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代死人の寺野くん  作者: 年越し蕎麦
season1
12/62

ちょこっと後日譚さ、紺野先生と横田ちゃん

「失礼します」

 聞こえた控えめな挨拶に顔を上げると、保健室の扉を半分ほど開けそこから顔を覗かせる、ひとりの女性徒がいた。

 切り揃えられた前髪に、毛先が跳ねた肩までの髪。真面目そうな顔つきの瞳が、そろりと保健室内を見回している。その様子に怪我人ではないなと察し、それから見覚えのある顔に、あ、と声を漏らす。聞こえたわけではないだろうが、彼女はこちらを見、またそろりと中へ入ってきた。

「こんにちは、紺野先生」

「こんにちは」

 横田キヨ子。三年二組、寺野と同じクラスの女性徒だった。あいつこみで何度か会話を交わしたことがある。

「何かあったか?」

 キャスターつきの椅子から腰を上げかけると、あ、いえ、そのままで、と慌てたふうに手のひらを向けられたため、言葉に甘えて座り直し、報告書を作成していたパソコンを閉じ彼女の言葉を待つ。すると俺の後ろに並んでいるベッドに目をやり、「今、誰かいます? お話しても大丈夫ですか?」とドアを閉めて訊いてきた。首を振って答える。

「誰もいないよ。どうした? あ、そこの椅子、自由に座って」

「ありがとうございます」礼儀正しく言って俺のデスクを挟んだ向かい側、主に検温スペースのパイプ椅子に座る。「あの、」言いづらそうに視線が泳いだ。「寺野くん、今日お休みだって聞いて」

「ああ、うん」

 何か重要な相談事かと気づかれないよう身構えていたが、その言葉にちょっと拍子抜けする。「今日は、休みだな」言ってからハッと瞬きし、眉根を寄せた。「まさかあいつ、きみになんかしたか」

 そう返されるとは思わなかったのか、彼女はきょとんとした一寸の間のあと、盛大に首を横に振った。「いいえいいえ、何も」「そうか。良かった」「あの、お話っていうのは、寺野くんが休むなんて、何かあったのかなって」

「あー……」

 まさか修理(治療)が間に合わず今あいつの右手の中指取れかけてるんだよ、とは生徒の教育的に宜しくなくて言えない。「ちょっと……怪我を」

「怪我」

「大したことないんだ。元気だし、明日には登校する」

「そー……ですか。良かった」ほっと息を吐く。

「うん」

 現に、昨日あれだけ血塗れの満身創痍だったのに、今朝は取れかけの中指のまま食パンをむしって食べていたし、あいつは概ね本当に元気だ。解決した吸血事件にも興味を示さずじまいで終わった。あいつらしい、と思う。いつまでも罪悪感ややるせなさを抱えている俺が許されている気分になるくらいには。

 しかし思い返しても、腹が立つのは変わらない。

 自分にも、あいつにも、あのイカレた血液マニアの青年にも。

 がりがりと後頭部を掻く。過ぎたことだと溜め息を吐いた。

「ま、明日あいつが登校したら、いつも通り仲良くしてやってよ横田ちゃん」

 彼女はまたきょとんとした。

 あ、と思った。……しまった。俺とこの子はそこまでの関りがない。寺野を挟んで少し話したことがある程度で、加えて寺野の話によく出てくる名前だったから勝手に知った気でいるだけの一女子生徒だ。記憶の中でも彼女が保健室を利用したことは一度もない。

 遥か昔より特殊な犯罪や特殊な人間(もどき、の場合もある)が横行しているからといって、人間同士のセクハラは相手がそう思ったらもうアウトである。

「すまん」謝った。「寺野がきみのこと、いつも横田ちゃんて呼んでるもんだから……つられた。悪い。さんの方がいいか? 呼び捨ての方がいいかな」

 むぐり。

 彼女は上唇と下唇を巻き込むようにして口を曲げた。

 間髪容れず曲げた唇へ勢い良く手を当て、ぶはっと噴き出した。けらけらと笑い出している。今度は俺がきょとんとする番だった。

 ひとしきり笑うと、どこか大人しめな印象ががらりと明るくなり、まだ笑いの残る顔ですみませんと謝ってくる。悪い気はしなかったのでいやと首を振る。彼女は照れくさそうに頬を手の甲で擦った。

