数式瓦解者 二
片墨町と隣県を隔てている橙ノ山は橙色の灯りが賑わう温泉街があるためちょっとした観光地になっている。
そういうところは大抵、田舎の観光地らしく濃い影が山のあちこちにべったり横たわっていて、橙ノ山ももちろんのことその大抵に含まれている。
それは廃れて潰れて片されなかった元旅館群であったり台風が直撃したまま直されなかった小さな橋々であったりただのゴミだったりする。
橙色の裏は影になっていていつでも薄暗く、そして、いつでも法外者を受け入れてくれる場所だった。
「げぇ、あいつこんなとこ住んどったんか」
弟の書いた数式を辿ってようやくねぐらを見つけたかと思えば、如何にも衣食住に無頓着そうな弟が適当に見繕った廃屋が建っている。屋根と床があればいい、そんな最低限な条件だけを揃えたような古びた洋館だ。
鬱蒼とした木々に囲まれ、元から濃い山の影を一段と暗くしている。こんなとこ、とは言ったがこの人気のなさは弟が好んで収集したものを大切に飾っておく場所としては最適だし、自分の作業部屋としても最適だろう。
ひとつ不満をあげるならば作業するための材料を集めるには町に下りて行かなければならない点だろうか。弟がいたときはそんな面倒なことしなくて良かった。少し分けてもらえば事足りていたのに、いまはその弟がいないものだから勝手にコレクションを使うわけにもいかないし第一自分の好みのものが残っているかも怪しい。
「一から探すん面倒なんよな」
趣味に対してなら苦労も惜しまない弟に比べて自分は何てだだくさなんだろう。これからのことを考え嘆いてしまってから、いや一は見つかっとったわ、と気分が明るくなる。あの子は良かった。
先日たまたま血をもらった女の子、あのおっちゃくい子。
「欲しいなあ」
次に絵を描くならあの子がいい。
でもまずは掃除からやな、硝子の砕け散っている洋館の中へ入る。
いまからここが自分のねぐらだ。
三重県は地域によって方言わりと違うと思いますが、だだくさは「適当」とか「雑」とかの意で使っています。例文「(適当にやった作業に対して)アンタあんまだだくさなことしとったらアカンに」「自分だだくさなんで確認お願いします」等




