EP.8 救国の礎
レイザックとアンティルたちの戦いの後、ネロアは二人に遭遇した場所――すなわち、ホネスケの死地を訪れた。
ネロアは黙祷を捧げた。ゲーム内の登場キャラクターといえど、自分の恩人の死をそう簡単に流せるわけにはいかなかったのだった。
そこで数分滞在してから、ネロアは町を歩き、まだ使えそうな荷車を発見し、
「【モンスターコール:スケルトン】」
【サーヴァントスケルトン】を二体召喚し、人力車という移動手段を作る。
ネロアすぐに荷台へ乗り、
「さ、お乗りください」
「は、はぁ……」
すぐ後に、縄でぐるぐる巻きされたアンティルも、彼女に半分引っ張られる形で乗りこんだ。
車はサーヴァントスケルトンの歩速と同じ、そこそこな速度で道なき道を進んでいく。
その道中、ネロアは向かいに座るアンティルにまずこう尋ねた。
「何故あなたたちは、すでに攻めた町をもう一度攻めたのですか?」
「……」
「あ、無理に答えなくてもいいですよ。気持ちが落ち着いてからでも……」
「そこまで気を使われたむしろ気分が悪いわ! いいよ、答えるよ、そういう下らない質問でもよ!」
苛立つアンティルは、自暴自棄気味にネロアの質問に対し、雑に答える。
「レベリングだよ、レベリング!」
「レベリング……もう少し具体的にお話いただけないでしょうか。時間はたっぷりございますので」
めんどくさい。と、内心思いつつも、囚われの身である自分には拒否権もないし、ネロアの言う通り、今自分は時間が余りすぎてしょうがない。
故にアンティルは先程の襲撃の経緯をなるべく細かく説明しだした。
「数日前に上み……侵攻軍の主力が戦線拡大のための通過点となるあの町を攻めたんだ。しかし、その時は所詮他の地点を攻めるためにすれ違うついでに襲っただけで、完全な占拠や討滅はしなかった。
ただこれは決して手抜きとかではなく、上み……ゲホゲホッ、一軍がよくやる意図的な行為なんだよ。
ああいう町は完全に破壊しなければ、愛着とか、故郷の温かみとか、まぁいろいろな理由で、しばらくほっとくとピープルがある程度戻ってくるんだ。
その習性を利用して、上み……えーっと、指揮官クラスはあえて取りこぼしを作っておいて、後々に俺たち下民、じゃなくてー! ルーキーがレベリングに使いやすい狩り場としてるんだよ。
ちなみに、レイザックはあんとき、そこの監督役として来てたんだ。その前に一兵力として参画してたってのと、あんときに来たメンバーの中じゃ等級が一番上だったからな
……一応、無抵抗な国民を殺すことについて申し訳ないと思っているからな、オレっちは。ただ、今このゲームでは戦争しているんでな」
「それについては私も強く責められはしませんよ。かくいう私もミレアの方々を私情でゲームオーバーにしましたから」
「別に責めていいんだぞ。オレっち含めて、ミレアの連中なんて他国なんか平気で下に見てる奴ばっかだし」
「ええ、今のミレアってそんな方たちなのですか?」
ミレアのプレイヤーの成長傾向は、大まかに言うと『仲間のサポート』か『守護』。
故に、そういったことを主体的にできる、慈愛の精神がある人がミレアに集まりやすい。
――というのがネロアがミレアに抱いている認識である。
が、何度も言われているように、このゲームはPvEからPvP主体の戦争モノになっている。
この認識をアップデートするためにネロアは尋ねてみた。
「ああ、オレっちらのミレアはそんな感じだ。なんせつい最近まで、ミレアは今でいうこの死国みたいな悲惨な状況だったもんでな」
ミレアの環境を一言で表すならば、まさしく『穏やか』であることだろう。
気候は常春と言っても差し支えないほど常に温暖であり、農作物などの資源を確保しやすいくらい肥沃な土壌を持つ。
だからこそ、本作が国同士の戦争をメインとしたゲームになって早々、ミレアは困窮した。
理由は至極単純、国境が面する他国がこぞって潤沢な資源を奪い取ろうとしたからであった。
ミレアのプレイヤーは防御には向いた特性を持つ。なので、一斉に他国からの侵略を受けたからといっても、領土を切り崩されることはあまりなかった。
しかし、ミレアのプレイヤーは攻撃は得意としていない。だから、他国に盗られた領地を取り戻すことは全くしてできなかった。
