EP.1 主人公の登場
ロジスティクス・サーガとは、現在世界各国でメガヒットを記録している、VRMMOゲームのことだ。
本作のジャンルは、剣と魔法のファンタジー世界で、スキルを駆使し、敵と戦うアクションRPG。言葉を選ばずに言うならば、VRMMOにはありがちなジャンルだ。
しかし本作には一つの特徴があり、それこそが夜空の星のように数多とあるVRMMOゲームの中でひときわ目立って輝ける理由でもある。
本作の舞台には『八つの国』があり、プレイヤーはそのいずれかに属し、その国の戦士として戦う。
そうすることで日々の日常で味わえる文化や気風、そして敵国が変わってくる……だけではない。
同じジョブでも、所属する国によって、覚えるスキルや育ちやすいステータスが大幅に変化するのだ。
この『八国』の設定を有効活用した、個々人のオリジナリティを伸ばせるカスタマイズ性。これこそがロジスティクス・サーガの人気の起爆剤となったのである。
運営側の公表によれば総プレイヤー数は約一億とされている。
そしてその一億のプレイヤーは今日も、八国のいずれかの国旗を背負い、ある者は名誉のため、ある者は利益のため、あるいは単なる娯楽として、敵との戦いを繰り広げていた。
ある日までは、大雑把に言えば、八国の戦模様は概ね『平穏』だった。
これから始まるのは、その平穏を揺るがした者を主人公とする物語である。
*
某日、ある少年の元に、目元をすっぽり覆い隠せるゴーグル型の端末が届いた。
「待った甲斐があった! よーし、僕はなるぞ! オンリーワンなナンバーワンに!」
彼はついにゴーグルが届いたことを一通り喜んだ後、これを被り、電源をONにする。
辺りの風景が一面がパアッと霧のように消え、真っ暗な世界で、キャラ設定のウィンドウが目の前に現れる。
「いずれ最強になるんだから主人公っぽい見た目にして……初期ジョブは、前線でガツガツ戦いたいから【武士】にして……」
メモリなり、ボタンなりを集中して操作しきった後、一度深呼吸をして『完了』のボタンを押す。
そして彼はあっという間に、煉瓦造りの建物や、コンクリート固めのビル等、多種多様な文化が混在している街に、メイクしたてホヤホヤの姿で足を付けた。
動画サイトのPVや実況プレイで何度も見た――ここはロジスティクス・サーガの舞台、『ロジスティクス大陸』の真ん中にある『自由区』の市街地だ。
ここは名前の通り、八つの国のプレイヤーが自由に品物や情報を取引する場所。
また、初心者にとっては操作方法やゲーム内においての基本的な立ち回りを学習しつつ、八つの国のいずれか行くまでの路銀稼ぎの場でもある。
「さて、とりあえず、依頼管理所に行くか。攻略wikiにそう書いてあったし」
あちこちの居住区で盗賊討伐依頼を受ける。
どこかの商店の荷物運びをひたすらやる。
この二つが安定した稼ぎ。と、攻略wikiには掲載されていた。
この情報を元に、彼がまず依頼管理書で受けたのは後者だった。
彼は小包をアイテムボックスに入れ、目的地の住宅がある方角へ走った。
とにかくチャッチャと依頼を終わらせたかった。だから彼は限りなく最短経路を進んでいた。それが軽率だったことに気づくのはまもなくのこと。
「あっ、な、なんだこの道……こんなところが自由区にあったのか?」
彼は最短経路にこだわって、大通りと小道、表通りと裏路地の区別をしなかった。だから彼は今、薄暗く人目もまるでない、いかにも危険地帯な雰囲気の路地で立ち止まった。
「うう、おっかな……けど、自由区は治安が良いって攻略Wikiで見たから、多分薄暗いだけだろ。うん、そういうことにしよう」
と、彼は自分に都合のいいことを言い聞かせて鼓舞し、より早足で駆け出した。
「わっ!?」
「あだっ!?」
