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空をわたる  作者: もりを
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7・賊

 オアシスを発って、二日め。はじめてひとに出くわした。ひとでなしを「ひと」と呼ぶべきかどうかはさておき、五人のヒト科動物がシャベルを振るっている。父親がのん気に言う。

「種まきではないようだな」

「ああ、ちがうね・・・」

 怒りが込み上げてくる。オレたちが一晩をかけて埋めたドラゴンの墓を暴いているのだ。

 実は、その数刻ほど前にも、動かないひとびとには出くわしていた。


 さかのぼる。

 その現場には、死体の腐臭と、硝煙のにおいが立ち込めていた。

「・・・ひどい」

「ああ・・・バギーのコンテナごと、丸焼きだな」

 党のエンブレム旗が虚しくはためく中、1ダース近くもの遺体が累々だ。全員が焼け死んでいる。ドラゴンの捕獲を試み、吐く炎にやられたことは疑いがない。モリを飛び出させる装置を搭載したコンテナは、内部の薬室に引火して爆発したようで、どれも張り裂けている。

「あの死んだドラゴンを狙った部隊だろう」

「これほどの人数と武器に追い詰められながら逃れたのね、あのドラゴン・・・えらいわ」

「いや、この凄惨な現場から逃れたネロスこそ、さすがだ」

 部隊を見捨て、自分だけ遁走する判断と逃げ足のはやさは、見事と言うべきか。しかも、その後がすごい。取って返して瀕死のドラゴンを追い、それが死んだ後も、身を隠しながら卵の行方・・・つまりオレたちの後を追い、ついには巨大ドラゴンのひそむオアシスにまでたどり着いたのだ。その執念には恐れ入る。いや、皮肉でもなんでもなく、あのドラゴンハンターは侮れない。

「見ろよ」

「・・・っ!」

 ジュビーが息を飲んだ。横で話を聞いていた父親までもが、苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。焼け落ちた一台のバギーの後部に、ドラゴンの子供の生首が吊るされていたのだ。すでに干からびていて、ずいぶんと古いものを冷凍保存していた、という感じのものだが・・・

「これをエサに、トローリング(流し釣り)したわけか」

「・・・卵をはらんでいたあの母親ドラゴンは、母性でおびき寄せられたわけね・・・ひどいっ!」

 もはや、無法などという言葉で片づけられるレベルの振る舞いではない。ドラゴンへのこれほどの侮辱は許しがたい。欲しいものを手に入れるためならなんでもする。それがネロスのやり方だ。もう一度、肝に銘じる必要がある。

「それにしても・・・死んだ部下たちまでほったらかしとは・・・」


 くだること、その半日後・・・つまり今現在、ドラゴンの墓を掘り起こすのに夢中な五人の人物を、オレたちは前方に発見したのだった。

「党のエンブレムをつけてるな・・・」

 隠れる場所などどこにもない荒野だが、目につかないように身を伏せる。

「きっとネロスがこの場所を教えたんだわ・・・ここにドラゴンが眠っているのを知るのは、あいつだけだもの」

「死んだものでも、ドラゴンは褒賞の対象だからな」

「まったく・・・屍肉を漁る野獣にも劣る連中ね」

 すでにドラゴンの頭部が掘り出され、二本のツノは詰められている。これ以上に、なにを奪おうというのか?

「おーい!」

 ギョッとした。父親が出し抜けに、大声で呼びかけたのだ。

「これ、屈強なワカモノたちよ。そこでなにをしておるのかな?」

 車椅子の車輪を自ら漕ぎ、ずいずいと近づいていく。

「・・・あん?」

 シャベルを振るう手を止めた大男が、ギロリとにらんできた。それにつづき、他の連中もこちらに目を向ける。

「はっは。びくりと背を縮こまらせたな。やましいことをしているのだと、理解はできておるようだな」

 説教をしようというのか、この父親。しかしこの方法は、むしろめんどくさいことになりがちなのだが。

「なんだ、てめえらは・・・?」

 通りすがりの旅人三人は、たちまち遠巻きに取り囲まれた。周りに散開している連中は、脳まで筋肉でできていようかという、荒くれた風貌だ。しかし意外や、陣形は組織立っている。野獣の狩りに学んだのかもしれない。

