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前編

 高校生の夏。

 異論のある人もいるだろうけど、人生の中で一番に青春を謳歌できる時期だと俺は思っている。

 勿論俺もその例に漏れず、今まで生きてきた中で一番といってもいいほど青春を謳歌しており、幸運にも高校生活三年間の集大成を最高の舞台で迎える事ができた。


「遂に辿り着いた夢の舞台、甲子園。絶対に優勝して、プロ野球選手になってみせる!」

俺の名前は武田(たけだ) (かず)()


 亜華夢(あかむ)高校の三年生で野球部員に所属している。

 小さな頃からプロ野球選手になる事を夢見て野球を続けてきた、全国的によくいるであろう高校球児の一人だ。

 一年生と二年生の時は地区大会で敗退して甲子園に出場する事ができなかったが、高校生活で最後になる今回の大会において、俺はエースとして並みいるライバル達を倒し、遂には甲子園への出場切符を手に入れる事ができたのだ。


「気合バッチリでごわすな、武田君。おいどんは昨日の夜、緊張しすぎて八時間しか寝る事が出来なかったでごわす」


「……しっかりと熟睡できているじゃないか。気合が入っているかはともかく、調子はバッチリみたいだね、矢田君」


 気合を入れていた俺に話しかけてきた、野球部というより相撲部に所属していそうな体格の彼は矢田(やだ) 日月(デイムーン)(メイル)

 高校三年間の野球生活を共に過ごしてきたクラスメイトで、俺の相棒といっても過言ではない男だ。

 野球選手としての彼は、体格に似合わぬ瞬足巧打の外野手で、チームの頼れる切り込み隊長として甲子園出場に貢献してくれた。


「フッフッフッ。おいどん達はこの日の為に、死に物狂いで練習してきたでごわすから。そんな大事な日に体調を崩すわけにはいかないでごわす」


 身に付けた眼鏡を怪しく光らせながら、矢田君は自慢げにそう言ってくる。


「……そうだな。今日という日の為に、今までがんばってきたんだ。絶対に勝とう!」


「おい、お前達。気合を入れるのもいいが、そろそろ時間だ。お前達以外はもうバスに乗り込んでいるからな。早く乗らないと置いていくぞ」


 矢田君と今日までの日々を振り返り気合を入れていた俺達に、甲子園へ向かう貸し切りバスの中から浅黒い肌をした整った顔立ちの男……俺達の監督が声をかけてくる。


「ま、待ってください! 今行きます!」


「置いていかないでほしいでごわす!」


 矢田君とともに、慌ててバスに乗り込み座席に座る。

 バスに乗り遅れて甲子園に出場できないなんて馬鹿な事、冗談でもごめんだ。


「よし、全員揃ったな。それじゃあ、コウシエンに向かうぞ」


 監督がそう言うと共に、扉が閉まってバスが動き出す。

 ……いよいよ、夢にまでみた甲子園だ。

 流石に緊張してきたぞ……。


「緊張しているようでごわすな……。所で武田君、深倉ちゃんとは、最近どんな感じでごわす?」


「や、矢田君!? い、いきなり何を言ってるんだ!? なんで乃宇須の話が出るんだよ!」


「隠す必要無いでごわすよ。武田君と深倉ちゃんの関係は、皆知っているでごわす」


 深倉(ふかくら) 乃宇須(のうす)

 俺達の幼馴染の女の子で、野球部のマネージャーを務めている。

 幼い頃から俺達と同じように野球が好きで甲子園を目指していたが、高校になってからは裏方に徹して俺達のサポートを行い、共に甲子園の夢を追いかけてくれていた。

 ……俺が甲子園を目指していた理由の一つには、彼女を甲子園に連れていきたいという思いもあったのだ。


「……どんな感じって言われても、特に何もないよ」


 嘘だ。

 本当は甲子園に出場できたら、大事な話をすると言ってある。

 大事な話というのは勿論、彼女に愛の告白をする事だ。

 本当なら出場が決まった日にでも告白をしたかったのだが、甲子園が控えている以上、目の前の大会に集中するべきだと考えて大会が終わった後に話しがある事を彼女に伝えてある。


