世間は狭いね
第八話 「世間は狭いね」
大正108年 6月 1日 0時 44分
オワリコマキーン歴1000年 1月 1日 19:30 (1日目)
@シゾーカ
悔しいが芸能の神【ディオニソス】(ディーバニソス)の歌は素晴らしかった。特に女性の声で歌う高音パートは心が震えた。
「今日はここまでのようですわね。お城に帰ったら、またダンスのレッスンをいたしましょうですわ」
「よ、よろしくお願いいたします」
ダンスタイムが終わって、参加者たちはドリンクを飲んだり、隣の人と歓談したりして一時の自由時間を楽しんでいた。
「……その象みたいな人はガチャから出たの?うちは星四の【ニンジャ】が出たわ。彼がそうよ。あなたのところの彼はどんなジョブなの?興味があるわ」
サトルは不意に聞こえてきた聞き覚えのあるような声に気付き、ふとそちらを見た。
「……草木さん?」
そこには役場の元上司【草木 萌香?】っぽい人が居た。見たこともない象のようなヒューマノイドタイプの生物と、見た目ただのおっさんと談笑していた。
実に草木さんらしい。誰とでも直ぐに仲良くなれるーー特におじさんには効果絶大ーーあの能力はある意味強力な武器だ。
サトルの呟きのような声に、カクテルパーティ効果で反応したモエカの顔が、声がした方をギュッと見た。
一瞬キョトンとした顔でサトルを見ていたが、直ぐにパッと花開いたような笑顔になって、モジャメガネの所に走って来てサトルの手を取った。
こういう事するから男が片っ端から勘違いしていくんだぞ、少しは気を付けてください草木さん。
「神野君!!神野君もこっちに来たのね。嬉しいわ」
いつも見ていた特徴的な緩いウェーブの掛かった金髪に近い栗毛、紛れもない【草木 萌香】本人だ。
モエカは膝丈のスカートで、裾部分が花柄のレースになっている、緑と黄緑色のワンピースを着ていて、爽やかで大人可愛い感じに仕上がっている。軽く鎖骨が見える程度に開いた胸元に小さなネックレスが嫌味なく光っている。
「その娘が神野君の武将なのね。よろしく。わたしモエカよ。神野君こんなカワイイ子引き当ててラッキーね。襲っちゃダメよ」
「な、何を言ってるんですか。僕がそんな人間に見えますか?」
「そーよねー。君にもう少しでも踏み込んでくる根性があったらねー。そんなだから良いように使われちゃうのよね」
「初めまして。私は星五の【姫騎士】【桜姫】と申します。よろしくお願いいたします」
姫騎士はお姫様らしくスカートの裾を摘んで優雅に挨拶をして見せた。
「オウキちゃんって言うのね?なんて可愛いの。うちの子は星四【ニンジャ】の【ランタロウ】よ。仲良くしてあげてね」
ランタロウと紹介された彼は、忍者らしく黒い着物を全身に纏っていて、顔も一部以外全て黒い布で覆っていて、いかにも忍者そのものだ。
が、そのガッチリした体型と彫りの深い顔立ちで頭巾から赤い前髪がはみ出していて、明らかに日本人では無い。
「姫。さきほどの者もそうですが、あまり他の国の者と親しくされるのはどうかと思いまするぞ」
「やぁだランタロウったら、もしかして、や・き・も・ち?」
モエカはいたずらっぽい笑みを浮かべながら、彼女を護るように後ろに立っている黒いニンジャをツンツンする
「おやおやぁ?そこに見えるのはサトルセンパイじゃないですかぁ」
不意に後ろから男の声が聞こえた。この声は……。
「哲也?」
なんとあのーー口に出しては言いませんがーー『クソ生意気な』【神野 哲也】が金色のド派手なタキシードを着て立って居た。どうなっているんだ?【神昇格試験】ってサトルのご近所で行われているのか?