「どこへいく?」

 五人の中でリーダーと思しき大男が、のっしのっしと近づいてきた。どうしたわけか、オレに顔を突きつけてくる。おかしい。彼らにイチャモンをつけたのは、車椅子の父親のはずだが。隣をちらりと見やると、父親はしれっと、よろしくやれ、という顔をしている。仕方がない。窓口業務を引き受ける。

「あんたたちこそ、なにしてんだい?」

「見てわかるだろう。仕事だよ。俺はこのエリアを統括してる、コヨーテという者だ。動くな。査問する」

 垢の悪臭を漂わせている。いや、それよりも、からだの芯にまで染み込んだ血生臭さのほうが鼻につく。

「驚いたな。あんたたち、役人なのか?」

 胸にきらめく、赤い縁取りのかっこいいエンブレム。党の偉いお方らしい。地面にひれ伏すべきだろう。が、もちろんそうはしなかった。

「ご苦労なことだな。ドラゴンの墓を暴く、なんて仕事までこなすとは」

「なーにを言う。ドラゴン狩りは、女帝陛下直々のご命令だ。触れを知らないわけではなるまい」

 コヨーテと名乗った男は、堂々たる体躯だ。無駄に太っているわけではなく、隆々とした筋肉を全身にまとっている。役人とはいっても、帳簿係ではないようだ。肉体を使う系の担当だ。

「役人なら、他に仕事があるぜ。この先に、あんたの仲間たちの死体が散らばってる」

 アゴをしゃくって、事件現場の方向を教えてやった。しかし、この連中がネロスがらみだとしたら、その場所はすでに知っているだろう。

「どうもそれはご親切に。しかーし!そんなことよりも大事な仕事が、今できた。おまえらの処罰だ」

「へえ、処罰。なんの?」

「党と女帝陛下をな、軽んじる態度をしたのだ。不敬罪だ」

 コヨーテは、旅人三人をなめるように見下ろしている。不審な点を探しているのか。それとも、探しているのは金目のものか。

「ふうむ・・・奇妙な取り合わせだな・・・」

 仲間たちは、獲物をつけ狙う野獣の群れのように、取り囲む輪をせばめはじめた。巧妙に逃げ道をふさごうとしている。

「認識証を見せろ。おまえら、帰順してるのか?」

 党に忠誠を誓っているのか?と訊いているわけだ。

「認識証などない。党も知らん。あの組織はクズだ。さ、どいてくれ」

 ほう、と背後にいる父親が含み笑いをしている。この若僧を、少し見直したのか。一方のコヨーテも、この態度を気に入ってくれたらしい。

「ぐふふっ・・・面白いことを言うな、おまえ」

 周囲の連中もにやけている。

「認識証がないとなると・・・なにがしか別のものを頂戴しないと通せないことは、わかるかな?」

 やはりだ。役人とはいっても、この荒野では山賊と同質なのだ。

「通過税だ。党のことを認めようと認めまいとかまわんが、決め事はある。こちらとしても、周辺を仕切ってる立場なものでね。すんなりと通すわけにはいかんのだ。お互い、妥協点を見出そうではないか」

 慇懃な役人言葉だけは、堂に入っている。が、要は「おねだり」だ。そしてそれを拒否すれば、私刑が待っているというわけだ。

「そのお嬢ちゃんが背負ってる得物を見せてもらおうか。過ぎたしろものじゃないか」

 案の定、ジュビーに剣をよこすように要求をはじめた。指を上に向けてチョイチョイとうごめかせる仕草が淫猥で、見ていられない。ところが、ジュビーはその言葉に素直に従った。背中から、くの字に曲がった剣を引き抜いたのだ。そして、自分は刃側を持ち、相手に柄を向けて差し出す。その様子を見て、コヨーテは無警戒に顔を近づけてきた。

