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EP.9トードイスムカの人々

 ジョブ【化神官】は、八つの国それぞれ一人のプレイヤーが成れる、その国の頂点に立つ使命を担う。


 しかし、彼らはあくまで国の頂点に立つ『プレイヤー』であって、国の頂点『そのもの』ではない。


 八国の根幹にして八国の真の頂点は、個々で世界の理を司る【神】だ。

 しかし八柱の神はロジスティクス・サーガの理を司るほどの法外の力を持つため、世界のあれこれに直接的に関与することが難しい。

 なので神々は、認めた自国のプレイヤーひとりに、【化神官】の称号と自分の力の一部を与えて、間接的に国の安寧を守っているのだ。


「……というのがこのゲームの設定なのはおわかりですよね、アンティルさん」


「ああ、まぁ……うん」

 アンティルは返事をした。

(いちいちゲームの世界観設定なんか覚えてねーよ)

 と言いたいのを我慢して。


「つまるところ、僕が言いたいのは、この国に【化神官】になるためには、この国の神様、死神ししん【ホイプペメギリ】様に会わなければならないので、ただいま冥都に向かっているのです」


「……架空の歴史の御教授よりも、それ先に言ってくれよ……はぁ……てか、なかなか勇気あるよな、復帰したてまもなくだってのにすぐ【化神官】目指そうとするなんてよ」


「大丈夫ですよ、相応の腕の自信はありますし、それに……僕の大切な人の想いに応えたいんです」


「大切な人ぉ? まさかあのガイコツピープルのことじゃないよな? 殺した身分で言うのも良くないとは思うが、あんまりゲームの中のキャラに向き合いすぎるのやめろよ。おっかないぞ、下手なアニメの主人公じゃあるまいし」


「えへへ、それほどでも」


「ベタなボケもやめーや」


「確かに、貴方の言うスケルトンのピープル――ホネスケさんも、私の大切な人です」


「でもって急に話を戻すな」


「ですけど、私にはホネスケさんよりも前に、もっともっと大切な『恩人』がいるんです。その人のことを思って僕は、このトードイスムカを守りたいんです」

 それから、ネロアはアンティルのために、自分がロジスティクス・サーガに復帰するに至った経緯を……


「あー! もういいごめん! 今は長話を聞きたい気分じゃないんだ!」


「あ、そうですか。それなりに面白い話かと自負していますが」


「自分でハードル上げるか、おい」


 こうした話をする間にも、二人を乗せた荷車はどんどん冥都へと進んでいった。



 同時刻、あのミレア行の列車は、既に調和の砦に設けられた終着駅に停車していた。

 乗客――トードイスムカ侵攻軍の増援はほぼ全員、この先に起こり得る過酷な戦役を予想して、重い足取りで下車していった。

 

 その下車したミレア・プレイヤーの中で例外的にキビキビとした動作で、駅構内を歩く男が一人。

 彼は下車してまもなく、調和の砦内の廊下を無駄なく進み、最上階にある唯一の扉へ到達する。


「ゲイルリンド・A・ハングだ。ノルガード・K・レン殿へ会いに来た」


「はっ」


 二人の警備兵が解錠した重厚な扉をくぐり、ゲイルリンドは、ステンドグラス張りの天井の、まるで聖堂のように広い部屋へ足を踏み入れる。

 

