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【短編】妹ちゃん、俺リストラされちゃった・・・スキル「倍返し」が理解されなくて…え、ブラック離脱おめでとう?…って、転職したらS級!? 元上司が土下座!? もう遅いよ。かわいい部下に囲まれてるので。



「妹ちゃん……。俺、ギルドをリストラされちゃった……」


 アトラスは家に帰ってくるなり、妹のアリスにそう打ち明けた。


 アトラスは大手ギルド<ブラック・バンド>のメンバーとして、5年間働いてきた。

 階級は最低のFランクだったが、正規メンバーとして必死に頑張ってきた。


 だが、今日、所属するパーティの隊長トニーにクビを宣告されたのだ。


 絶望して家に帰ってきたアトラスは、玄関で出迎えた妹ちゃんに、真っ先にその事実を打ち明けた。


 噂では、ギルドをリストラになった冒険者の中には、その事実を家族に打ち明けることができず、公園などで時間を潰して、しばらくクビになったことを隠す者も大勢いるらしい。

 だが、アトラスはこの事実を一人で抱えておくことができなかった。


「え、お兄ちゃんをクビ!? 冗談でしょ!?」


 妹ちゃんは悲鳴のような声でそう言った。


「本当なんだよ……」


 とアトラスは、クビの辞令を妹ちゃんに突き出す。

 そこには、確かにアトラスをクビにする旨が記載してあり、ギルドの印鑑が押されていた。


 妹ちゃんは、アトラスが冗談を言っているわけではないと理解した。


「え、でも今Aランクダンジョンを攻略中なんじゃなかったの!? お兄ちゃん抜きでやるの!? パーティ全滅しちゃうんじゃない!?」


「俺の心配じゃなくて、ギルドの心配!?」


 アトラスは予想外の反応に驚く。


 だが、妹ちゃんは「当然でしょ!」と声を荒らげる。


「だって、お兄ちゃんの“倍返し”のスキルがなかったら、Aランクの魔物には歯が立たないでしょ!? しかも強化スキルの効果も倍にならないんだよ!? へっぽこパーティでどうやってAランクダンジョンに立ち向かうの!?」


「いや、多分俺みたいなFランク冒険者なんていなくても楽勝なんだよ……」


 妹ちゃんは、兄の無自覚さにやれやれとため息をついた。


 アトラスはギルドに入って以来、ずっとFランクのままだった。

 同期たちがEランク、Dランクと昇格していく中、5年間ずっと最低ランクのFのままだったのだ。


 妹ちゃんはそれが不当な評価だと知っていたが、当の本人は働くことに必死で、自分の価値に気が付いていなかったのだった。


「ちなみに、クビの理由はなんなの?」


「……ダメージばかり受ける無能はいらない。ポーションの無駄だって」


 確かに、アトラスはよくダメージを受けていた。

 でも、それは無能な仲間の身代わりになってただけだ。それにスキル“倍返し”の力でそれ以上にダメージを与えてたはず。

 妹ちゃんはその事実を知っていた。


 だが、もはやそれを言っても仕方ない。

 アトラスが所属している<ブラック・バンド>はどこまでもクズなブラックギルドだった。

 存在する価値がない。

 そんなブラックギルドからようやく兄が解放されたのだ。

 妹ちゃんとしては、むしろ喜ぶべきことだった。


「まぁお兄ちゃんをちゃんと評価してくれるもっといいギルドがあるはずだよ! 転職しよ?」


 と妹ちゃんは背伸びして兄の頭を撫でる。


「……うん、そうする」


 ――そんなわけで、アトラスはブラックギルドをクビになり、転職活動を始めることになったのだった。



 †



 ――その頃、ギルド<ブラック・バンド>のギルドマスター室。


「トニー隊長、リストラの方は着々と進んでいるようだな」


 ギルドマスターのギネスが、Sランク隊の隊長トニーにそう語りかけた。


「はい、ギルマス。我が部隊でもFランクの無能冒険者を追い出したところです」


 トニー隊長が言うと、ギルマスは顎のヒゲを撫でながら、アトラスの顔を思い出した。


「ああ、あの無能君か」


「はい。冒険者に入って5年間・・・、一度も昇格することなく、ずっとFランクのままでした。本当に愚鈍なやつで、いつもダメージを受けてばかりでした……」


「今までご苦労だった。先代の時は、ギルド隊員を大切にするという大義名分のもと、無能な冒険者でもクビにできなかった。君のようなSランクパーティーでも無能の面倒を見てもらうしかなかったのだ」


「はい、苦労しました。しかし、さすがはギルマスです。リストラを断行したことで、我がギルドに無能はいなくなりました!」


「ははは。これからは実力主義の組織にしていかないと、いくら大手ギルドと言えど生き残れない。我々<ブラック・バンド>が、これからますます発展していくには必要なことよ」


「その通りでございます、ギルマス」


「トニー隊長も、うかうかしないように。お前はこの5年間・・・多くの功績をあげてきた。その実績は消えてはなくならないが、いつまでも過去の栄光にとらわれてはならないぞ」


「もちろんです、ギルマス。これからますます成果をあげますよ!」


「頼んだぞ」


 ワハハと笑うギルマスと隊長。


「ところで、一応あの無能がいなくなった穴を埋める必要があるだろう。確かFランク君は前衛だったな?」


「はい、ギルマス」


「Aランクの前衛に声をかけておいた。明日の午後、面接に来てくれずはずだ」


「ご配慮、ありがとうございます! 我がパーティは既に最強レベルですが、無能が抜けて代わりにAランクが入れば、もう怖いもの無しですな!」


「その通りだ。期待しているぞ」


 †


 翌日、トニー隊長は意気揚々とダンジョンへと向かった。

 現在攻略中のAランクダンジョンの入り口で、部下たちが待っていた。


「あの、隊長。アトラスさんが来ていません」


 トニーが着くなり、部下の一人であるアニスがそう言ってきた。

 アニスは三年目の冒険者ながら、すでにBランクの実力を持つ若手の有望株だった。


「アニス君。いいところに気がついた。あの無能Fランク君は昨日でクビにした!」


 トニー隊長はワハハと笑いながら言った。


「く、クビ!? アトラス先輩を!?」


 だが、アニスは隊長の言葉に、自分の耳を疑った。


「ああ。ギルマスが、Fランクの無能はリストラして良いと許可をくれたのだ。我がSランクパーティーの面汚しが消えてせいせいしたな」


 笑う隊長。

 それとは対照的に顔面蒼白になるアニス。


「アトラスさんがいないと困りますよ!?」


「アニス君、冗談はよしたまえ。あの無能がいなくなってなんの問題があるんだ?」


 と、隊長がそう言うと、別のメンバー――コナンも「そうだぞ」と同調した。


「あの無能と言ったら、ダメージを受けてはポーションを使う金食い虫のゴミだったじゃないか。ボクたちのパーティーにはいらないさ」


 コナンは、典型的なイエスマンで、隊長の腰巾着的な存在だった。

 なので、当然アトラスのことは無能だと思い込んでいた。


「で、でも……」


 確かにギルドの人たちはアトラスを邪険に扱っていたが、それも嫉妬込みのことだとアニスは思っていた。

 しかし、メンバーたちはアトラスのことを心の底から無能だと思っているようだった。

 そのことにアニスは戸惑う。


「さぁ、心機一転、ダンジョン攻略に出かけるとしよう!」


 隊長がそう宣言する。


 ……アニーは憤りと困惑を感じながら、隊長たちについていくのだった。


 †


 ダンジョンを進んでいくトニーのパーティ。


 すでに攻略済みの第一階層にはほとんどモンスターが現れないのでスムーズに進んでいける。

 そして攻略中の第二階層にたどり着くと、いきなりAランクの魔物があられる。


「ウォーウルフ・マスターです!」


 前衛のアニスが剣を引き抜き、仲間に忠告する。


 ウォーウルフ・マスターは3体いた。


「いつも通りサクッと倒すぞ!」


 トニー隊長が部下たちに檄を飛ばす。


 後衛が支援スキルを維持しつつ、前衛が武器でウォーウルフに立ち向かう。


 ――だが、


「くっ! 早く、回復魔法をお願いします!」


「なんかいつもより力が出ないぞ! もっと強化魔法をちゃんとかけてくれ!」


 前衛から後方にそんなクレームが飛ぶ。


 いつもならAランクの魔物相手でもそれほど苦戦することはないのだが、今日は違った。

 なかなか敵にダメージを与えることができない。

 どうにも攻撃が効いていないのだ。


「おい、どうしたんだ! 我がパーティはSランクだぞ!」


 トニーは部下たちに発破をかける。

 だが、それで状況が良くなることはなかった。


 相変わらず前衛たちはすぐダメージを食らうし、

 逆に敵にはダメージはほとんど与えられない。


 ――それもそのはず。


 今のパーティには“倍返し”のスキルを持つアトラスがいないのだ。


 アトラスの“倍返し”は、敵から受けた攻撃を倍にして返す。

 だから相手が強ければ強いほどすぐに倒せる。


 そして仲間からの支援魔法を仲間に“倍返し”もしていた。

 だから仲間たちは2倍の強化を受けられて、力が圧倒的に底上げされていたのだ。


 それがなくなった今、Aランクの魔物相手に苦戦するのは当たり前だった。


 ――結局、パーティがウォーウルフ・マスターを倒したのは、30分も経ってからだった。


「……全く、お前たちたるんでいるぞ!」


 トニーは部下たちを叱責する。


「し、しかし隊長……なんか力が出ないんですよ!」


 普段イエスマンのコナンだが、今日ばかりはそんな風に愚痴をこぼした。


「言い訳をするな! お前たち、気合いを入れなおせ!」


 トニーの激励がダンジョンにこだまする。


 だが、彼の言葉では部下たちの違和感は拭えなかった。


 †


「それじゃぁ、お兄ちゃんの失業に乾杯〜!」


 妹ちゃんがそう言って陽気にグラスを突き出した。


 兄であるアトラスは複雑な気持ちでそれに答える。


「か、乾杯……? って、絶対違うよね?」


「合ってるよ! お兄ちゃんの新しい門出なんだから! お兄ちゃんの実力なら、絶対いいギルドに転職できるから♪」


 アトラスは、妹ちゃんがあえて陽気に振舞ってくれているのだと受け取った。


「そうだね……。うん、転職か」


 アトラスはそう言いながら酒を一気に飲み干す。


「よし、明日から転職活動頑張るぞ」


「せっかくだから、最王手のギルドがいいよ。例えば、<ホワイト・ナイツ>とかさ」


「ほ、ホワイト・ナイツ!? 無理だよ、そんなの」


 <ホワイト・ナイツ>は王国最大のギルドだった。

 今まで勤めていた<ブラック・バンド>も、ギルドとしては最高ランクである<王国公認>なのは同じだが、所詮は新興ギルドだ。<ホワイト・ナイツ>とは規模も歴史も桁違いだ。


