天馬市市役所
第十七話『天馬市市役所』
大正108年 6月 1日 7時 30分
オワリコマキーン歴1000年 1月 7日 12時 00分 (7日目)
@シゾーカ
2時間弱の試合のあと、シゾーカの王城は歓喜に湧いており、祝勝会の準備で賑わっている時、サトルは執務室からシュッと消えた。
大正108年 6月 1日 7時 30分
オワリコマキーン歴1000年 1月 7日 12時 00分 (7日目)
@神野 悟の部屋
7時30分。
ピピピピピピピ…ピピピピピピ…ピピピピピピ
枕元に置いてあるケータイのアラームがけたたましく鳴った。
いまたいつもの生活が始まった。
TVの画面は真っ黒だが電源は入りっ放しだ。
理由は判っている。レーザーディスクを観ながら寝落ちしているのだ。
「昨日も寝ちゃったか。ダイブルガーだけが僕の救いだから仕方がないけどね。きっと今日も観るだろうし。今日も一日頑張ろう」
大正108年 6月 1日 8時 00分
オワリコマキーン歴1000年 1月 8日 12時 00分 (8日目)
@天馬市市役所 都市計画課
「おはようございます」
朝8時、いつものように僕はボソッと挨拶しながら市役所の都市計画髁に出勤してきた。
いつものように女子二人はヒソヒソと喋っていて、こちらをチラッと見てまたヒソヒソと喋り出した。
大丈夫。きっと僕のことを話している訳が無い。ヒソヒソ喋ってこちらを見たのは、僕が来たって言うのを確認しただけだ。
『僕のことを話している』なんて思うのは自意識過剰だ。僕なんて相手にされてなくて普通なハズだ。大丈夫。
そう自分に言い聞かせながら、席に着いて始業のチャイムを待つ。
さぁさぁ、お仕事お仕事。
「神野!神野!神野ぉぉぉ!」
朝からまた谷課長が怒鳴っている。
ホント、パワハラだけが取り柄のイヤな奴だ。
頭の頂点が禿げ上がっていて、左右の側面にだけ毛が残っている。
まるでビーグル犬の耳のように見えるから、心の中では「ワンワン禿げ」って呼んでいる。
「俺が神野って呼んでる時は出来の悪い方の神野に決まってるだろうが! 悟ぅぅぅ。お前のことだよ」
僕はイヤイヤゆっくりと立ち上がって課長の席に向かう。
女性職員がクスクスひそひそと僕を笑う。
はいはい、どうせ僕は出来が悪い方ですよ。
「神野ぉぉぉ、何だこのスッキリしない書類は!?」
課長はくどくどくどくど、いかに僕がダメな人間かを大声でまくし立てる。
課の職員全員の前で、反論できない立場を利用して、弱い者を徹底的に痛めつける。
人を他人の前で大声で叱るという行為は、人を叱る時に一番してはいけないことで、特にこのワンワン禿げは『人を叱る時にこんな風に叱ってはいけませんよ』の教科書みたいな人だ。
「少しは哲也を見習えよぉぉぉ。若いのに同じ神野でもエライ違いだよなぁぁぁ。おい!」
二言目にはそれだ。
僕がダメな人間だってことはもう十分にわかってるさ。僕自身がね。
今年の4月を境に長寿介護課から都市計画課に配属されて二ヶ月、ダメな子のレッテルを貼られて、あること無いこと一緒くたに叱られて、
「見てみろ、このスッキリとした綺麗な書面。それにひきかえお前のこれは何だ?ごちゃごちゃごちゃごちゃ・・・・」
ふと、課長の机の上にある『肩こりメイトヨコヨコ』が目に止まった。
今課長が持っている僕の書類を引ったくって、机の『ヨコヨコ』をガッと取り、書類にびしゃびしゃと塗りたくって、
「スッキリしました!」と突っ返してやるという妄想が浮かぶ。
もちろんそんな勇気はない。
事勿れ主義の僕は、ただひたすら申し訳なさそうな顔をして立って居るだけだ。
ワンワン禿げ課長の小言はそこからたっぷり10分間続いた。彼も言うことが無いから同じ事をグルグルグルグル話している。
「聞いてるのか? 返事をしろ」
返事ってどのタイミングで何を言って良いのかよく分からない。結局「すみません」くらい
しか言えないのが辛いところだ。
「もういい。席に帰って仕事しろ。この書類は今日の午前中までに書き直せ。いいな、午前中にだ」
そう言いつけて、課長は出て行った。
ここは天馬市にある天馬市役所。その都市計画課が僕の仕事場だ。
天馬市役所はけっこう大きな建物だ。一階は広々としたエントランスで、市役所に入って正面には一直線のカウンターが並んでいて、住民課・水道課・防災課など、各課がブースで区切られている。
今日もたくさんの市民の皆様が、色々な用事で訪れてきていて、ホールはごった返している。
「水上地区のアノ人は立ち退いてくれるようになったんですか?せ・ん・ぱ・い」
隣席の『できる方の神野』こと【神野 哲也】が、いつものようにイヤミたっぷりで話し掛けてきた。よりにもよって何で隣の席なんだ?
