表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
先生と僕の異世界デバック滞在記  作者: 野良大介
序章 ポルティオン先生とスグル少年
8/56

第8話 逝ってみよう。殺ってみよう。



 ◇◆◇◆◇ーーーーーーーーーーー◇◆◇ーーーーーーーーーーー◇◆◇◆◇



「……ふぁっ!?」


 突然、目が覚めた。

 僕、いつから寝ていた?


 ……ダメだ、思い出せない。

 頭はまだぼんやりとしている……だけど、しなきゃいけないことがある。


「知らない天……ぐぅ」

「ないから。ここに天井なんてない。無限空間だもの。てか、寝るな。起きなさいって」


 無事やるべき義務を果たしたというのになにかに邪魔される。

 渋々身体を起こす。

 手をつきーー損なった。


「うわわっ!? 地面がない!?」


 うわあああ……………あれ?

 落ちない?


 僕の身体は浮いたままでいる。


 ここには重力がない?

 ……えっと、ひとまず、危険はない模様。

 落ち着いて辺りを見渡してみた。

 三百六十度、真っ白。

 天地を分ける地平線すらどこにも見えなくて、上下の感覚も定かじゃない。


「ここは一体……」

「だから無限空間ですってば」


 …………。


「な〜んちゃってぇ! こんな有名過ぎるシチュエーションを僕が知らないわけないでしょ。さぁ、出てこい。時間の無駄だ。僕、十年も生きてきて初の浮いた話がコレだぞ? この仕打ち、これはちょっとやそこらのチートスキルじゃ埋め合わせーー」


「いますよ、僕はキミの目の前に」


「え?」


 返事は思いのほか近くから聞こえてきた。

 それはとても聞き馴染みのある声で、内心ガッカリ。


 声の出所を見て、驚く。


「……いないだとぅ?」

「いますよ」


「…………………………………………ポルティオン先生……?」

「……疑問形かぁ」


 当たった?


「……先生って本当にいるの?」

「うぐぅっ!? スグル君、投げ放つ言葉に気をつけて。要る! 僕は絶対に要る!」


「そうかなぁ。僕にはいるようには思えないんだけどなぁ」

「うぐぐぐ……!」


 シチューの中のカリフラワーとでも言い表そうか。

 目を凝らして、ぼんやりと白い空間に溶けるようにして浮かぶ、首輪、ハーフパンツ、革靴を見つけた。

 

 先生、この真っ白空間と同化しちゃっているのか。


 このままにしておくのはさすがに可哀想。

 記憶を頼りにその姿形を脳内で補正してあげよう。

 頭は……この辺か?


「ちょっ!? 指が鼻の奥に……!」


 黒ネクタイで結んだ革製の首輪の上。

 ここにあのケモ耳、麻呂眉、紅い瞳、短いマズルが埋もれ気味にあるはず。


 首輪からかなり下がっていった場所に厚手のハーフパンツがある。

 ポッケいっぱいの作業ポーチがベルト代わりに巻かれている。

 これは寸胴な身体になんとかメリハリを与えようという先生の涙ぐましい悪あがき。


 ハーフパンツのお尻には長く太い尻尾がくねりくねりと踊っているはず。

 その動きはまるでお尻から出てきた巨大寄生ちゅ……あ、イテッ!

 この人の尻尾はもふっとしているから多少打たれても大丈夫。

 触れ心地があまりにもよろしくて衝動に駆られる。

 ちぎって持ち帰りたい。


 さらに下に幼児用サイズの愛らしい革靴。

 形状的に地球人には履けないが、一部のマニアは求める逸品。

 残念ながら僕の琴線には触れない。

 僕は同じコレクターでも、宝物は愛用してこそというポリシー持ちなので。


 ケモ耳の先端から革靴の底まで、全長ジャスト百二十五センチ。

 ここでなくとも地球上でも浮いてしまう存在が僕の目の前にいるらしい。


「まるで空中の埃ですよね。そこにあるのに気にならない。そう、そんな僕、ポルティオンです!」


「やめてよ。なんでそんな痛々しい自己紹介をするの? 先生は今、同化しているだけだよ。もしかして、キャラが弱いとか薄いとか先生本人の努力でどうにもならないツラい現実を、誰かに突きつけたられたの? ……くっそう、よくも先生の豆腐メンタルを的確に踏み躙ってくれたな! 許せない。そいつ、僕がぶっ殺してきてあげようか!?」


「お願いします。でも、言われてみれば確かにそう。僕はどうかしていたんだ。こんな思いをしてまでこのクソ宇宙を維持してやる必要がどこにあると言うのか。よぉし、今すぐ終わらせちゃうか。安心してください。宇宙の中心に囚われている僕の本体がちょいと身動ぎするだけで済むので」


「ちょっと! それ、なにをどう安心すればいいの!? なんで唐突に暴露したのさ、そんな無用な裏設定。聞かなかったことにするからね。同化、同化だってば! このなにもない景色に先生が同化しちゃっているの! てか、こっち向いてもらえる? 今、話をしているんだから」


「うん、そうですね。僕は後ろ向き。こうしてずっと向かい合っていてもね。あははははは! 僕って根暗なクセになんで身体はこうも無駄に白いのか。さて。ここで唐突ですが、クイズタ〜イム!! ハイ、拍手〜!!」


 ここは付き合っておく。

 ほら、パチパチパチパチ、やけっぱち。


「では、大問題です! ちょうど今、僕の目の前に頭からざばっとひと浴びすればイメチェンできそうな量の真っ赤な液体が詰まったモノがある。はてはて、それは一体なぁ〜にぃ〜? 正解は……このあとすぐ!」


「あいたたたたっ! ちょっとなんなの? 非常識だな。他人の臍に人差し指なんて突っ込んできて。かなり痛いんだけど?」


 もぉー、先生ってば、ネガティヴモード入っちゃった。ー

 後ろ向きなのにグイグイ来るこの感じ、本当面倒臭いんだから。


「あ、そうだ! 常に太陽を持ち歩くなんてどうでしょう。手のひらに乗るくらいの核融合。存在感の代わりに周囲に光と熱と放射線を撒き散らかしてやるんですよ。うんうん、悪くない手だ。それならどこに行っても警報が鳴ってみんなの気を引ける。なんかもう、手厚く囲ってもらえるのなら鉛でもいいやとか思えてきた」


 このように一度病んでしまうと、この人の危なっかしさは平時の二割増しに。

 ウチのクラスでは月に一度は売り込み(プロデュース)会議を開いて、先生のガス抜きしてあげているんだ。

 あ! いけね、なんか余計なことを思い出しちゃった。


 そう、忘れもしない。

 召集当番が僕の腕を捥いでいったからついうっかり追って参加してしまった、ええっと、確か第六百六十六回かそこらの売り込み(プロデュース)会議でのことだ。

 そこで僕は大失態を犯した。

 繋いだばかりの腕を挙げて、こう提案しちゃったんだ。


『語尾に『ワン!』ってつけてみたら?』


 ーーと。


 それから一ヶ月もの間。

 先生は語尾に『ワン!』をつけ続けた。



ーーー(回想、開始)


『はい、今日の授業はここまで…だワン! 明日もこの時間はどこぞで拾ったこのクソポエムの朗読会をやります。みんなで作者の意図に首を傾げながら無駄に誦じられるようになりましょう…だワン!』


『ああっもうっ、いっそ殺せぇ! 誰か、僕を殺してくれぇ!』

『ぐぬぬ、これでも復活するとか。ほんとこいつどうやったら死ぬんだよ?』

『わからない。いくら考えてもわからないよ。あの日記、鉄壁を謳うポルラボ社提供のクラウド上に封印したのになぜ先生の手に渡ってしまったんだろう!?』

『……うう、限界だ。俺はもうたえ…耐え…堪え…狼狽え…うん? なぁ、たえるってどの漢字なんだ?』

『ダメ、誰か止めて! そいつのSAN値は限界よ。スグルをバラすの諦めてスグルにバラそうとしてるッ!』

『なんだとぉ!? 構わねえ。みんな自分の持てる最強技をぶっ放せ!』

『邪魔すんな! 俺はもうたえられねえんだ!』

『くそ、読みづらいだろ! 諦めんてんじゃねえよ!』

『先生は風来のイタチ妖怪だ』

『違う!』

『そうだぞ、先生はカワウソの突然変異だ』

『違うってば!!』

『先生ってオコジョだろ?』

『それも違う!!!』

『ええっ、先生って虫なの!?』

『違うって言ってるでしょうが! 目に頼るな。心の目で見てあげて。先生はずっと猫型宇宙人を自称してるのよ!』

『ごふっ!!』

『ごふっ!!』

『ごふっ!!』

『危なかったわ。先生がこの場にいなくてよかっーー』

『ごふっ!!』

『『『いた! ポルティオン先生だ!!』』』

『ーーごふっ!!』


 先生やクラスメイトたちから真実と血反吐をブッかけられて僕は知った。

 先生が猫型宇宙人と言い張っていたことを。


 すぐに僕は誠心誠意謝った。

 だけど、


『待って先生! どうかこれだけは聞いてほしい。……ごめんッ!! 猫には見えない。それに最近やっているペルンナってゲームも悪い。先生に凄く似ているキャラが出てくるの。ちなみにそのキャラ、イヌガミって名前ーー』

『……にゃる・ホールド・ザ・ワールド!』

『え? えええええッ!?』


 先生は本気を出した。


『みんな変態だよ!!!』

『なぁ、凍らせるなり眠らせるなりして生かしたままどっかに封じ込めるんじゃダメか?』

『でも、こいつは動けないからって考えるのをやめたりはしないと思うぞ。俺らの目が届かないところで、どこまでも想像を暴走させてるの怖くね?』

『ごめん、言い間違えた。心の中で思っていると口を衝いて出ちゃうね。そんなことより、みんな大変だよ! だーかーらー! 今は僕の首を撥ねている場合じゃないんだってば! 先生が僕の目の前で突然消えちゃったの!!』

『とうとうか。まぁ、オイラは前々からいずれこんな日が来るんじゃないかとは思っ……痛ッ!? え? ええっ!? ぎ、ぎぃやあああああああああああっ!?』

『!? おい、どうしたんだ、佐助サスケ……ってお前、その顔!?』

『ううっ、やめろ。み、見るなぁ! あとオイラを下の名前で呼ぶな!』

鳴門ナルト。さすがにそれはアウトだぞ』

『だから苗字もやめろ。ううっ、もういっそ殺してくれッス……』

『そんなッ。ナ、ナルスケ君の両頬に爪痕が刻まれているッ! なんで? 先生、なんでこんな酷いことができちゃうの!? それもご丁寧に左右三本ずつ、深々と! こんなことされたら、もうナルスケ君にサスケ君要素なんてどこにも』

『……ええい、もうこうなったら……こうなったら、お前らも道連れにしてくれるってばよッ!!』

『『『こいつ、開き直りやがったぞ!!』』』


『ぐわぁああ!』

『蘇我! ううっ!? こいつ、鼻の上に傷が刻み込まれてやがる! 横一文字に!』

『……そうだよなぁ。辛かったよなぁ、鳴門。待ってろよ、すぐにこいつらも道連れにしてやるからよぉ!』

『なんで蘇我が狙われたんだよ!?』

『クソがっ! そいつは諦めろ。もう手遅れだ! 砂倉スナクラ、下がれ。多分、次の標的はお前だ』

『なんで俺?』

河原ガワラがやられた!』

『なんでだよ!?』

『……ククク、待っててね、母さん。こいつらも道連れにしてあげるから……』

『あいつ、額に刻まれてやがる。しかも字が『変』だ……!』

『む、酷いことを……!』

『話題についていけないのが怖くて目を通したんでしょうけど、本来、先生はコ口コ口派。先生の知識は飲食店での流し読み程度のものだと思ったほうがいいわよ』

『寂しがり屋のにわか。厄介な。蘇我はともかく、河原は無理があるぞ。みんな、砂倉を死守しろ! こいつがやられると次に誰が狙われるか、いや、なにをされるかすらわからん!』

『……にゃる・ホールド・ザ・ワールド!』


『うっきゃぁああーーーッ!?』

『ダメだ、砂倉がやられた!』

『『『……うわぁ……』』』

『痛い! 痛いぃいい! あれ? みんな、ど、どうしたの? なんで目を逸らすの? お、俺のおでこ、どうなってるの!? なんて刻まれてんの!?』

『……『肉』……』

『ぎぃやああぁあああああッ!!』


 『にゃる・ホールド・ザ・ワールド』。


 これは高天ヶ原の街に古くからある遊び『青いだるまがやっと転んだ』で使われる文句。


 世界を気軽に滅ぼせる邪神。

 その怒りを買った障り猫。

 村人は総出で障り猫を捕らえ、血祭りにして邪神に捧げ赦しを乞う、という設定の遊び。

 村人は障り猫が寝るのを待って家からぞろぞろと出てきて忍び寄る。

 だけど、襲われることに気づいていた障り猫は寝たフリをしながら『邪神が来た』と嘘を吐く。

 嘘を吐かれた村人は、五秒間、息を殺して動かずいないフリで障り猫と邪神をやり過ごさねばならない。

 そこで動くと障り猫が持つ不思議なポケットに収納されてしまうから。


 その障り猫が吐く嘘の文句が『にゃる・ホールド・ザ・ワールド』だ。

 正確には『化け物だ。(ニャルラトホテプ・)世界よ、やり過ごせホールド・ザ・ワールド』。

 ちなみにこの文句、『にゃる・ホールド・ザ・ワールド〜ポルティオンスペシャル〜』とも呼ばれていて、どういうわけか、先生がそう宣言すると周囲にいる者の意識が飛ぶ。

 体感で数秒ほどだが、先生だけが行動できる時間となる。


 普段ならそういった危なっかしい技には即座に倫理委員会の横槍が入るんだけど、そのときはすぐには動いてくれなかった。

 まず、対象となる文句が古くからある高天ヶ原の街に根付いた遊びのものだった。

 そして、委員会内で『懐かしいフレーズ』だとか『実際に時間を止めてないなら問題ないんじゃね?』だとか『別の作品で似たの観たことがあるぞ』だとか意見が割れていたからだ。

