EP.4 死に際の現実
ミレアがトードイスムカに攻めてきた。
荒廃した町を歩いて回る最中、ホネスケからこの事実を聞かされてから、ネロアの頭の中で違和感が生じた。
「命国【ミレア】が、ですか……?」
命国【ミレア】とは、穏やかな自然と、豊かな生命、そして、聖なる気風が溢れる国。
その設定を反映して、『強きを挫き、弱きを助ける。そして全土に平和をもたらす』ことがその国の旨であり、そこに属するプレイヤーの特性もそれに寄っている。
「……俺の経験からして、お前今、『あの慈善大好きなミレアがなんで他国を攻めてる?』とか言いたくなったな?」
「いえいえ、流石にそれはわかります。今、このゲームは八国同士の戦争がメインですから……あ」
言い終えた直後、ネロアはゲーム内のキャラにこんなメタな話をしては通じないだろうと自分の気配りの無さを恥じた。
しかし、流石は全世界で流行っている大作『ロジスティクス・サーガ』、その片鱗をホネスケは聞かせてくれた。
「そうだ。今この大陸では八つの国全てが覇権を求めて、どこかしらの国と毎日戦争してるんだ。そりゃそうなるよな、国内の災害みたいなモンスターを抑えきったら、揃った武力を向ける先と言ったら他国しかないだろうからな」
(わぁ、すごい。メタ台詞をちゃんと世界観に落とし込んで返事してくれてます)
「首かしげたりニンマリしたり感情が忙しいな、お前。で、さっき首かしげてたのは、何がわからなかったからだ?」
「はい、それは、失礼が悪いかもしれませんが、こんな小規模な町ですら、ミレアの攻撃対象になっていることが不思議に思ったからです」
「……いんや、失礼じゃないさ。俺たちここの住民も思ったよ。『なんでここまでミレアのレン中は攻めてくるんだよ』って。でもって、一難去ったあとはっきり気づいた。『ミレアは本気でトードイスムカを蹂躙する気だ』と」
ホネスケはだいたい東の方角へ指差し、ネロアはそれを追う。沼地や荒野を越えて遥か遠くに、西日のようにピンク色の光が灯っているのが見えた。
「何でしょうか。あの光」
「あれは【調和の砦】。ミレア人がトードイスムカとより活発な交流関係を持ちたいとかこつけて、ミレア人が『勝手』に建てた、トードイスムカの東をフタする砦だ」
遠目で見ただけでも気持ち悪くなってくるぜ……ここはトードイスムカの結構西端にある街なんだが、それでもまだ照明が届きやがるんだよ」
「つまりそれくらいミレアの余裕の程が見える侵攻拠点、ということですね」
「そうだ。最近だとミレアに直接つながる『電車』っていう、山程の兵隊を運ぶ車まで用意したらしいんだ」
ネロアはポケットにしまっていたチケットの半券を一瞥して、
「あの電車って、そのためにあったんですか!?」
「砦のことは知らないで電車は知ってるのか……」
「はい、こちらまで来るのに、それを使いましたから」
「あれはミレア人専用だって噂だったぞ。よく乗って生きてられたな。
ゲフン、ま、こんだけ証拠並べたらわかるだろう。
ミレアが覇権に必要な物量を揃えていること。
ミレアがこのトードイスムカを心底嫌っていること。
そしてその矛先を向けられた以上、俺の経験からして、この国はもうじきおしまいってことをな」
「トードイスムカが危ない? それは、そんなまさか……!?」
「なんでそっちはわかんないんだよ。東の国境間近に要塞築かれただけならまだしも、さっきお前が気づいた通り、こんな田舎町まできっちり攻撃されてるんだ。トードイスムカの過半数の土地はミレアに侵攻されてるんだ……」
ネロアは自分でも良くないと思いつつも、衝動に任せて食い気味にホネスケへ尋ねた。
「ですが……! トードイスムカには八国随一の戦闘のエキスパートが揃っているはずでは!?」
ホネスケは、昔を懐かしみクスクスと笑ったあと、一つため息をついた。
「戦闘のエキスパートね……そんな奴、出来の悪い噂話でも聞かないな。ここのバカどもがバカな戦をしてバカみたいな負け方をしたってくだらない話はしょっちゅう聞いてるが」
「そ、そんな冗談言わないでください。いないのですか、例えば、化神官のアビス・オーディアンさんとか」
「すまん、そんな奴知らない。だいたい、今この国には化神官はいな……」
ネロアは前触れなくよろめき、付近の半壊した家屋の壁にもたれかかった。
「お、おい、大丈夫かお前」
「やっぱり、そういうものですよね、ずっと居てくれるなんて、そんな都合のいい話があるわけないですよね……」