こうしてリニューアル後、ミレアは常に他国の侵略に晒され、領地や資源を摩耗させられる現実を課せられたのだった。
「なるほど、それはさぞ可哀想に……」
「ま、そん時はオレっちいなかったから、実際の程度はよくわからんけど」
ネロアは陽の光のように輝く桃色の光――調和の砦の方向を一瞥してから、
「そうですよね。もうその苦労はすっかり過去のものになっているのでしょう。
今ミレアがここに大規模な侵攻を行えているのですから、何か事態が好転する機会があったのですよね?」
「丁度それを話そうと思ってたっての。そうだ、この後、ミレアは脅威のV字回復を成し遂げたんだよ――あのお方の手によって」
「あのお方、それだけの偉業をなせるということは、復帰したての僕なので、名前こそわかりませんが、やはり……」
「『ヴァイス・O・ヘブン』。それが今のミレアの【化神官】であり、この大陸の中核を握りつつある奇才の名前だ」
ヴァイスはミレアの諸々の国境を転戦し、卓越した指揮能力によって数多の功を成し遂げ、化神官の座を頂いた。
その直後、衰弱したミレアにメスを入れ始めた。
まず、彼は自分と協力者が握る莫大な資産を惜しみなく費やし、ミレアに属するプレイヤーへ、見合った装備と住居を与えるなどの福利厚生を整えた。
これにより、多数のユーザーを引き付け、ロジスティクス・サーガの総プレイヤー人口の30%をミレアプレイヤーにするほど、人材の増加に成功した。
次に、特異な状態異常を飲んだ者へ付与するポーション【Dt-Do】を発明し、全プレイヤーへと配布した。
これにより、ミレア・プレイヤーが不得意としていた防御や補助以外の戦術も取れるようになった。
そして……これらの施策によって、ミレアはサナギから蝶になるように、ただ自国の領土を守るだけの弱小国から軍力豊富な発展国として再起したのだった。
「ヴァイス・O・ヘブンさん。その方がミレアを立て直したのち、恐らくトードイスムカの侵攻を主導しているのですね」
「だろうな。国一つへ侵攻する計画なんて、国の最上位の声がないとできるはずがない」
質問に答えきり、アンティルは荷車に揺られて動く景色を見回す。毒々しい色の草花が点在する平原ばかりが辺りにあるのと、まだまだ聞きたいことがありそうに黒い瞳を向けてくるネロアの様子がわかった。
「はいはい、まだオレっちに聞きたいことがあるならどうぞ。時間はたっぷりありますんで」
「では、先程からアンティルさんがチョコチョコと言ってる、『上民』って何ですか?」
この問いを投げかけるや否や、アンティルは汗をダラダラと流し始めた。
「え、言った? オレっち言った?」
「はい、さっきのレイザックさんとの戦いの最中にも、あの人のことを『レイザック上民』と呼んでいたりしていました。あ、言いづらいことだったら別に答えなくてもいいですよ……」
アンティルは先ほどから飽きるくらい見ていたトードイスムカの殺風景を何度も無駄に見返してから、一息ついて、
「……わかった、アンタには言うよ。ただ、これは国内じゃ緘口令が出ている内容だ、あんまりむやみに話すなよ」
「わかりました。では改めて、『上民』とは一体なんのことですか」
「単に『上民』という言葉はな、偉い人とのことを名前に『様』とか『殿』とか付けて呼ぶみたいな感じで、自分より上の等級の国民を呼ぶときに使う言葉だ。
今のミレアはな、こういう大小問わずルールを定めて、『全プレイヤーに階級を制定している』んだよ。これが、ヴァイス最大の功績の源でもあり、ヴァイスがしでかした最大の悪行なんだ」
化神官ヴァイスは、ミレア・プレイヤーに装備と住居とDt-Doを配ると共に、全プレイヤーに等級を与え、管理することを宣言した。
等級に六段階の位を与えて、それに沿った役割を課せ、報酬を与え、個々人の功績のみを考慮してその位を上げ下げさせる、という物だ。
こうした制度は、各国に存在する組織ではよくある人事制度ではある。
しかしここで問題となるのは、国全体で平然と行っていることと、等級によって待遇の格差が凄まじいことにある。
この制度は上位に行けば行くほど何が出来るかを説明するよりも、下位に降りればどうなるかを説明した方がわかりやすい。