 

 倫理委員会が動かない以上、僕らに頼れるのものはウチのクラスに代々伝わる日記に記された禁じ手しかなかった。


 僕らは危険を承知で街に潜む闇商人と接触して伝説の和菓子を入手、それを捧げて、先生を呼び出すことができるという禁断の召喚呪文まで歌った。


『『『あんな子といいな〜』』』

『『『できたらいいなぁ〜』』』


『グゴゴゴ……』


 これまでにないブチギレ状態で姿を現した先生が襲ってきてーー


ーーー(回想、終わり)



「グゴゴゴ……如何わしくも忌々しい歌詞を聴かされた上に、包んできたお詫びの品がどら焼き。さすがの僕もあの歌詞と菓子によるW挑発を受けては当てつけの犬キャラを保てなかった。この街のどこかに、未だアレの存在を知る者が潜んでいる。ユミル族の中に協力者がいやがるのは間違いない。この業腹、太陽系を滅し二十二世紀の到来を阻止したからといって治まるはずもなく……」


「あの時はマジで殺されると思った」


「そのつもりでしたけど、そのときに発覚したんですよね。『不死』というキミの不可解な特異性が。キミはなにをやっても死にやしない。まるで水面に浮かぶ月。その身体はどのような状態からでも復元されてしまう。そっちに興味を持ってしまってなんとなくうやむやに。まぁ、今からでも遅くはないですよね」


「大袈裟な。こんなふうに心臓を貫かれても、僕の意識に関係なく勝手に気を集めて欠損部位を取り繕う。ただそれだけのことだよ。言っておくけど、ちゃんと痛いんだからね?」


「こうやって肉体が損傷すると、オートで無傷の精神体アストラルボディを参照し、差異を埋める修復作業がおこなわれる。よって、殺すだけなら参照しているキミの精神体(本体)のほうをボコってしまえば済む話なんですがね。復元に用いられている『向こうの力』が厄介で。キミの肉体はその受け皿であるが、同時にこちらへの流入を阻む栓。キミに活用されないと流入してくる異物が暇を持て余してなにをしでかすかわからない。つまり、これって僕に手出しさせないどころか、キミの保護まで強要してきているんですよ。ったく、なんの意図があってこんな面倒な真似を」


 そういや、初顔合わせのときも先生には酷い目に遭わされたんだよね。



ーーー(回想、開始)


 出会った当初。

 僕は先生のことを『キグルミ着込んだ宇宙人を自称するちょっとイタい子供』と思い込んでいた。


 当時はちょうどヌイグルミ作りにハマっていた時期。

 先生のボディのあまりの出来の良さに探究心を抑えられなかった。

 だから、先生のハーフパンツにあるチャックを見つけた僕はその奥を覗き込もうとした。

 構造を知りたい、ただその一心からだった。

 先生も先生だよ。

 紛らわしいことに必死に抵抗するんだもの。

 全力で顔を突っ込みにいっちゃった。


『ちょおおおッ!? キミィィッ!?』

『ごめんね。この奥を! 見たい! 触れたい! 掴みたい! この衝動を抑えられない。もう我慢できないんだ! はぁ、はぁ。先生が悪いんだよ!? 僕をこんな気持ちにさせた先生がさぁ!』

『言い方ァ!』


 その様子を誰かが通報したらしく、僕らは揃って倫理委員会に呼び出された。

 おかげで転入初日から僕には『見境がないケダモノ』という根も葉もない噂がつきまとうことに。


ーーー(回想、終わり)



 …………。


 うん、やめよう。

 これ以上、先生を掘り下げるべきではない。

 せっかく埋め固めた黒歴史まで掘り起こしてしまう。



◇◆◇◆◇



「戻ってきましたね。では、ここで一旦仕切り直しましょうか。キミが目を覚ますと、この白い空間にいた。もうこの状況で大方察していると思いますが、一応、言わせてください。スグル君、キミは今ーー」


「とても恥ずかしい。先生はどう?」


「死……はい? えっと、『どう?』とは?」


「こんな使い古された冒頭で本当にいいのか? って、訊いたの」


「う。誠に不本意ですが、オマージュというか、追随というか、踏襲? 結果的にこんなカタチになってしまいましたが」


「それを世間じゃパクリって言うんだ。冒頭って結構大事なんだ。これいかんで全てが決まると言ってもいい。これがWEB小説だったらもう手遅れだよ。絶対見限られて埋もれちゃったよ。なのに、先生はそれでもまだ続けるの?」


「ぐっ……! そ、そこまで言われてしまうと、その、むむむ……」


「やめようよ」


「う、う〜ん……あ、いやいやいや! そういうわけにはいかないんですってば! えーい! ブンブンブンブンフラレ続けてそろそろ半年。実るまでは何度だろうと初恋、そう豪語するラッコにも勝る毛深いハートを持つ十歳児! 賦堂フドウスグル君。もはや、キミの告白は『あらあらあらぁ〜、スグル君に告白されましたわぁ〜。ええ、もちろんお断り致しましたけれどもねぇ! おほほほ!』と、女子たちの間では経験していて当たり前の基本ステータスに。未経験の女子たちは『まだかよ!』と、キレ気味でキミの告白を待っているそうです。よく休憩時間に廊下で激突されてますよね? ええ、そういうことです。……では、お聞きください」


 なんだこの人、今日はいつになく押しが強いな。

 大昔の歌番組の司会者調で無理矢理テンションを上げてきたぞ?


 確かに、休み時間のたびに女子が死角から飛び出してきては僕の肋骨を二、三本持っていこうとする。

 最近ではヒットマンの低年齢化が進んで困っている。

 幼稚園児や保育園児は聖域であるはずの男子トイレでもお構いなしに突撃してくるんだ。


「キミは今、死にかけています」


「へぇ、そうなの?」


「あ、あれ? おかしいな。リアクションが薄いぞ。あの、キミは今、死にかけているんですよ?」


「そうなんだ」


「ええ。そうなんです。……えらく冷静ですね。キミは今、死にかけているんですよ?」


「しつこいな。僕は死にかけている。わかっているってば。でも、死にかけるのも、こうも毎日のことだとリアクションにも困っちゃうんだよ。最近、救急車呼んでも来てくれないんだ。実際、必要ないんだけど。でも、僕にも呼ぶ権利はあると思うんだよ。一応、僕も納税者なわけだし」


「確かに探索で儲けているキミはそれなりに高額納税者ではあります。でも、キミのもたらす街への損害額はそれを数百倍上回るんですが」


「昨日なんてしつこくかけたら真っ赤な霊柩車が来てね。『さっさと乗れ』って言われたよ。これって酷くない? ムカつくから崖から蹴り落としてやったよ」


「……その件は初耳ですね。おかしいな、報告も苦情もまだ僕のところに届いていません。というか、この街に霊柩車なんてあるんですね。キミらの死骸って死後すぐに光華して消えちゃうでしょ。需要なんてないと思っていましたよ」


 あっ!? 先生、ダメだよ!

 そんなふうに愛らしく首傾けた姿を見せられたら、『まるで雪の中のオコジョだ』と、つい口に出してしまいそうになる。

 先生がブチギレるところだった。

 『そこまで胴長じゃない!!』って。


 この人に本気で地団駄踏まれると地球が割れちゃうから。

 スイカ割りみたく一発目で、ぱっかーん! と。


 一見、見た目と柔らかな口調から温和と思われがちだけど、先生は結構短気なんだ。

 とてもキレやすい性格をしている。

 しかも、意外なところでキレる。

 宇宙より先に生まれていたのか、宇宙が死んだあとも生きていけるのか。

 とにかく、宇宙より長命だと云われる先生の種族。

 その年季の入った堪忍袋の緒は非常にデリケート。

 途方もない数の古傷トラウマが刻み込まれているらしい。

 クラスに伝わる代々の白猫学級日誌(ネコマニュアル)がなければ、先生たちの地雷を上手く避ける言葉選びは難しい。


 夏休みに、自由研究でどこぞに描かれているという地上絵や宇宙からの怪電波を解読した子がいた。

 どれも地球人への先生たちの過去のやらかしの密告や『ユミル族(そいつら)を刺激すんなよ!』という、よく聞く抗議文メッセージばかりだと愚痴っていたよ。


 ユミル族と関わるなという忠告はありがたいけど、土台無理な話。


 地球には生命の根源たる『世界樹』が生えている。

 大昔に地球に根付いて以降、世界樹はずぅーーっと現環境を維持し続けている、地球には必要不可欠な存在。

 でもね、その環境整備は慈善事業じゃないの。

 世界樹が次代の『種子』を生み出すためにやっている副産物でしかない。

 だから、種子を完成させたら世界樹は環境整備をやめちゃう。

 当然、そうなれば地球生物は死滅。


 運が悪いことにね。

 その種子が完成するのは僕が生きているこの時代。

 十年後だともう予想されているの。


 ああ、大丈夫だよ。

 それを回避する方法なら判明している。

 完成する前に世界樹の下へ行って作りかけの種子を破壊しちゃえばいい。

 すると作り直し始めるからその間は延命ができる。


 ただ、肝心な世界樹の所在が不明。


 通常空間に存在しないのは確認済み。

 世界樹は無数に連なる亜空間群『樹界』を生み出している。

 そのどこかに根を張っているんだろう。

 樹界は、世界樹の分け身である捻転核『地球の見えざる衛星』が空間を捻って生み出しているもの。

 僕らが住む街、高天ヶ原があるのもその樹界の一つで、位置的には中層寄りの表層部になるのかな。


 『包装紙で捻り包みされた飴玉』。

 樹界の在り様を表現するにはこれが一番的確だろう。

 包装紙が亜空間で、飴玉が捻転核。

 樹界は包装紙の捻り目で数珠繋ぎになっている感じだ。

 樹界間の捻り目を一つ一つ解いて辿っていけば、いずれ世界樹がいる場所へ辿り着くと云われている。


 捻り目を解く方法は、衛星にいる捻転核が生み出した分身、不滅の守護者、領域主ガーディアンを倒すこと。

 領域主ガーディアンを再生させるために捻転核の力が割かれて、捻る力が緩むんだ。


 ①樹界に侵入して探索。

 ②長く滞在していると、抗体である領域主ガーディアンが出てくる。

 ③領域主ガーディアンを倒す。

 ④緩んだ繋ぎ目を見つけて、こじ開けて次の樹界へ。

 ①⇄④の作業の繰り返し。

 僕らが普段している探索のお仕事だね。


 実はこの存亡の危機、二度目なんだってさ。

 前回の危機は旧人類『恐竜種』たちの手で回避されたそうだ。

 対処法が明らかになっているのはそのおかげ。


 ただ、旧人類は最後の詰めをしくじっている。

 元凶を絶とうと、環境を維持している世界樹まで傷つけた。

 結果、環境制御を失った地球は暴走して未曾有の氷河期に突入。

 哀れ功労者である恐竜種は当時の動植物とともに全滅した。


 あ、訂正。


 恐竜種はまだ全滅していない。

 なぜなら最後の恐竜種が人間との間に子を遺しているから。


 そのハーフこそが、哪吒。

 高天ヶ原に住む人たちの祖だ。

 ちなみに僕は、その御先祖・哪吒を再誕させようと生み出された複製人間(クローン)だったりする。

 ……まぁ、失敗作なんだけど。


 絶滅の警告と回避法、恐竜種のやらかし。

 事実確認はすでに済んでいる。

 ユミル族という生き証人がいるもの。


 そもそも世界樹の正体。

 サルウッドという名前のユミル族が成り果てたモノらしいんだよ。


 ね? 無理なの。

 ユミル族とは地球誕生の時点からガッツリ関わっているんだもの。


 ちなみに現在の状況。

 すでに樹界の表層部、中層部までは踏破済み。

 残す深層部はほぼ手付かず状態。

 深層部は厄介な場所でね。

 中層と比較にならない高濃度の気が満ちていて、気の制御に長けた僕らでも長期滞在は正直キツい。

 もし、一般人が踏み込んだなら、全身の細胞を乱暴に活性化されてものの数分で寿命をお迎えしちゃう。

 しかも空間の歪みがひどくて、深層部外とは時間の流れまで違うときた。


 これまで後回しにしてきたのはそういった事情があってのこと。

 だけど、そろそろ本腰を入れて深層部の捜索に着手する予定だよ。

 このゲームを遊び終えたらね。


 わかるよね?