こいつはただ『いかに自分ができる子で、いかに僕ができない子か』を、自分の中で確認して、自己満足に浸りたいだけなのだ。
今年入社したての筈の、この小生意気な野郎は【神野 哲也】。
同じ【神野】っていう名字が一緒ではあるが、単なる偶然で、親戚でも何でもない。
「オレはもう担当地区の住民すべての委任状をもらってきたぜ」
哲也は自信満々にプレッシャーを掛けてくる
こんな珍しい名前が偶然隣同士になるので、周りの連中は僕たちをやたらと比べたがる。
僕はお前のテリトリーに踏み込まないから、お前も僕のテリトリーに入り込まないでほしい。平たく言えば「放っておいてくれ」ってことだ。と心の中で思う。
「立ち退きを遅らせて、立ち退き料を吊り上げようって魂胆は見え見えだけどね。見え見えなだけになかなか首を縦に振らないんだよ。おまけにご近所さんと結託して、ゾーンで地上げを画策してるから、一軒だけで頑張っちゃってるならまだしもね」
「オレが代わって差し上げましょうか? せ・ん・ぱ・い」
あーうるさい。話す言葉全てにイヤミを込めないと会話できないのかよ。
前前前任者から焦げ付いてるこの案件が、入りたてのおまえがやったからって直ぐできるとは思えないし、「じゃあ変わってくれよ」と言ったところで、この案件が腐っていることは百も承知だから、変わる気はサラサラ無いくせに「代わって差し上げましょうか」何て言ってくるコイツが実にムカつく。
イヤったいから出掛けよう。
午前中までの書類は無視だ。どうせできてもできて無くても怒られるのだ。だったらできて無くて怒られる方がこちらも納得できる。
「水上地区に行ってきます」
都市計画課のブースを出る辺りで「さっさと行ってこいよグズ」小声で呟く哲也の声が聞こえた。
聞こえてるっつーの。
まぁ、聞こえるように言ったと思うけど。
いつかアイツが崖から足を滑らせて片手だけでぶら下がっている、映画のような状況に遭遇したとしたら、僕はニッコリ笑ってヤツの指を踏みにじってやるだろう。覚えとけよ。僕は周りから優しいとは言われているけど、上っ面と中身が同一人物とは限らない。
仕返しする『その瞬間』をじっと待っているだけなんだ。
大正108年 6月 1日 9時 23分
オワリコマキーン歴1000年 1月 9日 9時 00分 (9日目)
@天馬市市役所 自販機前
あの見るからに強欲な顔をした水上地区のじじばば様の相手をする前に、休憩しよう。
気分転換だ。
僕は市役所の中にある休憩所に来て紅茶を飲んでいた。
ここの自販機の品揃えはなかなかのもので、特に飲むものが決まっていない僕には嬉しい場所だ。
2つのボタンを押すと、押した順に7対3で混ぜてくれるので、色々試せて気分が上がる。
『コーヒー牛乳と紅茶』『コンポタとオレンジジュース』なんて罰ゲームも思いのままだ。
だが今日は単純に『紅茶』のみだ。
コーヒーは好きじゃない。香りは嫌いじゃないけどね。後味がダメなんだ。ず~っと口の中に残っているでしょ? コーヒー飲んだ後に何か飲まないと落ち着かないんだ。
でも訪ねたお家で出してくれたのであれば、喜んでいただきます。
「悟君! どうしたの? たそがれちゃって」
うつむき加減で飲んでいた紅茶から顔を上げると、長くて金髪に近い栗毛が緩やかにウェーブしている髪を、後ろで一つにまとめている、長身の美人がニコニコしていた。