「ほお・・・見慣れぬ形の剣だな。由緒のありそうな紋章も刻印されている」

 目と鼻の先に突き出された柄の造作に、まじまじと見入っている。

「C・・・W・・・なんのイニシャルだ?」

 コヨーテが柄に手をかけようとした、そのときだ。ジュビーが手首をしゃくった。すると、剣はくるりとひるがえり、鮮やかに半回転した。次の瞬間、剣の柄は、毛むくじゃらの手に渡ることなく、ジュビーの手の平にピタリとおさまっている。

 ぷしっ・・・

 一拍おいて、不細工な顔の中心にすげられたダンゴ鼻から、おびただしい血潮が噴き出した。

 ぴゅっ、ぴゅー・・・

「うっ・・・があっ・・・!」

 そのダンゴは、縦にまっぷたつに割れている。剣の刃先が鼻の中を走ったと気づかないほど、それは鋭い太刀すじだった。ジュビーを見やると、烈火のごとき怒り顔だ。ドラゴンが絡むと、この子は血の気が抑えきれなくなるようだ。

「こ・・・むす・・・めっ・・・」

 ひとしきり苦悶した後、コヨーテは攻撃態勢に入った。鼻を押さえる指の間から鮮血を滴らせながらも、剣に手をかける。あちらも憤激している。周囲の配下の者たちは刹那、動揺していたが、すぐに身構え、次々と剣を抜きはじめた。

「く・・・そっ・・・党を敵にまわして・・・正気かっ・・・?」

 ジュビーは、多少は気がすんだのか、血のりひとつ残していない剣をサヤにおさめた。そして、悠然と父親の車椅子の背側に戻ると、オレに目配せを送ってくる。後始末はまかせる、ということらしい。まただ。オレの価値を見極める、再試験か。 

 コヨーテは怒りに血走る目を、なぜかオレに向けた。見事な筋肉が内圧に耐えきれず、ぷるぷると震えている。からだ中に憤怒がみなぎり、まるで体躯がひとまわり膨らんでいくようだ。

「こっ・・・いつ・・・らっ・・・」

 語尾の「ら」の意味がわからない。おてんば娘がひとりでやったことではないか。とりあえず、剣の鯉口を切った。お師さんから授かった剣だ。


 少年は、友だちである一本ヅノドラゴンと、両親とを同時に亡くした。悲しみと孤独感とに打ちのめされたその身を預かってくれたのが、お師さんだ。お師さんは、東方の故郷からほど近い、とある僧院の統括者だった。僧院とはいっても、実質は剣の道場のようなところだ。村道場を営んでいた両親と親交があったのだろう、くらいに思っていた。規模がそこそこあるこの僧院では、五十人もの若者が、外界から閉ざされた中庭で、明けても暮れても木剣を振るっていた。太古の東洋の剣法が、そこでは生きていた。この武術は、作法をひっくるめて「ブゲー」と称されていた。幼い自分も剣を持たされ、戦い方を吹き込まれた。護身術という名目だ。ところが実際は、一撃必殺の暗殺剣だった。少年はすでに、両親とドラゴンに揉まれて下地ができていたが、誰よりも熱心に入れ込み、さらなる激しい修練を積んだ。そして誰よりも強くなった。自慢ではない。忌まわしいばかりの記憶だ。


 相手がどれほどの悪党だろうと、斬り殺したいとは思わない。もうこの先、剣で貫く相手は、親の仇だけと心に決めている。こんな瑣末な案件には、剣を抜くことにさえためらいを感じさせられる。しかし、オレは今、頭にきている。この掘り起こされたドラゴンとは、涙の水分で契りを交わし、卵の未来まで請け負った間柄だ。その墓を暴かれたとなれば、落とし前だけはつけなければならない。

