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代死人の寺野くん  作者: 年越し蕎麦
season1
16/62

ショッピングモォーール! 中

 ハサミを力任せに引き抜き、躊躇いもなく二つ穴が空いた箇所へ再び振り被ろうとする小さな手を、僕の後ろから伸びた大きな手が掴み取った。

 それは開いた刃の間に手のひらを滑り込ませるような不器用さであり、既に血に濡れていた銀色が余計に赤くなる止め方だった。

「せ、……先生」

 床に落ちる血の雫から、おそるおそる目を上げて振り仰ぐ。

 しかめられた顔は僕を見ず、眉根を寄せた垂れた目尻の視線は女の子に注がれている。

「ホラー映画かと思った」先生はちらと僕を見下ろしてからぼやいた。

「……ああ、うん、確かに」僕は自分が動揺しているのを知った上で、唇の端を上げて見せた。「年端もいかない女の子が殺人鬼なんて、ホラーの常套句だもんね」……先生、手のひら、切れてるよ。心の中だけで言う。

 ぐっと握り込んでハサミを奪い取った先生と唖然とする僕を、女の子は手をひらひら振って見上げてくる。

「だれが殺人鬼ですって?」

 幼い声音は見た目にそぐわず不快と呆れで満ちていた。

「あたしが殺人鬼ならあんたたちはもっとひどい存在だわ。この人がどれだけの覚悟であたしを殺そうとしたか分からんわけではないでしょう。いや、分からんのでしょうね。でなければ邪魔をするわけがない。正義感か? それでもあんまり無謀だわ」

 独特な喋り方をする。少女は労わるように気絶している女性の額を撫でると、打って変わって僕を睨みつけた。

「まだ代死人として日が浅いの? バグ? あんたの心臓は訴えかけてなかった? それはあんたの仕事じゃない!」

 ようやく合点がいって僕はあ、と声を上げた。「きみ、代死人? ……殺され特化の」それを訊いた先生は納得したように頷き、少女はそうよと大きく頷いて見せた。


「代死人の派生、殺されるのが仕事の代殺人、音羽(おとわ)ちゃんよ。よろしく」



 




「きみの()()()はいないの?」


 先生が小さな子どもを相手するように訊いた。

 僕はその穏やかな様子に多少なりともぎょっとして、自分の手のひらを傷つけられた(簡潔に言うとそうだろう)にも関わらずひょっとして小さい見た目というだけで音羽に絆されているんではなかろうかと疑った。そんな疑いをしてなんになるという感じだけれど、代死人の僕に普通の人間みたいな情を持っている先生がほかにもその情を発揮するとなると僕は先生の心の安寧が心配だった。僕で手いっぱいなくせして、ほかにも両手に抱えるのか? そんなことをしたら手のひらの怪我だけじゃ済まず、両腕が捥げ落ちるに決まってる。

 訊かれた音羽はオレンジジュースをちゅうとストローで吸い上げて、しかめ面を先生に向けた。

()()()なら、今日はいないわ。あたしひとりで見回ってたの」テーブルに組まれている先生の、包帯の巻かれた左手を見やって、子どもが到底浮かべられないような、自分の非を認めたがらないのと同時に罪悪感を覚えている複雑な表情を浮かべて口を窄めた。「……手、だいじょうぶ?」

「大丈夫。俺も悪かった。きみの……管理者にちゃんとお詫びしないとな」

「ううん。あたしもカッとなっちゃった。ごめんなさい。ちゃんと報告しとく……」小さな猫柄ポシェットから端末を取り出し、ぽちぽち打っていく。先生と連絡先を交換し、それで先生はこの子とその管理者に思い当たる節があったのか「あー」と漏らした。「何回か見たことはあるな」がりがりと黒髪を掻く。「担当場所被ってんならそーいう連絡が来るだろ普通……」政府の繋ぎ役は何やってんだ、呆れたように呟き、じっと見上げている僕の視線に気づいてこっちを見る。黒眉がひょいと上がった。「どうした」

「……なんて言ったらいいかな」

「なんだ。痛むのか? 腕」

「まさか。もう塞がってるよ」僕は刺された左腕をぐるぐる回して答える。塞がってないのはパーカーの穴だけだが、それも着替えてリュックに詰めたので見た目にはただの男子高校生に見えるだろう。イートインスペースで談笑する男子高校生と三十路男と幼女。殺したがりの女性は救護室に預けており、その目覚め待ちのため向かいで手に余る大きさの端末をぽちぽちしている音羽を一瞥し、また先生に戻す。「子ども好きなの?」

「どういう質問だそれ」

「音羽に対して態度甘くないか?」

「そりゃそうだろ。まだほんの子どもだぞ」

「見た目だけな。もしかして、……かわいいと思ってるっ?」

「お前よりはかわいいだろ」

「ハサミで大人しく刺された僕の方がかわいいね」

「その理屈でいくと大人しくハサミで切られた俺もかわいいぜ」

「先生が? かわいそうの間違いだろ」

「ひでぇな」

「だって、」あなたの怪我はすぐ治らないじゃないか。言いそうになった口が固まり、ということはそれを言ったらなんだかまずいような気がしているということで、僕は自分に眉をひそめた。ちょっとよく分からない。何かに苛立っている。何にだ? ひょっとしなくても自分ではない人造人間に甘い顔する先生が面白くないのは事実だが、この僕の口でも形容しがたい感覚はそれとは別物だ。手に巻かれた白い包帯を見るとすごくいやな気持ちになる。

 だってすぐ治らないくせに。

 痛覚を簡単に無視することもできなければ。

 ちょっとやそっとで死んでしまう、死にたいと思う人間だ。

 怪我をするべきではなかった。

 そんなことは先生自身が一番よく分かっているだろうに、この人造人間の僕のために下手くそにも助けに入ったわけだ。馬鹿だと思う。管理者だから当然の行動だとしても、別に助けに入らなくともあの場合はそれも当然の行動のうちになる。何せ代死人だ、普通に刺されても放っといたって死なない。わざわざ助けに入って、それで先生が血を流す羽目にならなくったって……。

「……先生は……馬鹿だと……思う」

 結局それしか出てこなかった。

 大人は一寸訝しんだものの、誰が馬鹿だ誰が、と肘で小突いてくる。不可思議な会話をしたと思っているだろうが、こちらの困惑具合を察したのかそれ以上言及してこなかった。僕もあんまりうまく言える自信がなかったので痛がる振りして会話を終わらす。……こんなよく分からないことを思うくらいなら。

 怪我させなきゃいいんだ。これに尽きる。

 ひとり納得してうんうん頷く僕を、先生は気味悪そうに見てきたが、知らないふりをしておいた。




 それからしばらく。

 僕と音羽の心臓が同時に回転した。

下を書くころにはもしかしたら修正しているかもしれない。

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