日常は過ぎ去って
俺が、妹のコスプレイヤーになって2日ほど過ぎた。
あの日は、朝日が顔をのぞかせるまでずっと、コスプレやらポーズやらに付き合わされていた。
妹の千夜は、常に鼻息を荒くしながら、生き生きとした様子で高速でスケッチブックにペンを走らせていた気がする。
だが、それからというものの、千夜からは脅しのようなお願いが無く、平和な日々か続いていた(.....)。
そう、平和な日々は、続くはずもなく、現在進行形で俺は窮地に立たされている。
「......で?」
「え? な、なんですか?」
「だから、言い訳を聞きたいの......なんで、妹にばらしちゃったのか、をね?」
「だ、だって! 見られたものは見られたっていうか......」
「はっ! さすがに見苦し言い訳にもほどがあるわね」
そう言って、俺に冷たい眼光を浴びせている人物、壮生 三奈美は、睥睨しながら苛立ちの混じった深いため息をつく。
「私との秘密......二人だけの秘密......それを破った? その言い訳が、それだけ?」
「ご、ごめんなさい......で、でもミナミちゃ――」
「学校では、三奈美先輩でしょ? ゴミ屑」
「ひっ......み、三奈美先輩......あれは、もうどうしようもなかったんですよ!」
「ふーん......どうしようもなかったねぇ......」
訝しげに、三奈美先輩は俺を眺めた後、顎に手をついて、再びため息をついた。
だが、そこに苛立ちは混じっておらず、脱力感が感じ取られる。
相当お疲れの様だ。
まぁ、あれだけ怒ったら疲れる筈だ。
三奈美先輩は、長く整った黒髪の毛先を細い指でいじりながら、俺をギラリと睥睨する。
三奈美先輩が、なぜ俺の趣味を知っているのか。
それは、簡単なことだ。
コミケで知り合った。
それだけのことなのだ。
だが、家が微妙に......本当に微妙に近かったり、高校が一緒だったりと偶然が重なりに重なって、かなり深い仲......そう言うと、違う感じもするが、そんな感じだ。
そして、三奈美先輩は、コミケでは有名な同人誌作家でもあり、1時間もしないうちに売り切れてしまうほどだ。
だが、そんな彼女も学内ではオタクを隠しており、それを秘密にしている。
俺も女装コスプレを秘密にしていたので、互いにそれぞれの趣味や活動を秘密にしあっているのだ。
そして、その約束の一つ。
学校では、屋上以外で話しかけないこと。
これは、三奈美先輩が三奈美先輩というキャラを保つための唯一の方法だ。
何を隠そう。 彼女は、この学校、朝三高校の男殺しの冷血美少女として君臨している。
極度の男不信の性格は、告白してきた相手を半泣きに......いや、精神をズタボロに切り刻むほどの悪態をついてしまう。 その被害者は、もう数えきれないほどだ。
彼女自身悪気無いと言っているのだが、こうして話していると「よくもまぁ、そこまで悪態がつけるな」というほど、ポンポンと出てくる。
もうここまで、来ると悪気がある様にしか見れない。
......まぁ、それよりもだ。
三奈美先輩と交わした約束は、何も一つだけではない。
そのほかに残りひとつ。
互いの秘密。 自分自身の秘密を誰にも言わないこと。
今回、俺は妹に自分の趣味がばれてしまったため、この約束を破ったことになってしまう......らしい。
これこそ、悪気が無いのだが......どうやら、三奈美先輩にとっては癪に障るものだったらしく、さっきから、最初のような鋭さはないものの、ちらちらとため息をつきながらこちらに視線を送ってくる。
さっきまで、普通に罵られていたので、こうして黙られると逆に怖いものがあるな。
「とにかく、正直に話してくれたことは褒めてあげるわ」
「あ、アリガトウゴザイマス」
「......妙に片言なのが、癪に障るけど......そうね、今日の放課後いつものカフェで奢ってくれたら許してあげる」
「うっ......わ、わかりました。 放課後、カフェの席を取って待ってます」
「ん、分かればいいわ......じゃ、私そろそろ行くわね」
三奈美先輩は、制服を整えた後、凛とした表情で、屋上から立ち去って行った。
そのとき、風が少しだけ吹いてパンツが見えそうになったのだが、それは黙っておこう。
眼福は、眼福だったのだが......声に出したら確実に殺されていたところだ。
それも、社会的に。
と、何やらツカツカとこちらに向かってくる足音が、ドアの方から聞こえ、勢いよくドアが開く。
「......見た?」
「な、何のことかさっぱり......」
「はぁ......それがもう答えよ、死ね」
「うっ......ごめんなさい」
それだけだったのか、三奈美先輩は、顔を赤くしながらツンとした表情と共にドアを勢いよく締め、今度こそ屋上から立ち去った。
きっと、奢るリストに何品か追加されたんだろうな。
俺は、財布の中身を見て、精神よりも、所持金が削れることを心配しながら、屋上を後にした。