EP.2 列車内の騒動
命国『ミレア』発、死国『トードイスムカ』行の大陸縦断列車の車内にて。
ネロアは、車両の前方で起こっていた危機を必然的に目撃した。
しなやかな生地のローブを装備した強面な男が、その周りで乗客の何人かをツタで縛り上げている。
男は時折、首を回し、前方車両へ向かって叫んだ。
「出てきやがれ責任者! さもなくばここに居るミレアの国士共全員殺すっ!」
わかりやすい電車ジャックであった。
「マジかよアイツ、こんな所で暴れやがって……」
「そんなことしたって、どうともならないっていうのに……」
「あんまり騒ぐな。さもないと上民の機嫌を損ねて、俺たちまで始末されちまう……」
と、乗客のミレア国民はヒソヒソと愚痴や弱音を漏らした。
目の前の電車ジャック犯、あるいはその先にある別の何かを恐れ、ミレア国民は口以外動かせずにいた。
そんな中、ネロアはお構いなしに立ち上がった。
この蛮勇じみた行為に目を点にする乗客をかき分け、ネロアは男へ近づく。
「何だテメェ! ついさっき『余計な真似すんなボンクラども!』って言ったの聞いてなかったのか!」
顔を真っ赤にして怒鳴る男とは対照的に、ネロアは真顔で言い返した。
「聞いた上でなおさらこうします。無礼な方に従う気は更々ないので」
「は……ふっ、ふざけるんじゃねぇ!
オラ見ろよこれを 俺の自慢の草魔法製のツタでグルングルン巻きになった人質をよぉ!
特に、首元を見ろこのぶっといツタは! わかるか、わかるよな!? もし俺がその気になれば、ギュッ、だぞ! ギュッ!」
男が脅しをする中、ネロアはさらに男へ近づき、ついでに腰に提げた剣を引き抜く。
「ならばどうぞ、出来るものならしてください、犯罪者さん。僕はそれを覚悟の上でこうしていますので」
その一言で、男の周りの人質数名は悲鳴を漏らした。内心、彼女なら『上民』到着前に自分たちをどうにか助けられるのではないかと期待を胸に抱きつつ。
一方、電車ジャック男は、人質をお構いなしに己を仕留めて来る気だ。と、ネロアのある種の奇行に引いていた。こちらは純粋にマイナスな感情だった。
もはやこの目の前にいる群青髪の少女は、まともに話ができる人ではない。そう確信したローブの男はツタを締め……無い。
男はネロアの得体のしれない恐怖にかろうじて耐えて、こう都合よく考えた。
(こいつ、俺を煽るだけ煽り、人質を腹いせに殺らせて、大義名分を得る気なんだろ。 あるいは、単純に口だけのヘッポコだろうな。だってアイツ、初期装備だもんな。
……しゃあない、ここは一つ、プレイ歴一年の先輩が、ロジスティクス・サーガのイロハを教えてやるとするか!)