 ゲーム『異世界転生』の出来が、今後の僕らのモチベーションに大きく影響する。

 それは地球の命運をも左右すーー


 ッ!?


「いたたたたたッ!?」




「…………」


「ちょっ、先生! 痛いってば! 無言で十指式メガ〇テはひどい。先生には爪があるんだよ? そんなのを深く頭に刺して、万が一、僕が吸血鬼になっちゃったらどう責任取ってくれるのさ?」


「責任もってそのときには地球ごと太陽に浸けて炙ってさしあげますよ。対話中に相手を放置して回想に耽っちゃう。その悪癖、ほんとやめてください。この際、ぶっちゃけますけど、一人称小説の主人公はキミには荷が重いと思います。せめて地の文だけでも僕に譲っては?」


「ヒドい! そこまで言っちゃうの!? だったら僕も言ってやる!」


「ほう、なんでしょう?」


「このゲーム『異世界転生』のことだよ。これが僕らの人生最後の休暇バカンスになるかもしれないんだ。なのに冒頭から使い古された丸パクり。延期延期が続いていてもずぅっと先生を信じて待ち続けた結果がこれだよ。裏切られちゃったね! なにが地球外生命体だよ。これでフルプライス!? あり得ないよ。ここに僕、賦堂フドウ(スグル)は、御社に対し、購入費の半額分の払い戻しを要求します! あとで正式な書類を送付させてもらうからね!」


「あ、キミの余裕の正体はそういうことか」


 目の前にいるらしい先生が両手の肉球を合わせるようなので、そこに顔を差し入れてみた。


 もにゅん!

 

 ジャストタイミング。

 ふふふ、肉球パラダイス!

 この肉圧たまらない〜〜。


「なるほど、納得しました。キミ、この状況を僕が用意したゲーム内のオープニングイベントだと思っていますね?」


「ふふ、もにゅもにゅ……痛ぁいッ!? ちょ、爪が刺さった! 先生ぇえ、僕、人間やめちゃうぞぉおおおッ!!」


「もうとっくにやめちゃっているでしょうが。いいから、聞きなさい。違いますよ。失敬な。宇宙一のエンターテイナーを自負するこの僕が好き好んでパクったりするもんですか」


 先生が両腕を広げると、膨大な数のウィンドウがぱぱぱっと現れて開かれていく。


「ご覧ください。これが今おこなわれている実際のオープニングイベントですよ!! キミがのんきにステータス画面を自作している間に、地球はこんな大変なことになっていたんです!」


「……うわぁ、これはヒドいな」


 ウィンドウの一つ、宇宙から撮影したものと思われる映像には地球らしきモノが映っている。

 らしき、なんて表現になってしまったのは、それが丸くもなく蒼くもない姿だからだ。

 大地は床に落とした砂糖菓子のように砕けていて、あちこちで溶岩を噴き、周囲に散った大気は濁り、あちこちに雷光を走らせている。


 あそこの映像なんて美味しそうだ。

 落下したお月様が北極にめり込む様子は、まるで目玉焼き。

 

 こっちの映像は……

 なにコレ?

 虚空に投げ出されたどっかのピラミッド? の残骸を追っているらしい。

 ピラミッド頂上付近にどうしてそうなったのか、足元から刺さっている食い倒れ人形を発見。

 数段下に刺さっているケ◯タッキーのおじさんを待ち構えるような構図になっている。

 向かい合う両者は不敵に微笑みを浮かべている。


 その光景。

 どこかで読んだ世紀末な過去を描いた漫画のワンシーンにそっくりだ。


 確か、このあとのコマでね。

 愛に飢えた食い倒れ人形(代役)がなぜか逆立ちを始めるの。


『退いて! 媚びて! 省みるぅ!』


 満面の笑顔で愛の極意のようなものを叫び、ケ○タッキーおじさん(代役)を抱きしめるべくぴょーんと飛びかかるのだ。


 その漫画のタイトルはわからない。

 本屋で店員や他の客に『男同士が裸で突き合う漫画を知らない?』とたずねてはいるんだけど、誰も教えてくれないの。

 『なぜだ!?』と訊いても『坊やだからさ』と返されて終わる。

 サングラスをかけるまで待たされた上、決まって返ってくるのはその返事。

 

 解せぬが、まぁ、その話はいいや。


 先生が爪をニョキニョキさせているので話を戻そうか。

 とにかく、どの映像も散々たる様を映している。


「……先生、もう一つ文句いいかな?」


「この際、一つと言わず、いくつでもどうぞ」


「ありがとう。あのね、地球の危機なら近々迎える予定なの。わざわざ先生が拵える必要はないんだ。こんなこと言いたくはなかったけど、この際だから言わせてもらうね。ノーセンキュー。週一ペースで派手に終末を拵えるの、そろそろ控えてもらえない? 本番の終末が普段よりチープな仕上がりだったらどうしようかと、今から気が気じゃないの。そんな終末に生命を賭ける僕たちの気持ちを、少しは()()()()()()()してほしい」


「……それは多分、山姥カンニバルの間違い……あ、違うな。『おもんばる』か。どのみち違いますよ。今回この大惨事を起こした犯人は僕じゃありませんからね。今から三時間ほど前のことです。突如、高天ヶ原上空の空間に亀裂が走りました。亀裂はそのまま亜空間オノゴロを崩壊させ、その余波が地球全域にも波及。その結果、こんな有り様に。最早、人が生存可能な場所は保護フィールドを展開していた高天ヶ原を残すのみ。しかし、それすらも時間の問題。現在、そんな状況です」


「そんな危機的状況下でも元気に暴れているモンスターがいるよ」


「モンスターというか、あれは異世界の魔王です」


「魔王!? 異世界の!?」


「ええ。このたびの惨事は、ゲームの舞台である向こうの異世界が、許容限界に陥った魔王の封印空間を宇宙こっち側へと決壊させた結果です」


「……それは、えっと、つまり、異世界(向こう)が、抱えていた魔王もんだい宇宙こっちに投げてきたって話?」


「はい。はからずも両世界間を繋ぐゲームシステムが仲立ちしたカタチに」


「……そっか。ねえ、せっかくだから、僕も地球を壊すの手伝ってきてもいいかな。楽しそうだし」


「生まれ育った星に愛着とか持ち合わせないのかな? 待ってください。実はこのブッ壊れた地球、偽物なんですよ。僕が用意した模造品レプリカでして。こうなると予見していたので、事前にすり替えておいたんです」


「え? すり替えっていつの間に?」


「今日の放課後です。というわけで、安心してください。本物の地球は今も健在です。この亜空間のどこかで、疑似環境下でくるくると回っていますよ。なので、この場にいない住人方も全員無事。今回、犠牲になるのはこのレプリカ地球と、樹界・オノゴロ間の捻り目(ポータル)を弄ってこっちに攫ったキミたちだけです」


 毎度のことながら、この人って本当にやりたい放題だなぁ。


 道理でね。

 帰還したあと、街が不気味なほど静かでおかしいと思った。

 どこからも爆発一つ聴こえてこないし、にわか残骸あめも降ってこないなんていくらなんでも不自然過ぎる。

 クラスメイトと連絡取り合って、街を見回って調査することにした。


『この状況、まるで噂に聞く『静岡』じゃないか』


 そんな中、タケシのアホがそんな余計なこと言い出しやがった。

 みんなもノリノリで探索を開始。

 僕? いや僕は、えっと、その手のジャンルは……その……好きじゃないし?


『両親の仇!』


「「…………」」


 冒頭で耳にするには不穏な言葉が聴こえた。

 探ると、魔王と戦うクラスメイトたちの姿が映った画面を発見。


 生きてやがる。

 どいつもこいつもバケモノ揃いで、本当に困る……って、全員本気?

 連中が揃ってマジで戦うなんてどういう状況?

 なにがあった?


「ふふっ、みんな、初見の魔王相手に頑張っていますね。だけど、勝とうが負けようが無駄。BAD ENDを迎えることは変わらない。擬似地球の爆発に巻き込まれたらさすがに全員大人しくポックリ逝ってくれるでしょう。突然の終末到来、未知の魔王との死闘、そして、トドメに地球の爆発。キミたちは失意のうちに異世界むこうへと転生する。……これが本来の予定だったんです。どうです!? これがエンターテイナーたる僕の実力ですよ!! ふはははッ!! 実はキミらの身体もね、勇者検定の時点でBAD END用の義体に取り替え済み。キミ以外の身体は人間ドックに差し出してあります。あ、それに関しては、ちゃんと保護者の方の同意を得た上での一斉診察ですので、あしからず。再三に渡る健康診断の督促を拒否し続けたキミらが悪いのです」


「馬鹿野郎!! なんて恐ろしい真似を!!」


 それが発覚すれば、街は紅いゲリラ豪雨に見舞われるぞ。

 数人の女子がダイエットに失敗しているんだよ!!

 僕ら男子が女子どもの定期健康診断拒否に協力していたのは、ただ純粋に街の平穏を想ってのことだったのに。


「絶望から一転、目を覚ましたら異世界。身体は赤ちゃんに。十歳にもなってダイレクトな授乳や大小のフルバーストなどを連日経験して心はへし折られる。いろいろ諦めもついてきた頃。自暴自棄に『くっ、殺せ!』なんてやっているところへ、僕から誕生祝いのメールが届きます。敏い子は送信日時を見て気づくでしょう。『あれ? 日付があの日の一年前!?』『もしかして、ここはあの大災害が起きる前の異世界なのか!?』と。『だったら、地球に出現する前にここで過去の魔王を撃破できれば……。地球壊滅はともかく、連日のお漏らしやオムツ開封の儀もなかったことにできる!?』と微かな希望を抱いちゃうわけですよ。ここだけの話、日時を弄っただけですし、地球に送られようとしている魔王はあの一体だけではないんですけどね。ふふっ」


「なるほどね。それで『各自、鍛え直して約束の場所に。一年後、〇〇諸島で!』、と」


「うっわ、スグル君ってば古いなぁ。そこは『高天ヶ原リベンジャーズ』にしてもらえませんか?」


 もう、それも古いんだよ。

 そういうところだぞ。

 無理して話題を取り込もうとして粗が目立つ。

 先生の悪い癖だよ。

 よく知りもしない流行りモノを取り込もうとする。

 その必死さが痛々しいよ。


 う〜ん、やり過ぎかな。

 魔王に敗北したあとで、みんなの心にそんなゆとりなんてあるものか。

 子宮内で目が覚めでもしてごらんよ、大変だよ?

 すぐにでも再戦リベンジしようと、お腹を蹴り破って出てこようとするはず。

 産婆さんや転生先の親御さんはさぞかし苦労することになるだろう。


 ……あれ?


「待って。じゃあなんなの、この状況は。なんで僕だけがそんな愉しげなイベからハブられているのさ? イジメ? 僕がせんせになにをした? やめてよ。ネタバレもいいとこじゃないか!」


「ですから! キミは今、死にかけているんですってば! これは僕が用意したゲームの仕様ではなく、用意した義体の死をきっかけにして、勝手にガチの異世界転生しかけているんですよ。こうやって魂を本物の身体に戻してインターセプトしてなきゃ、とっくにその魂は持っていかれていますよ?」


「ええええええええええええええ!?」


「そう! それですよ! やっと、想定していたリアクションを得られましたね!」


 嬉しそうにもちもちと手を打つ気配を察し、そこに顔を差し込む。

 もにゅもにゅもにゅもにゅと、先生の肉球が僕のほっぺを打つ。

 おかげで少し冷静になれた。


 義体の死?

 僕はあの魔王にやられてしまったのか?

 でも、戦っていた覚えがない。


 なら、僕はいつ死んだ? 


 こういった白い空間への呼び出しの導入といえば、トラックだろう。

 トラックとの事故は経験している。

 勇者検定後、その帰り道に。


 もちろん、車とぶつかってタダで済むわけがない。

 車体って思ったより柔らかいんだね。

 請求された修理の見積もり書を確認して、車体だけでなく僕までヘコんだよ。

 超痛い思いをさせられたけど、それは仕方がないことだ。

 車道に飛び出した僕が悪い。


 運転手のオバサンに飛び出した理由を聞かれて『そこにトラックがあったからさ』なんて答えたのもいけなかったんだろう。

 問答無用で病院に連行されてぶち込まれた。

 マジで心配され、頭部を入念に精密検査された。


 でも、あれにはちゃんとした理由があったんだ。

 先生の前だから言えなかっただけで。


 先生が……ご、ごほん!

 ね、猫、そう、白い猫がね! 

 車道に飛び出したと思って、とっさに庇ったんだよ。

 だけどそれ、風に舞うただの白いゴミ袋だったんだよね。

 ははは。


 ……。

 言える?

 『軽くて薄っぺらいゴミ袋をポルティオン先生と見間違えたんです!』だなんて。

 逃走中なのに身元保証人として来てくれた先生の前でそれを?

