表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
代死人の寺野くん  作者: 年越し蕎麦
season1
20/62

プール

 僕だって死に方を選びたい時くらいある。

 強固な意志で自殺方法を決めている人間相手には、その方法で死んであげなきゃ、というよりむしろその方法で死にたくて死にたくて堪らなくなるのだが、そうでなかった場合は「ええーその死に方はやめといた方がいいよう」と優しい気持ちでほかの死に方をオススメしたくなる。

 僕がちょっと死ぬのに渋るそのやり方は、ダントツで溺死だった。




「日本の夏ってクーラーをつけるか死かだって感じだよな」

「究極の選択だなあ。死んだら暑さも感じなくなるよね」

「いやクーラー一択だろ」

 隣のクラス、一組の後藤和彦が、どんだけ死にたいんだよと顔の水滴を腕で拭いながら笑って言った。

 半袖体操服の腕も水に濡れているため、拭ったところでだ。それに加え後藤の眼鏡にはずっと水滴が張りついている。汗か水でべしょべしょのまま、デッキブラシで水の薄く張られたプール内を擦っていく。きゃあぎゃあ、じわじわ。二クラス分の体育専攻生徒たちの悲鳴と、一匹でも充分うるさい蝉の大合唱。

「プールは好きだけど、泳げなきゃ意味ないな。くそ暑い」

 さっき隅で水溜まりに足をバシャバシャさせていた僕に不意にそうやって話しかけてきた後藤は、そのまま掃除しつつ話を続ける。

「クーラーもさあ、もう少し教室の温度下げてくれりゃいいんだけど。なんなんだろうな、あれ。うち兄貴がいるけど大学のクーラーは効きすぎて寒いっつってるし。どこもかしこも温度調節下手すぎて……まあ体温は人それぞれだけど……そういや寺野って水に濡れても平気なん?」

「なんでそんな普通に話しかけて来てんの?」

「……お前って話しかけちゃいけないマドンナ的存在だっけ?」

「いや、ただの代死人の寺野だけど」

「代死人の寺野だよな」

 うん。そうだよな。二人して頷き合い、いやそーだけどそーじゃなく、と僕が太陽光で熱い頭頂部を撫でながら「殺人衝動を言い当てられた後藤が、やけに気さくに話しかけてくるから不思議でしょうがない」分かりやすく言ってやると、彼はああと得心してまた頷いた。

「でも俺、そんな繊細じゃないし。それに友だちだろ」

 僕は耳を叩いてもしや水が入ったのではないかと確認した。もちろんのこと何も入っていなかった。

「友だちって言った?」

「俺とお前がな」

「いいやつの後藤と代死人の寺野が?」

「いいやつって」後藤は日に焼けた顔を困って歪める。「……まあ、まだ誰も殺してないし、いいやつなのかもだけど」

「『友だちからよろしく』って、一時的な友だちかと思ってた」

「そんな期間限定の友だちってある? びっくりするじゃん」

「こっちがびっくりだぜ。ええー……ああ……そう……ふーん」

「それどーいう感情の笑顔?」

「戸惑いと呆れと嬉しさ」

「分かんないな。それと同じ顔で『クーラーより死だ』って言ってんだもん。不気味だな」

「友情を破棄してやる」

 言いながら僕はけらけら笑った。代死人として接しているくせに友だちとしてズケズケものを言ってくる後藤はやっぱりいいやつらしい。横田ちゃんとよく似た価値観を感じる。つまり、大多数よりは少数派、生きづらいか生きやすいかと言えば限りなく生きづらい。でも、横田ちゃんも、後藤も、自分や周りに嫌気がささずに生きていってくれている。

 こんなに安心することはない。

 ぬめりのひどいプール底をデッキブラシで突きつつ、弓道部は道場内で活動するからか、それほど足は日焼けしていない後藤に「きみって泳げる?」と唐突に訊いてやる。後藤は体操服の胸元を引っ張って鼻を拭い、「泳げるけど」と答えた。僕は彼のずっと後ろでほかの生徒と掃除をしている一人の男子生徒を見つめた。すると、段々、胸の内側で安心とは程遠いリズムで心臓が脈打ち始める。僕は塩辛い口許を拭ってから開いた。

「来週には、もうプール始まるよな。たぶん、その時だと思うんだけど。僕溺死するから」

「……誰が?」

「守秘義務。当日のお楽しみってね。で、まあ、その時に余裕があったら僕の体を引き上げてほしい。前にも一度あってさ。溺死って、つらいんだよ。皮膚がぶよぶよになるし。死んでからすぐに引き上げられた方が……」

 後藤はうげえと顔をしかめた。「いいけど。それ俺に話していいやつなのか? 代死を邪魔されるかもとか、あるじゃん」

「邪魔するのか?」

「しないけど」後藤は肩を竦めた。「代死人の寺野だし。倫理の枠からは外れてる、そーやって教育されてきてるよ、俺も、例外なく」

「だろ」

「でも友だちが死ぬところはショックがデカいから。死んだお前を見つけるのに苦労するかも。ぶよぶよにさせたらごめん」

「後藤和彦」

「なんだよ寺野」

「きみってやつぁ、いいやつだな、ほんと。こんなに溺死が楽しみになることなんて初めてだよ」

「……はあ、」

 後藤はわざとらしく首を振った。「友情を破棄してやる」

 

 


 それから、予想通り僕は溺死をして、あつい友情の宣言通り、ぶよぶよになる前に引っ張り上げられた。

 やっぱりオススメはしないけど、溺死もわりといい死に方なのかもしれない。まあ、オススメはしないけど!

真夏に書きかけて放置していたもの。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