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中編

「……え?」


 黒焦げになった先頭打者を、次の打者が無造作に放り投げてバッターボックスに入ってくる。


「……タ、タイム」


 俺はタイムを宣言して、ベンチでこちらの事を見ている監督の元へと向かう。


「あの、監督。……今の、見ました?」


「ああ、見事な投球だったぞ。流石はウチのエースだ。……そんな事を聞きに、わざわざタイムをとったのか?」


 目の前で爆発が起きたというのに、監督は平然とした顔でそう言い放つ。

 いや、監督だけではない。

 今の光景を見て呆然としている矢田君以外は皆、何事も無かったかのように平然としている。


「相手チームの選手が爆発したんですよ!? 何でそんなに平然としているんですか!」


「……? アウトになったんだから、爆発するのは当然だろ。というか、お前も他人事じゃないぞ」


 俺の首元を指差して放たれた監督の言葉を聞いた俺は自分の首を触ってみると、いつのまに嵌められたのかはわからないが、首輪が取り付けられていた。


「……監督? この首輪は一体?」


「アウトになったらその首輪が爆発するんだよ。後、無理に外そうとしても当然爆発するから気を付けろよ」


 こちらの考えを見透かしているかのように、無理にでも外そうと首輪に手をかけた俺に監督が忠告してくる。


「予選の試合はこんなルールじゃなかったですよね!? 何で急にルールが変わったんですか!」


「コストの問題で本戦のみ適用されるんだ、首輪もタダじゃない。わかったら、早くマウンドに戻れ。まだ選手交代するには早いだろ」


 監督に促されてマウンドへと戻る。

 ……俺は一体、どうなってしまうんだ。




 その後の二人のバッターも三振にして彼らの爆発を見届けた後、攻守交替の為にベンチへ戻る。


「武田君。大丈夫でごわすか?」


 先程までの惨状を外野で見ていた矢田君が気遣ってくれる。

 ……ありがたいけど、矢田君は俺の事を気にしている場合ではない。


「俺は大丈夫だけど、矢田君は先頭打者だろ? 矢田君の方こそ大丈夫?」


「……そういえばそうだったでごわす! ……でも、おいどんには秘策があるでごわす。監督! お願いがあるでごわす!」


 一瞬慌てたような素振りを見せた矢田君は、監督に声をかける。


「どうした?」


「おいどんに代打を出してほしいでごわす!」


 ……成程。

 選手交代すればこれ以上試合に出なくても良いから、爆発する心配もなくなる訳か。


「おいおい、まだ試合は始まったばかりだというのに、何を言い出すんだ?」


「おいどんはまだ死にたくないでごわす! 何を言われても、これ以上試合に出る気はないでごわす!」


 その後も暫くの間、監督は試合に出るように矢田君を説得するが、矢田君が首を縦に振る事はない。


「……仕方ない。矢田、本当に選手交代していいんだな?」


「勿論でごわす!」


 監督は溜息をつくと、主審に選手交代を告げる。


「これがおいどんの秘策でごわす。武田君も、こんな馬鹿げた事にこれ以上付き合う必要はないでごわす」


 ……何だか嫌な予感がするが、確かに矢田君の言う通りだ。


「そうだな。俺も――」


 選手交代してもらう。

 そう言おうとした瞬間、矢田君に付けられていた首輪が俺の目の前で爆発した。


「……え?」


 突然の事に呆然とするが、矢田君がその場に力無く崩れ落ちた所でようやく何が起きたか理解する。


「選手交代が認められた。そこのお前! 矢田の代打だ!」


「……監督? 矢田君の首輪が爆発したんですが……?」


 選手交代の宣言を終えて、代打のチームメイトと入れ替わりにベンチへと戻ってきた監督に、何が起きたのか説明を求める。


「本戦からの選手交代は選手が再起不能になってからしか認められないからな。選手が無事なまま選手交代をする時も、首輪は爆発するに決まっているだろ。おい、誰かそいつを片付けておいてくれ」