 無理だよ。

 それこそ僕の死因になりかねない。



ーーー(回想)


『勝手に逝こうとしないで! 異世界転生の準備は全て僕に任せておいてください。……はっ! あ、あの、院長先生? 近い。素敵な笑顔が近過ぎますよ?』

『猫君。少し私とお話をしようか。今、私の老いた耳には『異世界転生』と聴こえたのだが? 気のせいかな。確かアレの許可はまだ倫理委ーー』

『……くっ、こうなったら! 院長先生、ごめんなさい。太陽けーー』

『違うんだよねぇ、ポーズが』

『……え?』

『ハイ、チーズ。それ、『なんちゃってぇ〜!』のポーズだから。かの名作を軽く流し読みしただけであろう猫君には難しい注文かもしれないが、一ファンとして見過ごすことはできないんだよ。それとその技に水素の核融合なんて必要ないよ。やめてほしい。どれ……、うんうん、よく撮れているね。ご覧、この画像。みんなにも見せてあげたいね。SNSにあげようかな。で、猫君。このあと私とお話する時間はあるよね? 夕食をご馳走しよう。おや? 坊や、どこに行くんだい。キミも一緒に来るんだよ』


 僕と先生は院長先生からありがたいお説教と夕飯をいただき、そのあと無事に帰宅した。


ーーー



 うん、わかっていたよ。

 あのトラック事故は関係ないってことは。


 う〜ん。

 あ、そうだ。

 今日も学校の廊下でクラスの女子に捕まったっけ。



ーーー(回想)


『ねえ、スグル。私、最近太っーー』

『うん!』


 解せぬ。

 僕は本人が言ったことに同意しただけじゃないか。

 アイアンクローで吊るされた僕の腹部を女子の腕が貫通してきた。


『ぐあああああああッッ!!!』

『なによそれ。ワニ軍団長にでも憧れているの? ダメよ、アンタじゃ腹筋弱過ぎて盾にもなりゃしないわよ。というか、防げないならかわせばいいじゃない。担いで避けることもできたでしょ。一瞬で割って入る速度と余裕があったなら』

『漢の中の漢、ワニ軍団長に対する不当な侮辱はやめるんだ! あれは逃がす時間を稼ぐために、剣を封じ抑え込むために、なにより乱入という不作法への詫び、不義理への落とし前の意味でもあえて受けたんだ! ぐあああああああッッ!!!』

『ふふ、笑わせないでくれる? こっちの腹が捩れちゃうわ。そんな話はどうでもいいの。それよりコレ見なさいよ。あんたのせいで袖が汚れちゃったじゃない!』


 腑は落ちるばかり。

 どうにも腑には落ちなかった。


ーーー



 これも違うな。

 そのあとフィットネスバー代わりに散々酷使された挙句、イマイチねと解放(棄て)されたもの。

 それで終わりじゃなく、災難は続いた。

 昼休みに不名誉にも『ヤ◯チャ完全再現w』と見出しをつけられた写真付き速報がばら撒かれたせいだ。

 僕ら男子は『もはや生かしてはおけぬわ!』と激昂するその女子から放課後まで逃げ回ることになった。


 あ、アレかな。

 プゥ〜という音に振り返ったら、そこにはキ……うぐぅう! ?


「おおうっ! ダメだ……! そのときの凶悪犯の名前と顔を思い出そうとすると、鼻に捻り込まれたキビヤックの強烈な臭いまで蘇るッ……!」


 死にかけた記憶の数にかけては誰にも負けないという謎の自負がある。

 でも、これ以上死因を求めて日付けを遡っていっても意味はないだろう。


「ツラい!! 長期放置はやめてくれたれろ!!」

「あいたたたッ!?」


 再び突然の痛みに襲われて、思考の海から現実に水揚げされた。


「イタタタ……、えっと、最新の記憶は……無人のコンビニでトイレを借りて、一生懸命踏ん張っていた……ような? う〜ん、死んだ()()()()で記憶が飛んでいるのかも。ダメ、ギブアップだよ。先生、教えて。今回、僕はなんで死にかけているの?」


「ショックだと思いますが、それは合っていますよ。キミの直接の死因は圧死です。トイレに篭って頑張っている最中に、上空から落ちてきた魔王の下敷きに。キミは洗浄ボタンを押す間もなく、コンビニごとペシャンコになりました」


「そ、そんな! じゃあ、僕が下校途中に拾った新種の『絶叫ポテト』は!? アレ、どうなっちゃったの!? トイレに赴く前にタケシに預けておいたんだけど!?」


「魔王の転移に巻き込まれてやって来た異世界産のマンドラゴラのことですよね? 無事でしたよ。瓦礫の下から抜け出てきたところを、タケシ君が捕まえてあの魔王の口の中に投げ込むまでは」


「タケシィィッ!!」


 じゃあ、この僕を差し置いて、魔王ごときが最初の一口をいただいたというのか!?

 絶対、許さない。


「……魔王はなんて? 美味しいって?」


「いや、咽せていましたね」


 食レポすら満足にできないのか。

 貴様ァ、どのツラ下げてやって来たんだ、異世界の魔王!!


「キラは瓦礫から発掘したキミを抱いて光華し消え去るまで号泣していましたよ。拭く間もなく下半身だけとなった……ふふっ、ケツ丸出しの、キミを……ふふふっ。それはもう見るに堪えない光景でした。だから、キミの訃報をキラから聞いたあの子らはああして戦っているんですよ。せめて、キミのケツを拭ってやろうとね。……ぷっ」


 嫌な事実を知らされた。


 魔王さま、頑張ってください。

 みんなの頭も念入りに踏み砕き潰してほしい。


「でも、僕ってこうやって心臓潰されてもなんか変な能力で取り繕われるでしょ。なのになんで今回に限ってあっさり死んだの? あっ、頭が潰されたからか」


「いえ、前に僕がやったときにはどこが吹っ飛ぼうと取り繕っていましたよ。そのとき使っていた身体が僕が用意した義体だったせいで不死性が上手く適用されなかったのではないか、僕はそう推測しています」


「……先生。もう一回だけ確認させてもらえる? それは全部本当の話? 本当の本当に、これは先生が考えて考えて考え抜いた末のゲームの演出じゃないの?」


「どんな演出ですか。違いますって。キミは本当にお尻を拭くこともできずに死んで、今時、恥ずかし気もなく素で異世界転生モノを始めようとしているんです」


「でも、この状況。どうせ先生もクチャクチャと何枚も噛んでいるんでしょ?」


「僕をクチャラーみたく言わないでください。でもまぁ、そうですね。僕が用意した異世界転生も無関係とは言えないです。実はあれ、ただのゲームではないんですよ」


「知っているよ! 高かったもん!」


「いや、値段のことじゃなくて。事前に公表しておいた通り、あのゲームの舞台は実在する異世界にあって、参加者はそこへの転生体験ができます。ですが、その転生は疑似体験です。厳密には転生はしないんですよ。向こうに用意してある義体アバターにキミらの精神だけぶち込む、そういった仕組みなんですよ。別の人生経験を通して精神的成長を促してみようかなぁと企画してみました。ほら、キミたちってこのままだと三ヶ月後の最終決戦で確実に全滅するでしょ? この辺で少しテコ入れしておきたかったんです」


 ……今、さらっと地球の余命が公表されなかった?


 さ、三ヶ月後だと!?

 想像していたより早く来るんだな。

 研究者たちの予想だと十数年後、早くても僕らが大人になる頃って話だったのに。


 いや、今は僕のことだ。

 三ヶ月後の地球の心配なんかしている場合じゃない。


「なのに、僕はここで死ぬ?」


「そう。キミだけ、何故かガチの転生システムに引っかかっちゃった。今現在、キミは僕が用意した義体の死をきっかけに、向こうへと魂を持っていかれそうになっている。それを僕がキミの魂を本来の肉体に戻してこの亜空間に匿うことで時間稼ぎしている。向こうへの出立はもう阻止できない。今はそういう状況です」

 

「……なんで僕だけが……」


「キミ、追加パッチを当てました?」


 ギクッ!!


「キミ、僕が昨晩送信しておいたパッチ。あれを当てて、ちゃんと追加チュートリアル講座『常識を習得しよう』をこなして、ここにいるんですよね?」


「……う……」


 してない。


 昨日の勇者検定後に追加配信されてきたそのパッチ。

 白猫掲示板のチャットを確認すると、その話で騒然となっていた。



ーーー(回想)


『聞いたか? 馬鹿正直にチュートリアルを始めた間抜けなやつらが数人、未だに帰還できていないんだってよ』

『そうらしいな。このまま一生終わらないんじゃないかって言われてるぞ』

『帰還できたやつに会ってきた。なんかおかしいんだよ。ナオミのやつ、声まで変わってて』

『あのパッチ。多分、元ネタは瞳術イザナーーー』


 掲示板の書き込みを見た僕は怖くなり、裏ワザでそれを回避しようとした。


 ポルティオン先生の作品には大抵隠しコマンドが隠されている。


 お手持ちのポルラボ社製品があるなら試してみるといい。

 意外な物が先生のお手製だったりするよ。

 便器とか。


 あ、そうそう。

 その便器もなかなかの曲者でさ。

 隠しコマンドで、利用者名や使用回数、排泄物の詳細なデータを見れたんだよね。

 利用履歴を記録していることが判明した日から連日街中の女子トイレが爆破テロの標的に。

 でも、便器自体は無傷。

 さすがは宇宙人クオリティ。

 結局、テロリストが起こした民事裁判に負けて、先生は強制撤去を命じられた。

 運が悪かった。

 裁判の陪審員が全員女子でテロリストだった。


 隠しコマンドの入力法はこうだ。


 ①お手元のポルティオン・ラボ社製品に『にゃあ』と声をかけてみよう。

  どこかに微かに振動する部位があるはず。

  そこに優しく触れてみましょう。


 反応がないのなら、もう一度。

 大声を出しませんでしたか?

 爪を立てませんでしたか?

 まさか、猫声をガチ真似していませんよね?


 先生は猫が大の苦手ですよ。

 猫は基本的にツンだし、道端でよくシャーッ!! と威嚇されるから。

 先生、ああ見えて、実は犬派なんです。

 自宅に飼っている、ミト、ゴロウ、レイゾウコという名の雑に御三家な雑種犬を大層可愛がっています。

 

 部位には優しく声をかけて、優しく触れてあげてください。


 今回のゲームの場合、アプリ『異世界転生』起動時の空間ウィンドウの裏側がそれです。


 ②①で見つけた場所に『みんな大好きポルティオン先生』と書き込もう。


 動画サイトに幼稚園児が書き込んだ『めんナよ犬すさホ。ノレテイオソせソせこ』で起動する様子が上がっていたので、書き込む際に大事なのは気持ちなんだと思う。


 管理者モードの起動に成功すれば、裏コード一覧が表示されるはず。

 数京もある項目の中を逃げ回る『チュートリアルキャンセル』を頑張って見つけて捕まえよう。


 ③部屋を埋め尽くすほどの数の確認メッセージが出ます。

 全てに『YES』をタップしよう。


 確認メッセージは千差万別だった。

 指が押し慣れてくる絶妙なタイミングで『YES』と『NO』の位置を入れ替えてきたり、『設定を変更する』を『設定を変更せず』とテキストを変えてきたりと姑息。

 そこまで不信を募らせた上での画面の完全ブラインドとか、卑怯だと思うんだよね。

 一等の『YES』以外が豪華景品だったスロット式の確認では、一発で並ぶ『YES』には殺意を覚えた。

 僕は頑張った。

 最後の『YES』をポチッと押すと裏面が始まったが、頑張った。

 想定内さ。

 裏面、真面を乗り越えて、大ファンファーレが部屋に大音量で鳴り響いたとき、拳を掲げると同時に『本当にこれで終わっちゃうの?』というわけがわからない切なさに襲われた。



「……てへ。すっ飛ばしちゃった」


「でしょうね! キミ、実は稀有な存在でしてね」


「へぇ」


稀有けうと読むんですよ。まれると書いておいて、滅多にないことを指します」


「知っていたし!」


「割と頻繁に使う言葉なので覚えておいたほうがいいですよ」


「滅多にないことなのに?」


「とにかく。キミは現時点でもうすでに異世界間転生者なんです。異世界むこうから地球こちらにというこれまたよく聞くヤツ。わざわざ用意した安全対策をわざわざ介さずに素で異世界と接触したことで、キミの魂は向こうの因果律に接触、回収されてしまった。キミの魂は本来のレールに戻ろうとしたんですよ」


「……え?」


異世界間いせかいかん転生者てんせいしゃです」


「それは読めるよ。それより空気を読んでくれないかな。今、僕は()()()()を受けているんだから。えっと、……ええぇ。じゃあこれって、今回ゲームで体験するまでもなく、僕の異世界転生はとっくに始まっていて、今、終わりかけているって話なの?」


「はい。ショックでしょうけどね」


「ええええ、なにそれぇ……。これまでの人生、特別なことはなにもなかったよ? この身体なんてイカれた研究所で高天ヶ原民の始祖の細胞から造られたそいつのクローンだし。前世の記憶なんてないし。造られる前に巨乳の美女神様を拝謁した覚えもないし。成績も評価も中の中。精々、今、目の前でもやたらと影の薄い自称猫型エセ宇宙人が浮いているらしいって程度。くそう! なんなんだよ! 普段は心臓がブッ飛んでも勝手に取り繕うくせに! こんな肝心なときにはあっさりとポックリとか! 一体、僕って地球になにしにきたんだよ!?」


