ソン……ナ……。カ……ズ……」


 竜弥が最期に俺の名を呼ぼうとするが、言い終わるよりも早くその目から光が消え、それっきり言葉を発することは無くなった。


「やったな一弥、優勝だ!」


 未だに試合に出ていた選手が、ベンチで俺達の事を見守っていた監督が、マウンド上の俺に駆け寄り祝福の言葉をかける。


「……ここまでこれたのは皆のお蔭だ……。さあ! 監督を胴上げしよう!」


 試合開始時にはいなかった新たな仲間達と共に、監督を胴上げしながら俺は今の気持ちをしっかりと噛みしめる。

 ……死ななくて、よかった。




 夏は終わり、秋も過ぎ、冬も明けて、春が来た。

 時が経つのは早いもので、あの荒死宴とかいう訳のわからない大会から半年以上が経った。

 卒業式を終えた俺は、自分以外に誰もいない部室で一人、あの日からの事を振り返っていた。

 



 試合が終わり監督を胴上げした後、気が付いたら俺は宿泊先のホテルの自室にいた。

 最初は夢かと思ったけど、外に出てみても俺以外のチームメイトの姿が見当たず、監督からも皆さっきの試合で爆発したと聞かされた事で、あの試合が夢ではなく現実だった事を理解してしまう。

 ……奇跡的な事に、爆発したチームメイト達は皆、死んではおらず、夏休み明けまでの入院で済んでいた事も同時に聞かされた。

 地元に帰ってから爆発したチームメイトのお見舞いに病院へ向かうと、矢田君以外のチームメイトは優勝したことを喜び、満足げな表情を浮かべていた。

 ……そう、矢田君以外は。


「……おいどん、今まで何をやっていたでごわす? 何だか凄く恐ろしい事に巻き込まれていたような気がするでごわす」


 矢田君は、あの試合の記憶を失っていたのだ。

 ……無理もない。

 一命をとりとめたとはいえ、実際に爆発して死にかけたのだから。

 幸運な事に矢田君の記憶喪失以外は皆、後遺症も無く、新学期が始まる頃には無事に退院できていた。

 俺達は、生き残る事ができたのだ。




「武田君、こんな所で何をしているでごわす?」


「!? ……何だ、矢田君か。ちょっと、あの日の事をね」


 急に声をかけられて、一瞬びっくりしてしまう。

 回想に夢中で、矢田君が部室に入ってきていた事に気が付かなかった。


「甲子園の日でごわす? おいどん、凄く楽しみにしていたはずなのに、あの日の事を思い出そうとすると気分が悪くなってくるでごわす」


「……無理に思い出す必要は無いよ。世の中には、思い出さない方が良い事もあるんだから。とりあえず、気分が悪いなら座りなよ」


 頭を抱え始めた矢田君を気遣い、椅子を持ってきて座らせてやる。


「ありがとうでごわす」


「気にしなくても良いよ。そんな事より、矢田君は大学でも野球を続けるのかい?」


 矢田君があの日の事を思い出す必要が無いように話題を変える。

 無理に思い出そうとして発狂しても、俺が困る。


「勿論でごわす。……他にやる事もないでごわすからね。武田君はどうするでごわす?」


「そんなの野球を続けるに決まってるよ。大学に入学しても、矢田君とは同じチームで野球ができるのか」


 野球を続けるというよりは、再開すると言った方が正しいのだけど黙っておこう。

 ……俺達と矢田君は同じ大学に進学する事になったのだ。


「それにしても残念でごわすな。武田君ならプロ入り間違いなしだと思ってたでごわす……あっ! ひょっとして、気にしていたでごわす? ごめんでごわす!」


「気にしなくても良いよ。プロの世界はそんなに甘くないって事さ。大学で活躍して、今度こそプロになるよ」


 野蛮球技とかいう訳のわからない球技をプレイしていた俺は、当然のごとくドラフトにかからずにプロ入りできなかった。

 ……まあ、俺の確認不足だし仕方ない。


「残念と言えば、深倉ちゃんの事は――」


「俺の前でその女の話をするな!」


「ご、ごめんでごわす」


 俺の剣幕に、矢田君はたじろぎながらも謝罪する。

 ……結局、甲子園に連れていけなかった事で俺は須乃宇に振られてしまった。

 そこまでは俺も構わなかった。

 俺に原因があるのだから、須乃宇を恨むのはお門違いだ。

 実は元野球同好会のマネージャーも兼任していたあの女は、甲子園で優勝してプロ入りを果たした同好会のキャプテンと付き合い始めたのだ。

 甲子園に連れて行ってくれたなら誰でもいいのか!?

