心情と表情
この国は死にたい輩が多すぎるし、昔と比べてスナック感覚で死ねてしまえる道具や場所や人、死にたい心が充分に備わってしまうので、僕ら代死人というものは存在するわけだ。
しかしまあ、毎日が毎日、僕の周りで死にたい輩が出てくるわけでは、もちろんない。
「暇だよ先生。ちょっくら自殺したいこととかない?」
「まるでないな」
「潤いがない人だぜ先生」
僕はぼやいて保健室のベッドに倒れた。
今日は驚くほど暇だった。今日はというか、ここ一か月はほぼほぼ暇だった。僕の言う暇というのは人生でありお仕事でありものすごく望んでいるけれどものすごく望みとは違う形で叶う代死という行為がない状態のことを表す。(僕の頭の中の辞書はよく意味が書き換わるので今日はそういう意味の暇という単語だ。この間は普通に授業がつまらなすぎて暇だなと思った。この国の学び舎必修科目、道徳の授業は拷問に近い)
「なあ先生、先生はなぜ死にたいと思わないの」
これも何回かしている質問だ。切羽詰まった時には訊けないけれど、こういう平穏な時ほど気軽に口にできてしまう問いかけ。
僕に背を向けてノートパソコンのキーボードをぱちぱちしている先生は、すげなく答えた。
「死にたくないからな」
「なぜなんだ?」僕は不思議がって声を上げた。「気づいてないのか? 僕が死ぬ時、死んだあと、先生は誰より死にそうな顔してるくせに」
「死にそうな顔をしてるだけで、死にたいわけじゃないからな」
「心情と表情は一致した方が愛嬌があるぜ」
「表情の乏しいお前に言われたくねえよ」
「でも僕、わりと笑ってるだろ?」
「笑顔はな。まあお前はよく笑うやつだ」
「先生は無愛想すぎる」
「お前にだけだよ」
「一見というか一聞熱烈な台詞に聞こえたけど内容はおそろしく冷たかったな今。なんだって?」僕はベッドから体を起こした。「僕にだけ愛想がないのか?」傷ついた! わざとらしく叫んでまたベッドに引っ繰り返ると、こちらを振り返りもしない先生はぱちぱち続けながら「あー」と言った。これは聞いているが面倒で聞いていないふりをしている『あー』だ。
先生のことは、よく分かっているけれど、よく分からない。
代死人であるT‐0671の管理者。本人は保護者だと言っている。
その立場故に、人権のない人間じみた生き物である僕を、普通は、情を捨てて(もっと言うと、そういう情をもとから持っている方がおかしい)機械のように管理するのが仕事で、そうできるからこの役職に就いているはずなのに。
つまり、彼は僕が代死した時に見せるあんな複雑怪奇な表情を、浮かばせずに済ますことができるはずなのだ。
「……僕にだけ愛想がないのかあ」
そーいうのは特別感があっていい気になるぜ先生、僕がにやりと笑って嘯くと、先生はまた「あー」と言った。
次の更新は6月中……かなあ……と思います。