「草木さん! 凄い久しぶりな気がします」
(実際にはオワリコマキーンで遭っているのだが、こちらの世界では全く記憶から無くなっている)
彼女は【草木 萌香】さん。去年度まで長寿介護課で一緒だった二つ上の先輩だ。
僕が思うに市役所一の美人だ。草木さん目当てに長寿介護課に日参する熱烈なじーさんが何人もいるほどだ。
「久しぶりだなんて何言ってるの? まだ二ヶ月じゃない」
そう。まだ二ヶ月しか経ってないのに、僕はもう都市計画課を辞めたい。
「ちょっとまだ都市計画課の水に馴染んでなくて、ツライっす」
二年間同じ課で過ごしてきたけど、草木さんは美人過ぎて今だにドキドキする。
でも二年間過ごしてきたからこそ知っていることもある。
草木さんが美人なことは、彼女自身もよく承知していて、群がってくる男を上手く利用する術に長けている。
タクシーに乗れば金額をまけてもらえることがちょくちょくあるし、バーで飲んでいれば知らないうちに会計が済まされていることもちょくちょくあるらしい。
そして彼女はそれを普通の事として受け入れている。
「悟君は真面目過ぎるのよ。もっと肩の力を抜けば良いと思うわよ」
素敵な笑顔で癒される。
草木さんは僕のことが好きなんじゃないかって勘違いしそうになる。いかんいかん。みんなこれでやられちゃうんだ。
「肩の力を抜くですか・・・」
「萌香ちゃんそんな所に居ないで、こっち来てお茶しようよ」
急に廊下から男の声がした。
防災課の山本課長だ。
「山本課長! 今日のお菓子は何ですか?」
萌香の声は女性にしては少し低めでハスキーだが、それがまた大人の女を演出していて、余計にグッドである。
「前からサンストリームのチーズケーキが食べたいって言ってたじゃないの。向こうにあるから食べよ食べよ!」
「行く行く。だから山本課長だい好きですぅ」
山本課長完全に骨抜きだな。南無南無。
草木さんは僕の横からさっさと離れて、山本課長の所へ駆けていった。
ま、そんなもんだ。僕なんかを本気で相手をしてくれる訳もない。
色々な課の課長とお茶を飲むことも彼女の仕事だ。
お陰で色々な課の内情やら、あれやこれやの情報を一手に握っているらしい。
怖や怖や。美人なんだけどなぁ。
さて、じじばば様のご尊顔を拝みに参りましょうか。
僕は紅茶を飲み干して立ち上がった。
大正108年 6月 1日 10時 30分
オワリコマキーン歴1000年 1月 10日 12時 00分 (10日目)
@水上地区
「佐藤さん。こんにちは。天満市役所の神野です」
今日で何日目だろうか?
それでも満面の作り笑いで待ち受ける。
水上駅周辺を再開発する計画に伴って、隣の蛇小尾仁市からも直通で繋がるバイパスを設ける計画が、流星県知事が音頭を取る中、蛇小尾仁市長と天馬市長の間で約束が交わされ、予算案が通ったのだ。七年前に。
バイパスの道幅は広く、極力直進したいので、当然その直線上のお家は立ち退いてもらう形になるため、市は説明会を開き理解を深めてもらって、『立ち退きにご協力願う』のだ。
サトルが担当している水上地区は『駅周辺の再開発』と蛇小尾仁市と天馬市からのバイパスの接続点になっているため、この一大プロジェクトの最重要ポイントである。
そんな大事な物を何で僕みたいなド素人に押しつけるんだ?
もっと良い人材は市役所の中にたくさん居るだろう?