「ええ、本当に謎です。観察を続けどもこの十年、キミはただただ七転八倒するばかりだし。でもまあ、キミの不死ってそれなりにチートでは? あと、並外れた巻き込み体質であり、巻き込まれ体質ですし」


「一応は僕も主役体質だった、と? なのにそれを活かせず、モブのまま十歳で終わりか。あぁもうっ! どうなの、僕の物語。ざっと振り返ってみて、お世辞にも読者様に高評価いただける内容だとは到底思えないいいい!!」


「え? 待ってくださいよ。確かに僕はさっき、巻き込み体質、巻き込まれ体質だとは言いました。でも、主役体質とは言っていませんよね? キミは単に並外れたトラブルメイカーってだけ。サスペンスドラマの冒頭で発見される死体だってこれに当てはまりますよ。今回だって始まりからいろいろと巻き込んでいますし」


「……僕、なにか巻き込んだっけ?」


「そんな台詞をどの口で! まず、ここで地面に頭叩きつけて割って僕に謝ってください。あの魔王。アレを呼び込んだのもキミなんだからね!?」


「ここには地面なんてないよ。おかげで先生ばかりか僕まで浮いちゃっているよ。さっき異世界が不法投棄してきたって言ったじゃん! 先生自ら、自分のせいだと自供したばかりでしょうが!」


「していない! 僕が準備したゲームシステムを悪用されたと言っただけ。それに本来なら、異世界間の双子星を繋ぐサルウッドの下へ現れるのが筋のはずです。なのにそこを経由せず、直接、顕現先にキミの真上が選ばれた。キミが持つあちらとこちらを繋ぐ様々な縁が取り持ったんです。異世界が魔王を遺棄し、宇宙がそれを受け容れて異物であるキミの頭上へと誘導した。全てはキミの魂を宇宙から排除し、異世界が回収するために。一度起きた現象は癖づいて何度でも容易に起こる。三ヶ月後の最終決戦を待つまでもない。今回は擬似地球で回避しましたが、次にこの規模の厄災に見舞われたら今度こそ人類は星諸共滅びます」


「…………」


「ところで。先月に起きた存亡の危機を覚えていますか?」


「先月? ……ああ、うん。違法ガチャ運営満月落下事件でしょ? 1000万円使っても狙いのキャラが出なかった先生がキレて、本土の運営会社目掛けてモーニングスターよろしく月を引きずり落としたあのーー」


「違います。先月、高天ヶ原に襲来し暴れた化け物、不滅鬼母神フメツ・キボシンのことです。あいつ、いくらなんでもチート過ぎたと思いませんか。この世界の物理を一切ガン無視したあの異常耐性。あれが新種の樹界領域主フィールド・ボスだというなら、本来離れられない自領を出て複数の領域をも越えて高天ヶ原にまで侵攻できた理由は? 未だにあいつの自領は見つかっていない。第二、第三の不滅鬼母神フメツ・キボシンが現れてもおかしくはないこの状況。でも、高天ヶ原はそれを全く危惧していませんよね?」


 高天ヶ原の上層部はあれの正体を把握していて、僕らには公表していない?


「……って、え? じゃあ、あれも先生の仕業?」


「違います。あれの正体も魔王だったんですよ。キミの魂がこちらに闖入した際に一緒に紛れ込んだほんの僅かな悪意の欠片、それが核となり成長を遂げたモノ。宇宙に上手く認識されておらず、事象が正しく適用されないバグキャラだった。『捕食した魂を身に宿し、その魂が持つ願望スキルを行使する』能力で、高天ヶ原民が持つ能力スキル『龍脈偽造』と『想体形成』を獲得し、一方的な攻撃をしていたんです。でも、地球こっちでは魂持ちは限られている。本来ならもっと厄介な敵なんですよ。蒐集した多種多様な願望スキルを使ってくるから。ちなみに正攻法は、わざと自滅スキル持ちを孕らせて弱体化させて討つ、です」


「…………」


「ヤツは特異なキミの魂を求めて侵攻してきたんです。幸い、暴走したキミがあちら由来の力を使ってくれたおかげで、不滅鬼母神フメツ・キボシンを屠れました。キミの存在が仲介をなし、宇宙に不滅鬼母神フメツ・キボシンの存在を再認識させることができたからダメージが通り倒せた。同時にその瞬間こそが、十年もの間匿われてきたキミという異物が存在することを宇宙に悟られた瞬間であり、今回の騒動のきっかけにもなるんですがね。でもそうでなければ、地球はあの魔王一体如きになすすべもなく蹂躙されるところでしたよ」


「…………」


「えっと、聞いてます?」


「……チュウ……」


「はい? んー……、えっと、わかりません。教えてください。結構重要な種明かしをしている今のこの流れで、何故、ネズミの鳴き真似を披露してくれたんです? ショックで先祖返りを? でも哺乳類の祖先って、『ゔぉえぇえ』って鳴いていたらしいですよ」


「え、マジで!?」


「ええ。もう絶滅というか進化退化してどこにも存在していないので聞いた話になりますが。少なくとも、この前の飲み会で鳴き声を披露したサルウッドはそう言っていました」


「へえ。知らなかった。……って、飲み会? 先生、世界樹と飲み会しているの? じゃあ、居場所も知って……じゃなく! 今はそんなことより、チュウ! チュウだよ! キス。接吻。口吸い。僕、チュウも経験せずに死ぬなんて……!」


 うわぁあん。

 このままだと僕の異世界転生人生、ファーストキスもないまま終わるぅう!!


「ええいっ! こ、こうなったら……!」


「ちょっと! 落ち着きなさい。顔が近い! 顔が近いいい!! もしかして、口部粘膜接触のことですか!? なにを言っているんです? キスなんてキミはとっくに経験しているでしょうに。僕が知っているだけでも結構な数、奪われていますよね? そのことで僕は教育委員会からも指導能力を疑われているんですけど?」


「なん……だと? それ聞き捨てならないな。詳しく!」


「連中ったらね。全ての元凶は僕じゃないのかって、いつも決めつけてかかっててーー」


「いや、先生のグチじゃなくて、僕の唇を奪ったヤツのことだよ!」


「え? ああ、キラのことですか? ……あ、そうか。知らないのか。そういやキミ、毎度ことごとく気絶していますものね」


「なんだとぉ!?」


 今、キラって言ったのか!?


 犯人はあの子かよ。

 アンビリーバボー! だよ。

 信じられない!

 ずっと仲の良いお友だちだと僕は思っていたのに!


 あいつが、キラが、僕の大事なファーストキスを奪っていた……。


 一体、僕になんの恨みがあるっていうんだ。

 こんな状況でなければ今すぐにでもくすぐりまくって、またみんなが見てる前でチビらせてやるのに!

 乳首、腋の下、踝、かかと、そして耳周りの産毛。

 お前の弱点は知り尽くしているんだぞ。


 舐めやがって。

 本当に舐めやがって。

 そうだ、奪ったといえば、この間のバレンタインデーでもあいつはやりやがったんだ。

 あいつ、僕が女子たちから頂戴した大量のチョコを全て奪っていったんだ。


 …………。


 白状するよ。


 僕はバレンタインデーの日に女子から大量のチョコをいただいた。

 それは本当だ、嘘じゃない。

 だけど、僕がモテてもらったわけではない。


 チョコは僕が自力で奪い取ったのだ。


 言っておくけど、この行為に問題はない。

 ウチの街ではね、二月十四日は男子は女子からチョコを奪い取っていい日なの。

 そんな日に持っているヤツ、奪われるヤツが悪い。

 死ねばいいんだ。


 この素晴らしいシステムに女子サイドからも反発はない。

 だって合意の上だもの。

 僕らのような飢えた亡者どもの返り血をより多く浴びたほうが、贈るチョコの価値が高まるらしい。


 でもね、キラは別に悪い子ではないんだよ。

 友だちではなかったけれど、僕のクラスメイトでチームメイト。

 いざというとき、頑丈で凄く頼りにも盾にもなる最硬のシェルター。

 替えは利かない存在。

 ちょっと手に負えないイタズラっ子なだけなんだ。

 あとで一個だけだけど返してくれたし。


「それはあの座布団サイズの?」


 そう。

 まるで入れ間違えた致死量に達する塩をあとから百倍の砂糖で誤魔化そうとしたような味の。


「あれ、キラの手作りですよ」


 わざわざか!

 道理で頂戴した覚えがないわけだ。


「僕、一晩神棚に捧げて、凍る寸前のジェラートみたいな冷水で身を清めたあと、この世の総てに感謝しながら食べちゃった! 生まれてこれて本当によかったとか言っちゃったよ! あいつ、男の子でしょうが! いや別にいいんだよ。あいつとは心の……友だ……クラスメイトでチームメイトだもん。イタズラであってほしい。でも万が一の場合は受け入れるよ。同性愛……うん。正直、驚きと身震いと身構えは禁じ得ない。だけど僕は差別なんてしない。心から応援してあげるさ。たださ、誰を餌食にしてもいいけど、僕はダメ!! 女の子なら誰でもいいけど、男の子はダメ。それは最終手段!」


「いえ、キラは女の子ですよ?」


「は? ……あはっ。先生まで信じているの? そんな与太話を。それなら僕も知っているよ。でもそんなわけないでしょ。僕ら、お風呂に一緒に入って裸のお付き合いしているのに」


「ええ。入っていますよね。えらくナチュラルに。キミたち、今年でもう十歳になるんですからね。教育委員会に呼び出されてぐちぐちと言われるまでもなく、それは担任として注意しようかと思っていました」


「ええ!? タケシだって一緒に入っているんだからね? キラはトイレだって男子んトコ使うよ?」


「キラとタケシ君は幼馴染ですからいまさらというか、無頓着というか。あの子らをくっつけようとしたこともあるんですが、全く興味なさそうでなんとも。男子トイレでは個室を使っていませんか? 普通に並んでやってそうな気もしますが」


「ん、いつもそうかな」


「……え、本当に並んで……?」


「いや、一人だけ個室に」


「そこで疑問に思わないんですか?」


「そんなの、今日も健康的だなと思うだけだよ。友だちがぶりぶりと健やかなのは喜ばしいことじゃないか。それよりもさ、校舎三階の例のトイレ。大を流すとファンファーレが鳴るの、なんとかならないの? なんで勝手にドアが開いて便座ごとエレクトロなパレードに連れ出されるのさ。大くらいで恥ずかしがったりしないけど、さすがにあれは恥ずかしいよ。パレード終わるまでお尻への精密狙撃がやまないから立ち上がることも履くこともできないし! 純金製のウンチ像を記念品にもらえるのは嬉しいけどさ」


「昔はね、学校で大をすることを恥ずかしがる子が多かったんです。その頃の対策の名残りですね。撤去しようにも、便座は使用するまでどれだかわからない仕様になってます。摂った物を純エネルギー化し排泄はしない僕にはどうすることもできない。あの子の髪、長いでしょう?」


「へえ、先生に千年殺しが効かない謎が今解けたよ。お尻の穴がなかったのか。うん。確かにキラの髪は腰ぐらいまである。普段、帽子やフード被って中で纏めているから、意外とそのことをみんな知らないんだ。僕ってほら、くせっ毛でしょ? 十センチを超えると二周目の円を描いちゃうんだよね。だからこれ以上伸ばせない。くそっ! ほっといてもらえる!? そうだよ! 僕が長く伸ばしたらラスカルか赤影先生だよ! 雨の日とか浴びてもいないのに湿気吸ってクルックルになっちゃってさ。おはようって声かけても、誰? って顔されるんだよ。胸がズキンってする! それに比べてさぁ、キラって綺麗な黒髪だよね。指で梳くとサラッサラで気持ちいいんだ。本読みながらずっと梳き続けているときがある。でもさ。髪が長ければ女の子ってわけじゃないよ。先生にはお相撲さんも女の子に見えているの?」


「スグル君、ラスカルはアライグマです。それと赤影ではなく月影先生。赤影は忍者です。お互いの部屋に泊まったりもしているそうですね。意外とピンクなファンシーグッズいっぱいでしょ、あの子の部屋」


「え、マダガスカルだっけ? ラスカル、マダガスカル、オスカル、パスカル。もうどれがどれだか。いっそどれかに統一してほしいよ。忍者と言ったら火影でしょうが。どこのローカル忍者なの? えっと、うん。僕ら寝るときは一緒の布団だね。どうせいつの間にか潜り込んでくるんだもの。二つ敷く意味がない。夏場はイヤだけど冬場はいいよ。あいつ温かいから。名付けて、抱きつき湯たんぽ・キラ。低温火傷しないから個数があれば売り出せると思うんだ。確かにキラの部屋の小物にはピンク色が多い。ぬいぐるみもいっぱいある。でもあのぬいぐるみの大半はリクエストされて僕が縫ってあげた物だよ。ピンクは僕も好きな色だし。ぬいぐるみといえば、ポルティオン先生も負けてないよ。持って帰りたいぐらいだ。抱き枕にいいよね、ほら、先生って形状的に胴長……あ! ううん、なんでもないよ!!」


「…………」


「あ、そうだ! ちょっと聞いてよ。キラったら僕が好きな子ができたって言うとさ、変なアドバイスばっかよこすんだよ。昨日だって、鼻眼鏡と『ケダモノ』ってプリントされた全身タイツを渡してきて、僕にそれ着て告白してこいと言うんだ。案の定断られたよ。僕もさすがに袖を通しながらこれはダメだって気づいていたからね。相手に『キミには私よりもっとふさわしい子がいるわ。それもキミのすぐ側にね』って言われたの。どこにだよ!? 本当にいるなら随時ミリ単位の詳細な座標を教えてよ。あいつはさ、女の子の心をこれっぽっちも理解できてないんだ。好きな子ができたらスッゴイ苦労するね。そのときは僕がアドバイスしてやるんだ。クヒヒ!」


「…………」


「えー、まだ納得いかないかな? まぁ、確かにキラの御子息なんて見た覚えがないけどさ。先生だってキラを脱がしてじっくり凝視したわけじゃないんでしょ? もしそうなら正直に言ってよ。教育委員会どころか、当局直行だ! でも安心して。僕は先生を信じている。先生なら一からだってやり直せるハズだよ!」


「…………どうせ僕は胴長短足ですよ。でもでも! これは僕らが寄せているヌコ族の特徴なんですぅ! 本来の僕の姿はね、もっと、こう……」


「え? なんの話? もう! 大体さ、本当にキラが女の子なら、本人が直接僕に教えてくれるはずだ。僕ら、と……クラスメイトでチームメイトだよ。そもそも、いくらキラでも僕のファーストキスを奪うようなヒドイことはしないと思う。僕は信じ……………信じているよ? ちっ! バカじゃないの!? なんでその距離とタイミングで空振るんだよ! 魔王、そこだ!! 違う! そっちじゃないって言っているだろうが! キラは上からの攻撃をとっさに左に避けて戻るクセがあるんだよ。先生、僕の声を現場に届けられないかな。ねえ、聞いている? 先生ってば! ……あ、映像が止まっちゃったよ?」


「いえ、宇宙そのものを僕が停止させただけ」


「なんで?」


 相変わらず無茶苦茶な人だな。

 ……あれ?