 トップオブトップ。それが<ホワイト・ナイツ>なのだ。


「ぜーったい、お兄ちゃんならいけるから! いってみなよ!」


 と妹ちゃんの強烈な押しに、アトラスは「う、うん……」と引き気味に頷くのだった。


 †


 翌日、アトラスは転職ギルドへと向かった。


「いらっしゃいませ。当転職ギルドのご利用は初めてですか?」


 受付のお姉さんはアトラスに眩しい笑みを浮かべて話しかけてきた。


「は、はい」


「それでは、まずステータス検査を受けていただくことになります。すぐに済みますから」


「わかりました」


 アトラスはお姉さんに個室に案内される。


 と、お姉さんは引き出しから短い杖を取り出す。


 確か、ステータスを計る魔道具だったかな。


「それでは、失礼しますね……」


 お姉さんはそう言って、杖をアトラスの胸に当てた。


「結果はすぐ出ますからね……」


 少しすると、杖の先端が光り、お姉さんの手を離れて、空中で文字を描き始めた。


 HP Sランク

 MP Fランク

 攻撃力 Fランク

 防御力 Fランク

 素早さ Bランク



「えぇえっ!? HPがSランク!?」


 個室にお姉さんの悲鳴が響き渡る。


「そ、そんなに驚くことなんですか?」


 確かにアトラスはHPには自信ががあった。


 なにせ、持っているスキルは“倍返し”。


 敵から受けた攻撃を倍にして返すというスキルの性質上、相手に攻撃を食らわなければ始まらない。

 そのために、攻撃を受ける頻度が多く、自然とHPが鍛えられてきたのだ。


 だが、他の主要スキルはほとんど最低評価のFランク。その辺の町人と変わらない。


 だからこそ、アトラスの冒険者ランクは5年もの間ずっとFランクのままだったのだ。


 一芸はあるが、平均するとポンコツ。それがアトラスの自分への評価だった。


「そりゃ驚きますよ!」


 だが、お姉さんはアトラスのステータスをみて驚愕していた。


 お姉さんは、アトラスの存在を知らなかった。

 はっきり言って完璧に無名と言っていい存在。

 そんな彼がSランクのステータスを持っているのだ。

 とんでもない掘り出し物だ。


「これなら、どんなギルドへも推薦を出せますよ!」


 お姉さんは興奮気味に言った。


「え、ほんとですか?」


 アトラスは驚いて聞き返す。


「もちろんですよ!」


 まさかアトラスは自分がそんなに評価してもらえるとは思ってもみなかったのだ。


「……どんなギルドでもって、例えば<ホワイト・ナイツ>とかも?」


 アトラスは半分冗談のつもりでそう聞いた。

 だが、お姉さんは即答する。


「もちろんです! ぜひご紹介させてください!! 早速実地試験のセッティングをします!!」


「ま、まじですか……」


 急展開に嬉しいというより、困惑するアトラスだった。



 ――求職ギルドを訪れた翌日、アトラスは早速最王手ギルドである<ホワイト・ナイツ>との実地試験に招待された。


 実際の任務に同行して適性を見るのは冒険者の転職では一般的だった。



 約束のダンジョン前へやって来たアトラスを、一人の男が出迎えた。


 男はいかにも屈強そうな冒険者だった。

 年齢は30代から40代というところか。


「あの、アトラスと申します……」


「よくきてくれた。私はエドワードだ。<ホワイトナイツ>のギルドマスターをしている」


 <ホワイト・ナイツ>のギルドマスター。

 Fランク冒険者からすればあまりに遠い存在だ。


「今日はなにやら尖った人間がいると聞いて来たんだ。楽しみにしてるぞ」


「は、はい!」


「それじゃぁ、早速行こうか」


 そう言って、エドワードはダンジョンに入っていく。


 試験会場となるダンジョンは<ホワイト・ナイツ>が

目下攻略中のAランクダンジョンだった。


 ――Aランクダンジョンはいつも攻略していたから特に問題はないけど、気は抜かないようにしないとな。


「君のパートは前衛だと聞いているから、今日は私は後衛を担当する」


「わかりました!」


「それでは早速、強化バフをかけるぞ」


 ダンジョン攻略では、後衛メンバーが他のメンバーに強化をかけるのがセオリーだった。


「――“防御力アップ”!」


 ギルマス・エドワードが強化スキルを使う。


「す、すごい」


 アトラスはギルマスの放った強化スキルの強さに驚く。

 力がみなぎってくる。

 前にいた<ブラック・バンド>のメンバーのそれとは桁が違う。

 これが、トップギルドのギルマスの力……!!


 だが、驚いていたのはアトラスだけではなかった。


「こ、これは!? どういうことだ、私の力も強化されたぞ!?」


 それまでどっしりと構えていたエドワードが、打って変わって驚きの声をあげた。


「あの、俺の“倍返し”のスキルのおかげです。バフをかけられたら、かけた人に2倍にして返すんです」


 そう説明すると、エドワードはさらに驚愕した。


「なんだって!? 2倍!?」


 エドワードが驚くのも無理はない。

 何かの効果を高めるスキルというのはたくさんがあるが、その強化の係数は、トップ冒険者のそれでもせいぜい多くて1.2倍くらいというのが通常だった。


 それなのに、目の前の冒険者の強化係数は2倍だという。


「すべての強化スキルの効果が2倍になったら――それこそ、凡庸な冒険者たちでもSランクパーティーになれてしまうではないか!」


「そ、そんなにすごいですか……」


 アトラスは、ギルマスの高評価に逆に驚いてしまう。


「ステータスが高いと聞いていたが、まさかこれほどのスキルも持つとは……」


 ――とんでもない逸材を見つけてしまった。


 エドワードはなるべく興奮を抑えようとしたが、それが難しいほどの出来事だった。


 †


 アトラスは、<ホワイト・ナイツ>のギルマス・エドワードと共に、Aランクダンジョンへと潜る。


 Aランクダンジョンを二人での攻略するというのは並大抵のことではないが、パートナーが<ホワイト・ナイツ>のギルマスとなれば話は別であった。


 むしろ、アトラスとしてはエドワードの足を引っ張らないようにという不安の方が大きかった。


 二人はおしゃべりすることもなく、淡々とダンジョンを進んでいく。


 ――と、しばらく歩くと、いきなりAランクモンスターが現れる。


「ウォーウルフですね」


 さすがはAランクダンジョン、現れたのはなかなかに手強い相手であった。

 高い攻撃力で、並みの冒険者ならあっという間にやられてしまう。


「さて、君の力を思う存分、見せてもらおうか」


 エドワードはアトラスにそう言う。


 アトラスは前衛。ゆえに、自らウォーウルフへと飛び込んでいく。


「はぁッ!」


 一応、アトラスから先攻する。

 しかし、その一撃はAランクモンスターの防御力の前に弾かれる。


 逆に、ウォーウルフはカウンターで鋭い一撃をアトラスに食らわせた。


「――――ッ!!」


 アトラスのHPは一気に削られる。

 だが、次の瞬間、


「――――“倍返し”!!」


 アトラスが受けた攻撃の二倍の攻撃がウォーウルフに跳ね返る。


「――グアアッ!!」


 Aランクモンスターの攻撃。それが倍になって跳ね返ることで、ウォーウルフの決して少なくないHPは一気に削り切られる。


 断末魔とともにウォーウルフは倒れ込んだ。


「攻撃を受けたら相手にダメージを与えられるのか!?」


 アトラスの規格外のスキルに、エドワードはまたしても驚きを隠せない。


「攻撃を受けないとまともに反撃できないんですけどね……」


 アトラスは少し自嘲気味に言う。

 この「一度攻撃を受けないといけない」特性ゆえにポーションでの回復が必須で、前のギルドでは「金食い虫」扱いされていたのだ。


「何を言っている。HPがSランクで、相手の攻撃を倍返しにできるということは、ほとんどの敵に負けないということじゃないか!?」


「まぁ、確かにタイマンならほとんど負けないですね」


「そんな規格外の能力があるか!?」


 王国一番のギルドのギルマスにそう言われると、少しは自信を持ってもいいのかなと言う気になるアトラスだった。



 †


 その後も、アトラスとエドワードはAランクダンジョンを破竹の勢いで進んでいく。


 最初はなるべくアトラスの力を見るために後方で大人しくしていたエドワードだったが、後半はチームプレーを確認するために自らも戦闘に加わる。

 

