EP.5 生命的侵略衝動
ネロアとホネスケは今、トードイスムカへの所属を誓うための祭壇の側にいた。
この祭壇は町の奥部に位置する。だがここにいてもなお、町の各所からピープルたちの痛ましい絶叫が聞こえてきた。
「こんだけ滅茶苦茶にしたのに、まだお掃除したりないってのかよ……」
ホネスケはスケルトン型のピープル故に丸出しの歯を軋ませ、
「ほら、言ったとおりだろ! もうトードイスムカはおしまいだ! さっさと逃げるぞ!」
ネロアへ逃亡を促すため、手を差し伸べた。
ネロアはそれを丁重に押して返す。
「いえ、僕はまだ残ります」
「残るぅ!? お前はどこまで間抜けなんだ! さっきあれだけ御託並べたよなぁ! この国にいる意味はもう無いって……」
「ホネスケさん、貴方の言うことは十分わかります。ですが、ですが! かと言ってこの思い出の場所を好き放題されるほど、大人しくはないんですよ僕は!」
そう言い放つとネロアは剣を引き抜き、悲鳴がする方へと遮二無二駆けた。
「功績として認可されそうな物は奪えるだけ奪え!」
「出世だ、出世だ!」
まず見つけたのは、服装からして【聖職者】であろう二人のプレイヤー。
彼らは視界に入ったピープルを、光属性を帯びた得物で徹底的に殴打し、そのドロップアイテムをかっさらいまくる。
ネロアは腰を落とし、極限まで足音を減らす歩法で二人の背後へ忍び寄る。
剣閃二つを繰り出し、奇襲ダメージ――相手側に視認されていなかった場合に与えた最初の攻撃は、ダメージ量が五倍になる――瞬く間にドットの塵へ変えた。
(ダメージの量から逆算して、この人たちのレベルはだいたい12ほど……これがあのミレアの最前線の兵隊? あの初心者の方々では責任が重いような気がしますが……)
このような熟練の立ち回りをもって、乱暴狼藉を働くミレアのプレイヤーたちを、ネロアは次々と闇討ちした。
そう、次々と――ネロアが対面したミレア・プレイヤーのレベルは8〜15と、魔境トードイスムカを攻める兵としては心許なかった。
さっきのホネスケの話から伝わった脅威は、今のところ感じられない。あれはひょっとしたらアンデッド特有の相性不利ゆえの誇張があったのではという疑念も湧いてきた。
しかしネロアは、すぐその甘えた希望を頭の片隅に追いやる。
きっとまだミレアの手勢は何かを隠しているのだろうし、何よりも、ネロアは『教え』をキチンと守る人間なのだから。
「いた! 絶対に奴だ! さっきから俺たちをこっそり殺し回ってる奴は!」
「こうなったら貴様を倒して報告書に載せてやるぞ!」
何人もの同志が不自然に消えたことで、ミレア軍はネロアの存在に気付いた。
彼らはターゲットを強敵ネロアに変更し彼女の元へ続々集結。頭数を揃えて襲いかかる。
今更言うまでもないが、ネロアが得意とするのは暗殺だけではない。むしろ得意なのは、こうした一体多などの不利な状況での戦闘だ。
「前のめり、過ぎますよッ!」
ネロアは自分に近寄ってきた敵たちに、まるでアクション映画の名戦闘シーンをダイジェスト化したように、テンポよく的確に叩き込み、次々と撃破した。
「だ、ダメだ! に、逃げるぞぉぉ!」
「ヤベェ! チートがいる!」
「くっそぉ! もっといい装備が支給されれば!」
やがてミレア・プレイヤーたちは、ネロアの姿を視界に納めたまではよかったものの、数秒前の先駆者たちが消えていく様を見て怖じ気付き、すぐに踵を返して逃げ去ってしまうようになった。
「やはりおかしいですね……これが覇権を握っているミレア軍のすることでしょうか。あまりにも未熟過ぎます」
「お前が成熟し過ぎてることほーが、バリおかしいと思うぜ、オレっちは」
数々の殺戮を遂げたネロアの前に、怯える様子を一切見せず、二人の少年が堂々正面から歩いてくる。
「敵相手に無駄話をするなアンティル。無駄話の内容を考える暇があったら武功の立て方を考えろ」
と、その片割れ――冷静を気取る、背に剣と盾を背負った少年が言うと、
「うっせーよレイザック。お前は一体何度功功言えば気が済むんだよ。そういう風に変に真面目ぶってるから、ノルガードさんにどうとも思われてないんだろ! オレっちと違ってな!」
と、もう片割れ――見るからに短気そうな、長銃を構えた少年は怒鳴った。
「なんでしょう、明らかに仲のよくなさそうな二人組ですが……」
二人の険悪さにどうツッコむべきか迷いつつも、ネロアは見抜いた。
二人の装備が、前の相手たちと比較してかなり良質な代物であること。
あれだけの暴れっぷりを披露した自分を前に言い争いができる余裕があること。
今までのプレイヤーとは格が違う――ネロアは間もなく始まる激戦に対し、早くも身構えた。