「・・・こ、こいつらの身ぐるみをはいで、ツツキワシのガレ岩にさらせ!」

 コヨーテが、血の滴る鼻を手で押さえながら叫んでいる。

 グシャッ・・・

 その顔の中心に、思いきり蹴りをくれてやった。

「どあっ!」

 巨体がごろり、無様に転がる。ダンゴ鼻が完全に潰れた感触が、足の裏に残った。

「あんた、役人だろ?身ぐるみをはぐ仕事もしてくれるのか?」

 背後からもう一度、ほう、と声が漏れた。

「・・・あの者、意外に腰抜けとも言えぬな」

 車椅子から、聞えよがしのヒソヒソ声。父親の評価がアップしたらしい。追試を受けた甲斐があったか。

「どれ、見物させてもらおうか」

 ムシのいいことを言っている。娘のしでかした始末をつけてやっているのだが。

「くそっ、こいつ!」

 かたわらにいたひとりが、剣を振り下ろしてきた。袈裟懸けにくる切っ先を半身にさばき、眼前、紙一重にかわした。同時に、こちらも剣を抜く。相手は、コヨーテ、この男を含む五人。ブンブン・・・派手に振りまわし、見栄を切って見せる。おりゃおりゃっ。

「さあ、こいっ!」

 背後の父娘を襲わせないための誘導だ。ところが、後ろをチラリと見やると、他の連中はノってこない。三人がかりで、少女と老人をなぶりものにするつもりだ。大人げない話ではないか。車椅子の父親は、護身のつもりか、長尺のナイフを両手に構えている。あの不自由なからだで戦おうというのか。無茶なことを。

「かまわん。殺せいっ!」

 くずおれていたコヨーテもようやく態勢を立て直し、片手で鼻を押さえながら、腰のものを抜いた。のっそりと起き上がり、巨大な剣を振りかぶる。まるでナタのように分厚い剛剣だ。目を見張った。と、そちらに気を取られているすきに、背後からもうひとりが迫る。突きがくる!

 ヒョッ・・・

「おっと!・・・前と後ろか。なるほど」

 大男のコヨーテもタイミングを合わせ、大上段から振り下ろしてくる。コンビプレイというわけだ。これは少々しんどい。

「ほれ、ほれいっ」

「うりゃあっ!」

 後ろからの小さな突きをかわしつつ、コヨーテの太刀道に刃を合わせる。

 ぶうんっ・・・

 お師さんからお下がりの剣は、東洋の業物わざもので、刀身が細身にできている。柔らかく、繊細だ。剛剣をまともに受けては、分がない。火花すら散らせないほどにそっと合わせ、力を吸収し、いなす。

 すい・・・

 力をもらって、ためて、フォロースルーをコントロールしてやるのだ。すると、目一杯にいきんだ大男は、あっけなくバランスを崩し、たたらを踏んでくれる。

 ととっ・・・と・・・

「・・・や、野郎!なめやがって・・・」

 目の前の若造が手強いと悟ったようだ。たっぷりと間を使い、前後のふたりは再び巧妙に位置を取った。呼吸を合わせ、二正面から同時に攻めを繰り出してくる。

 ヒョッ・・・

 ぶうんっ・・・

 背側からの突きをよけながら、もう一度コヨーテの剛剣に刃を合わせた。やつの力が込もりきらないうちに、頭上のかなり高い位置で受け止める。

 ガチンッ・・・

 合わせると同時に脱力し、刀身を絡ませるようにさばく。相手の剣の推進力を利用し、軌道をずらそうという試みだ。動いてほしい方向に刃先で導き、剣の背をひょいと送り出してやる。すると、コヨーテの巨大な剣は、一本の手首を切断した。