 エドワードはアトラスのチームプレーの素晴らしさにも舌を巻く。

 アトラスは的確なフォローをしてくれるのだ。

 自ら戦ってよし、他人と一緒に戦ってよし。全く隙がない。


 ――そして、あっという間に二人はボス部屋へとたどり着く。



 ダンジョンのボスは、ミノタウロスだ。


 圧倒的な防御力を持ちながらも、重たい一撃を放つ強敵だった。

 並みの攻撃では歯が立たず、逆にその斧の攻撃をまともに受ければひとたまりもない。


 ――エドワードはミノタウロスの防御力を突破するために、詠唱に時間がかかる<大魔法>を準備する。


「アトラス、悪いが3分頼む!」


 ――エドワードは長い詠唱が終わるまで、3分間時間を稼いでくれと言う意図でそう言った。


 と、アトラスは「あ、あのポーションを使ってもいいですか?」とエドワードに聞く。


「もちろんだ」


 エドワードがそう返事をすると、アトラスは「……ッ!! ありがとうございます!」と勢いよく返事をして、そして駆け出した。


「はぁ――ッ!!」


 例によってアトラスは、ミノタウロスに先制攻撃を仕掛ける。

 しかし、やはり素のアトラスの攻撃力では大したダメージは与えられない。


 だが、エドワードとしてはそれでも十分だった。

 アトラスに上手く攻撃を避けながら時間を稼いでもらえれば、3分後には特大の魔法攻撃でミノタウロスの防御を破ることができる。


 ――そう思っていたのだが。


「ガァァア!!」


 ミノタウロスが咆哮と共にその強烈な一撃をアトラスに叩き込む。


 それをアトラスは真っ向から受ける。


「くッ!」


 平凡な冒険者なら一撃で倒せるほど強力なミノタウロスの攻撃。

 大した防御力を持たないアトラスのHPは、一気に削りとられる。

 ――だが、SランクであるアトラスのHPはまだまだ残っていた。


 そして、一気に削られたHPの倍の攻撃がミノタウロスに跳ね返る。


「ギァァァア!!!」


 ミノタウロスの悲鳴が響く。そして次の瞬間、悲鳴から生まれた力みで次なる一撃を飛ばしてくるミノタウロスだったが、それをまたしても真っ向から受けるアトラス。


 そして、当然のようにそれも二倍になって跳ね返る。


 Sランクの攻撃力を持つミノタウロスの攻撃が、再び二倍になって跳ね返り――次の瞬間、ミノタウロスの体は崩れ落ちた。


「ま、まさか……!!」


 3分間時間を稼いでくれと言ったら、なんとたった30秒で敵を倒してしまったのだ。


 エドワードは、アトラスの神業にただただ驚き言葉を失う。


 一方、アトラスは久しぶりに本気を出せたことに満足感を覚えていた。


 戦い始める前にアトラスが「ポーションを使ってもいいですか?」と聞いたのには訳があった。


 <ブラック・バンド>では、なるべくポーションを使ってはいけないと言われていたのだ。

 それゆえに、アトラスはなるべくダメージを受けないように立ち回らざるを得なかった。


 しかしポーションを使って回復して良いのであれば今のようにわざとダメージを受けて、それを倍返しにすることでボスをも圧倒できる。


 アトラスは「なるべく体力を削られてはいけない」と言う縛りから解放され、本気で戦うことができたのだ。


 自らの力を100パーセント解放できたことにアトラスは満足していた。


 しかし、それを見ていたエドワードはただただ驚く。


「こ、これは……とんでもない逸材を見つけてしまった……」


 歴戦の強者であるエドワードも、この時ばかりは開いた口が塞がらないのであった。


 †



 一方、その頃、アトラスをクビにした<ブラック・バンド>は、昼休憩のためにダンジョン攻略から一度引き上げていた。


 ――結果から言うと、ダンジョン攻略は遅々として進まなかった。


「お前たち、本当に気が緩んでるぞ。せっかくFランク野郎がいなくなっても、調子を落としたんじゃ話にならん!」


 トニー隊長が発破をかけるが、部下たちの指揮は下がっていた。


 もちろん、アニス以外のメンバーはアトラスが抜けたから攻略がうまくいかないのだとは少しも思っていなかった。


 ただ、なぜかわからないが、いつもより調子が悪いというのは露骨に感じていた。


「……午後からは新しい前衛候補の冒険者とダンジョンに潜る。相手は大手ギルドで勤めた男だ。隊の威信にかけて、情けないところは見せられないからな!」


 そして、しばらくダンジョンの外で待っていると、その転職希望のAランク冒険者がやってくる。


 30代で、一番乗っている年頃の男だ。

 某王手ギルドで勤めていたが、キャリアアップのために転職を希望していた。

 <ブラックバンド>はこの5年間で急成長し、もっとも勢いのあるギルドだったので、大手からも転職希望者が多かったのだ。


「クライドだ。今日はよろしく頼む」


 Aランクの冒険者はそう名乗る。


「<ブラック・バンド>のSランク、隊長のトニーだ。よろしく」


 トニーとクライドは握手を交わす。


「早速、ダンジョンで力を見せてくれ」


「ああ、もちろんだ」


 一行は休憩を終えて、再びダンジョンへと潜っていく。


 †



「“ファイヤー・ランス”!」


 トニー隊長が渾身の炎攻撃魔法をモンスターに向かって放つ。

 しかし、魔物にはわずかにダメージを与えるに止まる。


 ――これが、Sランクパーティの実力なのか。


 クライドはトニーたちの実力を見て、ハッキリ言って失望していた。

 どう見てもトニーパーティの実力は、Aランクダンジョンに出没するモンスターを相手にするには不足だった。


 ――<ブラック・バンド>はこの5年間上り調子で、一気に王立公認パーティーに上り詰めた急成長中のギルドと聞いていたが、この程度なのか。

 前評判と全く違う。これではその辺のCランクパーティ以下ではないか。

 それがクライドの素直な感想だった。


 ――しかし、もしかしたら俺の実力を試そうとしているのかもしれない。


 クライドはそう思って、黙々とダンジョン攻略についていく。


 そしてダンジョンに潜って2時間ほどして、中ボスの部屋にたどり着く。

 パーティの実力を考えると相手にするのはやや不安だったが、最悪逃げればいいと腹をくくるクライド。


 だが、トニーたちには根拠のない自信があった。


 トニー隊長が前衛であるクライドに指示を出す。


「私が大魔法を使います。それまで耐えてください」


 強力なモンスターを相手にするときには、前衛が時間を稼ぎ、後方の仲間が強力な大魔法を詠唱するというのがセオリーだった。

 だからクライドも時間を稼ぐことに異論はなかった。


 だが、次にトニー隊長から出てきた言葉に、思わず耳を疑う。

 

「――20分耐えてくれ」


「はぁ!?」


 クライドは思わずずっこけそうになる。


「何言ってんだ!? 20分? ボス相手にそんなに時間稼ぎできるわけないだろ!?」


 Aランク冒険者の言葉に、トニー隊長たちは驚く。


「何言ってんだって、それはこっちの台詞だ。前衛なのにそんなこともできないのか?」


「そんなの<ホワイト・ナイツ>のSランク冒険者でも無理だろ!?」


 そう言われてもトニーたちは信じられない。

 だって、時間を稼ぐぐらいなら、あの無能なFランク冒険者のアトラスにでもできていたのだから。


 ――と、そんな言い争いをしている間に、ボスモンスターがパーティに向かって突進してきた。

 言い争いをしている暇はなかった。


 戦闘に入ってもクライドはともかく、他のメンバーたちはボス相手に手も足も出なかった。

 これまでの5年間のトニーパーティの「活躍」を知らず、この数時間彼らのへなちょこぶりを冷静に見てきたクライドからすれば当然の結果だった。


 しかし、つい先日まで破竹の勢いでダンジョンを攻略してきたトニーパーティからすれば、中ボス相手に歯が立たないというのは異常事態だった。


「もっとちゃんとダメージを与えてください!」


 トニー隊長がクライドを怒鳴りつける。


「バカ言え! お前たちの支援魔法が弱すぎるんだよ!」


 トニー隊長の理不尽な言葉に言い返すクライド。

 そして、クライドはこれ以上の戦闘は不可能だと判断し、叫んだ。


「これ以上は無理だ! 撤退するぞ!」


 そう言うと、クライドは一目散にダンジョン後方へと逃げいく。


「お、おい! 待て!」


 トニー隊長は引き留めようとするが、すぐにボスの目がトニーに向けられ、自身が危険に陥っていることに気が付いた。


 ――今の自分たちではボスに勝てない。


 それまで自信満々だったトニー隊長だったが、ボスの前に置き去りにされ本能的に勝てないと理解した

 仕方なく、クライドに合わせて戦線を離脱するのであった。


 †


 安全なところまで逃げてきた一行。


 そこでトニー隊長は、クライドに悪態をつく。


「前衛なのに時間稼ぎすらできないとは、どう言うことだ!?」


 Sランクパーティである自分たちが、Aランクダンジョンの中ボスから逃げ帰ってきたと言う事実にトニーはブチギレていた。

 そして敗北の原因は、全てクライドにあると思い込んでいた。


 クライドがちゃんと前衛として時間を稼いでいれば、自分の大魔法でボスを倒せたのに、と。


 しかし、クライドは「無茶を言うな」と繰り返す。


「ボス相手に20分も時間稼ぎできるわけねぇだろ!」


 だが、それはトニーからするとおかしなことだった。


「お前、本当に大手ギルドでAランクだったのか? 20分くらいの時間稼ぎなら、Fランクの無能野郎でさえできていたんだぞ?」


 それはトニーからすると「当たり前」の疑問だった。

 なにせ自分が無能だと思いこんでいるアトラスは、20分だろうが30分だろうが時間を稼いでくれていたのだから。


 だが、クライドからすれば明らかに「Sランク」の実力がないトニーから、逆に自分の実力を疑われたことで堪忍袋の尾が切れたのだ。


「バカ言うな! お前こそ、大魔法の詠唱に20分かかるとかどんだけへっぽこなんだよ。そんなに時間かけたら誰でも強い魔法使えるわ!」


 クライドの言葉にトニーもキレる。


「な、なんだと!?」


 だが、トニーが次の言葉を言う前に、クライドがさらにまくし立てる。


「馬鹿馬鹿しい。お前たちと働くなんてこっちから願い下げだ。Sランクパーティって言うからきたのに、嘘つきやがって! 転職ギルドにはCランクの実力もなかったってちゃんと報告しとくからな!」


 そう言ってクライドは踵を返した。


「なんだと!! ふざけるな!」


 トニーは背中越しにそう罵倒するが、クライドが立ち止まることはなかった。


 †



 ――翌日、ギルマス室に呼び出されたトニー隊長。


「おい、転職ギルドからクレームがあったぞ!!」


 ギルマスがトニー隊長を怒鳴りつける。


「ど、どう言うことですか?」


 トニーはそうしらばっくれる。

 しかしギルマスにはクライドの話が全て伝わっていた。


「とぼけるな! 私が用意させたAランク冒険者からのクレームだ! Sランクパーティーだと言われたから試験を受けにきたのに、実際はCランク以下の実力しかない奴らを紹介された、騙されたと転職ギルドにクレームがあったそうだぞ!!」


