地獄の飲み物
ある日保健室に戻ると寺野がベッドで死んでいた。
手からは錠剤の入った小瓶が転がって落ちている。
「マジかお前……お前マジかー」
唸りながらそう漏らすと、青白い顔の閉じた睫毛が震えて開く。傍らに立つ俺を見上げて、何が面白いのかにやりと笑った。
「まさか自分のテリトリーで死なれるとは思わなかった?」
大量の睡眠薬を含んだらしい重怠そうな体が起きるのを、支え手伝ってやりながら、先ほど入れ違いで出て行った生徒を思う。体調が悪いから休ませてほしいと言ってきた、三年の男子。そういうふうには見えなかった。
「自分が情けないよ」
壁に背を預けて座れるのを見届けたあと、床に散らばった錠剤を拾い集める。本当に。保健室を逃げ場にしていいと豪語しているのに逃げてきた生徒に気づかないなんて、情けなさすぎる。
「薬で死ぬというより、薬が喉に詰まって死んだ感じだったな」ごほっ、寺野が咳き込んで言う。
「水いるか?」
「デスペが飲みたい」
デスペッパー。気持ちが悪くなるほどげろ甘い炭酸飲料。
「お前あれ好きな」
「死にたくなる味だからね。キャッチコピーを『一口で地獄逝き!』とかにした方がいいと思う」
「買わねーだろそんなん」
僕は買うけどなあ、げほごほっ、ぐえ……あっ溶けかけの一錠出てきた! ごくん。
……飲んだのか、まあいいけど。ベッドの下を探りつつ上に声をかける。「というかお前、天国じゃなくてもいいのか」彼はよく天国で天使さまの腕に抱かれたいと言っている。ちょっとした疑問だった。
「そりゃ、天国があるなら天国がいいけど」
寺野は眠たげに言う。「でも最初っから地獄だって諦めてれば、楽じゃん」……そーいう言い方が、と思う。そういう達観したような言い方が、妙に年相応の人間らしくなくて、俺を苛つかせる。年相応の人間、などと。俺は一体何を考えているのか。とことん管理者に向いていない。
だってこいつにも赤い血が流れているのに。と、時たま思ってしまう。
政府はあんまり人間らしく創りすぎたんだ、とも。
……だったら、もう少し、子どもらしくしてやれば良かったのに。
だがもしそうしたら、もっと情が湧くんだろう。そんなのは、どっちみち、地獄だ。
「あとでデスペ買ってきてやる」
ベッドの天井に頭をぶつけながら言うと、寺野が呑気にマジで? やったー、と子どもみたいな声を上げた。勘弁してくれ。