市長や課長が怒鳴り散らせば出来上がるのならとっくに出来上がってるだろうよ。
やたら怒鳴るのでは無く、どうしたら出来上がるのかをお前たちも本気で考えろよ。
って言いたい。言えないけど。
蛇小尾仁市からのバイパスももうすぐそこまで来ているし、水上駅周辺の再開発も進んでいる。
後はバイパスの接続を待つばかりなのは火を見るよりも明らかなので、接続地点の住民たちは結託して立ち退きを拒否しているのだ。
正確には『拒否では無く、金額の折り合いが付かない』である。
「立ち退きたいのは山々なんですけどぉ……提示された金額ではこれから生活に困ってしまうのですよ……」
似たようなことを皆口をそろえて言う。
水上駅からほど近いバイパスの接続点に、古くから学習塾【栄光塾】を経営している老夫婦がいて、この辺りのリーダー格になっている。
実はその老夫婦が近隣の住民を焚き付けて、
「粘って粘って立ち退き料を吊り上げよう」
って話しになったらしい。
実際にはさっさと土地を売って出ていきたいと思っている住民もそこそこ居るらしいのだが、最初の時点で欲に負けて売りそびれてしまったので、「立ち退き反対派」から抜け出せ難くなってしまっているらしい住民も何人か居ることが、前任者からの引き継ぎで判っている。
要はこの【栄光塾】の佐藤様ご夫婦が癌なのだ。
「これはこれは神野さん。いつもご苦労様ですね」
歩く度に『どんでんどんでんどんでんどんでん』と効果音が鳴ってしまいそうな、でっぷりした体格の佐藤さんの奥様が奥から出て来て、
「今日こそは良い案を持ってきてくださったのですよね?」
奥様の顔はブルドッグのように皮膚が足るんでシワシワだ。
正に強欲がにじみ出ている顔という感じだ。
「上の方とは掛けあっているのですが、なにぶん予算が限られておりますので、これ以上はもう無くて、すみません」
これまでに何十回と繰り返されたやり取りだ。
「その話しは聞き飽きました」
申し訳なさそうな顔をしている僕だが、
「こっちこそ聞き飽きたわ!!」と心で突っ込みを入れる。
「お前じゃ話しにならん! もっと上の奴を連れてこい! そしたら話しを聞いてやる!」
おっとボス登場だ。塾の広い教室で授業の準備をしながら聞いていた佐藤様が、教室の中から怒鳴ってきた。
顔が怖い。
なんでこんなマフィアのボスみたいな人が塾の先生やってるの?
それでどうして塾が成り立ってるの?
色々疑問です。
「佐藤さん、正直もう目一杯な金額なんですよ」
「わかった。わかった。いいからお前はもう帰れ!」
いやー、帰れって言われてもなぁ。がめついなぁ。
困りきった顔で突っ立っている僕に、ボスが追い討ちを掛けてくる。
「そろそろ生徒たちが来る時間だ、そんな所に突っ立っていられると邪魔だからさっさと帰れ!」
邪魔かぁ。ずーっと立っててやろうか?という意地悪が頭をもたげるが、そんな事をしても拗れるだけだということも解るので、
「わかりました。今日は帰ります」
とぼとぼと栄光塾をあとにした。
このまま帰ってもまた嫌みを言われるだけだしなぁ。
とりあえず近くの小高い丘に登ってみた。
ここからだと栄光塾のある北側に片側二車線の新しい道路と、栄光塾のある古い片側一車線の道路のブロックを挟んで、南からも新しい二車線道路が繋がっている状況が見て取れる。
つまり栄光塾のある古い道のブロックを挟んで、南北から来た新しい道路が、「あとはあんた待ちだよ」って古い道路に言っている状態とでも言おうか。
あとはここだけなんだよなぁ。
あの人たちはどう言ったら納得してくれるのだろうか?
ま、お金だよね。
こちらとしてはそんなにお金は出せない。
眼下のブロックが北から南まで広い道になれば文句ないんだよな。
スマホゲームの【スーパー シティ】みたいに、ブルドーザー アイコンに持ち替えて邪魔な住宅を「ガガガガ」って消して、新たに建設アイコンで「はい、お前らここに住め」って土地区画して新しい道を2本「ぴゅぴゅ」ってライン引いて良し! って出来たらいいのにな。
なんて他愛もないことを考えながらぼうっとしていた。
ふと、
「この道沿いの立ち退き料って合算すると全部でいくらだろうか?」
と思った。
この人たちを立ち退かせたり、土地の一部を買い取って道路を造る訳だ。
そうすると全部でいくら?
ちょっと興味が沸いた。
「1+1」という同じ計算を何度繰り返しても永遠に2という答えしか得られないから、「1×1」や「1-1」とアプローチを変えなければ打開はできない。
ならばどうする?
・・・ならばどうする?
