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プロポーズはビンタから

作者: ハイソルト

息を吐くと、白く曇って空気に溶けていく。


朝の7時になるというのにまだ日は出ていなくて暗いままの道を、街灯を頼りに進んでいく。




今日が大晦日だからなのか、誰一人といない駅のホームで電車を待つ


今年27になった岸本 凛子、つまり私は今の彼氏と付き合い始めてもう長いことで9年になった。

高校の1つ上の先輩だった。卒業式の日に告白されて、憧れでもあった先輩に告白されて2つ返事で答えた



その後は私の医学部受験で、なかなか会えなかったが交際はずるずると続き、ストレートで大学を卒業した私は医者になって3年になる。



憧れだった先輩、つまり今の彼氏である夏目 理人は大学在学中に芸能界デビューし今じゃほとんど休みもないほどの売れっ子俳優になっている



返ってこないメールを見ながら、いつまでこんな事を続けるのだろうとふと思う




ここ2年はまともにあっていないと思う。

デートをする約束をしていても、キャンセルになるか

下手したらデート場所で待ちぼうけなんてこともあった。



「そろそろ時期かなあ.....」



口から漏れ出た本音を隠すようにホームに電車のアナウンスが鳴り響いた。


ホームと同じで1人、2人ほどしかいない電車に乗り込みドアの端の席へ座る




『私達、もう終わりにしよう』




私からしか送っていないメールもこれで最後にしよう。


この別れのメールにも返信は来ないのかもしれない。




シュッと音を立てて飛んでいくメールは、本当に届いているのだろうか。



耳にイヤホンを詰め込み、スマートフォンをポッケに入れて2つ先の仕事場まで目を閉じた。





_____




「えー、それって本当に付き合ったの?」



同じ新生児科の看護師の鈴木さんとお昼を食べながら、彼氏の話をすると、これでもかと言うほどボロクソに言われた。



「まあ、後期研修医は忙しいから時間合わないのは仕方ないけどメール来なかったの?何年目よ?」



「今年で9年目です。今年に入ってから10回に1回返信くればいいほうで.....、もう3ヶ月くらい返信来ないので今朝お別れメール送りました。」




「9年かあ....、それはキッツイね!付き合い長いと決心しにくいけど、それは別れた方がいいよ。ロクなもんじゃない!!」



あまりの言われように笑ってしまう

自分でも話していてロクなもんじゃないとというのは分かっている。


9年も付き合っておいて、ここ2年はまともなデートもなく最近は連絡も付かなくなった



だったら振ってくれと思うが、もう相手の中では振ったつもりでいて終わった事なのかもしれない


それに気がついてないのは私なだけで。



「まあ、愚痴聞くくらいならいくらでもするから飲み誘いなね。」



「ありがとうございます、先輩の奢りですよね?」



「全くちゃっかりしてんだから。9年も青春を奪われた後輩のためになら奢ってあげる」



「うわー、改めて言葉にされるとエグられる」



9年は長い。本当に長い。

時間は一定だから長いのは当たり前なんだけど、

心が感じる時間の流れとしても9年は本当に長いと思う。


付き合って3年目くらいは、大学卒業したら結婚するのかなとボンヤリ思っていたのに次の年には芸能界で売れっ子になって外でデートも難しくなって、


人生なにが起こるかわからない。

多分売れっ子になった時に別れていたら、今はもういい思い出になって吹っ切れていただろう



今日送った返信が返ってこなくて別れる事になっても、多分ずっと引きずるだろう。

新しい出会いがあって幸せな家庭を築いても9年も一緒にいた事実は大きくて必ずどこかに突っかかる



「ほれ、早く食べちゃいな。お昼終わるよ」



「柴田先輩に怒られるー」



強面なムキムキ体型の柴田先輩は外見とは裏腹に、

優しくて気の弱い草食系男子で、

絶対に怒らない柴田先輩に怒られるという内輪ネタは流行っていた。



慌ててデザートのゼリーを口に滑り込ませ飲み込む前に席を立つ


口をもぐもぐと動かしながら、トレーを下げに向かうと食堂のおばさんに笑われた




「そういえば、内科の宮本先生いるじゃん?凛子の事狙ってるらしいよ」



食堂を出てエレベーターを待っている間ふと思い出したように鈴木さんが言った


“内科の宮本”と言われ頭の中で内科の先生を思い浮かべては違うと消していく



「ダメだ、全然知らない。会ったことないと思うんですけど」



「え?マジで?あれだよ、今いるベビーでお母さんが内科にかかってて凛子担当じゃなかった?」



「ああ、沖田さんのベビーのお母さんですかね?

でも基本産科の先生しかこないじゃないですか」



産科の先生は新生児科の子たちを毎日見にくるが、

基本的に新生児科にくるのは、小児科と産科と形成外科くらい、内科の医者が来ることはあまりない。



「まあね、その宮本さん若いしイケメンでナース人気も高いから気をつけたほうがいいわよ。ナースの嫉妬は怖いわよ」



そっと耳元でそう呟くとなにが面白いのか、隣を見ると鈴木さんは笑っていた。



看護師は本当に怖い。

いや、優しい人もいるしみんな基本的にいい人なんだけど.....