 トニー隊長は内心で悪態をつく。


「も、申し訳ありません……。しかしギルマス、我々もAランクという言葉を信じていたのですが、奴はあのFランク無能野郎アトラス以下の実力しかなかったんです……」


「なに、アトラス以下だと!?」


「はい、その通りです。アトラスにさえできた仕事も、まともにこなせない男でした」


「……なんだと。つまりそれは、転職ギルドがポンコツをよこしたということか?」


「手配してくださったギルマスには申し訳ありませんが……転職ギルドが手数料欲しさに紹介したのかと」


「しかし、アトラス一人抜けたくらいでAランクボスの中ボスから逃げ帰ってきたというのはどういうことだ?」


「それは……なにせクライドがいきなり戦線を抜けたので、一応奴の安全を考えて追いかけたのですが……」


「……わかった。しかし、お前たちも気が抜けているのは確かだ。我が<ブラック・バンド>のSランクパーティーがダンジョンから逃げ帰ったなどと言う噂がたったら、ギルドのメンツは丸つぶれだ。もし次こんなことがあったら、ただでは置かないからな」


「もちろんでございます、ギルマス。気をつけます」


「……とりあえず、別のパーティからAランクの前衛を連れてくることにする」


「ありがとうございます、ギルマス」


 †



 ――ダンジョンから戻ってきたアトラスと<ホワイト・ナイツ>のギルマス・エドワード。


 エドワードとしては、あくまでアトラスの実力を測るためにAランクダンジョン潜っただけだったが、アトラスが思いの外強く、あっという間にボスまで倒して攻略してしまった。


 これまで数々の強者たちとともに戦ってきたエドワードだったが、アトラスの強さには驚きを隠せなかった。


 ダンジョンから出て危険がなくなったところで、エドワードはアトラスに申し出る。


「アトラス君、ぜひ我がギルドにきてほしい」


「え、ほんとですか!?」


 アトラスは予想外の結果に驚く。

 <ホワイト・ナイツ>と言えば、王国公認ギルドの中でも最強のギルドだ。

 妹に勧められて受けてみたものの、まさか受かるなんてこれっぽっちも思ってはいなかったのだ。


 だが、驚くのはそれだけではなかった。


「もちろんSランクを保証する」


 エドワードの言葉に、アトラスは唖然とする。


「え、Sランク!?」


 SランクってあのSランクだよな!?

 最高レベルの!?

 弱小ギルドならいざ知らず、国内最高のギルドのSランクと言えば、生きる英雄たちの集まりだ。


 その中に、自分が!?


 アトラスには<ブラック・バンド>での自分に対する評価がこびりついていた。

 だから最高のギルドから、最高の評価を得て採用されようとしている事実が信じられなかったのだ。


 だが、さらにだめ押しとばかりにエドワードは提案する。


「Sランクパーティの隊長のポジションを約束する。採用祝いで金貨10枚。初年度賞与は金貨20枚+攻略ギルドで得た収入の10パーセントをインセンティブで支払う。勤務日数は最低週4回でいい」


 それまでの<ブラック・バンド>での待遇を考えると、気が遠くなりそうなほどの高待遇だった。


「も、もちろん、お願いします」


 アトラスは、そう言ってエドワードの申し出を受け入れた。


 †


 アトラスが自宅に帰ってくると、妹ちゃんが嬉々とした表情で出迎えてくる。


「お兄ちゃん、試験どうだった!?」


「……それが……<ホワイト・ナイツ>から内定もらえた」


 アトラスはその事実をいまだに信じられないでいた。

 しかし、妹ちゃんは兄にそれくらいの力があると確信していたから驚くことはなかった。

 

「やっぱりお兄ちゃんはすごい! よかったね、天下のホワイトSランクギルドにいけて! これでブラックギルドと完璧におさらばだね!」


 妹ちゃんは興奮気味に言って、そのまま兄に抱きつく。


 いつもなら「恥ずかしいよ……」とかそんなことを言うところだったが、今日のアトラスは放心状態で、妹を自分の体からひっぺがす余裕がなかった。


「自分でも信じられない……」


「もう準備できてるから、今日はパーっとお祝いしよう!」


 そう言って妹ちゃんは、豪勢な料理を用意してあるテーブルへと兄を引きずっていくのだった。




 ――アトラスが<ホワイト・ナイツ>の内定を獲得した頃。


 <ブラック・バンド>のトニー隊長は、背水の陣で次なるダンジョン攻略に臨んでいた。


 先日から攻略しようとしているAランクダンジョンは一旦置いておいて、今日は別のダンジョンへと向かった。


 難易度はCランクのダンジョン。

 本来Sランクパーティからすれば楽勝なはずの難易度だ。


「お前たち、気が緩んでいるぞ! まずはCランクダンジョンで気を引き締め直す!」


 そう部下たちを喝破する。


 トニー隊長は、今まで楽勝で攻略できていたものができなくなったのは、パーティーメンバーの気が緩んでいるせいと考えた。


 部下たちは黙って隊長の方を見た。その表情は曇りがちだったが、隊長はそんなことお構い無しに歩き始める。


「お前たちが本気を出せば、三十分で攻略できるはずだ!」


 そう言ってトニー隊長はダンジョンへと入っていく。


 †


 ダンジョンは遺跡型だった。

 迷宮型と違い、道の分岐はさほどなく迷うことはないので、粛々とモンスターを倒していけばいい。


 さすがのトニーたちも、序盤のモンスターでつまずくことはなかった。

 メンバーたちはそれなりに軽快にモンスターを倒していく。


 だが、今までなら一秒で倒せていた敵に、一分、二分と時間がかかる。

 相手がCランクの「雑魚」でも、やはり不調を感じざるを得なかった。


「おい、お前たち! いつまでダラダラしてるつもりだ! 早く本気を出せ!」


 トニー隊長が、部下たちを叱りつける。

 部下たちは黙って上司の言葉を聞いたが、不満げな表情を隠しきれていなかった。

 その態度が、またトニー隊長を怒らせる。


「なんだ、お前たち。文句があるのか!? Cランクモンスターに手こずる雑魚のくせに、反省もせず生意気な奴らだ!」


 ダンジョンの中でトニーの説教が始まる。しばらく部下一人一人の戦闘のダメ出しが行われた。


「おい、前衛なんだから俺たちに攻撃が飛ばないようにしろ。あの無能アトラスでもできたぞ!

 それに後衛ももっと早く回復させろ! 前より半分以上スピードが落ちてるぞ!

 魔法使いも、弱いファイヤーボールばっかり打ってないでもっと速く上級魔法を打て!」


 そして、最後に全体に向かって、


「無能は、アトラスのようにクビにするからな!」


 そう締めくくる。


 よし、これで部下たちも気が引き締まっただろう……。

 トニー隊長は意気揚々と踵を返して再びダンジョンを進み始める。


 ――だが、


「隊長、中ボスです!」


 部下の一人が前方に<エリート・トロール>を見つける。

 Cランクのモンスターの中では強力な部類だが、本来Sランクパーティーであれば難なく倒せる相手だ。


「お前たち! 死ぬ気でやれ!」


 そう部下たちに発破をかけて望ませる。


 前衛たちが向かっていく中、自身も大魔法の準備をする。10分もあれば詠唱完了だ。


 ――だが、Sランクパーティならば、大魔法の詠唱が終わる前に、前衛だけで倒してしまうくらいでなければおかしい。部下たちも腐ってもSランクパーティのメンバーだ。本来なら、Cランクの中ボス程度に手こずるはずがないのだ……


 そう思って、戦況を見守るトニー隊長。


 だが、部下たちはそんな考えも空しく手こずっていた。

 なかなかダメージを与えられず、エリート・トロールのHPは一向に減らない。


「全く、お前たち、気が抜けすぎだぞ!」


 そう怒鳴りながら、「やはり俺がとどめを刺さないとダメか」と鼻息を鳴らす。


 ――だが。


 トニーはようやく気が付いた。

 魔力の詠唱が一向に終わらないのだ。


 普段ならもう終わっている頃なのに、まだ半分もできていない。


「なぜだ……」


 ――実際のところ、それがトニー隊長の本当の実力だった。

 もともと一般的なSランク冒険者なら2分で終わる詠唱を、彼は20分かけないとできない程度の実力しか持っていない。

 だが、アトラスがいた頃はアトラスの<倍返し>によって様々なステータス強化魔法の効果が倍になり、その結果詠唱時間も半分の10分で済んでいたのだ。

 アトラスを追い出したいま、彼は「実力通り」にしか魔法を使えない。


 だが、それはダンジョン攻略において致命的だった。


「た、隊長! これ以上持ちません!」


「た、隊長! もう限界です! 早く大魔法を!」


 部下たちが限界を叫ぶ。


 しかし、急かされても詠唱は短くならない。


「おい! たるんでるぞ! 踏ん張れ!」


 トニー隊長は額に汗を滲ませながら、逆ギレする。


 ――しかし急かしてもトニー隊長の詠唱が短くならないように、怒鳴りつけたところで部下たちの能力が上がるわけもなかった。


 前衛のHPがつきかけそうになる。

 しかし隊長が撤退命令を出さないので、根をあげて自ら戦線を離脱する。


 すると、エリート・トロールの視線が後衛たちに向かう。

 ――その中には、もちろんトニー隊長も含まれていた。


「グゥアアアアア!」


 棍棒を振りかざして襲いかかってくるトロール。

 そこで隊長はようやく命の危険を認識し、


「て、撤退だ!!」


 そう言うと同時に、全速力で先頭を切って逃走したのだった。


 †


 Cランクダンジョンから逃げ帰ってきたトニー隊長たち。


「……クソ。一体どうなってるんだ……」


 そう呟く隊長。


 しかし、理由は明白だった。


 パーティが弱体化したのは今週に入ってから。

 そして、今週になって起こった出来事はただ一つ。


 ――アトラスのクビだ。

 それからパーティが一気に弱体化した。


 だが、ただ一人最初からアトラスを評価していたアニス以外は、その事実を簡単には認められなかった。


「……いや、待てよ。そうか」


 ふと、トニー隊長は妙案を思いついた。


 ――自分のプライドを守りつつ、パーティを元に戻す方法を。


「いくらFランクの無能とはいえアトラスを追い出したのはかわいそうだった。それがずっと気がかりだったのだ」


 隊長が突然そんなことを言い出したので、アニスは驚いてしまった。


 ――何を言っているのだ、この男は。

 5年間ずっと見下し、こき使い続け、挙句に勝手に追い出しておいて、「かわいそう」だって?