ホネスケが九回ほど心配の言葉をかけた後、ネロアは素早く両目を拭ってから、顔を壁から彼の方へ向け直した。
「はい、大丈夫ですよ」
「なあ、俺の経験からして、失礼な詮索だと思う。けど、ひょっとしたら思い出せるかもしれないから、聞かせてくれないか……その、アビス・オーディアンとやらの話を」
「いいですよ。さっきからずっと僕ばかり質問する側に回っていましたから。ただ、変に話に熱がこもってしまったらすみません」
と、前置きをしてからネロアは、アビス・オーディアンの話――または、ネロアが再びロジスティクス・サーガに戻るきっかけを話し出す。
*
変わり者――ネロアをどういう人か可能な限り短く表すと、このようになる。
そもそも育ちが孤児園だった。焼き肉の中で一番好きなのはレバーだった。修学旅行での自由行動で警察博物館に行った。などなど、呼ばれる所以はいくらでもあった。
そんな彼女だからこそ、小学三年生の時にロジスティクス・サーガに手を付けた際、真っ先に目指したのはトードイスムカだった。
トードイスムカには、戦えば誰であろうと死んでも仕方ないと言われるほどの強敵が多い。
そういう苛烈な戦いを望むプレイヤーにとっては天国のようなものであるが、大多数の人間からすればただの地獄。それがネロアを惹きつけた理由だ。
ネロアはトードイスムカに来るなり、ある男に出会った。
アビス・オーディアン。そこに長い事住んでいると自負していた、腕の立つ、心優しい、何よりネロア以上にトードイスムカへの愛情を持つ男だった。
ネロアは彼に惹かれ、彼が起こした小規模なギルドに入り、凶悪なモンスターとの戦いに明け暮れる地獄をともに歩んだ。
お世辞にも気楽とは思えないゲーム内での日々、だがネロアにとってそれは、楽しくてしょうがなかった。
それと同時にネロアは、アビスのギルドはトードイスムカで最も強大なギルドとなっていた。
そして、そんな彼女達の狂気的な頑張りへ、褒美がもたらされた。
八つの国でそれぞれ一人、計八人しか成ることができない、圧倒的な強さを持つジョブ【化神官】。
そのトードイスムカの位に、ギルドマスター、アビスが就いたのである。
「俺たちはただ、自分たちが楽しいように強敵を倒しまわってただけなのにな」
就任してから開口一番にギルドマスターが言ったのがこういう台詞の通り、ネロア含むギルドメンバーは、喜びよりもあるにはあるが、意外という感想の方が強かったが。
しかし、幸せだった思い出は、思ったよりも早く過去の物になった。
――アビスのギルドに入れば、強いプレイヤーが倒したモンスターのおこぼれを貰えることが出来る。
そんな卑しい考えをしたプレイヤーが、アビスの化神官就任後から続々とギルドにやってきた。
アビスはそれを快く受け入れ、可愛がった。しかし、ネロアはそれを端から見て、面白くはなかった。
ネロアはあまり人を恨まないタイプである。だから、寄生行為が許せない。甘えた根性が好ましくない。などという、新参者への拒否感は時にこれといった理由はなかった。
ネロアがこの現状に嫌気がさしたのは、本当に何となくだった。
徐々に徐々に、ネロアがロジスティクス・サーガにログインする時間は減っていき、そしてついにはゼロになった。
現実世界で約四年後、ネロアは思った。『アビスさんはどうしているのだろうか』と。
その疑問は、間もなく後悔に変わった――『あれだけお世話になったアビスさんの元から黙って去ってしまった』と。
ネロアがロジスティクス・サーガに戻ろうとしたのは、そこが大幅リニューアルしてから日が経っていた頃だ。
謝るのにも、新たな関係を作るのにももってこいの時だ。そう確信したネロアは直ちに、再びロジスティクス・サーガへと飛び込んだのだった。
*
「そのアビスという化神官に謝って、また一緒にいたいために、この国に籍を置きたいんだな」
「はい」
「なら、すまない。俺の経験からしても、アビスなんて男、全く心当たりがない」
「そんなまさか!? あの人は、この国の化神官で、何十体もの凶悪なモンスターを葬ったすごい人ですよ!」
「けど、本当に知らないんだよ。自分から言うのも何だが、ここに住んでて、かつ聞き耳の立つ俺ですらな。
俺の経験から出てくる化神官といえば、任命されてから百戦二百敗くらいみっともない戦績を重ねた奴とか、ミレアにトードイスムカの土地を全部売り払おうとした売国奴の極みみたいな奴とか、一年も持たずしてその位を剥奪されるような情けない奴らばっかだ」
