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代死人の寺野くん  作者: 年越し蕎麦
season1
7/62

今夜はカレーとシーザーサラダ

「おーい先生、校内誰もいなくなったよ。帰ろう」

 僕が保健室の扉を開けざまにそう言うと、デスクに向かっている先生は顔も上げずにあとちょっとな、と言った。

 今日は月末だった。




「なあ先生、まだ終わらないの」

「あとちょっと」

「それ一時間前も聞いたぜ」

 保健室の清潔なベッドに寝転がりながら、デスクでノートパソコンをぱちぱちやっている先生の背中に催促する。

「はよ帰ろうよ。お腹すいた」

「あー」

「それは聞いてない方の『あー』だな」

 諦めてもたげていた首を枕に落とす。先生は今、政府に提出する報告書やら始末書やら賠償請求やらなんやらを作成している。月末名物だ。仕事を溜め込むタイプではないのに、気の乗らない物事は後回しにすることが多々ある。悪い癖だと思う。

「今日の夕飯何? 僕テトラポッドが食べたい」

「あー」

 ぱちぱちぱち、キーボード。

 それが不意に止まって、くるりと振り向いた。

「それ消波ブロックだろ」

「あー……」僕の『あー』は考える間を繋ぐ方の『あー』だった。「なんだっけな……テトラポッドみたいな、名前のやつなんだけど……」思い出せない。テトラポッドしか出て来ない。

 先生はううんと唸った。唸ったあと、またくるりとデスクに向き直って頭を掻いた。「まあいーや、どうせ今日はカレーのつもりだった」

「ええー!」僕は声を上げた。「大好きだよ! 納豆入れていい?」なんだかよく分からないテトラポッドよりは全然食べたい。

「納豆まだあったっけかな」

「あったと思う。ちなみにデスペはなかった」

「ンなもん常備してねえよ」

「駄目かー」

 またぱちぱちキーボードを叩く音が続いていく。

 僕はごろりと寝返りを打って目を閉じた。今月は、と思う。今月は、少なかった。死にたいやつらが。

 だからといって彼の仕事量が減るわけではないらしい。

「先生はさー……」

 何度目かの呟きを口にした。

「向いてないよ。管理者に」

 誰かほかの人に、代わってもらったら、楽になれるのに。

 寝言みたいな呟きを、どうやら先生はばっちり聞いていたらしい。僕がうとうとし始めた頃、よし終わった、帰ろう、パソコンを閉じた先生が振り返って言う。

「それでも保護者には向いてるだろ」

 言われた僕は、ぱちっと瞬きし、にやりと笑った。

「ジュースは常備してくれないのに?」

「甘やかしすぎない。保護者の鉄則だ」

「ちぇー」

 口だけの不満を漏らしつつ、ベッドから下りる。

 まー確かにな、と思う。

 先生はずっと、僕を管理しているというよりは、保護している感じだ。

 保護者の方が向いている。

 向いているから、そうやって目の下に隈をつくったりするんだろう。

「仕方ない、サラダは僕がつくってあげるよ」

 言ってから、あ、と思い出した。

 テトラポッドじゃなくて、クルトンだ。

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