・・・・・・わかんないなぁ。
ま、帰ろっか。明日にしまぁす。
大正108年 6月 1日 16時 30分
オワリコマキーン歴1000年 1月 16日 12時 00分 (16日目)
@天馬市役所 長壽介護課
午前中約束のはずの書類を済ませて、わんわんに噛みつかれ、気晴らしにちょっとぶらつく。
気が重いなぁって思いながら歩いていたら、気が付くと古巣の長寿介護課に来ていた。
つい草木さんを探してしまう。
相変わらず草木さん目当てで来ているおじじさまたちに取り囲まれている。
とても話し掛けられる状況じゃないな。
帰ろうとしたその時、天馬市役所のマドンナがこっちを見て手を振ってきた。
流石は八方美人。隙がない。
僕の方も軽く手を振りながら、
「やっぱり綺麗だな」と思うと同時に、
「やっぱり怖い」って思った。
それでも草木さんにちょっと元気をもらって、ほっこりして都市計画課に帰る。
そっと、波風を立てないように自分の席に座った。
立ち退き関係のお金について調べようと、パソコンを立ち上げる。
それによると総額約80億円くらいは掛かるっぽい。
国の補助金を入れると160億円くらいは使えるらしい。
「せ・ん・ぱ・い、少しは話しが進みましたかぁ?」
僕が帰ってきたのを見付けて、哲也が例のごとくイヤミっぽい口調で絡んできた。間違いなく「進んでいない」事を確信して言ってきている。
頼むから放っておいてくれ。僕のことが気になって気になって仕様がないんだなこいつは。
「なかなか進展しないね。何か見落としがが無いか調べ直している所だよ」
「調べ直す? え!? 佐藤って頑固じじいに立ち退いてもらうだけだよね? 何を調べるの? 流石せ・ん・ぱ・い、俺には考えもつかないなぁ」
ヤツの口から出る一言一言にストレスを感じる僕は、過敏になっているのだろうか?
それに市民の皆様の税金で給料を貰っている立場なのに、その市民に向かって『佐藤って頑固じじい』って大声で呼び捨てにするのはどうかと思う。
こんな人間性に疑問があるヤツなのに、何で世界はあいつにばかり味方するのだろうか?
ここは先輩として諭すところなのだろうけど、そんなめんどくさい事はしたくないのが正直なところだ。
そんな事をしても、どうせあることないこと言われて谷課長から叱られるのが関の山だ。
「何か判るかもしれないだろう?」
イヤすぎるが頑張って答えた。
だいたい僕の前に前任者と前々任者と前々々任者が居て、その人たちが七年掛かってもできなかったことを、僕に押し付けて二ヶ月でどうにかなる訳がない。
何で僕ばっかりって思ってしまう。
そんな事を思っても仕方がないことも解っているけど。ただただ悔しい。
そうこうしている内に終業時間を迎える音楽が、天馬市役所館内に流れ出した。
やった! 帰れる!
僕はそそくさと帰り支度を始めた。
「あれ? もう帰っちゃうの? やること無い人は良いですねぇ」
ひたすらめんどくさい。
「帰ってやらなきゃいけないことがあるんだよ」
「どうせゲームか何かだろ?」
ま、そうだけど、お前の知ったことではない。
「親が疲れちゃって寝込んでいるから、夕飯の手伝いに帰るんだ。じゃ、また明日」
もちろん「親が・・・」のくだりは嘘だが、とにかく早く帰りたい。
大正108年 6月 1日 18時 45分
オワリコマキーン歴1000年 1月 18日 18時 00分 (18日目)
@神野 悟の部屋
帰る途中のコンビニでお弁当を買って、部屋に着いたら速効シャワーを浴びて、大好きな【伝説鉄巨神 ダイブルガー】のレーザー ディスク(!)をセットして、準備完了。
今からがやっと僕の時間だ。
今日は第八巻をセットし、【ダイブルガー第32話 希望の火は消えてしまうのか?】から観る予定だ。
32話はダイブルガーが敵宇宙生物『イクシーズ』のイヤルイ将軍と戦闘中、イヤルイ将軍の卑劣な罠に掛かって両腕両足をもがれ絶体絶命になるという、ダイブルガー最大のピンチを迎える、涙なしには観られないエピソードだ。
何度涙を流したことか。
買ってきた弁当をかきこむ。
「でーんせぇぇつてーつきょしんーー、だぁぁぁい・ぶぅぅぅる・がぁぁぁぁ!」
これから始まる辛い物語を思い出しながら、うっすらと涙をにじませつつ、感極まってオープニングを全力で唄ってしまった。
大正108年 6月 1日 23時 50分
オワリコマキーン歴1000年 1月 23日 22時 00分 (23日目)
@神野 悟の部屋
第八巻を観終わって、怒濤の感涙のまま風呂に入った。
今日は比較的ゆっくりと寝る前のルーティンができて、ベッドで横になってのんびりとしていた。
次の日に仕事がある日は、寝る時間は基本的に午前様を超えない様に気を付けている。
僕は寝る前のこの時間が余り好きではない。
なぜなら、寝ると明日が来てしまうからだ。
嫌だが、寝ない訳にはいかないから寝る。