 今、キラ、ちょっと動いたような……。


「そろそろ本当に時間に余裕がなくなってきました。……というか、こんなときに僕らはなんの話をしているんですかね。どんどん本筋から外れていく。さすがは『迷探偵コンニャク』、その異名は伊達じゃないですね」


「それさ、誰が言い出したのか知らないけど、僕のことなんでしょ? どういう意味?」


「コンニャクってほら、柔軟でくにゃんくにゃんしているけれど、どう料理しても崩れず溶けないでしょう? 自分のカタチを変えはすれども結局元に戻る。加工を誤るとかぶれる。意外と重くその気になれば凶器にもなる。釣竿のしなりを活かすと結構な威力が出るんで、お化け屋敷で使う際、癇に障るカップル客などをまとめて闇に葬ることができたりします。味を染み込ませるのに一苦労するなどなどなど。そういったコンニャクの性質になぞらえることでキミという存在を上手く表現できているなと我ながら思います」


「うん? おかしいな。まるで悪口に聞こえる。僕は先生にどういうふうに見られているのさ?」


 僕は某少年探偵を原作とアニメ、週二回見て学んでいる。


『犯人はあの人だ……!』


 事件が起きたら、とりあえずそう言っておく。

 それを聞いた犯人が焦ればボロも出る。

 時間を稼げば稼ぐほど怪しい関係者は減っていくから、推理はグンとしやすくなる。

 最後まで思いつかなかったら、生き残った事件関係者に背中を向けてこう言おう。


『……気は済みましたか?』


 すると、大抵の犯人はやり遂げて疲れているのか、『……いつから私だと?』とか言い出す。

 あとはニコリと笑って犯行の苦労話を促し、お好みで気づいた瞬間を決めればいい。

 ほかにも犯行がしやすいように関係者たちの仲違いを誘い単独行動をとらせたり、次狙われそうな人に睡眠薬をあげてぐっすり眠らせたり。

 事件関係者を一堂に集めて犯行の粗探しや改善点を言い争わせるのも効果的だ。


 ね? 名探偵を名乗るには充分な実力があると自負している。


 でもなぜか、僕が事件に身を乗り出すと、すぐに犯人が名乗り出てくる。

 もういっそ俺が! 僕が! 私が! 儂が! わらわらと。

 臨月の子が母親の腹を蹴りまくってアピールしたり、被害者が息を吹き返して名乗り出たこともあったな。


 僕以外が全員犯人ってどういうことさ。


 そこで僕まで名乗り出てはいけない。

 僕だけ連行されるから。

 最近は顔出しただけでどういうわけか時効が成立するし、もうわけがわからない。


「僕はキミのことを名前の通り優しい子だなと思っていますよ。なんだかんだで困っている人の意思など無視し、その魔の手をどこまでも伸ばして捕えて寄り添うことができる子だと。ただ、全身凶器。近付く者皆傷つけますし、逃げたところで回り込まれる」

 

「それ、僕はこの歳で悪ガキ、不良を通り越してみんなに通り魔とか呼ばれない? あと、やめてくれないかな。みんな、そうやって僕のことを『名前の通り優しい子だね』って言ってくれるけどさ。暗に優秀じゃないって言われている気がするんだってば!」


「うーん。まだアピールが足らないか。そりゃあの子も過激に打って出るしかないですよね。……ぷぷっ、笑えます。今後どうなってしまうのやら。うん。スグル君。今のカミングアウトはナシで!」


「え? どういうコト?」


「問答無用! つい言っちゃったけれどバレたらキラやトワが怒るし。面白いし。自分たちの問題は自分たちで解決するようにね。では、今の一連の話はなかったことに。これからも楽しませてください。……ええい!」


「うわっ!」


「ハイ、そういうわけで。スグル君はキラのコトどう思います?」


「え? キラは僕の心……ううん、ただのクラスメイトでチームメイトだよ。…‥ねえ、僕の生き死にがかかったこのタイミングであいつの話が出てくるのはいささか不自然じゃない? 先生ったらまた僕の記憶を消したんじゃない? やめてくれないかな、そういうの」


「うーん。何故そういったカンが推理に活かされないんでしょうね。……キミ、本当は何もかも最初からわかっててわざとミスリードしていませんか?」


「え、なんのこと? ねえ、今大事なのはチョコキラーのことより、僕のこれからだよ。転生しちゃうんでしょ? 無駄話のおかげでもう心の準備ならできたから大丈夫。さぁ、いつでもどうぞ。お世話になりました」


「いえ、異世界転生ならしませんよ」


「え? しないの? でも、僕は死にかけていて、僕の魂が持っていかれるのは阻止できないし、僕がこのままいると地球は危険なんだよね?」


「だからこれ以上被害が出ないよう、キミには異世界に逝かずに、()()()もらいます。転生はしません。今回、キミを甘く見た僕の判断ミスでもありますからね。責任はとりますよ。さて現在、キミの存在を、宇宙は異物として排除しようとし、異世界は回収しようとしています。転生という強引な手段でね。でもそんなもの、キミが身体ごと向こうに行くことで回避できちゃうんですよ。宇宙はキミがいなくなればいいし、あちらの法則はキミという存在を内包できればいい。そんなもので満足します」


「つまり、これは異世界転移するって話だったの?」


「ええ。すでにキミの存在は宇宙の因果律から奪われている状態です。こちらにとどまったところで生きてはいけない。この宇宙はすでにスグル君の存在を認めていません。よって、全ての物理現象がキミを無視しておこなわれます。例えを挙げれば、引力重力遠心力、自転公転、諸々の影響を受けないのでその場に取り残されてしまうとか、酸素も取り込めないとかね。……ここまでの僕の話は理解できましたか?」


 ええっと……。


「『僕は先生が作ったゲームのせいで異世界転生しかけたけど、先生が阻止してくれた。僕は転生せずにこの身体のまま異世界転移をして向こうで楽しく生き延びる。僕に拒否権はない』ってとこかな?」


「まぁそんな理解でかまいません。キミには、オープニングイベントすっ飛ばして、生身で異世界に行ってもらいます」


「……そっか。わかった。僕がいることで地球が滅ぶんじゃ仕方がないね。死なずに済むだけありがたいよ。でも、このままのお別れはつらい。伝言を頼めるかな?」


「いいですが、なんと?」


「一人残らず頭を潰せ! って」


「魔王に? ……わかりました」


 一刻も早く僕の最期を忘れてくれ。


「では、向こうで原因を解決し次第、僕がキミをこっちにサルベージしますので。上手い言い訳か、お土産くらいは用意しておいたほうがいいですよ。キミはオープニング後にお預けを喰らうみんなに抜け駆けして一人異世界を先行体験するんだから」


「……え? 帰ってこれるの?」


「はい。できれば帰還してください。最終決戦直前にキミという強力な手札カードを失うのは痛い。なによりこの僕からキミを横取りしようってのが、ちょっとムカつくんで」


「僕がいなくてもウチのバケモノ連中だけで大丈夫じゃない?」


「あはは。相変わらず自己評価が低い。僕の筋書きだとキミの協力があれば、最終決戦の戦死者の数を七割は減らせるんですよ」


 マジで?

 先生、僕になにさせる気なの?


「……異世界転移、か」


「不安ですか? 諸事情で僕はご一緒できませんが、こちら側からサポートはしますよ」


「ううん。ちょっと残念だなと思っただけ。僕、異世界転生で本物の家族っていうのを体験できると思っていたから」


「すみませんね。やれなくはないんですが、収拾が数倍面倒になるので。あ、家族に興味が出たのならいかがです? 里親制度なら申請してくれればいつでも受けられますよ?」


「違う違う。それはずっと断っているでしょ。血が繋がった本当の親、そういう環境に興味があっただけだよ。僕は一人暮らしで困ってないし、気楽でいいんだ。ごめん、話続けて」


 可哀想なんて理由で親になられても迷惑だ。

 子ができない家や失った家に引き取られて代用品にされるのも真っ平ごめん。

 模造品クローンとして生を受けた偽物な僕だけど、本物の家族なら将来お嫁さんを見つければ作れる。

 だから無理してまで、他人と家族ごっこする必要はない。


「そうですか? まぁ、かまいませんよ。いろいろと準備中の勧誘作戦を無駄にするのもあれですし。じゃあ、気が変わったらいつでもどうぞ。では、話を戻して。もちろん、僕はキミを回収するつもりでいます。でも、向こうの因果律に囚われたままでは同じことの繰り返し。どうも向こうに、今もキミの存在を縛っているなにかが残っているようで。キミにはそれを断ってきてもらいたい」


「縛り?」


「これまでも相当強引に仕掛けていた形跡があってですね。うーん、外部からではあっちの世界記録アカシック・レコードを辿れないのでなんとも。なにしてくれているんでしょうね。アプローチの癖もバラバラで意図が読みきれない。ん? あ、そうか。これもしかして一人じゃなく、複数いるのか。単独犯だけど、ただ重なっただけで……ああ、それなら……」


「うわわ! なにこれ?」


 大量のウィンドウが出現、周辺を埋め尽くす。

 それら全てに目で追えない速度の情報が滝のように流れている。

 ちょ!? まだ湧いてくるの?


「あ、すみません。ちょっと気になったことがあって。少し待っていてくださいね」


 こういう()()()()()()()は嫌いなのに。


「手持ち無沙汰です。お願い、今は集中させてください」


 デート中に相手が電話に出て話し込まれるときのアレ。

 恋人がいない僕にデートの経験はないけどわかるよ。

 キラの買い物に付き合わされているときにそれに似た経験をしたもの。


 …………。


「はい、お待たせしました。結局、予想の域は出ないんですが転生させられる先は判明し……ん? ちょっと! 当事者がなにくるくるとのん気に膝抱えて遊んでいるんですか? わかったことがあるんで、聞いてくださいよ」


「効いているよ。放置は寂しい。きっと世界に無視されるってツラいんだろうね。暇で暇でくだらないことばっか気になるんだ」


「おおっ、わかりますか」


「なんで僕には彼女ができないんだろう。そろそろ男も対象にしたほうがいいのかな。先生は僕が受けだと思う? それとも攻め?」


「キミも結構かまちょさんですよね。こんな短期間でどんだけ追い詰められているんですか。そんなことより、新しくわかったことがあります」


「えっ? 攻めと受け以外にどんな属性が?」


「キミは攻め手です。キミに自覚はなくとも。いいから聞いてください。多分ね、キミ、まだ死んでいないんですよ」


「うん? それは先生がインターセプトしてくれたからでしょ? ありがとう」


「どういたしまして。いや、そうじゃなくて、えっと、キミの前のキミ。スグル君の前世の身体は向こうでまだ生きています」


「は?」


「なんらかの方法で前世のキミの死後十年も。まず、その身体を介してキミの魂にちょっかいを出しているヤツを一人見つけました。異世界転生ではなく『異世界蘇生されかけている』というのが正しかった。ゲームで接触するまでは()によるプロテクトが機能していたみたいですが。キミを排除したい宇宙と取り戻したい異世界がキミへの反魂を利用しているのが今の状態。そこにゲームシステムが加わり、一押ししちゃったんですね」


 異世界蘇生されかけていた?

 十年も前に死んだ身体に蘇生?