まず、第一等級国民は好き放題出来る地位にいる事が出来る、要は政治家だ。ヴァイスを含むミレアの有力者はここにいる。
次に、二等は一等に直属させられる。良く言えばコバンザメよろしく一等のおこぼれに与ることができるが、悪く言えば一等の無理な指示に従わされる。
ちなみに先ほど熾烈な戦いを繰り広げたレイザックの等級はここ。彼は出世のことだけを考え、どんな指示も愚直に従い続けて、一等に気に入られたという。
三等は警察とか国軍の一員として、ミレアの戦争の駒としての役目を強制される。ここでなれるまともな地位は精々部隊長ぐらいだ。
アンティルの等級はここ。だから先程レイザックから『上民』付けで呼ぶことを強要されていたのだ。
四等は永久に農業や工業などの生産業に従事させられる。このゲームの醍醐味である戦闘から遠ざけられた形である。最も、収入は手堅く出て、最低限の設備のある集合住居を貸し出されるため、生活麺での苦労はない。
この制度の腹立たしい点はこれ以降にある。
五等は定職を得られない。軍に呼び出されて一兵卒として雑な指示の元戦わされることもあれば、土木工事を昼夜お構い無しでさせられる場合もある。要は雑用だ。
先ほどいた町でレイザックとアンティルが率いていたのは、ここに属する。やけに功に飢えていたのは無論、四等に手を伸ばすためだ。
「そして、六等は……実はこれはミレア国民も全く知らない。なにせ公式では存在しないことにはなっているからな。勿論、そいつらが何をしているかも関係者以外わかるはずもない」
「では、何故アンティルさんはそれをご存じなのでしょうか?」
「……実際に、オレっちが凡ミスを繰り返したせいで、一時期そこに落とされたからだ」
彼らに与えられた使命は、『モルモット』ただそれだけ。
今のミレア・プレイヤーの戦闘の要となっている【Dt-Do】の実験台だ。
今作、ロジスティクス・サーガでは流血や人体破壊などの残虐描写は存在せず、痛覚に関してもタンスの角に小指をぶつけたときを超える痛みは発生しないように精密にプログラミングされている。
ところが元々【Dt-Do】はこのゲーム内にはデフォルトで存在しない、完全にユーザーが作り上げたアイテムであり、完全な計算のうえでの効果の設計は未だにしづらいとされる。
その不確定さは副作用もだ。場合によっては、その最大限の痛みを延々と味わわされるようなこともあるし、言い知れない不愉快さに襲われることもあるという。
「だから、そういうことをしても構わないように、六等というモルモットがいるんだ。
俺っちは本当に比較的早い段階で、運良くあの『翼を授ける』Dt-Doの実験で適合してみせて、その恩赦で六等からとんずら出来たが、運の悪い奴はとことん使い回され、そして二度と顔を見ることはなくなっていった」
「そんな……それだけ非道徳な行為が行われているとは。どなたかヴァイスさんなどの上の方々に直訴したり、思い切って運営に通報するとかした……」
「オレっちはめんどくさがりだから両方ともしてないけど、多分他の大勢の誰かがしていると思う。けどどちらも結果が出ていないからこういったことが続いているんだろうよ。
運営への通報については、マジで未だになんの音沙汰もない。ミレアの人口が多いから忖度してる……とか理由はわからないけど。何がしたいんやらアイツらは。
ただな、直訴とかの上民に歯向かうことについては、なぜ実にならないかはわかる。シンプルにヴァイス直属の軍団が強すぎるってのもあるが。『破門』という切札をヴァイスが握っているのが大きい」
破門――この二文字はさっきのアンティルの命乞いの際に聞いていた。そして何よりも彼が恐れていた言葉だった。
「復帰したてとはいえ基礎基礎のシステムはほとんど変わらないから、【教会】は当然わかるよな?」
「はい、各地に点在する、その近辺で死亡したプレイヤーがリスポーンする地点ですよね」
「オレっちはなったことないからその仕組みはわからんが、化神官は国に属するプレイヤーの教会の使用を禁ずることができる。
もしミレアの教会が使用できない状態で、ミレア・プレイヤーが死んだらどうなると思う?」