看護師社会が怖いといえば伝わるかもしれないが、

とにかく看護師の先輩は強いし医者は基本的に看護師の尻に敷かれている。



「よし、鈴木さんやっぱ今日飲みに行きましょう」



「わかる、あんたの言いたいことは多分めっちゃわかる。飲みに行こう」



ちょうどタイミングよく開いたエレベーターに乗り込む。


多分鈴木さんが言いたいことは私と同じで、

若いイケメンの医師なんて地雷すぎるという事だ。



絶対に院内の女の子に手を出してるし、勉強会を口実に看護師の子とかとお泊りデートに出かけてる。



今日の飲みで、絶対にボロクソに言われる予定の会ったこともない宮本さんの顔が浮かんで心の中でご愁傷様と呟いた


_______




カチカチっと音を立てて針を5に進めていく時計の音がICUでは心地よく響いていた



大晦日は子供に会いに来るお母さん達も多く、クリスマス並みにNICUには人がいた




「柴田先輩は今日はどうするんですか?」



隣でパソコンと睨めっこして、ただでさえ怖い顔をさらに怖くさせている先輩に話しかける



「帰ってガキ使みる」



「あ、ガキ使派なんですか?」



私のイメージでは、柴田先輩は紅白派だった

別に深い意味はないけれど。


ただ、コタツでガキ使見ながら一人で笑いながらお酒を煽る柴田先輩がすぐに想像できた



「岸本は?」


「私は意外と紅白派ですよ。今日は鈴木パイセンと宅飲みなんで先輩にリモコン権はあるのでガキ使見ます」



「あー、鈴木はガキ使好きそう。岸本、上がりまで羽多野さんのベビー見てて。」



「了解です。」



パソコンでのチェックを終え、ベビーの元へ戻る。

小さい手を強く握って気持ち良さそうに眠る姿を見て思わず顔を綻ばせる




できるなら、ずっとこの仕事を続けていたい


いつか結婚して子供ができても、こうやって小さな命を繋いでいきたい。



少しセンチメンタルになったのを大晦日のせいにしてその日の仕事を終えた



「うし、酒を買って帰るか」


「今日は浴びるように飲む」



側から聞いたら最悪の女子の会話だ。

まあ側から聞かずとも最悪な女子の会話だけど



着替え終えて軽く口紅を塗り直してからスマホのメールボックスを更新する。


ピロンと音を立てて届いたメールには、『夏目理人ブログ更新:大晦日出演予定の番組』と書いてあった



期待していたわけじゃないし、今日は忙しいだろうからなんて誰にするわけでもない言い訳を頭に並べている自分が恥ずかしくなる。



悪いのは返信を返さない理人なのに



「ねえ、思ったんだけど凛子いつもズボンばっかじゃない?酒の前に駅のルミネで服買いなよ」



「あー、彼氏がボーイッシュな服が好きって言ってたからかな。もうヤケクソで買っちゃおうかな!!ついでに1000円カットで彼氏が好きなロングやめて髪も切っちゃおうかな!!」



「え、いいじゃん!そうしなよ!!思い出ポイポイしてこ!!!」



そう言ってノリよく二人で病院を後にし、駅に向かう途中にある1000円カットへ半ば無理矢理連れてかれ

わずか数十分で顎の先くらいまでのボブヘアーに変身した。



「え、めっちゃ可愛いじゃん。ショート似合う!!このノリで短いスカートでも買って酒飲もう!!」



自分でも思っていたより似合っている髪型に驚いた。

付き合ってすぐの時に理人からロングが好きと聞いて、それ以来ショートに切ったことはなかった



だから、自分にはロングが似合うと信じていたし

ショートは似合わないとすら思っていた



まあ、可愛くなってとびきりおしゃれな服を着て結局は鈴木さんの家で飲むだけなんだけど




「もうこうなったらそのノリ全力で引き受けます」


「次はルミネでファッションショーやな。」



初めて入った1000円カットで本当に1000円しかかからず、お会計のとき少しびっくりしたのは誰にも言わないでおく



1000円カットのお店を出て駅へ向かってのんびりと歩いていく。

病院は駅から10分ほどの近さなので、歩いてすぐに駅ビルのルミネが見えてくる。


洋服や、化粧も嫌いじゃないし人並みには身だしなみにを使うけれど、オシャレかどうかで言われたら微妙な所だし通勤用の服は多分ダサい部類に入ると思う。



それに比べて鈴木さんは丸の内OLなみに高級感ある服で大人の女とう感じのおしゃれな服を着ている


だから、ノリで言ったものの服を鈴木さんに選んでもらうのは楽しみだった



「とりあえず1階のちょっと高めのブランドで揃えよう」



ルミネに着くやいなや、慣れた足つきで目当てのお店に突き進んでいく鈴木さんの後を駆け足で追う。



「研修医は貧乏なんですけど」



「凛子は実家お金持ちだから大丈夫。いいとこのお嬢様でしょ?」



「否定すると嫌な女になるくらい、実家はお金持ちなんですよ。ただ、びっくりするくらいケチですけどね」



「素直でよろしい。そういうところ本当好きよ、だから素直さついでに、これ着てみて」



目の前に差し出されたのは、ブラウンの膝より少し上のタイトなスカートと、スカートよりも薄い色のブラウンのピッタリとしたタートルネックのニットだった


さらに「これも」とAラインの着回しのききそうなピンクがかったベージュのコートをその上に乗せられる



店員さんと鈴木さんの共同作業ばりに試着室に押し込まれ、渡された服に文句を言う隙もなく仕方なく着替え始める



「お客様いかがでしょうか?」



「んー、どうでしょうか?体のラインがちょっと....」




もう結構ないい年になるのにこれは少しイタい気がする

服に年齢は関係ないと思いたいけど、やはり日本だしまだ時代としては年相応の服というものがある

大人っぽいデザインだがちょっと体のラインが出過ぎてて、この組み合わせは20代前半までな気がする




「いけるいける!エロい!!!!」


「お客様本当にお似合いですよ!」



「ええ.....、買うの?これ.....?」



店員さんと鈴木さんのタッグが再結成されたことで、

この勢いに勝てる自信が無かった

騒ぎまくっている2人でこのまま試着室の前で褒め続けられるほうが、この服を着るより恥ずかしい


ぶっきらぼうに「買うから!静かに!」と伝え、それ以上の話は聞かんとばかりに試着室のドアを閉めて着替えようとしたところにバシッと手が入り込んできて、ドアは再び開いてしまった



