EP.6 ミレアの新戦力
間髪を入れず放たれたレイザックの二度目の【エンチャント・エミット】を見て、ネロアは当人に問いかける。
「そもそも、【エンチャント・エミット】を使うにはまずエンチャントしなければいけないです。あなたは、その剣にエンチャントをしている素振りを一切見せませんよね?」
「……」
「その堅物にかまってばっかじゃなくて、俺っちにも構えよなぁ!」
レイザックが沈黙する間、アンティルはネロアに一発銃弾を放つ。ネロアはこれを簡単に弾き返し、今度は彼に質問をする。
「あなたのその翼も……さては、あのポーションですね?」
「ははは、ああ、そうだ! というか、知らないのかよお前、ミレアの新世代を担う新兵器【Dt-Do】をよ!」
八つの国があり、同じジョブでも、所属する国によって能力が大幅に変わる――それが『ロジスティクス・サーガ』の育成システムの特徴。
生命溢れる聖なる国、ミレアの固有成長傾向は、『仲間を守る、サポートすること』。主戦術がそれに近い【重装士】や【聖職者】に適性がある。
しかし個々の単純な戦闘能力に関しては、『そこまで伸びない』というのが事実。
ミレアの【化神官】が、ミレア躍進の命題としたのは無論、そこだった。
そして化神官と、ある知恵者が求めた解が、【Dt-Do】である。
一定時間、特異な状態異常を飲んだ自身へ付与し、前例のない戦闘技術を生み出す――この革新的なポーションを製造、全プレイヤーへ配布したことが、現在のミレア軍の躍進の車輪の一つとなっているのだ。
「して、オレっちのDt-Doは『風属性により構成された翼を生やす』、そこの堅物は『体内で光属性を作り続ける』状態異常を付与するんだ」
「タネをバラすなアンティル……」
「るせーよ。アイツ、何かとカンが鋭いんだ。オレっちが言わなくたっていずれバレてたっつーの!」
「と、いうことは。【エンチャント・エミット】の乱発は、その体内からくる光属性によって……」
「はぁ、バレてしまったらしょうがない。そう、貴方の言うとおりですよ。そしてそれを応用すれば……」
レイザックは剣を握っていない左拳を輝かせ、
「こんなことも出来る。【エンチャント・エミット】!」
ネロアのいる方向へ拳を突き出しつつ、パッと手を開く。するとその開いた五指から、同じ数の光属性のエネルギー波がネロアへ飛んだ。
「速いっ……!」
ネロアは波と波の間をすり抜けるように前転して回避し、かすり傷程度でダメージを抑える。
「【騎士】は攻撃が単純になりやすいから、このような『アレンジ』を加えていかないとですね」
「そして、俺っちの銃も火を吹くぜぇーッ!」
またまた飛んできたアンティルの弾丸を斬り裂く。
偶然にも同時に、遠くから爆発音と住民の悲鳴が響いた。
「うわぁ、誰かぁ、ミレア人を止めてくれぇ!」
「……他の連中はコツコツ手柄を挙げられているようだな。急げよレイザック、早くしないとオレっちらの手柄が無くなっちまう」
「うるさい、なら早いとこ奴の急所を撃ち抜きやがれ」
ネロアは思う。
(レイザックさんの光属性攻撃、アンティルさんの援護射撃。
この両方をどうにかしつつ、両方を倒す。それを両方こなす……至難ですね、なんせ今の僕は……)
それからのネロアは回避と防御を繰り返し、じりじりとHPを犠牲にしながら、二人を倒すための隙を狙い続けた。
「おいレイザック、アイツさっきからおかしくねぇか? ずっと逃げてばっかりだぞ。ダメ元でスキルの一つ二つ使ってみりゃあ、多少はマシな戦いになると思うのによ」
「それはアイツもわかっているはず。だから使わないんだろう」
これはあまりにも特殊すぎる不運だった。
ネロアはまだ、トードイスムカへの誓いの儀式を行えておらず、どこの国にも所属していない状態。故に、国固有の成長傾向の恩恵を得られていない。
使えるスキルは、ジョブ固有の平凡なスキルしかない。ステータスも、淡白な【騎士】としての強弱しかない。
だから今、ネロアは何もかも中途半端な装備で、ミレア軍の二人の攻勢に逆らえないという状態に陥っていた。
「嫌だぁ! その眩しい武器で叩くのはやめてくれぇ!」
「こんな死に方はしたくねぇよぉ! 早く返してくれ俺のう……!」
一秒一分経つ度に、悲鳴の数は減っていき、黒煙の数が反比例して増えていく。
「ぐっ……なぜ皆さんはこのようなむごい侵略行為に及んでいるのですか!
強いて言うならば、ここのピープルの方々はアンデッド特有の醜い存在に見えるかもしれませんが、根はただの善良な一市民なんです!
たとえ国を攻めるとしても、無実の方々をオーバーキル気味に殺して回る必要はないのではないんでしょうか!」
「うるせーなぁ! 俺たちにいとってトードイスムカの連中はなぁ、プレイヤーだろうとピープルだろうと、善人だろうと悪人だろうと、全部同じ『出世のための踏み台』なんだよ!
それに……言えよレイザック、お前好きだろ、あの台詞」
「別に好き、ということではないがな……『天命は、天より生命を与えられた者のために。大命は、大衆の生命のために』という言葉が我々のモットーでね」
「それが、二重の意味で理解し難い言葉が、人々を好き勝手殺していい理由ですか!?」
「「そうとも」」
レイザックは、今まで背負っていた盾を左手に構え、頭上に掲げる。
「あ、おいそれ、こないだよっぽど追い詰められた時以外に使うなって言ったよな、オレっちがさ……」
「いいから頑張って避けろよアンティル。時短だ時短。チョコマカ動くアイツにガツンと一発食らわせてさっさと片付けてやるんだよ」
その盾は、いくつかの宝玉が散りばめられた、神秘さを感じさせる代物であった。
レイザックはそれを頭上に掲げ、光属性をエンチャントする。
彼がこの後何をするかは、あまりにも予想し易い。
「【エンチャント・エミット】!」
レイザックの盾は眩く輝いた。今まで剣で行っていたような小爆発とも、拳開きで行っていたエネルギー波とも違う攻撃――散りばめられた宝玉から四方八方へ無数のレーザーが飛び散った。
ネロアはそれを必死で避ける。しかし無数のレーザーはそれを許さず、次々と彼女は被弾し、HPを減らしていく。
その間、空中ではアンティルも必死にレーザーをかわしていた。
「本当危ねーよなぁこの攻撃。まぁ俺っちなら楽々かわせるけどな。
……んまてよ!? アイツの拡散レーザーに夢中になってる今なら、今度こそ狙撃出来るぞ! てなわけで食らえっ!」
追い打ちを掛けるように、アンティルの無慈悲な弾丸が、ズタボロのネロアへと放たれた。
「……そ、そんな!」
流石にそれは予想外だった。ネロアへ襲いかかった弾丸は、見事に命中した。
【完】
《ロジスティクス・サーガ データベース》
■用語説明
【スキル】
いわゆる技や能力のこと。
任意のタイミングで発動する『アクティブスキル』と、所得すれば常時発動する『パッシブスキル』の二つが存在する。
アクティブスキルは基本、発動後に『クールタイム』という数秒程度の連続発動禁止時間が発生する。これを待てば再び発動ができる。
一般的なRPGのようにMPなどのポイントの概念はないため、このクールタイムが一番のスキルを使用するにあたっての制約と言えるだろう。
言うまでもないが、パッシブスキルには基本的に、発動するに当たってのコストは特にない。