「一生リスポーンできなくなる……いや、確か旧作の仕様そのままであれば、どの国のプレイヤーでも使える自由区の教会でリスポーンできますか。ただ、デスペナルティが重くなりますし、いちいち自由区から国に帰らないといけなくなりますね」
「帰れるとも限らない。『他国に寝返った』とか重たい経歴をでっち上げておいとけば、そいつはどっかしらの検問に引っかかってすぐ送還されるんだからな。
ただし、ミレアの籍はそのまま残しておくんだ。そうすることで、ヴァイスの不興を買って教会の使用を禁じられたプレイヤーは、どこにも帰化できず、一生自由区で彷徨わざるを得なくなるんだ。
――こうしたただ無一文にされるよりも、身をズタズタにされるよりも恐ろしいミレア最大の刑罰のことを『破門』っていうんだ」
なお、この辺りの話は二人も詳しくないので言及はしなかったが、『ロジスティクス・サーガ』はアカウント乱造の対策として、アカウント、あるいは本体を初期化するにはメーカーに本体を提出し、それなりに高い費用を支払わなければならない。
故にミレア・プレイヤーが破門を食らったのち、新たな人生を始めるには、多額なマネーで買わなければいけないのだ。
「なんてむごい話でしょうか……皮肉ですね、こんな国が人口率一位なんて……」
「こういう負の面はある、それに苦しめられてる奴らもいる。けれど、そういうのをダシにして上手いことやっている奴らはもっといる。
そしてそういう奴らは声がでかい。だから今、あっちこっちの信頼性のある攻略サイトでは『初心者おすすめの国はミレア!』って言われてる。
逆に、『ミレアは超ブラック国』っていう実際の話は出来の悪いホラ話にしかされない。
胸糞悪い話だよな……今もこうして攻略サイトにホイホイ誘導されたバカがミレアの人柱になって、甘い汁をすすってる奴らはお気楽に各国にきたねぇ土足を伸ばしてるんだ。
こうした暗部を隠して、ミレアはロジスティクス・サーガの覇権を掴みつつある。
各国の上層部にはミレアとの繋がりを持った奴らがいるらしいし、機国イズセラは従属といっても過言じゃない同盟を組んでるし、トードイスムカはあんな違法建築をされるし」
「そして今は、僕たちのトードイスムカの滅亡を目前としている、と……」
「そりゃここまで来るだろうな……逆にこうしてやるのが当然だろうな、あんだけ非道なことやって貯めるもの貯めまくってんだからな。
いやはや、あと何回ぐらいかな……あの太陽が死国【トードイスムカ】を照らしてくれるのは」
ロジスティクス・サーガの一日は、現実の世界の十分の一日。
丁度今、東の方で太陽が昇っていた。しかしそちらにあった調和の砦が邪魔し、気味の悪いピンク色の光がせっかくの朝焼けをうやむやにしてしまっていた。
サーヴァントスケルトンが押す荷車の上で揺られながら、ネロアは最後にホネスケを見たときのことを思い出す。
『迷うな! 一秒でも早く祭壇に行け! そしたらこいつらを……ミレアの外道共を全員、トードイスムカから追い払っちまいやがれ!』
ここでの意味は単に、『祭壇でトードイスムカの力を得て、ミレアの尖兵を倒せ』ということなのはわかっている。
しかしネロアは、その時のまるで救国の英雄に向けるような本気の目の色から、それ以上の意味を考え、そして決意した。
「そろそろオレっちも質問していいよな? この荷車、どこに向かってる?」
「『冥都』ですよ」
「やっぱりな。籍はさっき得たから、次は住処、そして装備を整えてって……」
「いえ、死神ホイプペメギリへ会いに行きます」
【完】
《ロジスティクス・サーガ データベース》
■用語説明
【化神官】
八つの国それぞれにいる神から認められたプレイヤーがなれる特殊なジョブ。
これに就任したプレイヤーは、神の化身として国の代表となる使命を課せられる。
また、これになったプレイヤーはステータスが通常より幾分か上昇し、一つ、神からその者に適したスキルを与えられる。
このスキルは普通のレベルとは一線を画す、超越した強力な効果を持っているとされている。
なお、これになると基本の十二ジョブから強引に転職するということではなく。
ジョブ【詩人】/【化神官】というように、サブジョブのような方式になる。