「何着替えてんの?着て帰るよ??」


「え?でも一回脱がないとお会計出来ないですよ」


「ああ!大丈夫ですよ、そのままで!タグ切っちゃっていいですか?」


「それは大丈夫ですけど.....、」



店員さんから渡されたお店の紙袋に試着室に脱ぎ捨ててあった服を適当に詰める

大晦日だというのに、今日はなんなのだろう


まあ本来であれば、今頃一人寂しく家で飲んだくれていたからありがたいといばそうなんだけど.....



次々とタグを切っていき、手際よくレジに通していく店員さんを横目に鈴木さんは靴を選んでくると別のお店を見に行ってしまった。



「お会計が2万7千円になります。」


「カードでお願いします。」



ノリでは済まないほどの金額に、苦笑いしか出てこない

年末年始はお金が飛ぶと言うが、こんな感じでお金がなくなるとは全く考えていなかった



来月のカードの請求が怖すぎる

よくお金持ちの人はお金を使って経済を回すとかなんとか言うけど、あれは所詮お金持ちの発想だ


ジリ貧の研修医には、使うお金もないし家賃と食費で殆ど消えていく。



実家に頼りなよ、と研修医仲間からはよく言われるが

27の娘がお金貸してくれなんて恥ずかしくて言えない



「買えた?いくらだったの?」


「殆ど3万.....、カードの請求怖い.....」


「えー、じゃあ仕方ない。これはプレゼントしてあげる」



ほいっと手渡された袋には、足首までのシンプルなサイドゴアブーツが入っていた


「えっ?本当にいいんですか?」


「いいよ、最初からそのつもりだったし。それに研修医よりかは夜勤バリバリの看護師は倍稼いでるからね」


「もう一生ついて行きます、鈴木先輩.....!!!ありがとうございます!」



「やったー、靴一つで一生の下僕ができたぞ!服も買えたし、今日のメインの酒を買いに行こう!!!」



私の背中をバシバシ叩いてヒーヒーと笑っている鈴木さんに連れられながら、ルミネを後にした






_________



いつものサバサバしていて適当な性格とは裏腹に、

整理整頓されている部屋は本当はマメな鈴木さんを表しているようだった


二人でガキ使を見ながら、お酒を開けていき

11時半ごろに年越しそばを食べてコタツでのんびりとしていた。



「凛子飲むペース早くない??」


「まだ酎ハイ2本とビール1本ですよ、今日はそれくらい飲まないと.....」



冷蔵庫へノソノソと立ち上がり、もう一本のビールを取ってコタツに戻る


大人になって良かったことは、お酒を飲めることだろうか


まあ病院で働き始めてから、オウンコールも多くて殆ど飲めていなかったがたまに飲むお酒は格段に美味しい


「はあー、少し顔のいい若い医者はなぜああなのか」


「なんででしょうね、まあ若くなくても手を出しまくってる医者も多いですけどね」



大きなため息をビールで流しこむ


もしかしたら今の病院だけなのかもしれないが、若くて顔のいい医者は基本院内の女の子に手を出しまくる


受付から看護師、そしてたまにコンビニで働いてる大学生。


看護師さんへの口説き文句は基本地方の勉強会に同行して欲しいで決まりだ


医者との結婚を夢見る若い看護師とかは2つ返事で許可するが、スイも甘いも知り尽くした先輩看護師は冷めた目で院内のゴシップを見つめる



看護師達の飲み会は本当に医者をボロクソに言っている

もちろん、私もボロクソに言われる中の一人だけど...


