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侵略する【タンポポの神】

 第十話 『侵略する【タンポポの神】』



 大正108年 6月 1日 1時 20分

 オワリコマキーン歴1000年 1月 2日 8時 00分 (2日目)

 @シゾーカ


「ダイブルガー、この戦力差でも本当に僕一人で勝てるって言うのかい?」


 サトルは自分たちの武器装備をし忘れていたので、この期に及んで上下ねずみ色のスウェットスーツで、丸腰だ。

 テンコや桜姫は自分の武器と鎧を装備して召喚されているので問題ないのだが、アイリは【天女の羽衣】だけだ。

 もっとも【天使の羽衣】自体は並のプレートアーマーよりも硬い。透けるほど薄いのに!

 に至っては魔法使い系なので、【木の棒】と【布の服】だ。


 あの時ガチャでそこそこな装備を出してたのに。悔やまれる所だ。

 桜姫とアイリは最初から専用装備を着けて召喚されているので、少しマシだ。


「我の神魔法は強力だからな。シンクロ率を上げるのだ」


「どうやって上げるんだよ?」


「簡単だ。お主がダイブルガーになるのだ。神魔法レベル1は【ダイブルパンチ】だ。思いっきりぶちかましてやるがよい」


「【ダイブルパンチ】ってことはパンチが飛んでいくんだよな?

 そうか、デカいパンチの形をした衝撃波が敵を薙ぎ倒すのか?それは使えそうだな。

 でも人間サイズじゃそんなに数倒せなさそうだな。神魔法は一試合で三回までしか使えないんだろ?」


「主君、敵が城壁の前に整列しましたですわ」


『城壁レベル1』は大きさこそ見栄えがするものになったが、根本的には城壁とは名ばかりの丸太を組んだ柵にしか過ぎず、本来オオカミなどの野生の動物から集落を守るために設置する程度の代物だ。

 ちなみに『城壁レベル0.5』は細い木の枝を寄せ集めたような、境界線的なものだ。

 もちろんこの世界に野生動物は居ない。


【ア・ウィッチ】国の兵士たちは何故か城壁の前で止まった。

 城壁は『王城レベル1』では『城壁』は距離にすると300メートル四方はある。

 敵にしてみれば「城のレベルも低いし、たった4人の相手なら」と、余裕をカマしているのかもしれない。

『城壁レベル1』なんて大した足止めにもならないことは目に見えている。


 一番奥に居るでっぷりした偉そうな男が一人、バンザイして何かしら叫んでいる。


 ア・ウィッチ軍の足下の内の一マスから緑色の光柱が立ち上がった。続いてその隣のマスも光柱が立ち上がり、偉そうなヤツとその両脇にいる男と女以外、敵軍の全員が緑色の光に包まれて、バタバタと倒れた。


「どうした?全員倒れちゃったぞ?自滅なの?」


 城壁の向こうで繰り広げられている理解し難い状況に、サトルは混乱して呟いた。


「たぶんあの光は何らかの神魔法だ。二回使ったようだぞ?気を付けろ何が起こるか解らんぞ」


 サトルたちパーティの四人は、それを聞いて一斉に身構えた。


「だから【ダイブルパンチ】はどうやったら使えるんだ?」


「『ファイル』『オープン』『キャラクターファイル』『ダイブルガー』『神魔法』『オープン』……ウーッツ・カッカッカッ……グランドマスターの神魔法レベル1【ダイブルパンチ】グランドマスター本来の身……長の三十分の一サイズ、直径2メートルのパンチが、5マス跳んで帰ってきます。発動条件は……マスターの『神シンクロ率』が15%以上必要です」


 ロボ子ちゃんの説明を聞いて視界の上の方を見ると、現在のシンクロ率は6%だ。どうしたらシンクロ率が上がるのだろうか?