「すみません、へへ……。紺野先生は、もーちょっとクールな感じの先生だと思ってました」

「……そのままの印象でいてくれていいんだけど」

「やー。無理っす。寺野くんの管理者なわけですね。仲がいいわけだあ……」

 何やら自得している様子につられて頷きかけ、しかしすぐ待ったをかけた。

「おい。今のどこでそーいう話になるんだ」

「仲悪いんですか」

「悪くはない。と思う」

「そこ寺野くんなら『切ってもくっつくプラナリア並みに仲いいぜ』とか言いますよきっと」

「きみあいつの物真似うますぎないか?」

「前に実際言ってたもんですから」

「マジか」

 マジですよ。マジかー……。そう言葉を交わしているうちに彼女は席を立ち、またえへへと照れくさそうに笑う。「なんか、すみません。そっかー。寺野くん、私の話とかするんですか」

 俺は首を傾げた。「そりゃ、するだろ。あいつの数少ない友だちだからな、横田ちゃんは」「それ、寺野くんが言ったんですか」「いや……」そーいえば友だちだとは聞いていない。でも、保護者の目には、絶対的にそう見える。「俺はお前ら友だちだと思ってたけど。エ、違うのか」「違わなくは、ないと、断言……」「しちゃっていーだろ」「じゃあ、しちゃいます。紺野先生がそー言うなら」「あいつだってそー言うさ」「そ、そっかー……へへ」頬をごしごし拭っている。随分嬉しそうだ。良かったなあとじじくさい気持ちになる。良かったなー寺野。お前のこと、代死人としても人間としても、つまりお前として友人だと思ってくれている子がいるんだぞ。

 彼女が休みのことを訊いてきたのは、心配だったからだろう。

 そのくせ、休みの理由を突っ込んで訊いてはこなかった。

 代死人について深く訊くべきではないと、管理者の俺に遠慮したのだ、と気づく。彼女は賢い。賢く、真面目だと教師たちの間で評判だ。ところが生徒たちの間では一風変わった子として認識されている。……そこらへんが、確かに。寺野の言う通り、魅力であるのだろうと、このやり取りでしみじみ感じた。

「見舞いに来るか? ……って言えたらいいんだけどな。悪いな。守秘義務がわりと多くて」

「や、そこまでは。いいんです。なんか最近、ってもいつもですけど、吸血事件とか、世の中物騒だったし。昨日普通に話してたのに今日はお休みかーって気になっただけなんで。あの、じゃあ、これにて、私……」

 未だ照れが抜けきっていない態度で、椅子に足をぶつけながら失礼しました、と出入り口に向かう彼女に、「あ、待った。これやるよ」デスクの上に置いてある籠に片手を伸ばし、もう片手で手招きする。

 不思議そうにしながらとことこやって来た寺野の友だちに、手のひらを出すよう言って、出された両手のひらの上に籠から掴み取ったものをざらざらと置いた。

「これは……」目を丸くする。「飴ちゃん」

「そ。飴玉な。甘くて好きじゃねーんだわ俺」

「ならなぜこんな大量に」

「主に寺野が置いてったのと、まあ、生徒と仲良くなる用」

「……紺野せんせーって」

 やっぱりちょっと、イメージと違う、へんなひとですね。と言われた。

 ……いや。

「切実にイメージ回復に努めたい」

 わりと情けない声が出た。彼女がまたぶふっと噴き出し、飴を落とさぬよう笑い声を抑えて上げる。……今日は。

 俺があいつに、横田ちゃんの話をしてやろう。俺は思って、笑いで震えている手のひらに、飴玉をもう一つ、追加した。

次の更新はちょっと間があくと思います。

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