「いい人もいるのは分かってるけど、割合が低すぎて......。まあ、凛子の元カレも大概だけどね」


「あの遊び放題の医者と同レベルですか。でも理人のこと嫌いになれないんですよね.....」



「理人って彼氏のことか.....、そんなに好きだったの?」



「じゃなかったら、ずっと前に別れてますよ。多分しばらくはずっと好きなままですよ......」



「髪切っても、いつもと違う服着ても結局何しても見てもらいたいのは理人なんですよ。惨めですよね、メールも返ってこないのに.....もう疲れた.....」



「もう本当に飲み過ぎだよ、一回寝たら?」


上の方からため息が聞こえて、肩に置かれたブランケットと足元を温めるコタツが誘う眠気に抗えず視界が段々と狭まっていった


耳元に入ってくるガヤガヤとしたテレビの笑い声に安心感があるのに、心の中はずっと重くて苦しい



テーブルの上に乗っているスマホが振動しても、

それを確認する気力もなくて。



そのまま聞こえていたはずのテレビの音もスマホが振動する音も何も聞こえないほど深い眠りに落ちていった




______




医者の卵である凛子が、別れた彼氏への愛を叫んだ後

薄っすらと眠りに落ちていった



“先輩”と看護師の私を慕ってくれる可愛い妹のような凛子にそんなに酷い仕打ちをする彼氏がいるとは思わなかった


華奢で色白でまさに美少女を具現化したような凛子は病院内でも人気が高かった



よく美人で出来た人の方がダメ男に引っかかるというがその法則なのだろうか。



『理人』



凛子がコタツの中で眠りについた後、スマホが鳴り出して画面にはさっき初めて聞いた凛子の元カレの名前が表示されていた。



普段だったら出ないし、この時は多分お酒のせいだと思う

思わず一言文句言ってやろうと、スマホをスライドさせ応答のボタンを押した



「......もしもし?凛子、メールのことなんだけど....」



こいつ、新年の挨拶もできねえのかとイラッとした

いやもう一言文句言うつもりで電話に出てるからイライラしているのにそれに上乗せでイライラする


秘密主義の凛子が前教えてくれた彼氏の仕事はサラリーマンとか言っていたが、絶対嘘だろう


多分このダメ男加減は凛子が医者で実家が金持ちなのをいい事にたかろうとしている“自称”バンドマンだ。


あの、一生売れないやつ。



「凛子?今までメールの返信ができなかったn」


「私凛子の仕事先の仲間ですが、あんた凛子がどんな思いしてるかわかってんの?」



相手が話しているのを割り込むように口を開く

知らない相手だし気を使う必要もない

そして半ばヤケクソ


「返信の来ないメール送り続けて、デートすらまともにしてもらえないのにあんたの好きな格好して髪の毛伸ばして!本当最低だよ!」



自分で言いながら、これ私が言っていいことじゃないなと急に冷静になる

多分一番言いたいのは凛子だ


でもあの子のことだから、言いたいこと言えずに許しちゃいそうだ。

そんなの私が絶対に許さないけど



「本当にその通りです.....、もう遅いかもしれないんですけど俺にはあの子しかいないんです。」


「そんなこと私に言われても知りませんよ、凛子に言ってください。まあ、会いに来ることもせず電話で気持ち言うだけなら猿でもできますけどね」



「あの、凛子今どこにいるんですか?迎えに行くので教えてください」



仕方なくこの家の場所を教えようとした時、電話越しに「夏目さんスタンバイお願いしまーす」声が聞こえた


「え?夏目??」


「あ、ちょっとごめんなさい。本当すみません!あの場所だけメールで送っておいてください!!本当すみません!!!!!」



急に切られた電話を見て、思わずスマホを手から落としそうになる


夏目 理人といえば、ドラマにバラエティーに毎日のようにテレビに出ている人気俳優だ


同姓同名の人なのかもしれないと思うが、

電話越しの声も思い返すと似ているし凛子の彼氏の写真を頑なに見せようとしない態度にも納得がいく



「ええ.....、まじかー.....」



整った顔を緩ませて気持ちよさそうに寝ている凛子に目をやる


確かにこんなに可愛くて医者で実家もお金持ちという人生勝ち組のような子が、そこらの人に捕まるとは思っていなかったけど....