 そんなのメチャクチャ嫌なんですけど。


「で、結局、僕はどうしたらいいの?」


「予定通りに異世界転移を。その後、帰還するために努力してもらう。ただ、厄介な誰かさんが向こうで反魂を続けているので、今後も魂を奪われる危険性が出てきました。それを達成されてしまった場合、今のキミは死にますね。前世の身体に今のキミの人格や記憶は引き継がれない。それに反魂は非常にデリケートで難しい技術です。の荒いやり方だと、最悪、キミは不完全な状態で蘇生するかもしれない。そうなると、今世、前世、立て続けに死亡する可能性がある」


「うん、わかった。異世界へ行って飯盒しているヤツを片っ端から始末してくる!」


「わかっていなさ過ぎる! 反魂は・ん・ご・んですよ。野営で飯盒はんごうしている人を片っ端から襲撃してもなにも解決しませんよ?」


「え? あ、うん。わかっているよ?」


「本当に? 『前世の身体を見つけて始末する』。まあ、帰還するにはそれが手っ取り早いですかね。とりあえず、キミの魂を保護していたプロテクトを強化しておきました。これでひとまず大丈夫。ただ、重傷を負うのは避けてほしい。向こうでキミの不死がどこまで有効かわからないので。あとは向こうに行って調査しましょう。ここ最近こっちの宇宙の因果律を狂わしてきたキミの不死性。何故か身に秘めている対竜特効剣ドラゴンキラー。いくつかのイレギュラー要素。多分、その辺の原因もこれから向かう先にあります。それを解決できればキミはこちらに戻れる。それらを解消し宇宙法則への負荷が減れば、僕も動きやすくなる。最終決戦、キミたちは勝って終われるもしれない!」


「……宇宙法則への負荷?」


「宇宙法則が抱え込める不具合には限界がありましてね。実は、諸々の事情で僕やユミル族の連中はこの宇宙に認識されていないんです。存在しない僕らが不用意に干渉すると宇宙法則が破綻してしまう。普段、僕らはそれをなんとか誤魔化しているんです。これでもやりたいことをかなり我慢しているんですよ? いつもキツキツでやりくりしているのに、キミのイレギュラー要素ときたら横からごっそりと奪っていく。正直、困っていたんですよね。カフーツイなんて、隙あらばキミを消したがっていましたし」


 てか、ユミル族って一体。


 …………。


 ……まあいいか。

 聞いてどうなるわけでもなし。

 どうせ神様に限りなく近いなにかだろう。


 普段、先生は直接手助けはしてくれない。

 遠巻きに意味深なアドバイスっぽいものをくれるだけで、後々になってそういう意味かとわかることのほうが多い。

 からかっているんだと思っていたけど、ちゃんとできなかった理由があるらしい。

 キャラが弱いのも、案外それが原因だったりして。


 かまちょな先生が宇宙そのものにもシカトかまされている。

 その事実はちょっと泣ける。

 そこに僕が負担をかけていたなんてそれを白猫保護団体タワーズに知られでもしたら……。

 僕はクラスのみん……、白猫保護団体タワーズに粛清されるだろう。

 下手したら人質に取られている自作ポエムを校内放送で熱唱される可能性も。

 ……ブルッ、震えがくる!


「いいですか。キミへのちょっかいを利用して少し因果律を弄ります。転移後、キミは前世の縁へと引き寄せられるでしょう。諸事情により僕自身は直接同行できませんが、ゲームの下準備をさせるため送り込んである僕の分身が向こうにいます。現在、音信不通になっていますが、探して接触をとってみてください。キミをこちらに送り込み、反魂も妨害していた以上、キミに協力してくれるはずです」


 口を開くたび、鹿や兎のフンかってくらいにポロポロと情報を洩らしてくる。

 一人でも厄介な先生の分身?

 それが僕をこっちに送り込んだ?

 反魂を妨害してくれてもいた?

 僕に協力をしてくれる()()


 あ、ダメだこれ。

 先生の分身が敵だった場合、詰むでしょ。

 助けてぇと泣きつきに行ったら、トドメじゃああ!! と、しばかれる未来が見えた。

 前世の僕は、先生の分身を怒らせて地球こっちに飛ばされた……そんなパターンもあり得るのでは?


 先生の分身を急いで見つける必要はあるが、接触するのは事情を見極めてからだな。


「うん。ありがとう。……アレ? 異世界転移ってこういった荷物も持っていけるの? 僕、いつの間にかいろいろ持たされているけど?」


 思っている以上にテンパっていたのかな。

 今頃になって自分の装備に気がついた。


「ええ。デデンデデデン! と素っ裸で乗り込むのは法的にもモラル的にもどうかなと。雑貨程度なら許容範囲ですよ。肺の中の空気。胃の中の食べ物。体内外の微生物、腸内細菌も一緒に転移させます。じゃないと体調を崩しますもの。地球側とはオフラインになりますが、端末も持っていってください。視界投影UIインターフェースなど大抵の機能は向こうでも使えます。正規じゃないですが、弄れば一部はゲームシステムも利用可能かと思います」


 頭には普段通り、この忌々しいくせっ毛を封じる愛用の猫耳ニット帽。

 上は橙と茶色のストライプの長袖、下は栗色のハーフパンツ。

 どれも僕の闘気を与えて育てたヤドリギの繊維で編まれた特注品。

 僕との親和性はバツグンで、全力の闘気でも灼いてしまう心配はない。


 腰に巻いたホルスターには携帯端末デバイストリガーが収めてあるだけでなく、薬莢シェルポーチがついている。

 ポルラボ社製品が込められた薬莢シェルは、携帯端末デバイストリガーの薬室に詰めて撃つとその場に内容物を複製召喚できる。

 ただし、その都度担保としてPP(ピッズ)が必要になる。

 召喚時に諸経費の最大額を押収し、返納時に消耗分を引いて返金される仕様だ。


 僕が所有する薬莢シェルは、『護衛機ヴァンガードメリーア・リエス』と『飛翔機ソロネスライドシュテルン』が込められた二つ……あれ、三つある?


「ねえ、薬莢シェルが一つ増えているんだけど?」


「向こうでのトイレはそれを使ってください。寝泊まり用の拠点ハウスを込めた薬莢シェルです。トイレ飲食睡眠入浴歯磨き、あちらでも規律正しい生活を心がけるように」


「おおおお!? これ『ドッペルハウス』だ! しかもこのナンバー、初期型モデル!! 設置場所を三箇所も共有空間指定できる、高くて購入を諦めたヤツ! 本当にくれるの!?」


「いえ。貸してあげるだけです。お気に召したら購入してください。価格は三億五千万ポイントになります。なお、今回これを逃すと再入荷予定はありませんのであしからず」


「くっ。全然手持ちが足らない! てか、それだと召喚もできないよ!」


「ふふふ。今なら特別に、なんと! たったの手付金百万PP(ピッズ)で、向こうに行っている間は担保ナシで何度でもご利用いただけるお試し期間を体験可能です。しかし、ごめんなさい。このキャンペーンへの参加は提案後三十秒以内に申し込まれた方のみにーー」


「買ったぁ!」


「お買い上げありがとうございます。帰還後のご利用には三億五千万PP(ピッズ)の購入と同額の担保が必要となることをお忘れなく」


 守銭奴め!!

 これで僕のPPピッズは底を突いた。


 おや? 背負っているこのイカしたワンショルダーのリュック。

 わかる、着け心地でわかるぞ。

 これはいいものだ。

 これもレンタルだろうか。

 譲ってほしいんだけど、今の僕には切る手札、肝心なPPピッズがない。


「そのリュックと靴は拠点ハウスのお試し特典ということで、僕からのプレゼント。でも、ただのリュックですからね? 無限収納ではありません。精々、ファスナー密封時に空間を隔絶して収容物の保護と重量を適量に誤魔化せるだけです」


 靴も? あ、本当だ。

 この靴も僕の物じゃない。

 誂えたようにサイズはぴったりで気づかなかった。

 履き心地も問題なしだ。

 ……ん? コレどこかで見たことが……。


「ああっ! この靴は! ここここれってさ、 ポルラボ社の初期限定モデル、王者の靴(キングス)じゃない!? 恐れ多くも戦姫いくさひめが履いておられる女帝の靴(エンプレス)と対になっているヤツ! 高額トレード目録、幻の13位! まさか、実在していたとは! うおおお……」


 履いている両足が震える。

 まさか、僕の両足がこれを履く日が来ようとは……!


 この靴を巡って幾度も街が消し飛び、夥しい数の死人で山ができたという伝説のシロモノだ。


「極秘裏に僕が回収していました。確かにそれを巡って地球や月が割れるなど多々ありましたが、さすがに死人は出していませんよ? 意地でも僕が死なせませんでした。それ、僕が手がけた試作品なんですが、モルモットを募るためにほしいならあげますよー、なんて言ったのがいけなかった。この世に二足だけという希少さが、みんなの琴線に触れちゃったのでしょう。数年にも渡る長い長い争奪戦が繰り広げられました。いつの間にかチャンピオンベルトみたいな扱いに。血の匂いが誘ったのかアイツも飛び入り参加してきて、それの片割れを履くことに。お揃いなんて夫婦かよと囃し立てたアホな子がいてね。片割れ(それ)を履く者は己への求婚者、つまりぶっ殺しても構わないとイミフな解釈したんでしょうね、あのケダモノは。王者の靴(キングス)を履くと自動的に彼女とのお見合い(デスマッチ)が組まれるんですよ。だから『処刑場へと自ら向かう靴』『贄の靴』と次々と凄惨な呼び名が生まれ、履く人や足がその辺によく転がっていました。そうそう最後は世紀末覇者の証とか呼ばれていましたっけ。新世紀も早々に。悪いことは言いません。帰って来てからもそれを履き続けるのはやめておきなさい。返り血を浴び足りないのか、最近のアイツは血に飢えていますから。襲撃されますよ」


「うおおおおおお! 超一級限定品、ゲットぉおお!!  ……ん? んんっ? まさか!? え? え!? うっわ〜! このリュック思い出したよ! 高額トレード目録の32位。今は絶滅危惧種になった、元気だった頃の白麒麟の革でできたリュック!! これをゲットできる懸賞シール目当てで、幼稚園児たちに街中のジュースとアイス奢っていたら、先生にすんごい怒られたときの! そこまでしたのに結局外れちゃった因縁のアレだよ!! 何億使ったっけなぁ。それでちょっとグレちゃったもんね、僕」


「……あれがちょっとですか? 抽選はね、外れたんじゃないです。抽選自体が中止になったんです! そうか、キミ、あのあと樹界に篭って暴れていたから。あのね、キミが起こしたあの『公共交通機関無差別下痢嘔吐園児多発心傷事件』。アレが原因で、僕はキャンペーンそのものを見直しさせられたんですよ? なんにでも限度ってものがあるでしょうが。今でもそれ見せると園児たちや保護者の心の傷が鯉の口みたくぱくぱく開くんです。そのリュックはもう世に出せないだけでかなりの数が倉庫に眠っていますよ。材料の白麒麟も今や入手困難。連中、以前は山頂部に成る仙桃を食い尽くす害獣として狩り放題でしたが、今では何故かその辺の猫見てもショック死するような貧弱な絶滅危惧種に。革も毛も痛みまくりで使えやしないんですよ」


 今、プレゼントって言ったよね!? 返さなくていいんだよね!?

 先生、僕、いちいち確認なんてしないよ!?

 だってもう僕の物だし!!


「はい! ではもういい加減、異世界転移させますよ。だべっていたらキリがないです!」


 ヒャッホーウ!


「うおらぁあっ!」


 先生がヤクザ蹴りして空間に亀裂を入れ始める。


「先生。もう少しファンタジックにできないの?」


 もしかして、その亀裂に飛び込めとか言い出すんだろうか。

 真っ白な空間だからわかりづらいけど、散乱する砂粒ほどの小さな空間片にさえ身の危険を感じる。


「スグル君、こっちへ」

「ちょ、あぶっ! 押さないで。違う。振りじゃないんだ!」


 空間……亀裂?

 ……転移……。


 なんだろう。

 一瞬頭を過ぎった言葉に胸の警鐘が鳴りやまない。


「では、全身を全力の闘気で覆っておいて。あ、ダメ! その角度だと鼻から上だけ転移先が数キロズレます。もうちょい屈んで、こっちから……そう! そのくらい……あっ、それに触れちゃうと……あ、いえ、なんでもありません。気にしないで、多分大丈夫。はい、そこでストップ。圧死したくなければその姿勢をキープ、お願いします。タイミングは僕に任せてね。おけ? じゃあ転移いきまーす。はい、5、4、3ーー」


 あ!