「ノルガードさんに気に入られることが出世の全てじゃないだろ。命国の繁栄に貢献することこそが、俺たちの最善じゃないのか? なぁ、アンティル」
「あーそうかい! まー、それは、正論かな! んじゃあオレっちはお前より先に手柄をいただかせてもらうぜ!」
アンティルは、ポーチよりポーション瓶を取り出す。
調子の良い奴だ。と目で言いつつ、レイザックもポーションを握り、ネロアに尋ねる。
「ところで、そこの群青髪の方、お名前は?」
「……ネロア・ルォーナピアナです」
「覚えておけよ、アンティル。さもなくば報告書を出す時に困るぞ」
「んなこたわかってらぁ! グチグチ言うなレイザック!」
ネロアは二人の様相を観察し、考察する。
(片方は銃を、もう片方は剣と盾を持っている……なら二人のジョブは、【射手】と【騎士】でしょう)
ロジスティクス・サーガにはジョブが十二種類ある。
その内、ネロアとレイザックが選んだのは、武器を用い攻撃・防御共に安定して戦う【騎士】。
アンティルが選んだのは、弓や銃で遥か彼方の敵を撃つ【射手】だ。
前衛後衛の連携に気をつけなければ。と、ネロアは心構え、既に脳内で二人の動きを予測し始めていた。
しかし、二人が最初に取ったのは、ネロアの予測に決してないことだった。
アンティルとレイザックは同時にポーションの栓を抜き、一気に飲む。
直後、アンティルの背には緑色の翼状のオーラが生え、レイザックの全身はほのかに煌めいた。
「見せてやらぁ、これがミレア軍の最新鋭の戦法だぁ!」
アンティルは翼を羽ばたかせ、数メートル飛び上がり、ネロアに向けて一発銃弾を放つ。
ポーションを飲んで飛翔する。その初手は流石に予想できなかったネロアだったが、翼が見えた時点でアンティルが『飛び回り狙撃をする戦法を取る』ことは瞬時に読めた。
故に、彼が放った銃弾を一刀両断するのは、非常に容易いことだった。
(衝撃が重い……恐らく彼のレベルは20辺り、ならこちらにいるペアも!)
「残念だったなアンティル! 初ダメージは俺がいただく!」
レイザックの光を帯びた剣の一振りも、ネロアは的確に防御する。こちらも重い。こちらもレベルは20くらいで間違いないようだ。
ネロアは剣を握る手を緩めず、反撃の機会を伺い続ける。
対するレイザックはネロアとの鍔迫り合いの最中、微かに微笑み、唱える。
「【エンチャント・エミット】!」
レイザックの剣が一瞬激しく光り、ネロアは体勢を崩して後ずさる。その時、ネロアのHPは五分の一程減っていた。
ネロアのプレイヤー歴は長い。この攻撃の理屈も、弱点すらも冷静に理解できた。
(【エンチャント・エミット】は、攻撃に使用した武具にエンチャントされた属性を炸裂させる攻撃スキル。勿論爆発させた後、そのエンチャントは無くなります。なら彼の攻撃は時期尚早でしょう)
ネロアは即座に体勢を正し、追撃のために迫るレイザックの、大げさ気味な大上段の斬撃を防ぐ。
(太刀筋が甘い。先程の【エンチャント・エミット】に賭けすぎたのでしょうか……いや違う!)
ネロアはこの太刀筋の甘さと、彼が持つ剣からの『光』で勘付く。地面を蹴り数メートルほどの距離を取る。
「【エンチャント・エミット】!」
直後、レイザックは、ついさっきまでネロアがいた空間に、再び光属性を炸裂させた。
【完】
《ロジスティクス・サーガ データベース》
■用語説明
【属性】
魔法や一部スキルにより発生する特殊なエネルギーのこと。
火や水などのように、自然界の現象や物質に近いが、なんらかの塊になったり、精密に直線を描いて空中を飛んだりと、似ているようでちょっと違う概念である。
一部のモンスターの弱点になったり、特殊な付属効果を持つなど、覚えておくと非常に戦いが有利になる概念でもある。
以下、その一覧を簡単に羅列する。
火属性:火や熱に近いエネルギー。付属効果は、たまに相手を状態異常【火傷】にすること。
水属性:水に近いエネルギー。付属効果は、たまに相手のバフの効果を減らすこと。
地属性:土、砂、岩のエネルギー。付属効果は、たまに相手をよりひるませるようになること。
風属性:風や空気のエネルギー。付属効果は、スキルによるが相手を引き寄せたりふっとばしたりすること。
雷属性:雷のエネルギー。付属効果は、たまに相手を状態異常【麻痺】にすること。
氷属性:氷や冷気に近いエネルギー。付属効果は、相手を状態異常【凍結】にすることもあること。
草属性:植物を用いたスキルに付与される。付属効果は、たまに相手のデバフ効果を増やすこと。
音属性:音や振動を生むスキルに付与される。付属効果は、相手のガードを貫通してダメージを与えやすくなること。
光属性:光のエネルギー。付属効果は、クリティカルが起こりやすくなること。
闇属性:闇のエネルギー。付属効果は、たまに相手の体力を吸収すること。