 近くにいたチームメイトの一人が監督の意見に従い、ボロ雑巾のようになった矢田君をベンチ裏へと放り投げる。


「そういえばさっきの話、聞こえていたぞ。お前も選手交代をするんだったな?」


「……いえ、最後まで試合に出させてください」


 ……どうやら逃げ道はないようだ。

 生き残る為に最後まで試合に出場する決意を固めた所で、バッターボックスから爆音が響いた。


「……何人が無事にこの試合を終えられるんだろうか」


「そんなに深刻そうな顔をするなよ。俺がホームランを打って、点を取ってきてやるから、お前は打ち取る事だけ考えてろ」


 次の打者であるキャッチャーの中島が俺に声をかけてからバッターボックスへ向かう。

 ……いや、深刻そうな顔をしているのは試合に勝てるかどうかが不安なんじゃない、命の心配をしているんだ。

 心の中で中島に突っ込みながら彼の打席を見ていると、自信満々に打席に立った中島の顔に剛速球がめり込んだ。


「デッドボール! ツーアウト!」


 審判が高らかに宣言すると共に中島の首輪が爆発し、アウトカウントが一つ加算された。


「……デッドボールですよね? 普通は打者が進塁できるんじゃ?」


「何を言っているんだ? 死球なんだから、アウトに決まってるだろ」


 俺がおかしな事を言っているかのような態度で、監督が当たり前だという風にそう言い放った時点で俺は確信した。

 これはスポーツじゃない、生き残りを賭けた殺し合いだ。


「次はお前の打席だぞ。よくボールを見て振っていけ」


 俺は覚悟を決めてバットを握りしめ、バッターボックスへと向かって行った。




 試合も八回の裏に突入する。

 ここに至るまで両チーム無得点。

 あれからアウトにならないように全力でプレイしたお蔭で、俺は何とか試合に出場できている。

 しかし、他のチームメイトは既に爆発してしまい試合前に同じチームだった選手は全員いなくなってしまった。

 欠員が出る度になぜか予選で戦ったライバル達が助っ人として駆けつけてくれたが、彼らも既に何人か退場してしまっており、既に敵も味方も九人揃っていない。


「お前達が勝たないと邪神が復活してこの世界が滅ぶ。そろそろ得点をして、最終回をリードした状態で迎えよう」


 邪神ってどういう……いや、聞いても理解できないだろうし兎に角勝つことに集中しよう。

 しかし、勝たないと世界が滅ぶか。

 思っていたよりも責任重大だな。


「緊張しているようだな、武田。気持ちはわかるが、この僕が助っ人に来てやったんだ。気負う必要は無い」


 そう言って俺を励ましたのは、地方大会の決勝戦で戦った白玉(しらたま) 英須(えいす)だ。

 先程の守備の際に、ライナーが直撃して気絶しまった事で首輪が爆発した磯野の交代選手として助っ人に駆けつけた俺の最大のライバルだ。


「さて、まずは僕のバットで得点してやろうか」


 自信満々で打席に向かう白玉の後ろ姿を見送る。

 白玉の野球センスは間違いなく抜群。

 投手としても野手としても間違いなく超一流の選手で、プロ入りは間違いない。

 ……野球をやっていたらの話だが。

 その時、相手チームの監督が主審に何かを告げたかと思うと、マウンドに立っていたピッチャーが爆発する。

 投手交代するのか……それにしても相手チームの監督、どこかうちの監督と似た雰囲気を感じるな。

 マウンドに残った肉塊が片付けられた後にマウンドに上がったのは、相手チームで唯一人間らしい姿をした、顔を隠すマスクを付けた男だ。

 ……あんなマスクを付けていて、まともに試合ができるのだろうか?