 だが、部下の怒りなどつゆ知らず、妙案だとばかりにトニー隊長は命令する。


「アトラスを呼び戻してやろう。きっとあいつも泣きながら喜ぶだろう」


 ……なんて愚かなのだ。

 アニスはそう罵ってやりたいと思った。

 しかし部下が上司に逆らえるはずもない。

 それがギルドというものだ。

 

「おいコナン。アトラスに戻ってきて良いと伝えてやれ」


 隊長が、腰巾着の男コナンにそう伝える。


「承知しました、隊長!」


 こうしてコナンは意気揚々とアトラスの元へと向かうのだった。


 †


 ――王国一の名門ギルド<ホワイト・ナイツ>にSランクとして採用されたアトラス。


 早速初めての勤務日。


 ギルマスであるエドワードに連れられ、アトラスは緊張しながら新しいパーティメンバーの元へと向かった。


 ……<ホワイト・ナイツ>のSランクパーティなんて、きっとすごい人たちの集まりだ。それが部下になるなんて、緊張するな。


 アトラスは<ブラック・バンド>に就職してから5年間、ずっと一番下の平隊員として過ごしてきた。

 それが今日からいきなりSランクパーティの隊長だ。緊張せずにはいられなかった。


 ……きっと、使えないと思われたらすぐに追い出されるのだろう。

 でも、それでもいいじゃないか。

 挑戦するだけしてみてダメだったらそれでいい。

 失うものなんて何もないのだから。


 心の中でアトラスはそう腹をくくる。


 ――やがて、新しいパーティメンバーたちが見えてきた。


「おはようございます!」 


 アトラスは勢いよく挨拶する。


 メンバーたちの何人かがそれに答えた。


 屈強そうな男が二人、それにグラマラスな女性が一人。

 そして、一番若い、背の小さな女の子が一人。


 女の子は剣を持っている。どうやらアトラスと同じく前衛のようだ。

 金髪にツインテールが印象的だ。


 そしてその女の子が、真っ先に口を開いた。


「この人が、新しい隊長? なんか弱そう!」


 いきなり、そんな風に言ってくる「部下」に面食らうアトラス。


 ……た、確かに強そうには見えないだろうけど……


「イリア、弱そうに見えるなら、ちょっと戦ってみるか?」


 とギルマスが女の子にそう言う。

 女の子はイリアという名前らしい。


「うん、そのつもりだよ。だって、私より弱かったら隊長って認めないんもん」


 アトラスは、イリアの言い分も理解できた。

 いきなり若くてなんの実績もない奴が現れて、そいつが弱そうだったら、隊長なんて言われても疑うのは仕方ないだろう。


「そういうわけだ、アトラス君。悪いけど、ちょっと付き合ってもらえるかな?」


「はい、わかりました」


 アトラスは緊張しながら頷く。


「それでは、早速だが二人で模擬戦をやる。それがアトラス君の力を知ってもらうにはにはそれが一番だろう。百聞は一見に如かずだ」


 ――こうして、自己紹介もないまま、アトラスは「部下」といきなり戦うことになったのだった。 


 †


 ギルドの広場で向かい合うアトラスとイリア。


「それでは……先に相手の体力を半分まで削った方が勝ち。それでいいな?」


 ギルマスが二人に確認する。


「もちろん」

「はい、わかりました」


「では――――はじめ!」


 ギルマスの掛け声で二人の模擬戦が始まる。


 先に動いたのはイリアだった。


 一気に間合いを詰める。


 ……は、速い!


 その速さは圧倒的で、アトラスは動きを目で追うこともできなかった。

 イリアの剣が自分に届いた頃に、ようやく体が反応して攻撃を避けるモーションに入ったのだ。

 だが、当然防御には間に合わない。

 アトラスはそのまま手痛い一撃を食らう。


「なんだ、やっぱり雑魚じゃん」


 とイリアは斬り抜けざまに鼻で笑う。


 ――だが、それでよかったのだ。


 次の瞬間、イリアの体を鋭い斬撃が襲う。


「――――ッ!!!」


 アトラスは斬られるまで反応すらできていなかったはずだ。


 なのに、気がついたらイリアの方が斬られていた。

 それも、Sランクの攻撃力を持つ自分の斬撃の二倍の威力で。


 イリアのHPはいきなり半分以下になり、決着が付く。


「アトラスの勝ちだな」


 ギルマスが宣言する。


 イリアが確認すると、アトラスのHPは5分の1ほどしか削られていなかった。

 渾身の一撃をまともに食らわせたのに、である。


 Sランクレベルの攻撃を受けても致命傷にならないほどアトラスのHPは多かったのだ。 


 そして、アトラスのスキル“倍返し”によって、イリアは自分が与えたダメージの倍の攻撃を受けた。

 イリアは攻撃力はSランクの力があるが、HPは平均的なものであった。

 それゆえ、Sランクの攻撃を<倍返し>されたことで、一気にHPが半分以下になったのである。


「アトラスに攻撃をした者は、与えたダメージの倍のダメージを受けるんだ」


 控えめなアトラスに代わって、ギルマスが解説する。


 イリアは自分が負けた事実にただただ驚く。

 そして少し考えて、アトラスには自分は逆立ちしても勝てないのだ、という事実に行き着いた。


「――――失礼しました、隊長!!」


 次の瞬間、イリアは腰を90度に曲げて、アトラスに頭を下げた。


「ここまでお強い方とは知らず無礼でした! どうかお許しください!!」


 Sランクの冒険者が急に頭を下げてきたので、アトラスは思わず驚く。


「あ、いや、そんな。別に全く気にしてないから」


 しかし、イリアは一度頭を上げた後、再び頭を下げて大きな声で言う。


「隊長が誰よりも強いことは理解しました! このイリア、隊長についていきます!!」


 イリアは完全な実力主義だった。

 弱い者とはつるまず、強い者からは徹底的に学ぶ。

 それがゆえにこの若さでSランクにまで上り詰められたのだ。

 

 そして実力主義であるがゆえ、アトラスに負けた瞬間、自分はアトラスから学ぼうと、マインドを切り替えたのである。


「どうやら、アトラスくんがこのパーティの隊長に相応しいということは理解してもらえたようだな」


 ギルマスがパーティメンバーたちの顔を見渡しながら言う。


 ここに揃っているのは並み居る強豪たちばかりだ。

 だからこそ、実際に彼が戦うところを目の当たりにしたあとで、アトラスの実力を疑うものなど一人もいなかった。


「それでは、アトラス君、今日からよろしく頼むよ」


「はい、ギルマス」


 †


 アトラスたちは自己紹介を終えると、早速ダンジョン攻略へと繰り出した。


 Sランクパーティーにふさわしく、Sランクダンジョンへ潜る一行。

 

「隊長、前方からゴブリンロードの群れがやってきます。数は20です」


 後衛の魔法使いが、持ち前の探知魔法で敵の動きを把握し、事前に敵襲を教えてくれる。

 その事実にアトラスは少し感動した。

 前のパーティにはそんな能力の持ち主はおらず、常にアトラスが先頭で敵の一撃を受けていたのだ。


「ありがとうございます」


 そして実際にゴブリンロードの群れが現れる。


 魔法使いは既にそれを見越して、大魔法の詠唱を始めていた。


「隊長、2分だけ時間をください!」


 ……たった2分で大魔法の詠唱が終わるのか。


 アトラスはその速さに驚く。

 前のパーティではトニー隊長が魔法使いのポジションだったが、大魔法の詠唱に10分かかるというのが当たり前だったからな……。


 ――アトラスは剣を引き抜いて、ゴブリンロードたちに向かって行く。


 ゴブリンロードの振り下ろした棍棒を剣で迎え撃つが、アトラスの腕力では支えきれずそのまま押し切られる。

 さらに怯んだアトラスに対して、周囲のゴブリンたちも攻撃を食らわせてくる。


 だが、それらはゴブリンたちに“倍返し”で跳ね返り、一気に5匹のゴブリンが倒れた。


 そして、アトラスが敵を倒している間に、他のメンバーたちも次々ゴブリンたちに倒していく。


 わずか2分の間に、10体以上が倒れる。


 ……さすがSランクパーティ!


 そして約束の2分が経過したところで、魔法使いの大魔法が炸裂する。


「“ドラゴンブレス・ノヴァ”!」


 魔法陣から飛び出した大火力が、残りのゴブリンたちを一気に焼き尽くした。

 Sランクモンスター20体がわずか2分で壊滅。


 <ブランク・バンド>のパーティならば、ありえないことだった。


「すごいな、みんな……」


「何言ってるんですか。一瞬でゴブリンロードを5匹も倒す隊長が一番すごいですよ!」


 と、イリアが持ち上げる。

 周囲のメンバーもそれに同意する。


 互いへのリスペクトに満ちたやりとりだった。

 アトラスにとって、かつてダンジョン攻略はただただ過酷なものだったが、今は違う。

 初めてダンジョン攻略が楽しいと思えた。


 ……なんていいパーティなんだ。


 アトラスはしみじみと<ホワイト・ナイツ>で隊長をできることの幸せを感じるのだった。



 一日のダンジョン攻略を終え、アトラス一行は街に帰ってくる。


 前の<ブラック・バンド>にいた時は、ダンジョン攻略が進まず、残業に次ぐ残業で日を跨いでの帰宅も当たり前だったが、ここでは違った。サクッとダンジョンを攻略して、時刻はまだ16時だ。


 なんてホワイトなギルドなんだ……。

 アトラスは夕日を見ながら、しみじみする。

 平日に夕日を見るなんて、一体いつぶりだろうか。


「みんな、今日はお疲れ様。明日もよろしく」


 アトラスの歓迎会は週末に行われる予定で、今日はそのまま帰宅することになっていた。

 なので、アトラスは部下たちに別れを告げて踵を返そうとした。


 だが、それをイリアが引き止める。


「隊長、よかったらこれから飲みに行きませんか?」


 部下からの誘いに、アトラスは心を弾ませる。


「もちろん、ぜひ」


「やった!」


 次の瞬間、イリアはアトラスの手を引っ張る。


「じゃぁ、私のオススメの酒場があるんで、そこに行きましょう!」


 アトラスはイリアにグイグイ引っ張られ、街に繰り出す。

 

