三年二組の寺野くんと横田さん
私のクラスには代死人の寺野くんがいる。
廊下側の後ろから二番目、そこが彼の席だ。私はいつもその後ろ、つまり廊下側の一番最後の席から彼の頭を見つめている。
代死人。
私たちの代わりに、死んでくれる人。
人、と言っていいのか、という議論は本人を前にして未だに授業の教科書でも取り上げられているけれど。
私は、人と呼んでもいいんじゃないかな、と思う。
というのも、彼、あんまり人間すぎるのだ。
「ねえねえ、寺野くん」
高校生の短い休憩時間、次の授業の用意をし終えてから、前の席に声をかける。
イヤホンをしていたので、思い切って肩を叩くと、彼はくるりと振り返った。イヤホンを外す。「何か言った? 横田ちゃん」この席になってから、わりと話をするので、彼は気軽にちゃんをつけてくれる。案外気さくな男子なのだ。
「何ってわけでもないんだけど」
自分で言っていてじゃあなんで声をかける必要が? と思ったが、言ってしまってからでは遅いのであのさと続ける。「首、大丈夫?」彼の首には、ドラマやアニメでしか見たことがない、縄で絞めたような痕が残っていた。
ほかの男子よりは正しく制服を着ているけれど、シャツの第一ボタンは外している寺野くんは、ああ、と言ってその首を手で擦る。「ごめん、見苦しいもん見せちゃった」たははと笑う。「見苦しくは、ないけど……」私も自分の首を撫で擦る。「痛そうだなって」言うと、寺野くんは困ったように眉を下げた。
「参った、横田ちゃんもそっち側かー」
彼はたまにわけの分からないことを言う。
「そっち側?」
「僕を人間みたいに扱ってくれる側」
ちょっと迷う。「……寺野くん、人間じゃないの?」人造人間、という最早この世で慣れた単語を思い浮かべる。人造は人造でも、人間なんじゃないのか。授業でそう発言する勇気と積極性は、中学の頃で終わってしまった。「私は、わりと、人間だと思ってる。失礼だった?」代わりに本人に言える図々しさは身に着いた。
寺野くんはおかしそうに笑った。
「面白いこと言うね」
「ごめん」
「いや、失礼でもないし、そーいうこと訊かれるの、好きだよ。哲学的」
「私も哲学好き。暇だから考えちゃう」
「ギリシャ時代だったら有名な哲学者になってるぜ、きっと」
「そうかな」
「そー思う」
「ギリシャ時代に生まれてれば良かった」
首を擦る。時々、強く思う。なんとなく。なんとなく、生き辛い。
「駄目だよ」
誰かの代わりにたくさん死んできた寺野くんが、やんわり笑って言った。
「ギリシャ時代に生まれちゃってたら、僕とこーして話できないだろ」
私はその茶色い瞳を見つめ上げて、そうだねと返した。彼は人の機微に敏い。敏いようにできている、のか。それでも、と思う。やっぱり。
やっぱり、寺野くんは、人間ぽい。