「本当でごわす? 隠しても、どうせすぐにバレちゃうでごわすよ?」


「もし何かあったとしても、矢田君には関係無いだろ。……そういえば、乃宇須の姿が見えないな?」


 まだ何かを言ってくる矢田君を適当にあしらいつつ、バスの中を見渡すが乃宇須の姿は見当たらない。


「マネージャーなら、風邪気味だから今日はホテルで休んでいるよ。残念だったな、武田」


「か、監督まで何を言ってるんですか……」


 妙な空気から逃れる為に、目を逸らして外の景色をみたその時だった。

 ……甲子園球場に行く為には道路標識で左折しなくてはいけない場所を、何故か右折した事に気付いてしまう。

 目をこすり、もう一度確認しようとするが、その瞬間にバスがトンネルの中へと入り、外の景色が見えなくなる。


「……監督? 俺の気のせいじゃなければ、甲子園は反対方向だと思うんですけど……」


「何を言っているんだ、武田? コウシエンへの道は、こっちで合っているぞ。お前の気のせいじゃないか?」


「俺の気のせい……そうですね。きっと、見間違えたんだ」


 俺達を甲子園に導いてくれた監督がこう言うんだ。

 俺が見間違えてしまったのだろう。

 そんな事を考えていると、バスが停車してドアが開く。

 ……周囲は、相変わらず真っ暗だ。

 いや、やっぱりこれはどう考えてもおかしいぞ!?


「着いたみたいだな。皆、降りるぞ」


 監督はそう言って周囲の様子がおかしい事を気にも留めずにバスから降車し、俺と矢田君以外のチームメイトも監督の後に続く。


「……おいどん、なんだか嫌な予感がしてきたでごわす」


「奇遇だね、矢田君。俺もだよ。……でも、ここにいたって始まらないし、皆に付いていこう」


 明らかに雲行きが怪しくなってきているのに不安になりつつも、この異常な事態を理解してくれる人が自分以外にもいる事にホッとしてしまう。

 はぐれないように列の最後尾を暫く歩いていると、今まで真っ暗だったのが嘘のように辺りが明るくなる。

 目の前に広がるのは、野球のグラウンドだった。

 まず目に入ったのは、しっかりと整備された土。

 外野には均一に刈り込まれた天然芝が生い茂り、電光掲示板が観客席の中央奥にそびえ立っている。

 いつの間にか球場の中にいたのだが、いつ球場に入ったかなど目の前の景色に比べれば些細な事で気に留める事もできない。

 ……視界に映る物が、全体的に赤いのだ。

 土や芝が赤みがかっているのはまだマシな方で、ベースやフェンスは生肉のような赤さと光沢で、まるで生き物の体内にいるような錯覚に襲われる。


「ふんぐるい むぐるうなふ」


「いあ! いあ!」


 ……観客席では黒や黄色のローブを纏った人達が、何かをブツブツと呟いている。

 その言葉は本能的に危険な物だと察知して、なるべく聞かない事にする。

 そして、何よりも異常なのは空だ。

 バスの乗り込むまでは雲一つない快晴で、太陽が燦然と輝いていたはずだ。

 しかし、今はどうだろう?

 真っ黒な暗雲が対込めており、その隙間から覗く空の色は血の様に真っ赤だった。

 ……思わず狂気に呑まれそうになるが、すんでの所で堪える。


「監督? これは一体……」


 この場で唯一の大人である監督に、何が起きているのかを問いかける。


「何って、コウシエンだよ。電光掲示板にも表示されているだろ?」


 ……気付かない振りをしていたが、監督にそう言われたからには見ない訳にはいかない。

 電光掲示板上部、そこには赤い文字で大きく《第六百六十六回 野蛮球技大会 荒死(こうし)(えん)》と表示されている。


「いや! 荒死宴って何だよ!? 甲子園じゃないのかよ!」


「……そういえば聞いた事があるな。この時期に、そんなよくわからない大会が開かれているという噂を」


 駄目だ、監督には話が通じない。

 とにかく、こんな所で油を売っている暇はないんだ。

 一刻も早く、甲子園に向かわなければ。


「そのよくわからない大会こそが俺達が三年間、野球を頑張って目指してきた高校球児の夢の舞台だよ! 皆もその為に野球部に入って頑張ってきたんだろ! 早くこんな所から出て、甲子園に向かおう!」


 今日まで共に頑張ってきたチームメイトに同意を求める。

 しかし、呆然と空を見つめている矢田君を除いて、皆一様に俺の事を怪訝そうな目で見つめていた。


「……野球? 何で部活の略称が出てくるんだよ」


「キャプテン、確かに俺達の部活の略称は野球部だけど、正式名称は野蛮球技愛好部だぜ?」


 チームメイトたちが口々に、俺の理解が及ばない言葉を発し始める。

 野蛮球技同好会、略して野球部?