そんなに大物なのか。


普通は自慢したり匂わせたりするものだと思うのに、凛子は律儀に何も言わず、ただ普通の人と同じような彼氏の愚痴くらいしか漏らさなかった



さっきから何度目かわからないため息を吐きながら、

凛子に小さくごめんと言いながら夏目理人へ住所を送る




さっきまで最高潮だったイライラはいつの間にかどこかへ行っていて、残ったのは寝たいと言う感情と疲労感だけだった。





______



目がさめると2日酔いに響くようなインターホンの音が部屋に鳴り響いた



この家の家主である鈴木さんを起こそうとコタツから立ち上がって鈴木さんの体を揺らしてみるが一向に起きようとしなかった



1月1日の朝6時に訪ねてくるなんて、どんな奴だよと心で突っ込みながら恐る恐るドアの小窓を覗く



その瞬間思わず小窓を覗くために伸ばしていたつま先を滑らせ勢いよく尻餅をついてしまった



「大丈夫ですか?」



トントンとドアをノックする理人に頭がついて行かない


なぜ、ここに理人がいるのかと言う疑問よりも久し振りに顔を見れた嬉しさが勝ってしまう自分に嫌気がさす


仕方なしに立ち上がりドアにかかっていた鍵を解き、ドアを開ける



「理人、どうしたの?なんでここにいるの?」



まだ目覚めたばかりで髪はきっとボサボサだし、昨日はお酒を飲んだまま寝落ちしたから息も臭いしで気がついた時には遅かった


今まで理人の隣にいるときは可愛い彼女でいたくて、家でしかデートをしなくなっても手を抜いた格好をしたことはなかったのに、今のこの格好はもう理人に見られてしまった



「昨日、鈴木さんから教えてもらった。今まで本当にごめん!!!!凛子に甘えて、ロクにメールの返信もデートもせずに仕事ばっかして....」



「え、本当にどうしたの...?」



「昨日メールで別れようって来た時、本当に焦ったんだ。振られて当然の事しかしてないのに、心の何処かで凛子はずっとそばに居てくれると思ってたから。」



「あの、それで....?結局どうしたの?」



「だからつまり、俺と結婚してください!!!」



なんの脈絡もないプロポーズ思わず手が出た


アパートの廊下にパシーンと乾いた音が響く

言い訳をするなら、つい勢いが余っただけ。

王子様のような、というよりも王子様と言われる顔に赤い跡を残してしまった言い訳になるだろうか。



「ごめん、つい!!!」


「え、あ、うん?その...なんでか、聞いても....?」


「ごめん本当!その、いやなんでむしろいけると思ったの?」




私は理人が好きだ。それは今でも変わらない

結婚もしたいし昔は理人と結婚すると思っていた

ただ、それとこれとは違う


今まで連絡が返ってこなくて、デートもまともにせずそれを謝られてプロポーズされても、こちらとしては何一つ解決されていない



「いや、あのね謝ったら全てのことが許されるわけじゃないの。普通は言葉だけじゃなくて態度で表すの。いきなり結婚とか言われても、ちょっと」



「ああ、そうだよねごめん。俺、必死で。頑張るからその別れるのだけはもう少し考えて欲しい」



「.......わかった。」



それを聞くと満足したのか、手に持っていた花束を押し付けて颯爽と去っていった


その日のお昼にテレビをつけたら生放送で理人が映っていたから多分合間を縫って合いに来てくれたんだろう



部屋でそっと様子を覗き見していた鈴木さんにプロポーズの話をしたらお腹を抱えて笑っていて、文句を言いながらその日もコタツの中で眠りについた




_____



「で、最近はどうなの?お肌ツヤツヤになっちゃって。」



「ほっぺ摘まないで下さいよ」



ムニッとほっぺを摘まれてグリグリと鈴木さんに回される


あの日から理人はこれでもかと言うほどマメに連絡をくれて、週に2回は合間を縫ってデートをしてくれる


バレたら大変だからと外に出るのを私が嫌がっても、変装もなしに歩く理人にいつも振り回されてばかりのデートだけど。




「なんか、凄い良い彼氏になって困ってます。嬉しいは嬉しいんですけど.....、調子狂う......」



「いやー、でもイメージとしては何でもそつなくこなしそうなのに、振られて焦ってプロポーズとか笑うわ!!」


「いや、あれは流石にビックリしました。思わず頬叩いちゃったのが罪悪感残りすぎて。」



「え?何岸本プロポーズされて男叩いたの?」



今日の仕事も終わり、裏の休憩室で二人でジュースを飲みながら盛り上がっていると後ろから急に柴田先輩が顔を出す


女子トークに何の戸惑いもなく入ってくるところがモテない原因だと思う

いつも、彼女が欲しいと嘆いているおじさんの顔を睨みながら心で悪態をつく



「聞いてたんですか?もう、デリカシーのない」


「柴田先生そうなんですよー!この子ってばプロポーズにビンタで答えって、はははやばい!思い出しただけで笑える!!!」



完全に楽しんでいる鈴木さんを止める手立てはなく、

気ヨワヨワな柴田先輩のなかで私は完全に怖い女認定されたことだろう



「はーー、プロポーズされてビンタする女は、彼氏と今からデートなんでお先失礼しますよ。」



散々からかわれた後、時計を見ると朝の8時を回っていて急いで立ち上がる


理人とのデートは9時過ぎからで、ホテルで美味しい朝食ビュッフェを食べに行こうと誘われた


最近理人は全く週刊誌などを気にすることなく、外にデートへ出かける

変装もしていかないので、すぐ人に囲まれるが前と違い断りを入れてすぐに私の元へ戻ってくるようになった。


きっと週刊誌に載るのは時間の問題だろう、

ダメだと分かっていながらも嬉しくなってしまう私がいて、デートの帰りはいつも嫌な女になっている自分に嫌気がさした



「あれ?岸本さん??」



待ち合わせのホテルのエントランスで座って待っていると後ろから声をかけられた


振り返って顔を見ても誰だかさっぱりわからない。

カッコいいの部類にはいる顔だが、胡散臭そうな顔でもある



「えっと、ごめんなさい。どちら様ですか?」


「うそ、知らない?同じ病院で働いてる内科の宮本っていうんだけど」


「ああ!宮本さん!ごめんなさい、気がつかず。

新生児科の岸本です、よろしくお願いします」



内科の宮本は忘れない。

