食べる専門
「手を怪我してるから僕が代わりに朝ご飯作ろうかって言ったら『お前は一切炊事場に触るな』と来たもんだ。普段家事をしてもらってる母親か何かに勇気をもって手伝いを申し出たら冷たく突っぱねられて心をバキバキに折られた息子か何かの気持ちだったね。たぶん。こんなよーな気持ちだと思う。ドラマとか見るに」
寺野くんはそんなようなことを言うともぐりもぐりと玉子焼きを頬張った。
今日は購買パンじゃないらしい。と言っても、毎日一緒にお昼を共にするわけではないから、彼が手に持つ大きめのお弁当箱が珍しいのかどうかは分からなかった。
その代わり、今日は私が珍しく購買パンかつ、いつも一緒に食べる友だちが不在で、「横田ちゃんお昼ひとり? じゃーちょっと僕の愚痴を聞いておくれよ」と横向きに座って廊下側の窓に背中を預けた寺野くんが顔を向けてきたので、私はパンの袋を破りながらもちろんと答えていた。そして、前言。
休日パトロールの話を簡素に聞かされ、大変だったんだなあと思う間もなく今朝の話へ。寺野くんとしては、自分のせいで怪我を負った紺野先生へ向けた親切心がすげなくされてショック、ということなんだろうか。
「紺野先生かっこいいね」
分からないでもないけど、真っ先に出てきてしまった感想がそれだった。
寺野くんは噎せた。
ごほごほと咳き込んでいる様があんまり人間らしくてつい見入ってしまう。
「だ、大丈夫?」
恐る恐る訊くと、口許を手の甲で拭った寺野くんは危ないと言った。
「喉奥で玉子の反乱が起こったね、今。僕、たまごに嫌われやすいんだよ」
「そーなの?」
「そー。僕が先生に預けられたばっかりの頃、爆発させたことがあってさ」
「ばくはつ」
「電子レンジで。卵を。聞いたことある? 卵の破裂音。瞬間的に不快な音ランキング第八位ぐらいには入るしあの瞬間先生は世界で一番不幸そうな顔してたな」
「かわいそうに……」
「あと指も切り落としたことあったから、ウィンナーにも嫌われてる」
「痛そう……」
なぜ寺野くんに炊事場に立ち入らないよう言ったのかが分かって、同情しつつも頷く。
そうしてチュロスをかじる私に茶色っぽく釣り目がちな目を向けた彼は、「いじけてしまうよ」とおどけて笑ったあと白米を口に入れた。……なるほど、とまた納得。ということは、そのお弁当は紺野先生の手作りか。中々イメージが湧かない。
「横田ちゃんも紺野せんせーのことそう思うの」
「かっこいいって? うん」
「顔?」
「うーん……」
それは、どうだろう。
考えてみる。
考えてみるも、あやふやだった。
いつもそうなのだ。私はひとの顔をあんまり見ていないような気がする。覚えていないような気がする。そーいうところを、気にするという段階に、立ったことがない、ような、気がしている。
同い年の子たちは、お化粧が好きとか、あのアイドルが好きとか、可愛いとか、格好いいとか、姿形に対する認識がハッキリしているのに。
自分の短い前髪を触る。寺野くんから視線を逸らした。
「ごめん。よく分かんないや。背は高いなって思うし……あと靴音が綺麗だなって思うよ……それと……料理ができるのは凄いし……えと、寺野くんのことをちゃんと見てる紺野先生のことはかっこいいって思う」
……こーいう答え方は面倒くさかったかもしれない。
後悔しかけた私はちらりと上目に見やって、けれどそこにニヤリと嬉しげに笑っている寺野くんがいたことで胸を撫でおろした。何やら嬉しげで、楽しそうだ。
「先生はな、この上なく難儀な大人なんだけどたまに超かっこよくてカッコ悪いんだよ」
「そうなの?」
「そう。聞いてくれる?」
私もにやりと笑ってまたもちろんと頷いた。
チュロスよりもお腹いっぱいになりそうな話だ。
ヒロインは寺野くんなのか横田ちゃんなのか。紺野先生なのか。難。