 そして他のパーティーメンバーはそのまま帰っていくので、アトラスはようやくそれが「サシ飲み」だと気が付いた。

 年下の少女とのサシ飲みなど初めてだったのでアトラスは少し緊張した。


「隊長はよく飲みに行かれるんですか?」


「いや、前のギルドでは飲めるような時間には帰れなかったから……」


「じゃぁ、ぱーっと行きましょう!」


 アトラスは手を握られたまま街中を歩いていく。

 そして、そのままイリアに連れられ小さな酒場へと入っていった。


 そこはたまたまアトラスの家の真向かいの建物だった。


「ここ、家の前なんだけど実は入ったことなかったんだよね」


「え、お家そこなんですか!? じゃぁ実は今まですれ違ってたりしたのかもですね! これはもう運命ですね!」


 イリアが何やら盛り上がっていた。


「ここ、店は狭いけど、美味しいんですよ!」


 確かに店はかなり繁盛していて、その日は店の中は満席だった。

 なので二人は路面のテーブルに腰を下ろす。


 四人席があったのでアトラスは手前の席に座る。

 ……すると、イリアはてっきり真向かいに座るのかと思ったら、そのままアトラスの真横に座ったのだった。


「隊長、料理は何か嫌いなものありますか?」


「い、いやないけど……」


「じゃぁオススメを適当に頼みますね! 他に何か食べたいものがあったら言ってください」


 開口一番イリアに決闘を申し込まれた時はどうしようかと思ったが、今では完璧に歓迎ムードだった。


「あ、ありがとう」


 そしてアトラスは自分ではない人間が飲み会の注文をしてくれることにもまた感動するのであった。

 前のギルドでは飲み会のセッティングや進行は、当然アトラスの仕事だった。


「それじゃぁ、隊長がパーティに来てくれたことを祝して乾杯〜!」


 イリアはグラスをアトラスのそれにぶつける。


「ありがとう」


 ……っていうか、それにしても距離近くない?

 部下の距離感の近さに驚くアトラス。


「隊長、こんなに強いのに、私今まで全然知らなくて……どこか別の国で活躍されてたとか?」


 とイリアが聞いてくる。

 隠してもしょうがないのでと思って、アトラスは正直に答える。


「いや、前のギルドではFランクだったから……」


「え、Fランク!?」


 驚きの表情を浮かべるイリア。


「だから、知らないのも当然というか……」


「隊長がFランクって、どういうことですか!? だってこんなに強いのに!?」


 それはイリアからすれば当然の疑問だった。


「……能力値は低かったし、あとすぐダメージを受けるからって怒られてたなぁ」


 アトラスはそう説明するが、イリアは納得できなかった。


「スキルで“倍返し”できるんだからダメージを受けるのは当たり前じゃないですか!?」


「うん、それもあるし、後仲間の身代わりになってたつもりなんだけど、ポーションを無駄遣いするなってのも言われた」


 イリアは「信じられない……」と開いた口が塞がらなかった。


「あと、隊長がトラップのスイッチとか、あと魔物が暴れ出す部位とかを攻撃しそうになった時にとっさに自分の体で防いだりもしてたんだけど、何度説明してもわかってもらえなくて、俺がのろまなせいだって言われたり」


「隊長、今まで苦労されてきたんですね……」


 そこまで慰めてもらって、アトラスはあまり飲みの場で話すのにいい話題ではないなと気がつき、話題を変える。


「でも、こうして<ホワイト・ナイツ>に入れたから、全部よしだよ! こうして優秀なメンバーと一緒に攻略できるんだから」


「ええ、そうですね! 私は隊長に一生ついていきますから!」


 そう言ってイリアはグラスをアトラスに向けてから飲み干す。



 ――――――――


 ――――


 ――と、アトラスが部下との楽しいひと時を過ごしていた時だ。



「アトラス!!」



 突然あたりにその名前が響いた。


 声の主を見ると、そこには<ブラック・バンド>で後衛をしていたコナンの姿があった。

 トニー隊長の腰巾着である。


 自分の元へと駆け寄ってくるコナンを見て、アトラスはどうやら自分に用があるのだと気がつく。


 何事かとアトラスが尋ねる前に、コナンが口を開いた。


「喜べ、アトラス! 無能なお前をトニー隊長が許すそうだぞ!」


「……はい?」


 アトラスは予想外の言葉に驚くのだった。


 †



 突然アトラスの前に現れた元パーティメンバーのコナン。


「喜べ、アトラス! 無能なお前をトニー隊長が許すそうだぞ!」


 彼はいきなり現れて、自慢げにそんなことを言い始めたのだ。


「すみません、許すってなんのことですか?」


 アトラスは意味がわからず聞き返す。


「察しの悪いやつだな! お前をまた<ブラック・バンド>のメンバーにしてやるって言ってるんだよ!」


「は、はぁ……なるほど」


 どうやら、クビにしたのもつかの間、それをなかったことにしてやると言っているらしい。


「どうしたんだ、アトラス。無能なお前をまた雇ってやると、寛大なトニー隊長がおっしゃっているんだ。もっと喜んだらどうだ!?」


 コナンはあくまで上から目線でそう言う。


 5年間Fランクのままだった無能を特別に救ってやる。

 強がっているのではなく、心の底からそう思っているのである。


 コナンたち<ブラック・バンド>のメンバーにとって、アトラス=無能という思いこみは、そう簡単には拭えないほど深いものなのである。

 もっとも、別にアトラスはそれを気にしてはいなかった。

 なので、今更彼らが無能と罵ってきても、特に怒りの感情は湧いてこない。


 ただ、冷静に考えて、今のアトラスにとって彼らの提案は全くもって興味のないものだった。それだけのこと。


「すみません、もう再就職も決まっているので、大丈夫です」


 アトラスの言葉に、コナンはぽかんと口を開ける。

 コナンは、アトラスが泣いて喜ぶ姿を想像していたのである。

 しかし、現実にはそうならなかった。


「聞き間違えか? 無能なFランクのお前を、俺たちが面倒見てやると言ってるんだぞ? 泣いて喜ぶべきじゃないのか?」


「心遣いは感謝します。でも、もう部下もいるんで」


「ぶ、部下だと!? お前が隊長なのか?」


「一応……」


 アトラスが頷くと、コナンはもうそれ以上は開けられないだろうというくらい大きく口を開けて驚いた。


「し、しかしどうせ中小ギルドだろ? それなら王国公認の<ブラック・バンド>にいた方がいいだろう?」


「いや、再就職先も王国公認ギルドなんで……」


「王国公認ギルド!? どこに無能のお前を隊長として雇う王国公認ギルドがあると言うのだ!?」


「えっと<ホワイト・ナイツ>なんですけど……」


「ほ、<ホワイト・ナイツ>!? 冗談はよせ! 王国一のギルドがお前なんかを雇うわけないだろ!?」


 コナンは唾を飛ばしながらそうまくし立てる。


 だが、それに対して横から反論が飛んだ。


「さっきから聞いていたら、一体あなたは何様なんですか!? アトラスさんは<ホワイト・ナイツ>のSランクパーティーの立派な隊長です!」


 そう言い放ったのはイリアだった。


「……なんだ、小娘? 寝言は寝て言……」


 とコナンがイリアを睨みつけた――次の瞬間。

 イリアは瞬足でコナンに詰め寄り、手を彼の眼球の前に突き出した。


「ひっ!?」


 コナンはイリアのあまりの速さに身動き一つ取れなかった。


「これを見ても、まだそんなことが?」


 イリアの指先には、<ホワイト・ナイツ>のメンバーカードが挟まっていた。


「ほ、<ホワイト・ナイツ>のSランクパーティ……だと!?」


 メンバーカードに記載された文字を見て、コナンは驚きに目を見開く。


「あなたみたいな三流ポンコツ冒険者に、アトラス隊長をバカにする権利はないです。これ以上失礼なことを言うなら、タダじゃおきませんよ?」


 イリアの圧に押されて、コナンは後ずさりする。


「お、俺たちはアトラスのためを思って誘ってやってるんだぞ!?」


 震え声でそう言うコナン。


 しかし、それに対して、アトラスが否定する。


「すみません、俺は<ホワイト・ナイツ>で楽しくやっているので、もう<ブラック・バンド>には興味ないです」


「……お、お前ごときが……興味ないだど……。もう2度と誘ってやんないからな!!」


 と、コナンはよろけながら、踵を返しその場を後にした。


「……あれが、アトラス隊長をクビにした連中ですか。確かに想像通り、相当愚かな人たちのようですね」


 イリアはふぅとため息をついて言う。


 アトラスは少し困った顔ではにかむ。


「俺のために怒ってくれてありがとう、イリア」


「当然です。あんなバカな人たちに隊長をバカにはさせません」


 アトラスは部下の優しさが身に沁みるのであった。


 †


 ――ギルド本部へ戻るコナン。


 と、帰ってきたコナンを見て、トニー隊長は笑顔で尋ねる。


「どうだった、コナン。アトラスは泣いて喜んだか?」


 クビを取り消すと言えばアトラスは泣いて喜ぶと、トニー隊長はそう確信していたのである。

 しかし、それはとんでもない誤解だった。

  

「……それがアトラスは<ホワイト・ナイツ>でSランクパーティの隊長になったと」


「な、なんだと!? <ホワイト・ナイツ>? Sランク? 隊長? 冗談はよせ」


「それが、冗談ではなく……」


 と、部下の顔を見て、冗談ではないと理解したトニー隊長の表情が青ざめる。


「ま、まさか本当にあいつが<ホワイト・ナイツ>に……?」


「はい、隊長」


「ば、バカな……!!」


 アトラスを無能だと罵って追い出したトニー隊長だったが、その実「ある程度」パーティに必要な人材だったと今では認識を改めていた。

 そして、彼がいないとパーティがまともに動かないのも事実だった。


 だからこそ彼を「許す」と決めたのだが、まさか国内最大のギルドの隊長に抜擢されているなど思いもしなかった。

 そうなれば、所詮は新興ギルドである<ブラック・バンド>に戻ってくるはずがない。

 