テツヤはモエカをチラッと見て一瞬ギョッとしたが、サトルの後ろに隠れてモエカが微かに首を振ったのを、桜姫は見逃さなかった。
テツヤはサトルに目を戻して、いつもの完全に人を見下した目で言った。
「アンパイ、いや、センパイはどこの国なんですか?早々にご挨拶にお伺いしますよ」
「誰が言うか。なんでお前に情報を渡さなくちゃいけんないんだ」
「流石のセンパイでもそこまでお人好しじゃないですよね?でも俺は優しいから言っちゃいますが、俺の国は【イワァテ】です。どうです?離れてますか?ご近所になったら直ぐにご馳走に…いや、ご挨拶にお伺いしますよ。可愛い後輩のためにぜひ神ポイントを貯めておいてくださいね」
金ピカタキシードは大袈裟なお辞儀をして見せ、
「そうそう、【アオ・マーリー】を潰したのは俺です。なんか【雪だるまの神】だったらしかったけど、俺の神の前では赤子同然だったな。ま、美味しくいただきました」
テツヤは去り際に恐ろしいことを言って去っていった。
「【アオ・マーリー】を攻略したから、あんな金ピカタキシードに無駄な神ポイントを使ったのか。相変わらずイヤミが服着てるみたいなヤツだ」
「あの金色の方もお知り合いでしたの?」
「あぁ、現実世界の後輩で、嫌なヤツだ」
「彼、神野君の所の哲也君よね?同じ苗字の」
「草木さんも知っているんですか?」
「もちろんよ。彼、市役所一のモテ男だもん。一度ならずわたしもコナ掛けられたわ。でもテツヤ君の女癖が凄いのも知っていたからねぇ、お誘いは全部断ったわ」
モエカは肩をすくめて続けた。
「わたしの情報収集能力は、君なら良く知っているでしょ?」
「確かに、確かにそうでした」
サトルはガクガク頷いた。
おじ様たちのアイドルであるモエカは、その人懐っこくて心に滑り込んでくる人間性で、市役所のみならず、大手も含めて数々の社長や部長にファンを持っていて、色々な情報を握っている。
おそらく市長に立候補したらもの凄い組織票が入って当選確実だろうとサトルは思っている。
「さぁぁぁてぇぇ、初回の顔合わせはこのくらいにしておこぉぉぉぉぉかぁぁぁぁ」
適当な頃合いを見てディオニソスが仕切り始めた。
「次回は1ヶ月後に全員参加。こぉんかいは強制参加だったけどぉ、次回は参加する前に『イエェーエス、オゥワ、ナォオォォ』のどちらかうぉ選べるぜぇ。俺様優しいぃぃぃぃ。どんな時間に来ても時空を捻じ曲げて参加できるから、参加を選んだ者は必ずみんな一緒に俺様に逢えるぜ。参加を拒否した国には『俺様と戦う権利』をもれなくプレゼントしちゃう。俺様はたった一人だし、俺様に勝ったらその瞬間試験クリアーのビッグチャンスだぜぇぇぇ。俺様ってヤッパチョーーー優しい」
「うふふ、ディオニソスさんってハッピーな神様ね」
「いや、相当なクソ野ウゴッッ……」
勢いでディオニソスの悪口を言おうとしたサトルの鳩尾に、桜姫の強烈な正拳突きが決まる。自慢の黒縁メガネが宙を舞い、椅子から転げ落ちたサトルはそのまま腹を押さえながら床をのたうち回った。
「な、ナイスツッコミだ……」
サトルは桜姫に向かってグッと親指を立てる。
桜姫もそれに応えて彼女の主君に向かって、グッと親指を立て、ニッと笑った。
その様子を見ていたモエカはその場でケタケタ笑って、
「あなたたち良いコンビね。わたし帰るわね。この中から三人が神に成れるらしいから、一緒に成れると良いね。わたしは神野君の味方だよ。わたしから神野君の国に戦争を仕掛けない事を今ここで約束しておくね。じゃね」
草木さんはニッコリ笑って手を振って去っていった。
「主君、私たちも帰還しましょう」