 先程バタバタと倒れた兵士たちが、起き上がり始めた。起きた人達は全員何故か頭に黄緑色の頭巾を着けている。

 彼らは起き上がると直ぐに近くの城壁に取り付いて、城壁である太い丸太を壊し始めた。

 簡単な城壁レベル1は20分もしないうちに解体され、いよいよ侵入してきた。


「サトルさまぁ、あの人たちの首に小さな葉っぱみたいなのが付いてるでありんす」


 専用装備『天使の羽衣』の能力(ちから)で宙に浮いているアイリが言った通り,首の横に小さなギザギザの葉っぱが付いている。

 城壁を壊す前はそんな物無かったはずだ。


 徐々に近づいてくるのだが、見間違いだろうか?みんな笑顔だ。


「僕がダイブルガーになるってことは?……僕が【(ほのお) (もえる)】になればいいのかな?」


「主君どうしました?」


 サトルは考え込んでしまって、敵がもうあと20マス(100メートル)の位置に来ているのに指示が出せないでいる。

 それに合わせて城壁を抜けた場所から弓兵が矢を射かけ始めた。


「こんな時【(もえる)】だったらどうする?……【燃】だったら………」


 シゾーカ王はまだブツブツ言っている。


「まずいですわ。テンコ、魔法で何かできませんですの?」


 桜姫(オウキ)が動かなくなったサトルの前に盾を構えて立ち、パラパラと降ってくる矢をエストックで打ち払いながら、幻術師(イリュージョニスト)に聞いた。

 100メートルを切るとロングボウの射程範囲に入ってくる。

 テンコは親指をグッと立てて2メートルもある樫の木のメイジスタッフを中に掲げ


「偉大なる壁。イリュージョンウォール」


 小さな声ではあるが、テンコが普通に呪文を唱えたので、「!」桜姫はビックリしてテンコを振り返り、もう一度振り返ってテンコを見た。

 いわゆる二度見だ。


 それには思考ルーチンに捕らわれていたサトルもビックリして振り返り、「今喋った?」と聞き返した。


「……イリュージョンウォール」


 再びテンコが小さい声で魔法を唱えた。どうやら二重がけをしたようだ。


「何だよ。普通に喋れるのかよ」


 サトルがテンコの大きな黒い三角帽子をはたいてツッコミを入れる。


「……いたい」


 幻術師はボソッと言った。


 こちらからは見えないが、敵には大きな幻術の壁が立ちはだかっているのだろう、敵歩兵隊は空中を叩いたりキョロキョロしたりして、明らかにその場で右往左往している。

 幻覚の壁に踊らされている彼らにとって、それを信じ込んでいる間は実際に堅さを感じる、現実的な壁なのだ。

 テンコの幻術(イリュージョン)魔法は相手の脳に直接働き掛ける魔法で、本人の脳が壁を創り出している。

 それは脳内に有る壁の情報(色・形・硬さ・匂いまでも)を素に脳が再現するので、魔法に掛かった者にとっては本物以外の何物でもないのだ。


 ア・ウィッチの兵隊たちの首にはギザギザの葉っぱが2枚首元から肩当てのように大きく広がっている。先ほどよりも葉っぱが成長していて不気味だ。

「凄い効果じゃないか。よくやったぞテンコ」


 国王は幻術師の背中をポンポンと叩き、魔法使いの彼女を褒める。

 テンコは広い三角帽子の鍔に隠れて、ポっと顔を赤らめていることにサトルは気が付かなかった。


「【燃】だったらこうする。何も考えずに突撃あるのみだ。行っくぜぇ」


 サトルのテンションが上がり、神シンクロ率もギュッと10%まで上がった。

 丸腰のサトルは一直線に敵のただ中に突っ込んでいったのだ。

 それは誰が見ても無謀な突撃だ。

「主君!あなたが死んだら終わりですわ。解っているんですの?」


 (あるじ)の突飛な行動にびっくりして、慌てて追いすがってきた姫騎士が注意するが、気負っているサトルには聞こえない。


「うおおおおおおおおおおおお」


 右往左往している敵兵士がいる手前で止まったサトルは、肩幅以上に足をガっと開き、腰を落としてお腹の辺りで両拳を握り締めて力を溜める。


「良いぞサトルよ。その調子だ。我に力が巡ってくるぞ」


 ダイブルガーの野太い声がサトルを鼓舞する。

 そこに一本の矢が飛んできた。

 おそらく苦し紛れに撃ったであろうその矢は、ア・ウィッチの歩兵たちが通れずに苦労している幻覚の壁をあっさり貫通し、彼らに壁が幻覚であることを知らしめた。

 幻術が破られ、戦士12名と弓兵3名がサトルに襲いかかってきた。残りの兵は数名を残して『G(ゴールド)タンク』と『G(ゴールド)鉱山』を破壊しに行った。


 敵の兵士たちの黄緑色の頭巾は首元から2枚の葉が生えて、顔の周りは花の蕾になっている。顔がくりぬいてある蕾の着ぐるみみたいだ。

 そしてみんな張り付いたような笑顔をしていて、不気味さが際立っている。

 その時、神シンクロ率が15%まで上昇して「15%」の数字が赤色から黄色に変わった。


「ぶちかませサトルぅぅ」


 スーパーロボット神の叫びに答えて黒縁めがねも叫ぶ


「やぁぁぁぁってやるぜぇぇぇっっっ。ダっイっブっルっっっパァァァァァンチッッッ」


「力溜め」の状態から右正拳突きをその場で打つ。

 右手は握った拳から手首10㎝くらいの所から光が漏れ出し、次の瞬間、爆発的な光を放って千切れ飛んだ。

 千切れた右拳は正拳突きの勢いのままサトルを残して飛んでいった。

 右拳はみるみる大きくなり、皮膚は鉄のように硬質化して、切れた手首の断面にはロケットが生え、爆煙を吹き出しながら加速していった。


「…………え!?」


「パンチの形をした衝撃波みたいなのが飛んでいくんじゃ……?ぼ、僕の手は!?」


 あまりの出来事に何が起きたか理解できず、反応がかなり遅れたが、恐る恐る切れた右手の断面を見てみる。

 何かメカメカしく処理が施されていて、肉や骨が丸見えじゃ無くて安心した。


「見ろ。完璧なダイブルパンチであろう」


 視界の右上でシゾーカの神は自慢げだ。


「僕の手がっっっ僕の手がっっっ」


「落ち着けサトルよ。大丈夫だ。お主の手は帰ってくる」


 直径が2メートルにまで成長したサトルの右拳は、目の前のア・ウィッチ歩兵部隊を弾き飛ばし、その後ろの『城壁レベル1』も弾き飛ばし、城壁に隠れていた武将の一人も吹き飛んだ。