「……一体どうすればいいんだ」


 トニー隊長は頭をかかえるのだった。


 †



「……いいかお前たち。もう失敗は許されないぞ」


 翌日、トニー隊長はダンジョン前に集まったパーティメンバーたちにそう言い聞かせた。


 前回途中で逃げたしたCランクダンジョン。

 その攻略の期限は今日だった。

 万が一、今日ボスを倒せなければミッション失敗となる。


 一度は挫折しかけたが、以前は軽々攻略できていたレベルだ。アトラスがいなくなって「多少」力が落ちているとは言え、攻略できないはずがない。


「お前たち、気を引き締めていくぞ!」


 トニー隊長の言葉に、部下たちは小さく返事をした。


 †


 ダンジョンを進んでいく。

 最初のうちはなんとかなった。


 幸い敵の数が少なく、苦戦しながらもなんとかやり過ごすことができたのだ。


 だが、ダンジョンの半ばに差し掛かったところで、当然のように中ボスが現れる。


「隊長、トロール・キングです!!」


 強力な戦闘能力を持つボスの登場に緊張が走る。


 ここまでで、普通のモンスターにさえ苦戦気味なのはわかっていた。

 なれば、中ボス相手にはもっと苦戦するのは明白だった。


「お前たち、いくぞ!!」 


 トニー隊長は部下にそう檄を飛ばし、大魔法の準備をする。


 ――前回までの反省を踏まえ、比較的詠唱が短いものを選ぶ。

 これなら10分もあれば用意できる。

 これではトドメを刺すには不十分だろうが、そこは前衛に穴埋めしてもらうしかない。


 だが、問題は前衛たちも今までのようには行かないということだった。


「……ッ! 隊長! やっぱりアトラスさんの火力と強化倍増がないと無理です!」


 と、前衛のアニスがそう叫んだ。


「バカ言え! 俺たちはSランクパーティだぞ! できないわけないだろう!」


「で、でも!」


「うるさい! いいから頑張れ!」


 隊長に撤退の意思がないとわかると、部下たちは必死に戦線を維持する。


 そして相当なポーションを使いながら、なんとか10分を耐え切った。


 そこでようやく隊長の大魔法が火を噴く。


「“ファイヤーランス・レイン”!」


 複数の炎の槍が一斉にトロール・キングに襲いかかる。


 これで体力を一気に削れる!!


 だが――


「た、隊長、何してるんですか!!」


 アニスが叫ぶ。

 だが、手遅れだった。


 炎の槍は一気にトロール・キングの全身・・を焼き尽くす。


 そして、それは絶対にしてはいけないことだった。


 トロール・キングの皮膚が焼かれ、確かに大きなダメージを与えた。


 だが、トロールの肉が焼けたことで、あたりに臭気が充満し始める。


「――なんだ!?」


 異様な臭気に焦るトニー隊長。


「トロール・キングの肉は焼くと毒ガスを発生させるんですよ!!」


 アニスがそう説明する。


「な、なに!?」


 それは上級の冒険者なら誰でも知っている知識だった。


 しかし、トニー隊長は今までそれを知らずにいた。


 ――今までは、隊長がしてはいけない攻撃をしてしまった場合、アトラスが自分の身で攻撃を受けて事故になるのを防いでいたのだ。

 そして隊長はその度にアトラスを「無能」と罵り、反論を許さなかった。


 アトラスは、隊長のせいでパーティが危険にさらされそうになるたびに、淡々と身代わりになり続けたのだ。

 だから、隊長は上級冒険者なら誰でも知っていることを知らないままだった。


 そしてその最悪の失態を、このボス戦でしてしまったのだ。


 毒ガスのせいで一気にパーティメンバーのHPが削られていく。


「隊長! 本当にまずいです! 撤退しましょう!」


 部下の叫び声。


 だがそれよりも前に、どんどん削れていく自分のHPをみて、トニー隊長は反射的に、先頭を切って逃げ出したのだった。


 †


 トニーたちがCランクダンジョンの攻略に失敗した――二日後。


「どう言うことだ!?」


 トニー隊長の元に、ギルマスが怒り心頭で乗り込んできた。


「ぎ、ギルマス……!!」


「本部にクレームがあったぞ。お前がCランクダンジョン攻略の任務に失敗したとな!!」


「そ、それは……ご、誤解でございます!」


「何が誤解なのだ! SランクパーティがCランクダンジョンも攻略できずに逃げ帰ってきたと、街で噂になっているぞ!!」


 <ブラック・バンド>は、急成長中のギルドとして街中にその名が知れている。

 それだけに、その中でも特に知名度の高かったエースパーティの失態とあっては、爆発的に噂が広まってしまうのも当然のことだった。


「ち、違うんですギルマス。部下たちが不調で……」


「言い訳はよせ! 全く恥をかかせおって!」


 もはやギルマスにはトニー隊長を許すつもりはなかった。


「お前もパーティもCランクに降格だ!」


「そ、そんな!!」


 SランクからCランクへの降格。

 それは前代未聞の降格人事だった。


「次、もしダンジョン攻略に失敗して恥を晒したら、クビにするからな!!」


 そう言ってギルマスは部屋から出て行く。


 トニー隊長はその場に膝から崩れ落ちた。


 †



 トニー隊長は自宅に帰り、ベッドにうずくまっていた。


 ――<ブラック・バンド>に入ってから十年以上。

 ようやく上り詰めたSランクの地位。


 トニー隊長はそれをたった一週間の出来事で失った。


 降格によりパーティはCランクに格下げ。

 そして、これ以上失敗すればクビになる。


 だが、今のパーティでダンジョン攻略を成功させるヴィジョンが浮かばない。


 ――なぜか。


 頭の中をいろいろなことが駆け巡る。


 そして気がつく。


 アトラスがいなくなって、攻撃力が下がった。


 アトラスがいなくなって、支援魔法が弱くなった。


 アトラスがいなくなって、自分の誤爆を止めてくれる者がいなくなった。


 全て、アトラスを追い出したことが原因だ。


 今更にながらにそのことに気がつく。


 5年間ずっと無能扱いしてきたが、それは間違いだったのだ。



 いや。それどころか。


 アトラスがギルドに来て5年。

 だが、ギルドが急成長したのもこの5年。


 そう――弱小ギルドだった<ブラック・バンド>が一気に成長したのも、今思えば全てアトラスのおかげではないか。


 実際、<ブラック・バンド>の他のパーティは大した成果を残せていなかった。

 トニー隊長は、それを「自分が優秀だったから」と思っていたが、それは違った。


 全てはアトラスがいたからなのだ。

 彼一人のおかげで、トニー隊長はSランクになり、その活躍で<ブラック・バンド>も急成長した。


 アトラスがいないと全てが成り立たないのだ。


 だとしたら――取るべき行動は決まっている。


 ――もう後がない。


 ――だから何としてもアトラスにパーティーに戻ってもらわなければならない。


 プライドがどうこうという余裕はなくなっていた。


 †


 ――アトラス宅。


「じゃぁ行って来ます」


 仕事に向かう兄を、妹ちゃんは玄関まで送ってくれる。


「頑張ってね、お兄ちゃん」


「うん」


 アトラスは家を出て、街へと向かっていく。


 だが、その時だ。


 アトラスのいく先を遮る男がいた。


 一瞬、アトラスはその老け顔の男が誰だかわからなかった。

 だが、少しして気がつく。


 男は、トニー隊長。かつてのアトラスの上司だった。


「……なんですか?」


 アトラスにとって、トニー隊長といえばいつも下品な笑みを浮かべてゲラゲラ笑っているか、嬉々として部下を叱りつけているイメージしかない。


 しかし今日はどちらでもない。

 目の下にはクマがあり、顔面蒼白になっている。

 異様な雰囲気だった。


 そして、次の瞬間、


「お願いします!」


 そう言いながら。トニー隊長は地面に膝と両手をつけた後、そのまま額を強く地面に打ち付けた。


 ――渾身の土下座だった。


 

「私のパーティーに戻ってください!!」


 ――突然、元上司が土下座してきたことに困惑するアトラス。


「全て私が悪うございました!! <ブラック・バンド>が王国公認ギルドになれたのも、私のパーティがSランクになれたのも、全てアトラスさんのおかげでした!!」


 突然の謝罪。

 わずか一週間前までアトラスを無能と罵り続けたとは思えない言葉だった。


「どうか、この通りです! 私を許してください!!!」


 必死に涙ながらに。なんども頭を地面に打ち付けて謝るトニー隊長。


「次の任務に失敗したら、私はクビになるんです!! もう後がないんです! どうかお願いします!」


 たった一週間で隊長がここまで態度を変えた理由を、ようやくアトラスは理解した。

 ――クビになるのが怖いのだ。

 クビになった時の絶望感はアトラス自身が味わったばかりだから、その恐怖はよくわかった。


 けれど、アトラスはトニー隊長のことを哀れだとは思ったが、助けようなど言う気持ちにはならなかった。


「隊長、もう遅いです」


 ポツリと、アトラスはそう言った。


 その言葉に、トニー隊長が息を飲んだのがわかった。


「もう新しい仲間と楽しくやっています。だから、今更<ブラック・バンド>に戻る気はないです」


 そう言って、アトラスはトニー隊長の横を通り過ぎていく。


 それ以上、不快なものを見たくはなかった。


 トニー隊長は、力なくうなだれるしかなかった。


 ――自分の非を認め、アトラスに土下座して戻って来てほしいと懇願したトニー隊長。


 しかし、それはあまりに遅すぎた。


「……い、一体私はどうすればいいのだ……!!」


 土下座したその姿勢のまま嘆くトニー隊長。

 立ち上がる力がなかった。


 しかし、選択肢はなかった。


 アトラス抜きでダンジョンへ行くしかない。


 もう失敗は許されない。

 失敗すれば人生が終わる。


 トニー隊長はのろのろと立ち上がり、そしてダンジョンへと歩き出した。


 †


 泥だらけのまま現れた隊長を見て、部下たちは驚いた。


 しかし、誰も話を聞こうとする者はいなかった。

 とてもそれができる雰囲気ではなかったのだ。

 

「お前たち……行くぞ」


 トニー隊長は力なくそう言って、先頭を切ってダンジョンへと入っていく。


 今日のダンジョンはBランクの迷宮だった。


 アトラス抜きのパーティの実力では、とても太刀打ちできないレベルだった。

 だが、クビを回避するためにはやるしかなかった。


 ――トニー隊長は慎重に、ダンジョンを進んで行く。


 当然、ダンジョンのモンスターは簡単には倒せない。


 だが、隊長はここに来る前に、貯金をはたいて自腹で高価な上級ポーションを買い込んでいた。

 それを惜しみなく使っていくことで、なんとか序盤のモンスターたちを倒していく。


 そして半日かけて迷宮の中階層へ入っていく。

 