姫騎士が立ち上がり、カツンと足を鳴らして敬礼してみせた。
「そうだね。帰ろう。【コマンド】ーー【移動】ーー【王城】っと」
サトルと彼の騎士は【舞踏会場】からヒュっと消えた。
【シゾーカ】の王城に着いた時に桜姫がサトルに言った。
「主君、あの綺麗な女性、モエカ様ですか?あの女性は気を付けた方が良いですわ。主君の後ろでテツヤ様に何かしらの合図を送っていましたですわ」
「草木さんは油断ならない人だよ」
シゾーカ国王は自分に言い聞かせるように頷いた。
モエカは最後まで会場に居て、優雅に酒を呑んでいた。
「見えた?ランタロウ?」
シャンパンを煽りながら部下のニンジャに聞いた。
「はい、姫。サトルのコンソールには【シゾーカ】と書かれていました。未だ王城レベル1のようです。見た目通り呑気なお人好しのようですね。テツヤは本人が言った通り【イワァテ】で間違いありませんでした。彼からは並々ならぬ野望を感じます」
「他の参加者はどう?」
「二つほど。我ら【シギャ】の西に位置する【ヒョウウーゴ】は、先ほど姫が話しをしていた象人間の国でした。冴えない貧相な顔のオヤジが国王をやっている国は【ミャーザキ】でした。【シギャ】からは少し離れているので隣接するまでに生き残れているかどうか不明ですね。【ミャーザキ】の神は【キャバクラの神】らしいです」
「何なの?【キャバクラの神】って?不明さ加減ではウチも引けを取らないけどね。ふふふ」
モエカはトータル七杯目の赤ワインを呑み干して、トロンとした目でふぅぅっと幸せなため息をつく。
「素晴らしいわ、ランタロウ。帰ったら隣国の【ア・ウィッチ】【ミーエ】【ヒョウウーゴ】【オーザカ】【ブグイ】の情報を集めてちょうだいね。頼りにしてるわ」
「お任せください。姫」
「じゃぁ、帰りましょうか」
モエカが中空に開いたコンソールを操作した。
二人は会場からヒュっと消えた。
『姫騎士』って言う『職業』は、どういう状況になったら成れるのだろうか?
そんなところから『姫騎士』を自分なりに考えてみた。
『姫騎士』と言うことは、『姫』であると同時に『騎士』である訳だが、『姫』であれば『騎士』である必要は全く無い。
『姫』ということは一国の『王』の『娘』なので、お金に苦労するとは考えにくいし、『騎士』として戦場に出るなどナンセンスだ。
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今書いててきづいたけど、
『貧乏王国が隣国から攻められていて、人的資源の無い国を守るために、やんちゃな『姫』が『騎士』として戦場に出る』
っていうシチュエーションなら『姫騎士』は必然的に出来上がった。
いつか使おう。
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よくある設定は『しっかり者の長女』が国の内政をきっちり回していて、『やんちゃな次女か三女』が趣味で騎士の真似事をして、親衛隊なんかを率いて皆んなで騎士隊を組んで戦場に出てみたいな状況が多いと思う。
でもそれだとベースはあくまで『姫』で、『騎士』は趣味な感じだから、本当の意味では『姫騎士』では無いんじゃないか?と個人的に思ってしまい、
ならば『職業』として『姫騎士』になるにはどうしたら良いのだろうか?
と思ってしまったのです。
その結果が『桜姫』の話しになったのですが、
これだと『元姫』が『騎士』になったので、『姫騎士』では無く、『姫のスキルを持った騎士』が出来上がってしまいました。
と言うことで違う方向に成ってしまった『姫騎士』でお付き合いくださいませ。