【ハロウィン】人間寺野くんと吸血鬼紺野先生【パロ】
フライングハロウィン。タイトルの通り。
吸血鬼が人権を得て今年で70年目らしい。
という話題を朝から何度も見聞きし、3限目の世界史の授業ですら話題にあがっていたため、僕の口は目の前の先生に対して何か言った方がいいのではと開いたり閉じたりを繰り返していた。
消毒液のにおいが充満しているとは言え、まるで水の中で下手くそな呼吸をしているように映ったんだろう、僕の膝に脱脂綿を押しつけていた先生は「息できてるか?」と保健室内の酸素濃度を疑った。
僕はちょうど口を開こうとしていたところだったので、そのままにこりと笑って答えた。「ちょっと痛いかも」答えてから、この答えは質問に対して頓珍漢だったなと気づく。
先生は変に突っ込むでもなく、「悪いな。我慢しろ」と言うと僕の手を掴んで膝に誘導させた。「押さえてて」言われた通りにする。白いガーゼはみるみる赤く染まっていき、痛みと連動しているようだった。
4限目の体育の授業、ハードル走で見事にハードルに足を引っ掛けて転けた。
左膝は皮膚が破け、砂まみれになり、血がいっぱい出た。
チーターが転けたみたいだった、とはクラスメイトの証言だ。実際にその光景を見たことがあるのかは別として、まあ、まさか足の速いやつがその勢いのまま転けるとは誰も思わなかっただろう。周囲を一時騒然とさせたものの、訪れた保健室はほかに利用者がおらず、こうして僕はすぐに手当をしてもらえている。
ソファに座る僕の前に跪いている紺野先生は、この片墨高校の保健医であり、そして吸血鬼だ。
小説や映画では大体悪者にされていて、ジャンルはホラー、人間の生き血を啜る恐ろしい化け物として扱われている。だいぶ昔のイメージだけど、そういうのって根強く残るから厄介だ。
だって紺野先生は決して生き血は啜らない。
「あのさ先生」
追加のガーゼを手にし、僕の指をどかせ、また膝を押さえつける先生に声をかけると、「なんだ」と血色の悪い顔を向けてきた。
跪いていても、背が高いせいでつむじも見えない。肌は白く、髪が真っ黒なせいで余計に顔色が悪く見える。目尻は垂れているくせに凛々しい眉と尖った鷲鼻は確かに悪役じみた造形の良さだった。
「僕の血飲まない?」
先生はぴくりとも表情を変えずに「飲まない」と言った。
「そっかあ」
何度もしてきたやり取りだ。
僕は何度でも残念がり、そしてアピールを怠らない。
「いいと思うんだけどな。結構健康なんだぜ、そりゃ怪我はよくするけどさ。毎日三食とってるし、運動もしてる。早寝早起き。美味しいと思うよ?」
「飲まない。俺は生き血は吸わないって言ってんだろ」
「でもさあ。いっつも不味そうに飲んでるじゃん、故人様の血。やっぱりあんまり体に良くないんじゃないの?」
「お前ンとこの寺には感謝してるよ、ほんと。俺には充分だ」
「そうかなあ」
手を伸ばし、先生の頬に触れた。ぴくり、目元が痙攣したのを、僕はあえて気にしなかった。
先生の皮膚は冷たく、氷のようだった。僕の手に流れる血潮の熱さを、本当は望んでいる温度だった。
このまま手に噛みついて貪ってくれて構わないのに、先生は絶対にそうしない。
そうしないから、学校で働けているわけだが。
それにしたって、ちょっとくらいはいいのになと思う。ちょっとどころか。僕はもうずっと、先生に全身の血を一滴残らず飲んでもらいたいと思っている。
その結果に死が待っているのなら、僕はそれでも構わない。
「どうしたら分かってくれるのかなあ。どうしたら、あなたの人生をもっと良いものにできる?」
吸血鬼が人権を得て70年。
70年も経つのに、彼らは未だ怯えられ、真っ先に差別の対象にされる。
紺野先生がなんでわざわざ白衣を着ているのか僕は知っている。
人間を襲って血を吸わない、その決意の表れだ。そして周囲がすぐに疑えるために、赤い色が目立つように、わざと白い色を身にまとっている。
「ご褒美とかさ、少しくらい貰ってもいいんじゃないのか? 今日はめでたい日だよ、人間で言うところのケーキがさ、あなたにも必要だと思わない?」
「……だとしても。ガキの血は飲まない」
先生としては話を終わらすために選択した言葉だったんだろうが。
我が意を得たり、僕はにたりと笑ってみせた。
「じゃあ僕が成人したら飲んでくれる? あと二年だよ、二年後には、お腹いっぱい美味しい血を飲ませてあげるからね」
「寺野お前な、それどういう意味だか……」先生は最後まで言わなかった。代わりに溜め息を吐き出し、頬に触れていた僕の手を取ると握りしめてまた傷を押さえさせた。「じゃあそれまで、無駄に血を流すなよ。俺にくれるんだろ、ご馳走」
ああほんっとに。
どうしたってこの優しい吸血鬼には幸せになってほしい。
ハッピーハロウィン。