そして他人に激突し、一メートルほどはね飛ばされて尻もちをついた。
「すみません、大丈夫ですか?」
そのぶつかった相手――自分と同じ初期装備を身につける、群青色の髪をした中性的な少女は、転んだ彼に手を伸ばした。
彼は少女の手を取って立ち上がり、
「は、はい……こちらこそすみません」
「そうですか、ではすみません、僕も急用がありますので……」
少女は彼の無事が確認出来るや否や、すぐにその場から駆けていった。
「……せっかちな人。それにしても痛いなぁ、これがVRMMOの力か……」
彼は再び、荷物を届けに駆け出す。その道中、
「来たぁー! うらっ!」
「いだっ!?」
脇道から槍が飛び出し、彼は20ダメージ――レベル1のプレイヤーの瀕死相当のダメージ――を受け、壁に激突する。
槍の所有者である、ピンク色が所々にあしらわれた鎧を纏う男は、叩きつけられた壁にもたれる彼を見下して、ドッと笑う。
「初心者はいいなァ! こういういかにも危険な香りがする場所もノコノコやって来て、俺のために狩られてくれるんだからなァ!」
彼は背にある壁によりかかりつつ、恐る恐る立ち上がって、
「……だ、誰だ貴様!」
「言うかボケ! 『上』へ告発されたら困るんだよ! さぁ、さっさと金になる物全部よこせ! さもなくば殺す!」
殺す――その二文字を聞き、彼は青ざめる。
本作のプレイヤーは死ぬと、その状況に応じて所持金を一部ロストしたり、一定時間ログイン出来なくなる(※あまりにも悲劇的な死に方の場合は軽減あり。逆も然り)。
一日でも早く国に行きたい彼にとって、そのペナルティはあまりにも痛すぎる。なので彼は、
「こ、こんな物でよければ……後は売却不可の初期装備しかないんで」
自分が持っていた荷物を、男にあっさりと差し出した。
(本当は届けなきゃいけないんだけど……人の命には代えられないってことで許してください! そして、どうか俺を守ってください!)
「何の荷物だ? まあいいや、売れるなら何でもいいか!」
鎧の男は、彼から荷物をひったくるように乱暴に受け取る。そして男は、槍を構え直した。
「よし、じゃあ殺す!」
殺す――その二文字を聞き、今度の彼は目を点にした。
「え!? や、約束が違……」
「さっきも言っただろ。告発されると困るんだよ、俺は。そもそもよ、俺は『渡さないと殺す』というような台詞は確実に言ったが、『渡したら殺さない』的なことは言ってねーよ! 人の話をよく聞けってこのヘタレカス!」
男は目をギラギラ輝かせて、彼を槍で突く。
しかし彼は、生存本能により咄嗟に刀を引き抜きギリギリガード。
だが、槍先はジリジリと彼の喉元に迫る。
「お、重い……!」
「俺はレベル5の【重装士】だ、お前みたいな初心者なんざ虫けら同然に押しつぶせるんだ……よ!」
そして男は槍に力を込め、槍先を一気に彼の喉元へ押す。
「ん、待て、この足音は……奴か?」
しかし男は刺突を中断して、槍先とともに左へ向いた。ついでに彼のみぞおち辺りに膝を入れて気絶させた。
男の悪意に満ちた両目には、こちらに駆けてくる初期装備の群青髪の少女の姿があった。
少女は左手に持った手配書と、目の前の男の顔を交互に見た後、男に手配書の表面を堂々見せつける。
「あなたが『待ち伏せ強盗の指名手配犯』ですね! ようやく見つけました! 観念してください!」
「ちっ、余計な奴が来やがった……しゃあない、パパっと殺す!」
少女は土を蹴り、綿毛が風に舞い上がるような軽やかさで跳び上がり、男に迫る。
その身のこなしに男は特別何か違和感を感じることなく、槍先を少女に向けながら考える。
(アイツも足元のカスと同じく初期装備、つまり奴も初心者だ。なら処理は楽だ。この鎧とジョブ【重装士】の力、そしてミレア所属による補正で得た超防御力でアイツの攻撃を受けつつ、槍で刺すだけだ!)