 その中央に鎮座するデスクへ、一人の細身の男が山積みの書類にブツブツ言いながら向きあっていた。

「えっと、この男の罪状は非ミレア国民に、あーいそがし、ミレア鉄道の切符を二度に渡り販売した……んー、こいつは六等に降格! あーいそがし、そして次は……」


「私が来た途端に大忙しの体を作るな。ノルガード殿」


「あー来たの、ゲイルリンド君。遅かったねー、電車遅延したの?」


 ゲイルリンドは、細身の男――ノルガードのデスクに近づき、角際で落下スレスレに置いてある封筒を、デスク中央に戻す。

「その連絡はあらかじめ、昨晩お前に送った始末書と一緒に書類にして出したつもりだが」


「なんかそんな気もするなぁー、ま、いっか」

 ノルガードは、視線のど真ん中に置かれた封筒を、適当な書類の山の頂に移した。


「相変わらず適当だな……貴様が【五造:被】を冠していなければ、独断でそこいらの兵卒と同等の扱いにしてやりたい」


「逆に、それがわかってるからー、昨日も飲んだくれでやってたってわーけー。いやー、トードイスムカは本当に居心地が悪いからさぁ、程々にふざけてないとやってられないんだよー」

 ノルガードは書類の山に自ずと隠れていたぶどうジュースの瓶――比喩表現でもなんでもないただのぶどうジュース――を、コップに注いだ。


 これをどかそうものなら、ノルガードの性格上、最終的に書類がダメになる可能性が高い。

 ゲイルリンドは何も見えないふりをして話を続ける。

「……流石に確認するが、私までここに来た意味は、わかっているんだろうな」


「ヴァイス君が本気でトードイスムカを潰しに入った、んだよねえ」


「然り。トードイスムカの制圧度もついに五割を切った。窮鼠猫を噛むということわざがあるように、いくら斜陽のトードイスムカとはいえ、これから抵抗が激しくなる恐れがある、故に……」


「ゲイルリンド君も追加配備して、【五造】二人がかりで冥都にミレアの旗を立てよう、って話だよね? 流石にわかりますとも、これも『あれ』も」


「ようやく書類にしっかり目を通してくれるようになったと一瞬感心したが……ノルガード殿、興味があるものだけかいつまんで見るんじゃない」


 ノルガードは左手でコップを傾けつつ、右手の親指を立てて見せた。


「まぁ……アレについては誰だって興味が湧くだろう。ヴァイス様の忍耐強い交渉が、あの『傍観者』を動かすことになったのだから」



「はい、着きましたよ、っと」


 荷車を降りてまず、ネロアはアンティルの背に一太刀を振るい、彼に巻かれた縄を斬って解いてやる。


「すぴー……はっ、ここは、ってか縄は?」


「今さっき解きましたよ。そろそろ目覚めるなと思いましたし……着きましたね、冥都に」


「お、おう、どうも……」

 

 黒の濃淡のみで彩られたバロック様式の建造物が複雑怪奇に所狭しと立ち並ぶ街並み。

 長針と短針が順逆回転を交互に繰り返す時計塔。

 人どころか馬すらもなく走る辻馬車。

 ときどきボコボコと泡立つ自然界に存在しなさそうな緑色の運河。

 この世界各国の古都を混ぜてホラーに仕立てたような街並み――死国トードイスムカの首都、【冥都】の風景が、ネロアとアンティルの周りに広がっていた。


「すぅー、はぁー……うん、やはりいいところですね、冥都は」

 ネロアが久々の帰郷に心を躍らせている中、


(うっわー、さっすが死国の首都、オレっちが攻めてきたトードイスムカの町が可愛く見えるくらいおどろおどろしいな……)

 アンティルはシンプルに絶句していた。


 その時、ネロアとアンティルの真正面から、両手に短剣を携えたプレイヤーが無言で近づいて来た。

 彼はネロアに向き合い、短剣を持ったまま両腕を胸前で交差させた状態でお辞儀をする。このときもまだ無言である。


「え、どったのコイツ?」


「アンティルさん、ここから十メートルくらい離れてもらえますか」


「お、おう……」


 何もわからないアンティルが言われるがまま十メートル離れた後、ネロアは左腰の剣を引き抜き、謎のプレイヤーに向けてお辞儀をした。


 刹那、ネロアと男は互いに間合いを詰め、お互いの得物で鍔迫り合いを始めた。

 そこから数度二人は打ち合う。得物の取り回しの良さと数から、男の方が攻勢に見えた。しかしネロアはそれら全てを剣一本でいなし防ぐ。

 