 あんな女の為に竜弥を葬ったなんて、馬鹿々々しくて笑えて来る。


「こんな所にいたのカ。探したゾ」


 ……意図的に忘れようとしていたが、俺にとって思わぬ出来事もあった。


「竜弥、どうしたんだよ」


 ……荒死宴から家に帰ってきた俺を、両親と共に竜弥が出迎えたのだ。

 何でも、竜弥を改造した奴等が、役目を終えた竜弥を生身の体に戻して家に帰しやがったらしい。

 最初は両親も動揺していたが、それ以上に死んだ息子が生きて帰ってきた事を喜び、竜弥の事を受け入れてしまった。

 ……幸運な事に竜弥は最後の打席の事を忘れているようで、俺にも生前と変わらず接してくる。

 残念な事に無事に帰ってきた竜弥は、今度はキャッチャーとして俺とバッテリーを組んで大学野球を制覇する事に決めたらしい。

 ……ポジションが被らないのなら俺が目立たなくなる心配もないし、今は同じ女を巡って争う事も無い。

 今のところはトラックをけしかけたりして、竜弥を葬る必要は無いか。


「クラスの皆で写真撮影するかラ。お前達を探していたんダ」


「わかったでごわす!」


 勢い良く立ち上がる矢田君を見て、思わず苦笑する。

 どうやら、元気になったようだ。


「それじゃあ、皆の所に行こうか」


 矢田君と竜弥と共に部室を出て歩き出す。

 ……所で、竜弥の喋り方が未だにおかしいのけど、本当に生身に戻ったんだろうか……?




 卒業式を終えた夜。

 就寝していた俺は寝苦しさを感じて目を覚ます。


「どこだ? ここ」


 一番最初に目に入ったのは鉄板が打ち付けられている、見知らぬ天井だった。


「な、何でだ!? 体が、動かない!」


 一体何が起きているのか把握する為に起き上がろうとするが、首から下を動かす事が一切できない。

 頭を起こして体を見るが、縛られていたりする様子は一切ない。


「誰か! 助けて!」


 何とか動こうとするが身動き一つとれず、叫ぶ事しかできない。

 暫く叫び続けていると、薄暗い部屋に光が差しこむ。

 光が差し込んできた方向に視線を向けると、人影が此方に近づいてくるのがわかる。


「ようやく起きたようだな」


「監督!? 一体どういう事なんですか!?」


 監督は質問に答える事無く俺の傍まで近寄ると、どこからともなく取り出した椅子に座って、これまたどこからともなく取り出した缶コーヒーを啜り始める。


「監督!」


「まあこれでも飲んで落ち着け」


 状況の説明を求める俺の枕元に缶コーヒーが置かれる。

 ……体が動かないから、飲むことができない……。

 監督はコーヒーを飲み終えると、ようやく口を開く。


「荒死宴の銀河大会がこれから開催される。武田、お前はその、天の川銀河代表選手の一人に選ばれたんだ」


「……俺には監督が何を言っているのか、よくわからないです」


 荒死宴銀河大会だの天の川銀河代表だの、脳が理解を拒む。


「……窓を見ろ」


 監督の言葉に従って、窓のある方に頭を向ける。

 窓の外には暗闇の中に瞬く無数の光が瞬いていた。

 そして小さくだが、教科書などで見覚えのある青い球体が小さく視界の隅に入る。


「……監督、出場辞退ってできますかね?」


「辞退してもいいけど、その場合ここで下船してもらう事になるな。地球にいる間に辞退していれば乗船する必要も無かったんだが」


 辞退するならもっと早く意思表示しろと。

 成程、監督の言う事は一理ある……訳無いだろ!

「お前! ふざけるな!  今まで監督だと思っていたから従っていたけど、もう他人だ! 今すぐ地球に引き返せ! 俺を家に帰してくれ!」


「今更ごちゃごちゃ言ってもどうにもならないぞ。そういえば銀河大会には追加ルールがあってだな、投手は打者を塁に出したら爆発するから――」


「うわァァァァァァ!!」


 静寂が支配する広大な宇宙に、俺の叫び声が虚しく響いた。

野蛮球技って何だよ

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