少女が男に剣を振ると同時に、男は槍で少女を突く。槍先は少女の左肩をかすめ4ダメージを、少女の剣は男の右肩にかすり、64ダメージを与えた。
「え、64ダメー……」
少女は空中で身をひねり、もう一太刀を確実に男の胴体に浴びせる。男のHPを0になった。
そして男は『一撃で自分のHPの八割を削られた事実に驚愕した』顔のまま、消滅した。
「復帰戦にお付き合いくださり、ありがとうございました。さて、この方、どう致しましょうか……」
少女――この物語の主人公、ネロア・ルォーナピアナは気絶した少年を眺め、暫し思案にふけった。
*
「いだだだ! ああ恐ろしい、VRMMOはこんなにまで痛みも再現してるのか……」
彼はベンチに横たわった状態で目を覚ます。そのベンチの空きスペースにネロアは座っている。
「おはようございます」
「あ、おはようございます。って、お前はあの時の! そしてここは……」
「公園です」
人一人が寝てても違和感が無い場所と言えばやはり公園のベンチ。と、ネロアは考え、彼をこちらに運んで上げていた。
「どうせならホテルがよかった……せっかくヒロイン候補がいるんだから」
少年は嫌な願望を漏らしてしまったことを直後に気づき、ネロアの顔色を伺った。幸い、首をかしげているだけだった。
「すみません、助けてくれてありがとうございます。えっと……」
「ああすみません、自己紹介が遅れまして」
自己紹介のため、ネロアはステータスウィンドウの名前欄を表示する。
「いえいえ! 僕も遅れてすみません!」
彼も同じように、ステータスウィンドウの名前欄を表示した。
ロジスティクス・サーガにおけるステータスウィンドウの役割は自分のステータスの確認だけじゃない。
本作ではステータスウィンドウを本人の任意で、好きな部分だけ他人に公開できるので、今ネロアがしているように名前欄のみを名刺代わりに見せる。ということも可能だ。
なお、一部のスキルを用いれば不本意に見て、相手の素性を見破るということも可能だったりする。
「さて、もう【気絶】状態も解けましたよね? では、僕はこの辺で……」
彼は去ろうとするネロアの手を取って、
「ちょっちょ、待て。まだ話したいことがわんさかあるんですけど!」
「そうですか、なるべく急いでくださいね」
ネロアがベンチに座り直した後、彼は極力早口で話し出す。
「繰り返しですけど、さっきは本当にありがとうございました!
で次、あなたは一体、何者ですか? 初期装備着てる癖に、レベル5の奴に堂々立ち向かって勝つなんて、絶対タダモンじゃないことはわるけど……」
「只者……言われてみればそうかもしれませんかね。なんせ僕、レベル20ですから。リバースキャンペーンのお陰で」
約十年前、ロジスティクス・サーガは、大人数で強大なボスモンスターと戦うVRMMOゲームとして細々と運営されていた。
それがつい最近、より高性能な機種の販売を行うと同時に、大陸のマップなど一部素材をリサイクルしつつ、現在のゲームシステムに大幅改訂してリリースされたのだ。
そして、これが功を奏して規格外のプレイヤー数増加を引き起こしたのは今更言うまでもないだろう。
リバースキャンペーンとは、そんなリニューアル前の旧版をプレイしていたプレイヤーがこちらに移行する際、経験値と所持金、スキルを一部引き継いでゲーム開始できるサービスのことだ。
「だから初期装備なのに20レベルなのか。
あ、でも、それはそれでおかしくないか? それなら所持金もある程度引き継いだんじゃないか。だったら、いい装備ぐらい買えばいいんじゃないか?」
「いい推理してますね。実は、装備を買う前に、こちらを買ってしまいましてね……」
ネロアは少々自慢げに、主人公様へ『ミレア鉄道 自由区発 トードイスムカ行』と印刷されたチケットを見せる。
「な、トードイスムカ? お前、トードイスムカに行くのか!?」
と、彼は、ネロアがトチ狂った人間であるかのように、軽蔑の眼差しを向けた。
ここで一つ解説を入れるとしよう。
ネロアと彼がいるここ、自由区の周りには八つの国がある。
その内の一つが、ここから真西にある死国【トードイスムカ】。
ここの特徴といえば、何と言ってもいたる所に骸と死が存在する、地獄のような世界観だ。
プレイヤーもそれの影響をロールプレイング的に受け入れ、日夜辻斬り染みた決闘を繰り広げているという、狂気的な文化がはびこっている。
そうした文化の元、トードイスムカのプレイヤーたちは『PvPにおいては八国随一』と限りなく畏怖に近い称賛を受けている。
「トードイスムカに行ってはダメなのですか? とっても楽しい国ですよ? 四六時中敵と戦えますから」
「確かに今もそうかもしれないけどなぁ……今行くのはドMかミレアのプレイヤーぐらいしか……」
「ドMって何ですか?」
「い、いや、別に……すみません、何でも無いです」
「そうですか。あ、ところで主人公様は、これからどこの国に行くつもりですか?」
「そりゃ勿論、命国【ミレア】だ。
環境も穏やか。所属したプレイヤーは政府から衣食住を完璧に提供され、個人個人にあったクエストまで紹介してくれるほどの福利厚生の充実っぷりなんだ。
そんなわけで攻略wikiでも文句なしのTier1の国なんだぜ? ……少なくとも、トードイスムカより遥かに長くやっていけると思うぞ?」
「そうですか……では僕たちはここで一旦お別れですね。少々残念です」
「俺的には、そっちの残念よりかは、お前の行く先の残念さが気がかりなんだが……そこまでしてトードイスムカに行きたいのか? 別にただ強い奴と戦いたいのなら、絶賛内乱状態の災国【カメセスコア】でもいいような気がするんだが……」
「それもそうですけどね。ですが、僕には行かなきゃいけない事情があるんです。
すみません、早く駅に行かないと、100万ジト(今作のお金の単位)が無駄になってしまいますのでこの辺で……!