 すぱっ・・・

「ぎゃ、あ、あああ・・・い・・・痛ってえっ・・・」

 叫び声をあげたのは、背後から突いてきたザコ野郎だ。剣を握ったまま落とされた自分の右手首を、信じられない目で見つめている。

「ああ・・・す、すまん・・・」

 落とした側の張本人であるコヨーテも、不思議がっている。なぜこんなことになったのか、理解できないでいるようだ。

「お・・・おのれぇ・・・」

 鼻の原型をとどめない無様な顔は、今や激昂し、ぽっぽと煮えたぎっている。仲間の叫び声が、さらなる怒りに拍車をかける。再び剛剣を振り上げ、打ち下ろしてきた。

 ぶううううん・・・

 さっきよりも多少の力がこもっているだけで、バカのひとつ覚えだ。その単純なストロークに剣を沿わせ、まっすぐに下方へ送り出してやる。

 ズカッ・・・

 ベクトルが増大したマサカリ・・・いや、剣か、は、振り下ろした者の足の甲に深々と食い込み、土までをえぐって止まった。

「あがーあぁぁぁ・・・お・・・お・・・」

 足が地面に磔りつけだ。なんとも形容しがたい苦悶の声が漏れる。が、自業自得というものだろう。しばらくは、そこで立っていなさい。

「おっと・・・あの父娘は・・・?」

 はたと思い出し、振り返った。敵はまだ三人いる・・・はずだった。が・・・

「遅かったな。こちらは終わったぞ」

 車椅子に座ったまま、ご老体が報告してくれた。その足元を見て、ギョッとした。地面に横たわった三つの動かぬ物体を見ると、三つの目玉に三本のナイフが突き立っている。

「こ・・・殺したのか・・・?」

 無鉄砲なケンカを挑むのはいいが、命のやり取りをするまでの無法・・・いや、覚悟を持ち合わせているようには見えなかった。

「・・・なんてことをしてくれたんだ。これであんたは・・・いや、オレたちは・・・」

「お尋ね者か?望むところではないか」

 父親は吐き捨てる。ジュビーは暗い面持ちで、うつむいたままだ。

「生かしておくほうが、かえってまずいのがわからぬのか。怨念は永遠についてまわるのだ」

 父親は、車椅子の車輪を押し押し、こちらに近づいてきた。オレのかたわらで、傷ついた大男とザコ役人がうめいている。

「口をつぐませるのが最善なのだ」

 車輪の下に、先刻までザコの右前腕にくっついていた手首が落ちている。その手の平は、今もまだ剣を握りしめている。筋張った細腕が、そいつを拾い上げた。老人は、それを無造作に振った。

 ぴゅっ・・・

「うあっ!」

 と、声をあげたのはオレで、首をはねられた大男は、一言を発する機会も与えられなかった。コヨーテは、首から先のなくなった巨体を、ゆっくりと折りたたみはじめた。やがて、地面に突き立った自らの剛剣の柄に太鼓腹をのせ、前屈の姿勢で立ったまま、動かなくなった。

「ひええええ・・・」

 ただひとり残されたザコ役人は、手首の傷口を脇に押さえながら、駆けだした。しかし、この隠れ場所のない荒野のどこへ逃げようというのか。ジュビーが背の剣を抜く。そして刀身で、頭上左右に8の字を描きはじめた。

 りゅん・・・りゅん・・・

 投げる前の仕草だ。最後のひとりを仕留めようというのだ。

「ジュビー・・・!」

 思わず叫んだ。少女の表情が、氷のようにこわばっている。それで理解した。この子は、ひとを殺したことがないっ!

「今、やらなくちゃっ・・・」

 ジュビーの瞳が揺れている。父親のいわくありげな言葉にそそのかされながらも、ひとの命をほふり去る恐怖に震えているのだ。なぜこうまで?このふたりには、過去に死に向き合う何事かがあったのだ。

 ザコ役人は、乗りつけてあったバギーにたどり着き、片手で不自由そうに動力部のハンドルを回している。なかなか火が入らない。これでは、なんとも絶好の標的ではないか。

 りゅん・・・りゅん、りゅん・・・

「やるしかっ・・・!」

 ひょうっ・・・

 投てき!少女の手から放たれた剣は、しかし、横から伸ばされた東洋のワザものに絡め取られた。

 カラン、カラン・・・カラ、カラ・・・

 オレの差し出した剣の刃先で、くの字剣はくるりくるりと空転する。やがて、からり、と地面に落ちた。

「あっ・・・」

「もうよせ!ジュビー」

 バルルンッ・・・

 ようやく爆音が響き、オレたちは居心地の悪さから解放された。巨大な土ぼこりを巻き上げ、バギーは遠ざかっていく。

「十分だろ・・・」

 足元に落ちた剣を拾い上げ、少女に手渡す。父親は、憤懣やるかたなし、という顔だ。

「馬鹿者がっ!」

「ごめん・・・なさい・・・」

 しかしジュビーは、困惑の中に、なにか安堵に近いような面持ちを浮かべている。

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