「隊長、ゴブリン・エリートです!」


 向こう側から上級モンスターの群れが現れる。


 複数の敵を一気に焼き尽くすべく、トニー隊長は大魔法を準備する。


 大魔法の詠唱が完了するまでの長い時間、なんとか部下たちは持ちこたえた。


 しかし――


「“ファイヤーランス・レインズ”!」


 隊長が放った火の槍が、雨のようにモンスターたちに降り注ぐ。

 それによってかなりの敵が倒れていく。


「やったぞ!」


 トニー隊長はようやく自分の魔法によってモンスターを倒したことに自信をつける。


 だが――


 大量の炎攻撃を放ったことで――敵以外の物にも当たってしまった。


 ――突如鳴り響く、大音量のアラーム。


「な、なんだ!?」


 未経験の自体に戸惑う一行。


 そして次の瞬間、パーティメンバーとトニー隊長の間に、突然鉄の格子が降りてきた。


「なんだよこれ!!!」


 それはパーティーを分断する迷宮の罠だった。


 格子によって、前衛と後衛が分断されたことで、パーティは機能不全に陥る。

 しかも格子はちょっとやそっとでは壊れない仕様になっていた。


 ――アラームの音はいまだに鳴り響いている。

 そして、それを聞きつけたモンスターたちが一気に通路の前後から押し寄せて来た。


「た、隊長! どうすれば!」


 部下たちが隊長にすがりつくように尋ねる。


 しかし――


「――な、なんとかするんだ!!!」


 トニー隊長は自分のことで精一杯だった。

 自分の方にもモンスターたちが押し寄せているからだ。


 各々応戦するも、全く勝てそうにない。


 そして――


「た、助けてくれ!!!!!!!!!!」


 トニー隊長は、部下たちを置いて、ダンジョンの入り口の方へと逃げ出した。


「た、隊長!!!!!!!!!!!!!」


 呼び止める部下たちの悲鳴が迷宮に鳴り響くが、アラームのけたたましい音がそれをかき消すのだった――


 †


 今日のダンジョン攻略を終え、早々に帰路につくアトラス。


 <ブラック・バンド>では、残業が当たり前だったが、<ホワイト・ナイツ>では残業などというものは全くない。それどころか、ダンジョン攻略が終われば、早めに帰ってもいいのだ。


 アトラスは妹ちゃんの待つ家へとのんびりと歩く。


 だが、そんなところに、息を切らしながら必死の形相で現れた男がいた。


「……あ、アトラス!!!」


 大量の汗をかき、全身泥と埃だらけで現れたのはトニー隊長。

 今朝土下座した時に服についた土がそのままになっていたが、それ以外にも汚れが増えていた。


「どうしたんですか」


 アトラスはこの男のことを完璧に見限っていたが、それでも尋常では無い様子をみて流石にそう声をかけた。


「……た、助けてくれ! アトラス! このままじゃ、俺はクビなんだ!!」


 またその話かと思ったが、しかし今は、今朝よりも必死な形相だった。


「何かあったんですか」


「迷宮でトラップに引っかかって仲間が閉じ込められて、それで命からがら逃げて来たんだ!!」


 ――その説明にアトラスは違和感を覚える。

 今目の前にいるのはトニー隊長ただ一人。

 その「閉じ込められた仲間」は一体どこにいるのだ?

 彼らがダンジョンの外にいるなら、なぜこの男はこんなところで異様な形相を浮かべているのだ?


「まさか隊長、仲間を置き去りにしてきたんですか?」


 アトラスの質問にトニー隊長は答えず、代わりに両手で縋り付いて懇願する。


「頼む! ダンジョンに来てくれ!! あのダンジョン攻略に失敗したら俺はクビなんだ!!!」


 トニー隊長の頭には、仲間を見捨ててきた事実はなかった。

 あるのはダンジョン攻略に失敗したら自分がクビになるということだけだった。


「……あなたは……どこまでクズなんですか!!」


 トニー隊長を叱りつけるアトラス。

 しかし、クズに構っている時間はなかった。


「ダンジョンはどこですか」


 アトラスが聞くと、トニー隊長は「西門を出た先の草原の入り口に……」と答える。


 それを聞いた次の瞬間、アトラスはダンジョンへと走り出していた。


 †


 ――置き去りにされたトニーのパーティメンバーたちは、なんとか必死にモンスターたちの追跡を振り切って、ダンジョンの中をさまよっていた。


 ポーションは主に後衛である隊長が持っていたので、残されたメンバーたちはほとんど持っていなかった。

 だから極力戦闘を避けながら、出口を目指すしかなかった。


 しかしダンジョンは迷宮。

 来た道が塞がれてしまうとどうやって外に出るのか――そもそも出られるのかもわからなかった。


「一体、どうすれば……」


 アニスの体は恐怖心で震えていた。

 ただでさえ力不足なのに、後衛のアシストもポーションも足りない中で、突然迷宮に放り出された。


 もう、死ぬしかないんじゃないか。

 そんな思いが頭を駆け巡った。


 前からパーティの雰囲気は最悪だった。

 でも、そこにはアトラスがいた。

 危険があれば、いつでも守ってくれた。


 けれど、今ここにアトラスはいない。


 いるのはアトラスを無能と罵ってきた、なんの力もない愚かな人間たちだけだ。


「……これでポーションは最後だ」


 隊長の腰巾着だったコナンがそう呟いた。

 ――まさかダンジョンで置き去りにされるなどとは思っていなかっただろう、絶望の表情を浮かべていた。


 これで全員が持っていたポーションを使い切った。

 もうHPは回復できない。


 この状態で強いモンスターに襲われれば、HPを削り切られて――死ぬしかない。


 誰もが死を意識した。

 けれど覚悟なんてできていなかった。


 こないだまでSランクパーティだとチヤホヤされてきたのに。

 惨めに死んでいくなんて信じられなかった。


「――グァァァ!!!!」


 ダンジョンの向こうから次の敵が現れた。


 再び現れたゴブリン・ロード。


 ボロボロのパーティでは勝てるわけがなかった。


「クソッ!!」


 コナンたちがどれだけ剣を振るっても、ゴブリンロードたちにまともなダメージを与えることはできなかった。

 ――そしてどんどんHPが削られていく。



 ジリジリと交代して、気がつけば一行は壁際に追い込まれていた。


 逃げ場所はない。


「もうダメだ……!!」


 コナンが諦めの言葉を呟く。


 アニスは必死に剣を振るって応戦を続けるが、やはりHPはあとわずか。


 死神は目の前まで迫っていた。


 そして、あと少しでHPが尽きる――



 ――――――――――――――

 ―――――――

 ―――



 だが、


「――――ハァァッ!!!!!!」


 迷宮にこだまする声。


 現れたのはアトラスだった。


 次の瞬間、現れたアトラスはリザードマン相手に無謀な突撃を敢行した。

 

 それに対して、リザードマンたちは蚊をを払うように攻撃を浴びせる。

 だが、その攻撃は二倍になってリザードマンたちへ跳ね返った。


「ぐあぁぁ!!」


 次々に倒れていくリザードマンたち。かつてのパーティーメンバーたちがぼう然と見守る中、アトラスはわずか数分でリザードマンを全て倒した。


「……大丈夫ですか」


 一息ついて、アトラスはメンバーたちを見渡した。

 皆疲弊しているようだったが、幸いメンバーは全員無事のようだ。


「……アトラスさん!!」


 アニスはアトラスの顔を見て、それまで押さえつけていた恐怖心が堰を切ったように流れ出した。

 そのまま、アトラスの胸に飛び込む。


「あ、アニス……」


 アトラスは年下の女の子に抱きつかれてあたふたする。


「……まぁ、とにかく間に合ってよかった」


 アトラスはおどおどとアニスの背中を撫でるのだった。



 アトラスが加わったことで、パーティはあっという間にダンジョンを抜け出した。


 そして迷宮の外に行くと、そこにはそわそわとあたりを歩いて待っていたトニー隊長の姿があった。


「あ、アトラス!!」


 アトラスたちの姿を見つけて、トニー隊長は駆け寄ってくる。


「だ、ダンジョンはどうなった!? ぼ、ボスは倒したか!?」


 隊長の第一声がそれだった。

 トニー隊長はダンジョン攻略に失敗したらクビになると言っていた。

 だから、そのことで頭がいっぱいで、見捨てた部下のことなどどうでもよいのだ。


 この期に及んで彼が考えているのは、自分の保身だけ。

 そのことに、アトラスは本気でため息をついた。


「そんなことより、部下たちのことが先なんじゃないですか?」


「あ、あぁ……。そうだ。みんなもよく無事だった……」


 取り繕うように言う隊長。

 だがその言葉に真心などあるはずもなかった。


「ダンジョンボスは倒してません。これでダンジョン攻略は失敗です」


 アトラスがハッキリと告げる。


「そ、そんな!!!」


 トニー隊長は再び地面に膝をついて、アトラスにすがりつく。


「頼む! 今からボスを倒してくれ!! 頼む!!」


 だが、アトラスはパーティメンバーの言葉を代弁するように言い放つ。


「部下を見殺しにしたあなたを、隊長のままにしておくわけにはいきません」


「な、なに!?」


「あなたはクビになるべきです」


 アトラスがそう告げると、トニー隊長の手はアトラスの腕から滑り落ち、そのまま地面にうなだれる。


 ――それが、Sランクともてはやされた、愚かな冒険者の末路だった。



読んでいただきありがとうございます!


予想以上にptいただけたので、連載版開始しました!


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ぜひ、こちらもよろしくお願いします!

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読んでいただきありがとうございます!


好評につき連載版はじめました!

ぜひ、こちらもよろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
[一言] 「あなたはクビになるべきです」 どっちかって言うと 冒険者失格とか冒険者の資格はありませんって感じだよねw
[気になる点] お兄ちゃんや兄者やお兄様は気にならないけど 妹ちゃん呼びは気になるな
[気になる点] ホワイト・ナイツのギルマスが最初エドワードって名乗っていたのに 途中からリチャードになってるのは何故?? ふたりでギルマス?
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