大晦日のあの日、コンビニの安いお酒のつまみとして鈴木さんにボロクソに言われていた


後から知った情報だと、受付の夏美ちゃんと看護師の鈴菜さんと宇田野さんの3股をかけた男らしい



「岸本さん今日はお休み?もし良かったらお茶でもどう?」


「今日は当直だったんで。あー、ごめんなさい。待ち合わせ中なので」



ピロリンとなるスマホを取り出して確認すると

『30分遅れる本当ごめん!先入ってて!』とタイミング悪く理人から連絡が来た



「待ち合わせ遅れるみたいだし、10分でいいから。ね??」



人のスマホを覗きやがるこいつ、とぶん殴りたいのを堪え笑顔を貼り付ける。


誰が10分でもあなたに差し出すかと思う

10分“だけ”じゃなく10分“も”だ。



「ごめんなさい、彼氏との待ち合わせ中に男の人とお茶なんて叱られちゃいますから」



「岸本さん彼氏いたの?そうなのかー.....、でも俺全然大丈夫だから!お願い!」



こいつ、まじでプライド無いのか。

顔に貼り付けた笑顔も限界を迎えそうな気がする


これがあと30分続いたらどうしよう

当直明けに30分こんな会話が続いたら倒れるか我慢できずに殴りつけるかの自信しかない。


理人、浮気じゃないですこれは断じて。

貴方とのデートを楽しむために、10分間を無駄にして来ます。


「そこの人目に付くホテル内のカフェで10分だけですよ?彼氏に嫌われたくないのでお願いしますよ?」


「俺信用ないー。まあ、全然いいけど!」



では早速と、ホテルに入ってすぐ目の前にある大きな窓の下にあるカフェに入っていく


店員さんから渡されるメニューに目を通し、無難にコーヒーを頼む


できればちゃちゃっと飲んで、すぐにこの男から離れたい。



「俺はモーニングセットのAでお願いします!」



空気を読まずに豪華な朝食のモーニングセットを頼む宮本に心の中で舌打ちを盛大に送る



「いやー、でも嬉しいな。岸本さんのことご飯誘おうとずっと思ってたんだけど、なかなか会えなかったからさ」



「あはは、ありがとうございます。内科は外来もあるし忙しいですもんね」



「そうなんだよ、外来の日は基本部屋から出ないからね。それにしても、髪の毛切ったの本当に似合うね!最近服の雰囲気も変わってますます株が上がっちゃうよ」



「思いつきで切ったんですけど意外とみんなから褒めてもらえて私も気に入っているんです。服はダサいと言われたので最近は友達チョイスで.....」



「可愛いし、凄く岸本さんに似合ってるよ。内科でも話題になってるよ。」



岸本さんとの会話は楽しいなと的外れな事を言う目の前の男にイライラが高まってくる


お前に会話に合わせてんねん気づけよと。



誰か楽しくてこれぽっちも興味ない男に会話を合わせなきゃいけないのかと思うが、


一応これでも上司のようなものだし早くコーヒーを飲み終えてさっきの待ち合わせ場所へ戻りたい



イライラするあまり、貧乏ゆすりをしなように膝に手を置き10分ほどくだらない会話を耐える



「ありがとうございます。あの、本当にそろそろ彼氏が着きそうなのでいいですか?」



椅子と背の後ろに挟んでおいてあったバックからお財布を取り出して1000円置く


相手の返事も待たずに、ぺこりとお辞儀をしてカフェを去ろうとした時、後ろから腕を掴まれた



「え?まじで言ってんの?ちょっと待ってよ」


「え、あの宮本さん!本当にやめてください」


強く掴まれた腕から逃げようとするも、私の力ではどうすることもできない


グイッと力強く引き寄せられて、宮本さんの胸元へ抱き寄せられる


最初に思ったのは“気持ち悪い”だった

とにかく気持ち悪くて触れたくない、離れたかった



「きゃーーーーっ!!!!」



少し大きい声を上げた私たちに注目していたカフェのお客さん達は、どこか違う場所を見て黄色い声を上げた



「あの、本当にもうやめてください!!!離してくださいッ!!!」



黄色い声に囲まれている人は分かっている

絶対に理人だ。こんな場面見られたくない


少女漫画のように助けてもらう、なんてことに憧れはないし勘違いされるだけだろう


理人に見つかる前に、という気持ちで宮本さんから離れようと強く体を押して見るがうんともすんとも言わない



「分かったよ、ごめんって!ね?」


体を解放されたかと思った瞬間チュッと頬に柔らかいものが当たる


これでもかと言うほどキメ顔でウインクされても、好きでもない人にされるキスなんて吐き気でしかない


これで大抵のお金目当ての人であれば落とせるだろう


ただ、私も同じ医師という立場においてお金目当てという目的がないので全く響かない


これで落ちるだろう?と言わんばかりの顔が腹立たしい



「いい加減にしてください!失礼します!!」



これ以上居てもさっきのように捕まったら面倒なだけだしと思い、科は違えど上司であることに変わりはないので殴る前に逃げるのが正解だ


くるりと先ほどの待ち合わせ場所へ戻ろうとと方向を変えるとカフェの入り口には口を開けて立ち尽くす理人が目に入った



ああ、やばい見られた


決してやましいことは無いと言い切れるのに、理人から見たらただの浮気現場にしか見えないだろう


このまま理人のところへ行っても、ホテルにいる人たちからもここで痴話喧嘩した女が理人様まではべらせてやがる!!みたいな風にしか見られない。



「凛子ッ!!!!」


怒った顔つきで睨みながらこちらへ大股で向かってくる理人に私は逃げるしかなかった



____



とにかく走って、ホテルを出て入り口に止まっていたタクシーに乗り込み「とにかく走ってください!」とドラマでしか見たことのないようなセリフを口にした



とにかく逃げ切れたことに安堵して大きな深呼吸を一つすると、さっきから鳴りっぱなしのスマホを取り出す



「もしもし.....」


「繋がった!!今どこにいる!?迎えにいくから!」



怒っている理人の声に泣きそうになる


本当に悪いことはしてないし、あれは仕方なかったと思う


でも絶対に理人は勘違いしてるし、あんなに私のことを睨んでいる理人には会いたくなかった


あんな顔で見られたくない



「ごめん、本当にごめんなさい」


そう言って電話を切ると、自然と涙が溢れてきて止まらなかった