「ああやってやるよ……このゲームでは『経験』こそものを言うって教えてやらぁ!」
ローブの男は、ネロアへ手のひらを向け、そこから五本のツタを伸ばした。
ある程度伸ばしたところでツタはしなり、ムチのように勢いよくネロアへ振りかかった。
「お前も大事な大事な人質ちゃんだ! 気ィ楽にしろ! せいぜい瀕死にとどめてやる!」
「もうとどめですか。ちょっと気が早くないですかね……」
ネロアが言ったその時、五本のツタはすべてが斬られていた。
彼女が一切の隙を感じさせず構えているあの得物からして、何をされたのかはもはや言うまでもない。
しかし男は、当人の頭は、何一つとして受け入れられていなかった。
「あ、あの連撃を……ものの数秒で完全防御……」
そしてネロアは、男の懸命な判断をする時間に容赦なく切り込んだ。情けなく垂れたツタを踏み締めよりズタズタにしつつ、一気に男の間合いを詰める。
男の注意が『渾身の攻撃を防御された』ことよりも『現状そのもの』に移ったときには、もうネロアは奴の首筋を一閃し、バックジャンプして反撃を避ける間合いを確保していた。
そして男は、ざっと二周遅れで、激痛ゆえに車両の床を転がりまわった。
「ひっ……い、痛あああああ!」
「……思ったより簡単に決まりましたね。この狭い空間では『アレ』は使えないので、始める前はどうなるかと思いましたが……」
ローブの男は大慌てで傷薬を首に塗りながら、体勢を立て直す。
「8、84!? どうして、どうして初心者がそんな高火力を出せる……!?」
ローブの男はこの状況を必死に解決しようと、頭を必死に回転させる。
だがその最中、背後にあった扉が開き、後頭部めがけて蹴りが飛ぶ。
「ああ、また痛いぃ……誰だ今度は……!?」
振り向いた直後に、男は『桁違いのオーラ』を感じ取り、青ざめた。
男は、この凶行を行うに当たって一番恐れていた事態を目の当たりにしていたのだ。
自分のローブよりも遥かに仕立ての良い桜色のコート、それの左胸に近糸で刺繍された正三角形状の桜の紋章、そして、エメラルドを埋め込んだかのような鋭利で冷徹な眼光……質実剛健という言葉に手足を付けたような、いかにも上官らしい男が、開いた扉に立っていた。
この男が現れた直後、車両内の空気が一気に変わった。空気そのものが五キロぐらい重くなったのではと錯覚するほどの威圧感が車両内に漂った。
乗客たちは、電車ジャック男がついさっきまで威勢よくしていた時の三倍震え上がる。
(な、何でしょうか、あの方から発されるオーラは)
流石のネロアも、ここは周りに合わせるように身構えて固まった。
上官らしき男は、一通り車両内を見渡した後、足元で腰を抜かしているローブの男を見下す。
「う、ううう、嘘だ……何でコイツが俺たちと一緒の便に……」
「至急トードイスムカへ。との司令を受けて、なるべく早い便に乗ったのだ。それが悪いか」
「い、いいえぇぇ!? 悪くありません悪くありませんよ上民ッ!」
数秒、ただただ不気味な無言を挟んだ後、『上民』は男に言う。
「マグラス……先日の人事選考で隊長職への昇格枠からあぶれ、過剰な上申を行った危険人物。
最近入った情報によると、今回のトードイスムカへの出動についても何やら心底不満があったというが……今さっきの脅しは、この反抗の一部か?」
男は顔がぼやけて見えるくらいの速さで首を横に振った。
「い、いえいえいえいえ!? 到底不満などございません! かれこれ現実世界換算で一年もミレアに仕えているのに、出世に置いて先を越された同士がわんさかいることについて……不満なんて思っておりません」
上民は男の恐怖と絶望に満ちた瞳を見て嘆息する。
「……先程から盗み聞きしていたが、一言一言が目まぐるしく変わりすぎだ。だが、そんなことはどうでもいい……今は貴様が今しでかした犯罪を裁くことに専念させていただく」
「うるせぇぇぇッ! いっつもかっつも偉そうにしやがってぇぇぇッ!」
ついに本性を表した。ローブの男は斜め上――上民に手をかざし、お得意のツタを顔面めがけ伸ばした。
しかし彼にツタは届かなかった。
ツタはある程度距離が狭まった所で、急に明後日の方向へ軌道が変わって、ちぎれてしまったのだ。
そして電車ジャック犯は、再び態度を変えた。哀れに思えるほど要領よく、土下座したのだ。
「ひぇぇ! 許してください! これはほんの少しの出来心なんです!