「そんな方が化神官になれてしまうほど、トードイスムカのプレイヤーの質が下がってるなんて……」
「ただ、今の化神官は優秀だぞ。国のためになることはしないが、国に迷惑がかかることも決してしないんだ。名前は『不在』っていうんだが……」
ホネスケはネロアの神妙な面持ちを見て、自分の冗談がくだらない上に不適切だということを反省した。
「ゲフン、ま、要するに言いたいのはな、俺の経験からして、お前の言うようなちゃんと格のある化神官は知らない。多分、だいぶ前に辞めたんだろう」
「やはり、そうですか……」
正直なところ、ネロアも薄々わかってはいた。
現実の事情だったり、個人的な趣向の変化などで、誰にでもやり込んでいたゲームを辞める時がある。それは当たり前のことだと。
とはいっても、ネロアは湧き上がる悲しさを抑えられなかった。もう二度と、あれだけ慕っていたアビスに会えないなんて……
「あ、俺はお前を悲しませたくて言ったんじゃないからな。
お前のためを思ってだ。さっきのレイシロウとゾンタとの戦いを見る限り、腕前は相当あるんだ。それを他の国で活かせばきっともっと良い暮らしが出来る希望があるんだ。
俺たちはすっかりトードイスムカの人間だから、どこにも行く宛なんて無いけどな……」
「アドバイス、感謝します。ですけど、よりによってここで言われるとは……」
「……スマン。タイミングがおかしかったな」
適当に歩いた末にネロアとホネスケが来たのは、町の奥に位置する祭壇だった。
長い年月を経て黒と灰の二色にくすんだ石で作られた円形の台に、何かを強く突き立てられた傷跡が刻まれている。
ここはプレイヤーがトードイスムカと死神【ホイプペメギリ】への臣従の誓いを立てる儀式のための祭壇。死国内の要所に点在するものの一つに、今、ネロアは偶然にもたどり着いたのだった。
数年前、初めてログインしてから間もない頃、ネロアはアビスに案内されて、こことは別の祭壇で所属の儀式をした。
そんなことを思い出して、ネロアは感傷に浸った。そして彼女は、全身を固定されたように身動きせず、祭壇を見つめた。
それを心配したホネスケは両手をバタバタ大きく振りながら、ネロアの視界に飛び出る。
「じゃあてなわけでほら、早く次行くぞ。俺の経験を元に、文国【ヨヤアサ】か術国【イペファワエゼ】への最短ルートを教えてやる……」
直後、ネロアとホネスケの間を、一人のゾンビ型ピープルが横切った。
そのゾンビ型ピープルはズサッと砂場に落ちたときのような音を立てて散り散りになった。落下地点が石畳であるのにこのような音がしたのは、彼自身が吹っ飛んでいる最中より全身が灰に変化していたからであった。
「あの消滅方法は……!」
「俺のちょっと前の経験からして、これは俺たちアンデッド系の奴に光属性を打ち込んだ時の死に方だ! ってことは……」
彼らは少数であり、町に入ったばかり。
しかし彼らが、鎧やローブなどで様々な形で身につけたピンク色は、町中を即刻大混乱に陥れるのには十分すぎた。
「ミレア人だ! ミレア人がまた攻めてきやがったぞ!」
【完】
《ロジスティクス・サーガ データベース》
■用語説明
【キャラクターの種類】
ロジスティクス・サーガに登場するキャラクターは、以下の四タイプに分けられる。
1.プレイヤー
読んで字の如く、ロジスティクス・サーガの端末からログインして、本作をプレイしている人のこと。
後述するタイプのキャラクターからすれば、ジョブ、レベルアップなど、異様な概念を多数持っている。
2.ピープル
言い換えると『基本は敵対しないNPC』のこと。
盗賊のように敵対する者も中にはいるが、単なる一般市民であることが多い。
トードイスムカのようにゾンビやスケルトンなどのモンスター的な性質を持つものも多数いるが、ほとんどは人型になっている。
子供から成長して大人になり、そして老いていく。ということもなく、気づいたらずっとその設定年齢でいる。
3.モンスター
言い換えると『基本は敵となるNPC』のこと。
レーティングの関係で人間に近い姿のものは非常に少なく、動物をファンタジーにしたてたものや、まさしく魔物の姿をしたものが多い。
ジョブ【竜騎士】などが特にそうだが、上手くやれば味方につけることも可能である。
4.神
ごく少数の事例。
この大陸に散らばり、各々何かしらの『理』を司る絶対的存在。