 そんな俺の考えとは裏腹に、マスク男が三球を投げ終えると、白玉は爆発した。


「そ、そんな……。あの白玉が、バットを振る事もできずに三球三振だなんて」


 マスク男から放たれた剛球に、白玉は一切反応する事が出来ずに三振してしまったのだ。

 そのまま後続の打者も三球三振に打ち取り、俺の打順が回ってきた。

 ……それにしてもアイツの投げる球、どこかで見た事がある。

 奇妙な既視感を覚えながらもバッターボックスに立ち、投手の顔を見据える。

 マスク男も俺の事を見ると、ニヤリと笑った、ような気がした。

 マスク男が腕を大きく振りかぶり、しなる腕から白球が放たれる。

 第一投はど真ん中に向かい放たれたが、俺は手を出す事が出来ずに見逃してしまう。

 あの投球フォーム……いや、そんな馬鹿な。

 あいつは、もう……。

 マスク男について考えている俺に構う事無く、二球目を投じる為にマスク男は腕を大きく振りかぶる。

 ……今は目の前の事に集中しなければ。

 死ぬ訳にはいかないんだ。

 マスク男から白球が放たれると共にバットを振るう。

 ……バットに当たる事には当たったが、ボールは前に飛ばずにバックネットに飛んでいく。

 ……また、ど真ん中に投げてきたか。

 そして、奴の投球に俺は覚えがある。


「おい、お前――」


「何を聞きたいのかは大体わかるガ、今は自分の心配をしたらどうダ? あと一球で退場だゾ」


 マスク男の正体を問いただそうとするが、奴は俺の言葉を遮ってくる。

 ……確かに奴の言う通りか。

 マスク男の正体を知った所で、ここを乗り切らないと意味が無いのは尤もな話だ。

 黙ってバットを構えた俺を見て準備ができたと判断したのだろう。

 マスク男は先ほどまでと全く同じ動きで腕を大きく振りかぶり、白球を投じた。

 自分の投球に余程自身があるのだろう。

 投じられた球種は先の二球と同じ、ど真ん中のストレート。

 並みの打者なら打ち取れたかもしれないけど、俺には通用しない。

 白球に合わせてバットを勢いよく振り抜く。

 快音が響くと共に、バックスクリーンに白球が突き刺さる。

 普段ならテンションが上がるところだけど、今はそれ所じゃない。

 内野を一周してホームベースをしっかりと踏みしめた後、マスク男に向き直る。


「……やっぱり凄いナ、一弥ハ」


 マスク男はそう呟くと、マスクをとってその素顔を俺に見せてくる。


「……本当に、竜弥なのか?」


「そうだよ。正真正銘、お前の弟の武田竜弥だ。」


 ……武田(たけだ) 竜弥(たつや)

 俺と一緒に幼い頃より投手として競い合いながら共に野球をしてきた双子の弟。

 そして、須乃宇を巡る恋敵だった。

 そう、だったのだ。


「そんなはずはない。竜弥は二年生の時に、トラックに轢かれて死んだはずだ」


 今も忘れる事が無い、二年生の時の地区大会一回戦。

 その日の先発投手だった竜弥はその日、ちょっとした用事で俺達とは別行動をとっていたのだが、試合開始時間までに球場には現れなかった。

 その為、急遽俺が登板することになったあの試合。

 ……試合自体には勝利できて、勝利の興奮冷めやらぬ俺達にもたらされたのは竜弥の訃報だった。

 竜弥は用事を終えて球場に向かっていたのだが、信号無視をした車に跳ね飛ばされて地面に投げ出されたところを、同じく信号無視していたトラックに轢き殺されてしまったのだ。

 結局、達也を失った悲しみは大きく、俺達は地方大会二回戦で敗退するはめになった。

 ……ともかく、そういう訳だから竜弥は生きている筈が無いんだ。


「確かにあの日、俺は肉体的には死んでしまっタ。だけド、奇跡的にも脳は死んでいなかったんダ。俺の実力を知っていた彼等によって回収された俺ハ、損傷した肉体を機械によって補う改造手術を受けたんだヨ」


 そういえば、竜弥の死体を確認したのは霊安室が最後だ。

 あまりにも死体の損傷が酷かったから、通夜や葬式では竜弥の入った棺の蓋は閉められたままだったな。


「……彼等っていうのは、一体誰だ? 何でお前を復活させたんだ」


「俺の今のチームメイト達の事サ。何でモ、この大会で優勝しテ、彼らが信じる神々を召喚するために協力してほしかったらしイ」


「その神々が復活したら、この世界が滅びるっていうのも知っていたのか?」


 俺の問いかけに、竜弥は静かに頷く。


「だったらどうして――」


「どうして協力したカ? 俺は彼らの目的何てどうでもいイ。どうせ一度死んだ身だシ、この世界が滅ぼも滅ぶまいもどうでもいイ。……俺はたダ、このマウンドに立ってお前ともう一度勝負をするために蘇ったんダ。……勝負の種目が野球じゃないのだけガ、不満だったけド」


 ……まさか、死んだはずの竜弥が、俺の前に敵として立ち塞がるなんて。


「俺達の戦いはまだ終わっていなイ。次の攻撃デ、今度は俺がお前からホームランを打ってやル!」


「……」


 竜弥からの宣戦布告を受けた俺は、黙ってベンチへと下がる。

 確かに次の回でバッターを一人でも塁に出せば、竜弥まで打順が回ってくる。

 勿論、俺は竜弥が相手でも負けるつもりはない。

 しかし、それは竜弥を俺の手で葬るという事だ。

 どうしたものか決めあぐねている中、バッターボックスから爆音が響き、審判が攻守交替を宣言する。

 ……俺は、竜弥を……。

次回! 感動のクライマックス!

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