受験に受かった日も国家試験に受かった時も、病院で悲しいことがあっても、親や理人の前でも泣いたことはなかった


人前で泣くことがどうしてもできなかった。


なのに、今見ず知らずのタクシーの運転手さんの前でみっともなく大泣きしている私がいる


全然、人前で泣けてるじゃないか。



「お嬢さん大丈夫かい?僕はどこへ向かえばいい?」


困ったように眉毛を下げながら、ティッシュを渡してくれる運転手さんに申し訳なく思う



「ぐすっ....、本当に....すいません....。えっと、乃木坂駅のおかもと荘っていうアパートの前まででお願いします.....」



ひとしきり泣き終わり、運転手さんから受け取ったティシュで涙を拭う


多分今パンダのような顔をしているに違いない

涙で目の化粧は全て落ち、頬のあたりまで黒いマスカラが流れている


鏡である程度まで汚れを落とし、パンダのような顔だけは回避した



せっかくのデートだったのに、台無しにしてしまった

家までのタクシーの中で落ち着きを取り戻し、理人への申し訳なさがふつふつと浮き出る



忙しい合間を縫ってあの場所に来てくれたのに、

説明をするでもなく逃げ出して。



「あー、宮本許さねえ」



デートを台無しにした元凶を思い出し、小さく呟くと運転手さんが少しビクッとしていた





__



「着きましたよ」



見慣れたボロアパートの前にタクシーが止まる

お会計は6000円


ただでさえ、今月は出費だらけで痛いのにこれは辛い

ただ無銭乗車なんてことはできないので、ビッフェの為に下ろしておいたお金を出しタクシーを降りる


去り際にタクシーのおじさんが励ましの言葉をくれたので、再び泣きそうになった



人前で泣けない私はどこに言ったのか


もしかしたら、あのタクシーのおじさんが運命の相手だったのかもしれない

私が唯一人前で泣ける人の運命の相手。



でも、絶対タクシーの運転手さんからしたら迷惑なだけな運命だよなと思う



タクシーのおじさんを手を振りながら見送った後、階段を登りガチャリと誰もいないボロアパートの鍵を開け、目の前にあるベットに身を投げ出す



こんな狭いアパートに住んでる私と違って、理人の世界は広いんだろうなとしみじみ思う



私が次の相手を探すとなると簡単じゃないけど、

理人なんて引く手数多だろう。


多分道を歩いている女の子に急に声をかけても付いてくるよ。




そういえば、この部屋とも違い理人が最近引っ越したとこの間お邪魔したマンションも凄かった


とにかく広くて、何より内廊下に感動して

その後ディスポーザーが付いているキッチンに震え上がった覚えがある



「一回化粧し直そう.....」


考えれば考えるほど出てくる私と理人の釣り合わなさに傷つくだけだと、考えることをやめた



空いているかは分からないけど、後で謝りに行くにしてもこの顔では絶対に会えない


勢いよくベットから起き上がりベットの脇にあるメイクシートで勢いよく顔をこすってメイクを落とす



さっき帰って来たときに放り投げたバックから化粧ポーチを引っ張り出して適当に下地を塗っていく




「こんなに化粧しても、立花美月にはなれねー!」



今一番ときめいているであろう若手女優の立花美月


この間青春モノの“夏と影”という映画で甘酸ぅーっぱい恋愛を、理人と2人で繰り広げてちゅっちゅしていた


演技だと割り切っていてもその後週刊誌を開けば2人の熱愛スクープが載っていてどうしても気になってしまう


「本当に演技なのか?浮気してんじゃないのか?」


一人暮らしなのをいいことに1人ぶつぶつと鏡に向かって独り言を話す


というより、浮気していると思われてるのは理人じゃなくて完全に私だ




「あーーーー、もう本当イライラする!!酒!!」



壁が薄いのにも構わず叫び散らしながら冷蔵庫へ向かう


ただの近所迷惑の人だけれど、いつもは静かだから今日くらいは許してほしい



冷蔵庫を開けて常備されているウイスキーを取り出す


もう今日はロックでいってやる



台所の洗い場にあるコップに氷を入れてウイスキーを注ぐ


腰に手を当て、洗い場に立ったまま飲み干せば喉が焼けるような刺激にめまいがする



「もう、こんなときに誰よ」



普段はすぐに酔うわけでもないのに一杯目のウイスキーでだいぶ来ていた私が気持ちよく3杯目に口をつけようとしたときドアのノックの音が部屋に響いた



「どちら様ですかー」



フラフラと千鳥足で玄関まで向かい、チェーンを外さず鍵だけ開けて誰かを確認する


うちはオンボロアパートだから小窓なんてないしましてやカメラで誰が来たか表示される今時のやつもない



「凛子!開けてくれ!」



少し空いたドアから覗く、必死そうに顔を歪めた理人が目に入る


王子さまと言われてるだけあってどの顔でも美しい

それは悲しくなるくらいに



玄関前で駄々をこねていても仕方がないので

大人しくチェーンを外してドアを開ける



「ちょっ、んっ.....!!!」


ドアが開いた瞬間、手が伸びて来て私の頭を捕まえて勢いよくキスされる



離してと合図するようにバシバシと背中を叩いてもビクともしない


それどころか、口の中に舌が割り込んで来てさらに激しくキスされる



このままいったら絶対に流される。

甘く痺れてすでに流されそうになっているノロノロと動く頭でそう思った私は自分の頭を勢いよく前へと突き出し理人の頭へ直撃させた



「いった......い!!!」



私も頭が硬いわけじゃない。

ガンと先ほどまで酔っていた体にはキツイ衝撃が頭に響き体を抱えてうずくまる



「凛子危ないじゃないか!!舌噛みそうだったよ!」


「ごめんって.....、流されそうだったから.....」


「.....俺も、急にキスしてごめん。」



急に申し訳なさそうに縮こまり、大して悪いこともしていないのに謝る理人は本当に誠実だと思う


そんなところが好きでもあるし、たまに嫌にもなる

こんなに出来た人なのにワガママ言ってしまう自分が嫌な女にしか見えなくて会いたくなくたる



「その、さっきはごめんなさい。あれは、内科の先生で強引にお茶に誘われてあんなことになっちゃって.....。せっかく時間作ってくれたのに台無しにしちゃって本当にごめんなさい」



