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代死人の寺野くん  作者: 年越し蕎麦
season2
61/62

【RPG】勇者と魔王【パロ】

タイトルの通り。

 勇者寺野の棺桶の蓋が開いたのはこれで通算101回目だった。

 この間、ちょうど100回目の記念すべき“復活”の日、開いた棺桶から身を起こした寺野は「お祝いしようぜ神父さま、僕は100回も神さまの御手に突っ返された男だぜ。いい加減、僕をその腕に抱きゃあいいのにさ……。なあ踊れる? 神父さま。今日は『勇者寺野の失恋100回記念日』だよ、さあ棺桶から踊り出してやる」と下手くそなステップと独特な腕振りで俺に手を差し出してきたわけだが、そのヤケクソな記念日から、およそ二週間は経っている。

 二週間しか経っていないと言うべきか。

 とにかく、あれから二週間。今日は記念日を一度過ぎた記念すべき日ということになる。俺は棺桶から身を起こした勇者へ、半ば笑いながら言った。

「おはよう。次の記念日は何回目にしたい? 百五十? 二百?」

「……おはよう神父さま」若い勇者は傍らで蓋を支えた俺を見上げ、いくらか子どもじみた仕草で唇を尖らせた。「101回目記念日だ。今日だよ。百を越えたら、さすがに何かが起こるかと期待したのに」

「何も起こらなかった?」

「神父さまが仏頂面じゃないってだけ」棺桶の中で行儀悪く片膝を立て、頬杖をつく。「嬉しそうだね。何かあった?」

 ついさっきどこぞで死んだか殺されたかしたくせに、もう慣れたもんだ、最初のころの生き返ったままぼーっとして教会のステンドグラスを眺めていた姿は今や懐かしく、棺桶はベッドかソファのように勇者の身に馴染んでしまっている。見飽きたステンドグラスよりも、教会の守り人である俺に話しかける方がよほど楽しいとその釣り目が言っている。

「お前が死ななかったからな」

 俺が言うと、勇者はやれやれと肩を竦めて見せた。

「またそれか」


 教会が管理している棺桶で復活した者は、魔王を倒す勇者である。

 この世界に浸透しているその教えが真実なら、寺野はまさしく、勇者だった。

 本当に魔王がいるならの話だ。


「教会のお勤め人ってみんなあなたみたいな博愛主義なのか? どんなに慈悲深いひとでも、さすがに101回も死者が復活してきたら呆れて聖書投げそうだけどね。納棺師だって3回目でもう僕の顎を閉めるの諦めたのに」

「ああ、あれな。おかしかったな」故人様の外れた顎を力尽くで元に戻すような納棺師たちが、復活してきた勇者のお喋りには付き合いきれなくなって次から来なくなった。もう何年も前だが、今でも思い出しては笑える。

 納棺師も葬儀屋も、写真屋だって、最初のころは棺桶の蓋が開くたび待機していたものだ。──今度こそ本当に死んでいるかもしれない! 勇者を埋葬するならぜひうちへ!

「……あなただけだぜ。第1回から第101回まで付き合ってくれてるの」

「そりゃあな。お前がうちの棺桶で復活するから」

「だとしても、いつも蓋を開けたらいるんだもん。聖職者って休みないの?」

「日曜だろ」

「迷える子羊の毛並みを艶々にしなきゃいけない日が休日ってんなら、神父さま、転職した方がいいよ。過労死しちゃう」

「お前もだろ、勇者様」

「過労死できるならとっくにしてるよ。ってか、確か、45回目あたりでしなかったっけ?」

「してた」

 ふう、寺野は息を吐いた。棺桶に寝そべり、だらしなく俺を見上げたまま、自分の喉を擦る。「今回は、何かちょっと、気が急いてさ。絶対騙されてるって分かってたのに、魔物の言うこと聞いた挙句、喉からパックリいかれちゃった」

「魔物は何て?」

「何が? 騙した内容のことなら、“魔王の居場所を教えてやる”。聞き入れたお願いなら、おっと、こんな神聖な場所じゃあ言えないな。天使さまが見てる」

 ステンドグラスの模様を指差し、眩しそうに眼を細める。やがてだらりと腕を垂らした。

「魔王って、本当に、どこにいるんだろうな……」

 呟きにも満たない、掠れた吐息のような声だった。

 

 勇者は生まれた。

 十九年前、それこそ世界中に知れ渡っているお告げの通りに、棺桶から復活した。どこにいるのかも分からない、もしかしたら聖書の中にしかいない魔王を倒すため、祝福を受けて死から再生した。

 赤ん坊だった彼をいちばんそばで見守ってきたのは、この俺だ。


「……さあ、どこだろう」

「魔王を倒したら、この忌々しい復活能力が、ちゃんと無くなると思う?」

「お告げの通りならな」

「じいさまになっても死ねなかったらどうしよう」

「そのときは、」

 赤ん坊だったお前が爺さんになったときか。ふと口が狼狽え、一度言葉を飲み込む。

 いいな、それ。そこまでそばで見られたら、いい加減、きちんと棺桶で眠らせてあげたいかもしれない。

 でもそれまでは駄目だ。

 ずっと支えていた棺桶の蓋を取り払い、勇者へと手を伸ばす。「お前が完全に死ぬときは、俺が蓋を閉めてやる。だからそれまで魔王でも何でも、探して、生きてろ」

 勇者の不安にはまるで答えていない返答だったが、彼はやはりまだ子どもみたいな顔で笑ったあと、仕方なさそうに俺の手を掴んだ。

「敬愛なる神さまの使いであるあなたがそう言うんなら、分かったよ。じゃあ踊ろう、神父さま。101回目の失恋記念日ってことで」

 101回でも1001回でも。

 何度だって付き合うさ。お前が魔王に辿り着く、その日まで。

 神になど、決して抱かせてなるものか。

勇者寺野くん:初めて復活した日のことは赤ん坊だったから覚えていない。復活も最初の数回は面白かったけどいい加減永遠に眠りたい系勇者さま。

神父紺野先生:勇者専用の棺桶から赤ん坊の泣き声が聞こえたとき動揺しすぎて聖書を破った。勇者には長生きしてほしい系ご隠居魔王さま。

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