 俺は、そんなバカげた名前の、意味が解らない部活に今まで所属していたのか?


「そういえばクラスの奴が言ってたな。今年から部活になった元同好会が甲子園とかいう、荒死宴と同じ読み方のマイナー大会に出場するって」


 聞き捨てならない事が聞こえた気がするが、ショックが大きすぎて正常な判断ができない。


『これより、第六百六十六回 野蛮球技大会 荒死宴決勝戦 亜華無高校対九頭流(くとうる)高校の試合を開催します』


 暫く呆然としていたが、球場内に響いたアナウンスで現実に引き戻される。

 こうなったら自棄だ。

 野蛮球技とかいう禄でもない競技の詳しいルールは知らないが、今までの経験から野球と大してルールは変わらないだろうし、いつも通り俺の野球をやるだけだ。

 ……そういえば、今のアナウンスで気になる内容が一つだけあった。


「決勝戦? 俺達は、これが初戦なんじゃ?」


「……はっ! おいどんは今まで一体何をやっていたでごわす? 何だか、認めがたい現実を突きつけられたような気がするでごわす」


 いきなりの決勝戦に困惑する俺と、ようやく正気に戻った矢田君を見て監督が声をかけてくる。


「そういえば、お前達は《前夜祭》には参加していなかったな。俺達と、対戦相手のチーム以外は《前夜祭》で死――」


「すいません監督。それ以上は聞きたくないです」


 ……《前夜祭》で何があったのか知ってしまうと、戻れないところまで行ってしまう気がする。


「さあ、整列だ。グラウンドに出るぞ」


 監督に促されて、相手チームと向かい合う形で整列する。

 色々と衝撃的な事が多くて気に留める暇も無かったが、相手チームのメンバーが中々に個性的だ。

 げっ歯類の様な歯を持つ者や魚の様な顔をした者。

 更には一応人間の形をしているのだが、所々に皮膚が破れて灰色の脂ぎった肌や赤褐色の鋏が見え隠れしている者もいる。

 ……うん、こいつら人間じゃないな。


「俺達、こんな奴等と試合をするのか……」


「言いたい事はわかるでごわす。でも、ちゃんと人間らしい人もいるでごわす!」


 矢田君のフォローになっていないフォローを受けながら相手チームを見渡すと、確かに一人だけ普通の人間らしい選手も混じっていた。

 ……顔の上半分を覆うマスクをしているという事を除けば、だが。

 その異様な光景とは裏腹に何事も無く試合開始前の挨拶を終えて、自軍のベンチに戻ってチームメイト達と円陣を組む。


「いいか、お前達。図らずもいきなりの決勝戦になったが、いつも通りやれば負ける事は無い! 全力で行け!」


 監督がそう言うと共に、皆で掛け声を出してからそれぞれの守備位置へと移動する。

 ……監督の言う通りだな。

 相手が人外だろうと、俺は俺の野球をするだけだ!


「プレイボール!」


 先頭打者が打席に入った事を確認して、主審が試合開始を告げた。

 一呼吸を置いた後、白球を強く握り締める。

 そして、勢いよく腕を振りかぶり、キャッチャーミットを目掛けて全力で白球を投げ込んだ。

 スパァァァン!


「ストラーイク!」


 キャッチャーミットにボールが収まる小気味いい音と共に、審判がストライクを宣言する。

 ……よし。

 正直、動揺して上手く投げられないかと思ったけど、この調子なら大丈夫だ。

 そのまま二球目、三球目と連続でストライクを投げ込み、先頭打者を三振に切って取る。


「ワンアウト!」


 球審がそう宣言すると共に、バッターボックスに立っていた打者が爆発した。

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