2-03
水上都市内部の、其処彼処に横たわる水路、その全てから――突如として水が噴き出し、まるで意志を持ったように、人々を守る盾となり、燃え上がる炎を消し止めていく。
一体何が起こっているのだろう、とナクトが首を傾げると、レナリアが呆然と呟く。
「《女教皇》……《水神の女教皇》、リーン様……」
「レナリア? 何か、知っているのか?」
「は……はい。この《水の聖都アクアリア》には、私より一つ上の十七歳という年若さでありながら、最高位に君臨する女性がいまして……それが《水神の女教皇》リーン様なのです。私と同じく、《神器クラス》の装備に選ばれており……私とは違って、世界最上位の〝水〟属性の使い手と知られている、稀代の傑物です」
「レナリアより、一歳上……にしては、この力を見る限り、《神器クラス》の力はかなり引き出せているんだな。一体、何が違うんだろう?」
ナクトが素直な疑問を口にすると、レナリアは己の不甲斐なさを恥じる表情を浮かべた。が、励ますように再び頭を撫でられ、今度は頬を赤らめながら言う。
「お、お気遣い、痛み入ります、こほんっ。ええと、違いは単純に……けれど厄介な事に、装備の〝習熟度〟が関係しているのだと思います。たとえば、そう……あそこで戦っている方達は、《兵装クラス》の槍と、《稀品クラス》の杖を使っているようですが」
レナリアが指さした先には、確かに槍を構える《神殿騎士》と、杖をかざす《修道女》が能力を行使していた。
「我が炎槍を喰らえィ! ……くっ、キリがないぞ! 《女教皇》様が、敵に狙われているやもしれぬのに……一体どちらに御座すのだ!?」
「はあ、はあ……怪我人は、こちらへ集まってください! 光よ――癒したまえ!」
それぞれが扱える属性で、応戦し、味方を助け、時には仲間の盾になる。
そうした能力の行使が、一朝一夕のものではないと、レナリアは説明した。
「あのように〝装備〟の能力を引き出せるようになるまでは、その〝装備〟を使い続け、〝習熟度〟を高めなければなりません。要は使う期間が長いほど、強くなれるという訳です。……ただしそれは、《一般クラス》から《国宝クラス》までに、限ります」
その範囲に該当しないクラス――つまり最高峰の《神器クラス》は、違うらしい。
「《神器クラス》だけは――他のクラスと同じようには、いきません。私が《光神の姫冠》に選ばれたのは六歳の頃、それから十年使い続けても……ようやくこの《光剣レディ・ブレイド》が使えるようになっただけ。伝承によれば、〝何か〟を掴まぬ限り習熟できる事はなく……また、生涯をかけても人間の寿命では、マスターできる者はいないとか」
明らかに、他とは一線を画す最高峰の装備を、レナリアはこう締めくくった。
「選ばれる事自体が奇跡の確率で、選ばれたとしても難度が高すぎて、習熟度を上げられるか分からず、上限さえも不明――それが《神器クラス》の装備なのです」
レナリアも随分と、とんでもない装備に選ばれてしまったものだ。その事自体が重圧になってしまっているのも、皮肉である。
ただ、そうしている間にも状況は動いており、修道女の一人が空を指さした。
「……きゃっ!? あ、あれは……な、何なんですかっ!?」
中空に、突如として起きた異変――空間がひび割れ、そこから大量のゴーストが現れる。大量の、と言っても――まるで伏魔殿でもひっくり返したような、数え切れぬ物量だ。
あんなものを、どうやって防げば良いのか、と兵士達も絶望していると。
連なる悪霊が黒い津波と化し、美しき水上都市を呑みこむべく、天から降り注ぐ――!
――が、それらが《水の神都アクアリア》に、到達する事はなかった。
「なっ。都市中の水が、集まって……結界に、なっている……?」
レナリアが呟いた通り、街中の至る所から、噴水のように飛び上がった水が――この巨大な水上都市を、丸ごと覆う結界と化してしまう。その結界に、黒い津波と化した悪霊たちは正面衝突し、聖なる力によって一瞬で霧散した。
いや、そればかりではない。それほど強靭な結界を展開しておきながら、更に水は枝分かれしていき、何と住民達を守り始める。一人も、余すことなく、全てを、だ。
清浄なる水に舞うようにして守られ、住民達は安堵に表情を輝かせる。
「こ、これは、この、水の守護は……間違いない、リーン様だ! 《水神の女教皇》リーン様が、また我々を守ってくださっているぞォォォ!」
「ああ、ああっ……何て、何て慈悲深く、清廉な御方……! この神都の危機のたび、いつも私たちを救ってくださるっ……リーン様がいれば、この都は安泰よ!」
「歴代の《女教皇》でも最上と目される力を持ちながら、驕り高ぶることもなく、我々のような下々の民まで慈しんでくれるなんて……リーン様こそが、真の聖女よ……!」
都市中の至る所から、わっ、と歓声が上がる中、レナリアは――その桁外れの力を目にして、呆気にとられるしかなかった。
「……《水の神都アクアリア》を救う……なんて、おこがましかったのかもしれません……《水神の女教皇》、リーン様……まさか、これほどの力をお持ちとは……〝偽りの希望〟たる私などとは、違います……あの方は、本物の力を持って――」
「―――マズイな」
「えっ。な……ナクト師匠?」
問うように見つめてくるレナリアに、ナクトは真剣な口調で答える。
「確かに、大した力だ。これほどの力の持ち主は、《神々の死境》にも、そうそういなかった。だが……術者本人は、無防備になっている。実際、今も狙われているようだし」
「狙われている、って……ナクト師匠、リーン様の居場所が分かるのですか!?」
「ああ。《世界》を通して、強い力の出所は感じられるからな。……ただ、それだけに、その場所は今《水の神都》で、最も危険な場所というコトに――」
今ナクトが危惧するのは、その危険な場所にレナリアを連れて行って良いのか、という事――《神々の死境》で一人だった時は、こうして他者を慮る事は、当然なかったが。
ナクトにとって初めて感じる、むず痒いような気分……だが、レナリアは。
「ナクト師匠――急いで助けに参りましょう、リーン様を!」
「レナリア? けど……そこは本当に、危険な状況で」
「そ、そんな……では尚更、急がないと! リーン様が、心配ですっ……ナクト師匠、早く助けに行きましょう!」
「! ……レナリア」
そうだった――ナクトと出会った時から、レナリアは〝こう〟だった。たとえ自分自身が危機に晒されていても、怯えていても、咄嗟に他者を思いやれる心根の持ち主。
そんな彼女に、ふっ、とナクトは微笑をこぼしながら声をかける。
「レナリアは……優しい、イイ子だな」
「……ふえっ!? えっ、な、なんですか、突然? あ、あのあの……?」
「いや、こっちの話だよ。よし、じゃあ――急ごうか、レナリア!」
「あ……っ! はい、ナクト師匠っ!」
ナクトが促すと、レナリアは輝くような笑みで返しながら、共に駆けるのだった。
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