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代死人の寺野くん  作者: 年越し蕎麦
season1
9/62

ニュース!

 平日の朝は自分の目覚ましと下から呼んでくる先生の声と二度目の目覚ましで目が覚める。

 死んでから目を覚ますのはスムーズにいくのに、眠りから目を覚ますのはどうしてもスムーズにいかない。僕は朝の寝起きが悪かった。




「というか先生の朝が早すぎるんだと思う……」

「仕方ないだろ。朝礼あんだから」

「僕いらないじゃん……」

 そうは返したが、高校が始まる時間帯から終わる時間帯まで、僕はがっつり必要なのだ。何せいつどこで誰が死にたがるか分かったもんじゃないので。人権が欲しい。それが無理ならばとっとと永遠に死なせて欲しい。

 もそもそと朝食である目玉焼きを食べながら、テーブルの向かいに座る先生へしょぼしょぼする目を向ける。対して先生はもうネクタイを締めていたし髪も整っていた。平日だ。

 苦いにおいの珈琲を飲んでいる先生は、僕の抗議的な目を無視し、テレビのニュースを見ている。僕はちぇーと言ってウィンナーを口へ運ぶ。ぱりぱり、じゅわっ。美味しい。目線をご飯に向けたところで、あ、と先生が声を上げたので、また先生へと目を戻す。

「どーしたの?」

「この事件」

 僕もテレビに首を向け、ああ、と声を上げた。

「吸血事件な。犯人は吸血鬼で間違いないと思うよ」適当に僕は言ったが、最近世間を賑わしているこの事件内容的には、あながち間違いじゃないように思う。


 街で惨殺死体が何人か見つかっている。

 手首が切り取られていたり、裂傷激しかったり、穴が空いていたり、そんな性別年齢問わずの死体だ。

 そしてその死体は必ず、幾分かの血液が抜き取られている。

 それは科学的に分かっていることなのだが、一向に犯人の素性は、その科学をもってしても分かっていない。


 ニュースキャスターのお姉さんが進展のない原稿を読み上げているのを聞きながら、僕は納豆とご飯を食べる。もぐりむしゃり。

「血なんて飲んでも美味しくないのにな」

「……まだ吸血鬼って決まったわけじゃ」ないだろ、と言った先生の手の傍に置いてある端末が、どぎゃんと音を鳴らして震えた。ちなみにこのどぎゃん、というメールの着信音は、電子レンジで卵が破裂した音だ。先生が最悪だ、と震えた時の音である。つまり最悪な相手からのメール通知音だった。

「政府の人から? なんて?」

 端末画面を確認している顔が、徐々にしかめられていく。

 それからテレビにちらと視線をやって、僕に向き合った。


「吸血事件。代死人も襲われかけたから、気をつけろって」


「見境ないなー」

 僕の感想はそれだけだった。殺してくれるかもしれない、僅かに期待を抱いたが、血を抜かれたってこの体は死ねないんだから、もう僕の興味がなくなってしまう。間延びした返事に、先生はあからさまに渋面をつくって、「気をつけろよ」と言った。はいはい、僕はまた目玉焼きをつつきながら返事する。

「先生もね」

「俺のことは、」いーんだよ、そう低く返して先生は珈琲を啜った。

 そんな苦い飲み物を飲んでいるから、そーいう顔になるんじゃないかなあ、僕は思って味噌汁を飲んだ。




   



「家庭科の先生、近いうちに死にたがるね」

「……宮内先生が?」

「そう。あの産休復活してきたおっとり宮内先生が」

「マジか……」

 放課後の戸締り確認をしながら、朝礼の時点で感じていたことを報告すると、案の定、先生は足をとめて眉をひそめた。ちょうど家庭科室の前だったため言ったのだが、先生は暗い部屋の中へ視線を向けて、益々眉間に皺を刻んでいる。

 まあ、死にたがっている人間が目に見えて死にたがっていたら、代死人なんて必要ないわけだ。

「もともと、ちょっとそういう気があったよ、宮内先生。家ン中が大変なんじゃないかな」後半の台詞は完全に野次馬根性だった。

「そうか」

 先生はそれだけ答えて、家庭科室の扉が閉まっているかを確認し、歩みを再開する。僕は懐中電灯の明かりが廊下を先に行くのを追いながら、斜め後ろを歩く先生を振り返った。黒髪が背後の暗がりに馴染んで、白衣だけが浮かび上がっているように見える。垂れ目を見上げた。

「穏便に死ねると思う。そんな派手な自殺願望じゃなかった」

 垂れた目尻がぴくりと痙攣する。それを見て、あ、言うべきじゃなかったかなあと思った。

 僕としてはわりと慰めに近いことを言ったつもりだったのだが。先生の表情は慰めを言われたそれではない。

「……そーか」

 けれど先生はまたそれだけ答えて僕から視線を外した。彼は僕に死んでくれるかと訊く時があるけれど、本当は死んで欲しくはないような言動をする。難儀な人だなあと思う。そしてその難儀な部分を本人も理解しているのだ。理解しているから、僕より圧倒的に口数が少ない。

「そーなんだよ」

 僕は答えて前に向き直った。あとはもう、僕のひとりごとのような、ニュース性のない世間話が続いていくのみ。先生の聞いているんだか聞いていないんだかのたまの相槌が、よほど気楽そうに打たれていった。

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