では主人公様さん! ミレアでもお元気で! もし機会があればその時はよろしくお願いします!」
突然と駆け出したネロアの背に向けて、意識的に彼は手を振って見送った。
「お、おう……んー、『主人・公様』やっぱダサいかなこの名前……」
*
『まもなく、トードイスムカ行き、列車が、発車いたします』
ロジスティクス・サーガのジャンルはファンタジー。故に、電車という現実味溢れる物は本来ならば存在してはならない。
しかし八つの国の一、機国【イズセラ】の存在がそれを許している。
イズセラは国全体で機械技術が発達しており、所属するプレイヤーたちの固有成長傾向も、機械装備を扱うことが前提となっているくらいなのだから。
そんなイズセラは現在、ミレアと同盟を組んでおり、双方共に各種必要物の交換 頻繁に行っていた。
「これがミレア鉄道の車両……何だか物騒溢れるゴツさしてますね」
今、ネロアが乗り込んだ電車もその同盟の賜物の一つ。ミレアからの要請と、イズセラの技術力の誇示のため生み出された、ミレア・イズセラとトードイスムカを繋ぐ、ロジスティクス・サーガ初の、長距離多人数移動車両である。
「技術の黎明期だからでしょうか。思ったより座席がローテクですね」
ネロアは田舎の無人駅にあるようなアルミ製のベンチと同等の座席に腰掛けていた。
別にネロアだけがこういう扱いをされたわけではない。ネロアが乗り込んだ車両の内装そのものが杜撰だった。
「くぅ……相変わらず汚い」
「もっと頑張って、いい席取れるようにならないと……」
故に、その車両は、ギチギチに乗せられた客のボヤキがこだましていた。
「あ、もう発車したみたいですね」
発車の汽笛すら聞こえないぐらいに。
*
「勝った、か……やはり我ら『悲劇の演出団』は精強、か。中でも、ネロア、今日のMVPは間違いなくお前だ」
「いえ。今日もただ剣を振ってただけですから……アビスさん」
「そんなことはない。今日一番ダメージを稼いでいたのは間違いなくお前だ。
本当にありがとう、ネロア。なんせこのクエストは絶対俺にとってクリアすべき物だった。これで、俺は【化神官】に……」
*
「ふぁー、よく寝られました」
ネロアは【快眠】状態――眠ると同時に、体力回復と全ステータス微アップする状態異常。単に眠る【睡眠】とは別の状態異常――を解除した。
目をこすりながら、窓より現在地を確認する。と、毒々しい黒みを帯びた岩肌の峡谷が見えた――トードイスムカに入り始めた頃だ。
「お、おい。う、うるさいぞお前……」
隣の乗客が小声でネロアに注意した。
「はっ、すみません……あれ、ここ随分と静かになりましたね……!?」
ネロアは他の乗客から遥かに遅れて、それに気づいた。
車両の前方に、乗客の何人かがツタに巻かれ、しなやかな生地のローブと強面な外見がミスマッチしている男が苛立っているという緊急事態に。
【完】
《ロジスティクス・サーガ データベース》
■用語説明
【大陸】
ロジスティクス・サーガの舞台。
ざっと三かける三のマス目で区切ると、中心には運営が直轄管理する土地【自由区】があり、その周りに、それぞれ違ったバイオーム・気候・文化を持つ八つの国が存在する。
八つの国の内訳は以下の通り。
※後々本編できっちり説明するので、ざっとそんなものがあるんだくらいの認識で見てもらって構いません。
真北:時国【ランニバーニ】 一番中世風ファンタジーに近い国
北東:機国【イズセラ】 機械文明が発達した寒冷な国
真東:命国【ミレア】 肥沃な大地の平穏な国
南東:音国【エホシャドチグパ】 国土のほとんどどが海の陽気な国
真南:災国【カメセスコア】 砂漠と荒野で覆われた過酷な国
南西:術国【イペファワエゼ】 魔法研究が盛んな火山国
真西:死国【トードイスムカ】 死と灰が蔓延している恐怖の国
北西:文国【ヨヤアサ】 様々な意味で大自然が急成長を遂げた国