お願いです、ゲイルリンド様! 復活権だけは、どうか復活権だけは没収しないでください! それさえ残して貰えれば! たとえ六等になっても構いませんから!」
都合よく縮こまったことに、ゲイルリンドはただただ呆れ、長い長いため息を吐いた。
「なあに、心配はいらない。今更になって謙虚な善良市民を被る愚か者には、これで十分だ!」
上民は手前の空間で手招きするように、左手を下から上に振る。すると男はけん玉の玉のようにフワっと上民の視界に浮き上がった。
さらに上民は右脇で右手を横に振り、電車の窓を開けた。
「ひ、ひやぁぁぁあああ!」
そこからは一瞬だった。哀れな電車ジャック男は窓から電車の外へと放り出されたのだった。
峡谷を高速に走る列車の外に放り出されればどうなるか。それは言うまでもない。
上民は臭いものに蓋をするように窓を閉め直し、振り返り様に乗客全員へ問いかけた。
「おい、お前ら、さっきの奴の首に深いダメージがあったが、その傷を付けた者は誰だ!」
「「「こ、こいつです!」」」
ゲイルリンドの圧倒的な力に呆然としていたネロアの背中を、他の乗客は、あたかも生贄を捧げるかのように押し出す。
「お前は……」
ネロアは失礼のないように、下手に怯えることなく名乗る。
「はじめましてネロア・ルォーナピアナと申します」
直後、上民は一瞬首をかしげて、
(このような顔、ミレアには居なかった……窓口の輩か。おのれ、また始末書の枚数が増えた)
襟元を正し、深々と頭を提げた。
「私はゲイルリンド・A・ハング、この列車の責任者です。この度は助力、感謝します。お詫びは後程」
と、だけ言って前方車両に戻っていった。
「はい、どうも……」
ネロアは思った。
(時に強く、時に優しく。メリハリの利いた男性でしたね)
この時、後ろで乗客全員がホッと胸を撫で下ろしていたことを、ネロアは知らない。
*
『緊急メンテナンスのため、一時、列車を停止します』
トラブルが起こってから数十分後、終着点に着くまであと少しのタイミングで、列車にアナウンスが鳴る。
(まだまだ掛かるのでしょうか? そろそろこの列車にも飽きてきました)
車両前方の扉が開き、乗務員と思しき男が乗客に尋ねた。
「失礼します。この車両にネロア・ルォーナピアナ様はいらっしゃいますか?」
ネロアは手を挙げ、元気よく立ち上がる。
「はい、僕です。何でしょうか?」
「当列車の責任者、ゲイルリンド様が先程の騒動の解決に貢献したお礼にと、特別に車を用意いたしました。これにお乗りいただければ、より早く楽に『冥都』へ行けますが。いかがでしょうか?」
「本当ですか、ありがとうございます! 是非よろしくお願いします」
ネロアは乗務員に連れられ、列車のすぐ側に停めてあった車に乗り込んだ。
【完】
《ロジスティクス・サーガ データベース》
■用語説明
【ジョブ】
プレイヤーの戦闘スタイルのカテゴリーのこと。
全プレイヤーはこれのいずれかを選択し、覚えるスキルや使いやすい武器が決まっていく。
さらに八国の成長傾向に合わせて、その長所短所が増えたり、素の状態のものが極端になっていく。
ジョブは全部で十二種類。その内訳は以下の通り。
※なんとなくで覚えてもらって結構です。
1.【騎士】
鎧に身を包み、剣や槍で戦うジョブ。
2.【重装士】
重い鎧、あるいは重い武器で戦うジョブ
3.【武士】
一つの武器極め攻撃性を極めていくジョブ
4.【魔剣士】
魔法と剣を織り交ぜ戦うジョブ
5.【格闘家】
物理攻撃・防御力に特化した近接戦闘に優れたジョブ
6.【竜騎士】
竜と共に戦うジョブ
7.【暗殺者】
素早い攻撃で相手を翻弄して戦うジョブ
8.【魔術師】
魔法を駆使して戦うジョブ
9.【聖職者】
回復補助で味方をサポートしながら戦うジョブ
10.【職人】
アイテムから、車やロボットなどの大型機械まで、モノを作って戦うジョブ
11.【射手】
銃・弓矢などの遠距離武器を使って戦うジョブ
12.【詩人】
モンスターを差し向けたり、相手にデバフをかけるなどして戦うジョブ