 やがて男がネロアの守りを推し崩すべく、さらに前のめりになって攻める。

 そこでネロアはバスケットボールのピボットよろしく身を回して、男の背中を見据える。

 男はうなじに柄底を叩きつけられた衝撃で、バタンとうつ伏せに寝かされる。


 身を転がして仰向けになったところで、ネロアの剣先が目先にあった。


 そこで男は、大ぶりに自分の首の前で手を横切らせるジェスチャーをした。


 ネロアは一度うなづいた後、同じジェスチャーをした後、男の頭に思いきり蹴りを入れ、彼を撃破した。


 この一部始終を見て、アンティルは一言。

「急に何やってんの、お前?」


 ネロアは剣を納めてからアンティルへ向いて、

「ああ、トードイスムカの文化みたいなものですよ」


 トードイスムカのプレイヤーは、特典として『リスポーン時のペナルティが非常に軽い』というものがある。

 その点を利用し、昔あった『他プレイヤーのやってる最中にオンラインで侵入して対人戦が出来る死にゲー』のように、先ほどネロアがしたような戦い以上の利益を望まない決闘を、トードイスムカのプレイヤーは頻繁に行っているのである。


「ちなみにこの決闘は『開始』と『ゲームオーバーの是非』は双方合意の上で行うのがマナーですから、辻斬りめいて襲われることはないので安心してくださいね。

 まぁ、そもそもアンティルさんのような外国の方に決闘を申し込むこともマナー上絶対しませんけど。よその方に自分たちの勝手なルールを押し付けてはいけませんから」


「ああ、それならよかった……か? はぁ、町並みもヤバければ住んでるプレイヤーもおっかねぇな……」


「んー、やはりお気に召しませんよね。すみません、もし気分がよろしくなければ、お早めに帰ってもいいですよ」


「いいや気分は別に……って、え、え、帰って、いいの?」


「はい、もう聞きたいことは聞き終えましたし。縄も、ご覧の通り解いてますし」

 ネロアはアンティルへ手を振った後、単身、冥都の奥に進んでいった。


「いいやちょい待て!」

 それにアンティルは、小走りでついて行く。


 ネロアは道中に転がっていた肩当を拾いながら、

「あれ、帰らなくていいんですか?」


「……帰ってもな、って話だから。オレっちはお前に負けて、緘口令破ってミレアの秘密をベラベラ喋っちまったんだ。もう変える場所はねえよ……だから、と、言っちゃあ何だかなぁ……」


「……わかりました。でしたらこのままでついてきて構いませんよ」


「おう……ありがとよ……てか、さっきから何で道端に落ちてる装備拾ってるんだ?」


「トードイスムカは落ちてる物は『自由に使っていい』認識なので、ありがたく使わせてもらってるんですよ」


「は、はぁ……」


【完】

《ロジスティクス・サーガ データベース》


■用語説明

【トードイスムカ】


通称:死国

神:死神【ホイプペメギリ】

首都:冥都

プレイヤー数:400万人(総プレイヤー数の4%)

化神官:非公開


 死の神が座す、いたる所に骸と死と、狂気が存在する、殺戮まみれの国。

 毒沼や地肌が露出した荒地など、まるで地獄のようなパイオームを持つ。

 だが、気候はそこまで激しくなく、水の調達も贅沢こそ出来ないが不自由せず、気をつければちゃんと作物を育てられるため、そこは安心していただきたい。 

 この国のプレイヤーは、条件を満たせば強化されるスキルを覚えやすいことと、死ななきゃ安いを地で行くスタイルを推奨されるという特徴がある。

 かつてはPvEがメインだった時代は強敵が多数存在していたことと、デスペナルティが比較的軽いことが合わさり、上級プレイヤーの遊び場として賑わっていた。

 現在はデスペナルティが軽いことを利用し、日夜辻斬りめいたPvPが、いたるところで盛んに行われている。

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