 直径2メートル長さ5メートルの、超合金の塊と化したサトルの右拳は、ロケット噴射で飛びながら、全ての人や物を根こそぎ薙ぎ倒した。

 250メートル直進した後、反転して250メートル戻ってきた。

 大きさのイメージ的には、空飛ぶ大型トラックが人の列に突っ込んで薙ぎ倒した感じだ。

 しかもトラックは更に帰ってきて念入りに轢いてきた感じだ。


 今では顔の周りに黄色いひまわりの花が咲いている兵士たちの半分以上が「ぼん」「ぼん」「ぼぼぼぼん」と煙になって消えた。

 この世界では死ぬと「ぼん」と音を立てて煙になって消えてしまう。血は出ない。


 本来ならトラックに轢かれたどころでは無い、尋常ではないダメージを喰らうはずで、即死コースなのだが、彼らはド派手に吹き飛ばされただけで何故か死んでいない者も多いのが妙だ。

 ダイブルパンチはそんなヤワな攻撃じゃないぞ。

 その中には先行して部隊を指揮していた敵武将【星三シーフ】の女も混ざっていた。

 遠目には判らないが、彼女もにこやかに倒れている。


 ダイブルパンチは往復の攻撃を終えてサトルの手前まで来て、頭上に向かって大きく上昇し、もじゃもじゃ頭のシゾーカ国王に向かってゆっくりと垂直に降りてくる。

 ダイブルパンチを撃った後のポーズは決まっているので、そのことを良く解っているサトルは、右腕を真上に伸ばしてパンチの帰還を待つ。


 シュゴーっと逆噴射をしながら降りてきた右拳は、直前でシュッと人間の拳に戻って、千切れた時のように接合部分から光を放って元に戻った。


「良かったぁ、くっついたぁ」


「どうだ、ダイブルパンチの撃ちごこちは?フィールド制限のためにサイズは小さいが、まさにダイブルパンチであろう?」


「そうだけど、びっくりした。てっきり残像みたいなのが飛んでいくかと思ったのに、まさか手が切り離されて飛んで行くとは思わなかった。まだドキドキしてるし」


「良し、敵は粗方片付いた。皆、攻め時だぞ」


 ダイブルガーとロボ子ちゃんの声はサトルとパーティを組んでいれば同時に皆にも聞こえるので、その声を聞いて桜姫とアイリが前進を始める。


 同時刻、ア・ウィッチ国の【プレイヤー】と【星四魔法剣士 ジョーンズ】と【星三重装歩兵】はゆっくりと歩を進め、魔法剣士の男はマジックミサイルを唱えてきた。


 マジックミサイルはどうあがいても確実に当たる紫色に発光する魔法の矢だ。

 重装歩兵は大きなヒーターシールドを地面に突き刺して固定する。重装歩兵がタンクとなって攻撃を受け止め、魔法使いがその後ろから魔法で攻撃、後ろに居るプレーヤーを守る陣形のようだ。


 マジックミサイルは右に左に瓦礫を避けて、反射的に右に飛び退いたサトルにも反応して急旋回でモジャメガネの左太腿に突き刺さった。


「主君っっ。許さないですわ」


 姫騎士と敵プレイヤーグループに接触するまであと10個マスのところで、一陣の風が吹いた。


 一つ一つが手の平程もある大きなタンポポの綿毛が、ふわーっと無数に舞い上がった。

 戦争中とは思えない、とても幻想的な風景だ。

 それは先程ダイブルパンチで吹き飛ばされて死ななかった戦士たちの顔から飛んでいったのだ。さっきまで顔の周りに花が咲いていたのに、ちょっと見ないうちにタンポポの綿毛に変わっていて、それが飛び立ったのだ。

 彼らから綿毛が離れると、「ぼん」と音と煙を出して敵兵士は消えていった。


「あの黄色い花、見たことあると思っていたら『タンポポ』だったのか」


 サトルはずっと気になっていた敵の黄色い花を思い出した。

 そしてガーデニングが好きな【昔草木先輩】が言っていた言葉も思い出した。


「最初はかわいくてけなげな花だと思っていた『タンポポ』は、実はしぶとくてね。根っこから抜くと直ぐに花や実を生長させて種を飛ばす、驚異的な生命力を持って庭を埋め尽くす、『お庭の侵略者』だったわ。今では『タンポポ』を見た瞬間に引っこ抜いて、種を飛ばさないように袋詰めしないと気が済まなくなっているくらい嫌いな『雑草』第一位よ」


 そう『タンポポ』は侵略者なのだ。



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