「もうそれはいいよ、凛子がそんなことする子じゃないのは知ってるし。電話越しに泣いてたから、心配した。」



「凛子のこと泣かせて見たかったんだけど、やっぱり笑っててほしいかな.....」



そう言って、流れる涙を拭うように頬を撫でる

いつのまにか泣いていたらしい


人前で泣けないなんてのはやっぱり私の思い込みだったようで、一度気がついてしまえばさらに溢れ出てくる涙を隠すように理人の胸に抱きしめられる



「はあー、ねえ凛子。やっぱり俺と結婚してくれない?」



胸に抱かれたままで理人の顔が見れない


今どんな顔でそのセリフを言っているんだろう。

今日宮本のせいで嫌でもわかってしまったのだ


私はキスされるのも抱きしめられるのも、好意を向けられるの全部理人がいい


ギュッと腰に手を回し抱きしめ返すと耳に当たった理人の胸から聞こえるドクドクという胸の鼓動の速さに思わず笑ってしまう。



「ふふ、ねえ理人いますごい緊張してる?」


「....してるよ、こちとら一回振られてビンタされてるんだぞ。」


「ええ.....、それ今持ち出す?」


「まあ、あれは全部俺が悪かったけど.....。ねえ、返事は?」




また速くなった


理人の心臓の音が聞こえるたびに胸が締め付けられるように苦しくなる。

頭に回された力強い腕にカラダが温かく包まれている


理人が緊張を紛らわすためか、ふーっと深呼吸をするたびに好きが溢れ出ていく。


触れ合っている場所からとくとくと好きな気持ちが流れてる。






「俺そろそろ心臓持ちそうにないんだけど。」


「えー、もうちょっと我慢してよ」


「本当はさ、今日と明日休みとったからあのホテルでお前の誕生日祝って、夜景の見えるレストランで完璧なプロポーズしようと思ってたのに.....」


誕生日というワードに耳が反応する

最近忙しすぎて忘れていた。


今日は私の誕生日じゃないか、完全に記憶になかった。




「やばい、誕生日なの忘れてた....」


「えっ、じゃあめっちゃサプライズできたじゃん....

俺さ凛子の事になるといつも、かっこ悪い気がする」



はぁーっと大きなため息が頭上から聞こえてくる


きっと、理人のファンからしたら悶絶するシチュエーションなのだろうなと思う


いや、私も理人のファンの1人でもあるからちょっと心臓に悪いんだけど



「凛子の前では一番かっこよく居たいのに、結局空回りして一番かっこ悪い気がする。」


「じゃあ、一番かっこ悪い理人は私だけのものか」



それはそれでいいかもしれない。

人気者で、いろんな人に知られているから私の知らない理人が何処かにたくさんある


でも、一番かっこ悪い理人を知っているのは私だけ。



「ねえ、俺と結婚してよ」


「ふふ、しつこいーー!じゃあね、どれくらい私こと好きか教えてくれたらいいよ」



あ、また鼓動が早くなった

人の胸に耳を当てていると、人の気持ちを盗み見ているような気持ちになる



私の答えなんてとっくに決まっているのに、

それを知らない理人の胸は速くなる。



私をこんなに待たせたのだから、少しくらいのいじわるは許されるはず。

例えビンタと頭突きを加えても



「世界で一番好き」


「ナシ」


「えー、そうだな.....」


「凛子にずっと笑っていてほしい。できれば凛子を笑わすのは俺がいいし、泣かすのは絶対俺じゃなきゃイヤだ。それと凛子が好きなもの全部俺も凛子と同じくらいに好きなんだ」



今やっと、抱きついていて良かったと思う

今までにないくらい顔が真っ赤な気がする


世界で一番好きを胸をバクバクさせて言うくせに


こんなに、これ以上ないくらいの告白をさらりと言えてしまうなんて


どうしようもなく好きで苦しい。






「あのね、私ね、髪切ったときもイメチェンした服も全部理人の好きなのと正反対にしたはずなのに結局見てもらいたいのは理人なんだよ。」



「だからね、もう絶対別れ話なんてさせないでよ」



抱きついていた体を起こし、理人に向かい合う

理人は今までに見た事ないくらい目を真っ赤にして泣いていた


ついでに目だけではなく顔までも真っ赤になっていた



「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」



せっかく化粧直しした顔も多分今は涙でグシャグシャになっているし酷い顔をしているのに、そんなこと今は全く気にならなかった



さっきから煩いほど頭の中は理人でいっぱいで、

身体中から好きと言う気持ちが溢れている。


「嬉しすぎて死にそう」


「えー、私のウェディングドレス見る前に死んでいいの?」



「あーーー、それはダメ。絶対死なない。」



「俺本当に凛子の事愛してるんだ、隣に凛子がいるのがもう当たり前になっちゃうくらいに。」




ぐすぐすと泣いている理人の顔を両手で挟み勢いよくキスをする


可愛い、好き、愛してる。

子供のような私の頭にはその言葉しか出てこない。



「全然いい彼氏じゃなかったし、カッコいいプロポーズも出来なかったし凛子の前では格好悪いとこばっかりだけどさ......、受け取ってもらえる?」



ポッケから手のひらに乗るくらいの小さなリボンがついた箱を取り出す


2人でオンボロアパートの床に座って向き合う

ネットやテレビで良く見る、遊園地のお城の前や素敵なレストランでのプロポーズじゃない



築48年の今にも床が抜けそうなオンボロアパートで

2人とも涙で顔がぐちゃぐちゃで、なのにこの世界で一番私が幸せなんじゃないかと錯覚するほどに幸せで




「.....はい」



震えた手で優しく手に触れて、ダイヤモンドがはめ込まれたティファニーの指輪が夕焼けと反射して、キラキラと2人を包み込んでいた






夜中のテンションで最初から最後まで書いてしまったので、気になるところもあると思いますが広い心で読んでいただけると嬉しいです



あまり、甘々な部分や理人の人気ぶりがわかりずらいと思うので、夜中のテンションが溜まり次第また続きをかけたらいいなーと思います


読んでいただきありがとうございました!

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[良い点] 最高でした! 続編が気になります!
[一言] つ、づ、き!!!!
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