「ねえ、先生。ああなったのは魔王が転移してきたせいなんでしょ? 僕が転移したら、向こうで空間爆砕は起きないの?」


 先生は顔を合わせてくれなかった。


「…………グッドラックッ!!」



 ◇◆◇◆◇ーーーーーーーーーーー◇◆◇ーーーーーーーーーーー◇◆◇◆◇

                 つづく


 この先は裏設定。


 スグル『僕と(特訓に)付き合ってくれない?』

 キラ『いいよ』

 タケシ『……』


 キラ『俺と(買い物に)付き合ってくれない?』

 スグル『いいよ』

 タケシ『……』



 以下は、もう埒が明かないと、外堀を既成事実でせっせと埋めることにしたスグルの将来のお嫁さんこと、神代かみしろ キラと神代家にまつわる内容です。

 最後まで読むと、以前グレたスグルがなにをしでかしたのか、少しわかります。


◇◆神代家のエトセトラ◆◇


【神代家】高天ヶ原民の祖・哪吒の直系。

 表向きは五大家の盟主とされている。が、実のところ古来より四大家の傀儡。

 面倒な政治には関わらせず、血を遺すことのみに専念させているともいえる。

 神代家や分家に生まれた女性たちには強い子孫を残す『産女うぶめ』の務めが強要される。

 他家に生まれた女児の下へも誉れある産女にならないかと神代家の迎えが来る。

 それを『生まれた娘は不出来でございます。お預けすれば神血を穢すことに。皆様のお手を煩わすことなく親である私共が一生をかけて教育を致します。神血を紡ぐ大役を担えぬせめてものお詫びに、どうかこちらをお納めください』と、それなりの辞退金を包み追い返すのが慣い。分割払いも可である。

 辞退金額は誕生祝いの祝詞と共に一般公開されるので、周囲を納得させるだけの額でないといけない。

 金額をケチると『非天人』と謗られたり嫌がらせを受ける。


 神代家では神血を紡ぐ役を担う女児の誕生が望まれる反面、男児の誕生は歓迎されない。

 神代家の男児は強力ゆえに高位の産女の腹でしか産めず、その貴重な子宮を焼く可能性が高いからである。

 気性によっては危険と判断されて、赤子のうちから幽閉や断種の処置がなされることも。

 スグル世代は多くの優秀な産女を犠牲にして生まれたため、神血を絶やす者『火産霊カグヅチ』と陰で呼ばれているが、元々それは神代家に生まれる男児を指す隠語。


【華街】神代家と分家が取り仕切る高天ヶ原の聖域。

 子をなす器、産女が住まう神聖な場所。

 華街は江戸の遊郭、産女は遊女、最高位の神産女は花魁に近い。

 ただし、華街は男に快楽を与えるためにある色街ではない。

 高天ヶ原の男子に子を与えるか否か、その血に価値があるのか否か、運命を決める厳粛な場。

 ここで生まれた男児は後継者不在の場合を除き、基本的には孤児として施設に入る。

 女児は華街で産女として育てられる。


 天人にとって産女は生命線。

 華街において産女は宝。その立場は軽んじられてはいない。

 ここで産女を求める者に必要となるのは強さで、コネや大金ではない。

 お見合い場というか結婚相談所というか、訪れる男子には厳重な審査がある。

 『オラ、華街さ行ってくる!』と息子が股間の孫と一緒に吠えるならば、両親は涙ながらにお金と産衣と葬式の準備をして逝かせるのである。


関女衆せきめしゅう】華街を訪れた男子を迎え、試しの儀や昇級の儀を取り仕切る女武官の俗称。

 挑戦者への生殺与奪の権も与えられており、手合わせして男子の強さを見極める。

 一席すらこなせない男子に紹介できる産女などなし。

 帰れ! と言わず、還れ! である。

 最悪、その種は不要と踏み潰されることも。

 行くときは息子だったはずの者が、イクこともできず娘になって帰ってくる現実の厳しさ。

 『悲しいけれど、コレ、精巣なのよね。』と手渡されたお土産に泣き崩れる親も少なくはない。

 試練は全部で七十七席もあり、勝ち抜いていけば最高位の神産女にも器を借りることが可能となっているが、現在、神産女は存在せず、関女衆も五十から七十七席までは空席。


【婚姻統制】女は自身より強者の男には嫁げず、大きく劣る男子にも嫁ぐことは許されない。

 強さは恋愛の幅を拡げる。

 学校の昼休みにおこなわれている決闘、あれは女子の格付けに必要なものなのだ。


 モテるぜ、私! 産めるぞ、私! 

 身の程弁えぬ地べたの死屍累々どもを見てもまだ身芯萎えぬならば。

 さぁさぁ、男どもよ! 迸れ!!

 私にはだかって来い!!

(祝・第四千四百四十四回・逆決闘(プロポーズ)大会のキャッチコピー/廃案)


 格に合わない妻を娶る場合、お家存続のため、夫には同格の産女との間に後継者をもうける義務が発生する。

 その制度を利用すると正妻にも産女の務めが課せられ、相応の男性との間に子を残さねばならない。

 妻が産んだ子は分家が引き取り育てる。

 大抵は親元から離れて育てるが、異母兄弟が同じ屋根の下で育つこともある。

 高天ヶ原の家庭事情は歪。

 親がいかに気を回そうとも、同い年の異母兄弟が顔を合わせる機会は多い。


◇◆【神代家の人々】◆◇


神代かみしろ キラ】スグルと同じく白猫教室に在籍するクラスメイト。

 母は、最強女子『八姫』の第二位『神姫』と呼ばれた神代 アカネ。

 人外な肉体強度と怪力の持ち主。

 『不滅エターナル』という自身へのダメージをガン無視する無茶苦茶な強靭化特性を誇る。

 気の吸収と強靭化以外はできず、欠陥品と見なされている。

 本当は女の子。

 物心がつく前から神産女の道を強要されないように、男の子として育てられた。

 転入初日は一人で七転八倒するスグルを見て面白がっていたが、母性本能をくすぐられてか次第に放っておけなくなり惹かれ始める。

 しかし、真の天然の前にはアプローチが空振り、苦戦が続く。

 やたらと聡く他人の核心を突く言動が多いキラであるが、これは心が喚く『聲』を聴くことができるからである。

 この能力は公言しておらず、口から出る言葉以外は聞き流すことにしている。

 この聲を聴く能力は本来誰もが備えている能力であり、特別なものではない。

 人は他者を拒むうちに聴く能力だけを失い、今も知らずに聲だけ喚き続けているのだ。


神代かみしろ アカネ】キラの母。白猫教室第一期生。

 最強女子を指す『八姫』の先代第二位『神姫』。

 神代家の姫様で当主になるはずだった。

 祖・哪吒どころか、その父である獣王にも届くほどの先祖返りを起こしている。

 気の吸収と竜血の放出、その両方を同時に行使可能な人外。

 神代家歴代の中でも最強の力を有する。

 始祖を再誕させ得る『真の神産女かみうぶめ』と期待されていたが、夫トワとの出会いを経て神代家を出奔した。

 時代錯誤な神代家で大事に大事に囲われて育てられたせいか、『妾』『其方』など古風な口調で話す。

 無表情かつ尊大な言動で冷たい印象で見られがちだが、箱入り娘な彼女の心根は清純な乙女。

 完食できなくはない独特の味付けをするが、味覚は正常で、料理の腕は本人の努力によりかなりのモノ。

 自分の好物(お酒、チーズ、メイプルシロップ等)、キラの好物(アイスや果物)、さらに来客の好きな食べ物や推奨される栄養素、彼女の手料理は前提としてそれらを全て投入することが決まっている。

 むしろ、そんな材料を加えてよくぞここまで立て直したなと褒めるべきなのだ。


神代かみしろ 永遠トワ】白猫教室第一期生。

 ハルカへの腹いせに作った彼女のクローン胚、それをウッカリ飲み込んだポルティオンが孕んでしまい、出産した子。

 十日で消える短い寿命のはずだったが、一部宿したポルティオンの力で存在をキープ。

 見た目は十二歳。

 アカネとの恋を楽しむが、年を重ねるにつれてアカネと背丈と歳が離れていった。

 彼は永遠の命よりもアカネとの間に未来を紡ぐことを選択。

 彼女とのたった一日の夫婦生活のために大人となり短い生を終えた、……はずだった。

 娘キラの中にいるのは彼の残留思念体とポルティオンの力の一部。

 表面上は娘の恋を応援する理解ある父を装いつつも、憎っくきスグルを亡き者にしたいらしい。

 時折キラの身体に顕現しては二人の恋路の邪魔をする。

 顕現中はキラの肉体は永久トワに寄って男の子になる。

 スグルとの混浴時にはそれを応用しており、スグルにキラを男だと思い込ませる原因の一つとなっている。

 キラはスグルの家によく突撃しお泊まりしているが、実際には父親同伴なので問題視はされていない。

 彼こそがスグルの内に潜む者の協力者であり、今回、これ幸いとスグルを異世界に転生させようとあれこれ画策した犯人の一人である。


【ポルティオン=ユミル】キラの父を孕んじゃった人。

 不死の存在で生殖を必要としない彼には性別はないが、男性寄りだと本人は公言している。

 アカネを保護し『彼女は息子の嫁にもらいます』と直接五大家にお願いしに伺い黙らせた。


【カフーツイ】ポルティオンの弟分で、彼の家の同居人。

 古くから地球に潜伏し、様々な工作をおこなっており、神代家を含む五大家、哪吒、獣王、恐竜種、世界樹サルウッドとも関わりは深いので、ここにも書き込まれる。

 干渉するのは最初だけで、あとは静観するタイプのユミル族。

 全体的な最善を選択しているだけであって、彼自身は別に悪人ではない。

 義兄ポルティオンが地球に来た時点で工作は諦めたらしい。

 最近はあちこちの甘味処にぶらりと姿を現してはのんきに食べている姿が目撃されている。

 ユミル族の中ではサルウッドに次ぐ強個体。

 とある行為に対し一矢報いるべく、まだ胎児だったスグルの遺伝子に干渉。

 激しい攻防の末に彼の髪質を癖っ毛にした。


神代かみしろ ハルカ】世界樹を護る樹界最終領域守護者ラスト・ガーディアンにして、恐竜種原種ティアマト。高天ヶ原に入り浸り、ハルカと名乗っている。

 ポルティオンの家に居候中。

 高天ヶ原の最強女子『八姫』に不動の第一位『戦姫いくさひめ』としてずっと君臨し続けている。

 その正体は、ポルティオン=ユミルの同類、聖霊アルティマ。

 アルティマが憑依せずに領域主ティアマトが立ち塞がっていたならスグルたちに勝ち目はなかった。

 というか、もっと根本的なところで成り立たない。

 彼女は地球最初の人類である恐竜種の誕生にも関わっている。

 核を依代として不要と削ぎ捨てられたティアマトの肉体。

 そこからハルカの存在に影響を受けて誕生したのが恐竜種。

 天人の祖の父、最後の恐竜種も、ハルカに保護されていた卵より孵化し、彼女の教育と啓示を受けて古代中国に赴いたのだ。


神代かみしろ ヒカル】十歳。

 スグルと同じ白猫教室のクラスメイトで、アカネの異母弟。キラの叔父に当たる。

 非常に強力な力を有しているが、将来、彼の子を宿せる産女が存在しないのが問題。

 暖かい家庭に憧れる彼が本家から出奔したのは、強個体である異母姉を妻に迎えるため。

 女の子だと知ったあとはキラを嫁にしようとし周囲からホモ認定を受ける。

 襲来時は弱者を見下す高飛車な性格だったが、猛者だらけの白猫教室に入ってからは徐々に軟化し、強さだけに拘らなくなった。

 フラれ続けてスグル二世と呼ばれていることを知り、ひと月寝込んだこともある。

 乙姫にも告白したが、タケシに敗れたことで最強の男ではないという理由でフラれる。

 今は別の子が好きで、子作りは別にいいかなとか思い始めている。

 同性愛者嫌疑を解くのに苦労している。


【竜宮家】神代家の分家筆頭。

 代々、五大家の跡継ぎを供給してきた一族。

 優秀な産女を輩出し続ける。


【竜宮 乙姫おとひめ】スグルのクラスメイト。竜宮家の次女。

 優れた素質を持ち、最も神産女に相応しい娘といわれている。

 神産女は産女の頂点、産女として育つ女子の憧れ。

 当代最強男子の血を後世に遺すことを最優先の務めとするので、彼女を独占したいなら彼氏は最強である必要がある。

 今日までの天人に必要不可欠だった産女の歴史、生き様を尊び、一族に誇りを持っている。

 高天ヶ原の最強女子を指す『八姫』の第二位『竜姫』。

 タケシのことが好きだが、自分の想いより務めが第一と考えるお真面目さん。

 血肉に飢えた高天ヶ原の女児とは思えないほど、お淑やかで優しくお姫様然とした娘。

 女の子と知ってからはキラを敵視し避けるようになった。

 神代家の直系でありながら産女の重責から逃げていることへの怒り、キラに神産女の座を奪われるのではという恐れ、神産女でないとタケシと一緒になれないという焦りからで、キラ自身を嫌っているわけではない。


星馬ほしば タケシ】スグルやキラのクラスメイトであり、一緒に樹界探索をおこなうチームメイト。

 星馬家は神代家の分家筋に当たり、代々非力な男子しか産んでこなかったため、分家の中でも末席として扱われている。

 火産霊カグヅチ計画によって生まれた、始祖・哪吒の細胞を用いた強化人間の一人。

 『起源ルーツ』の使い手。

 ・他者の竜血に自身の竜血を同調させる。他者との竜血同士の干渉、衝突を起こさない。

 (同調は対象個人に対してのみ。同時に複数人との同調はできない)

 ・他者の竜血を自身の竜血に同調させる。一時的に自分の限界を超えた竜血量を使える。

 (徴収後の竜血は自身の竜血扱いとなる。自身の竜血と同様一度接点を失えば再接続はできない)

 父母ともに事故で死別。双子の弟とも離別。弟は養護施設で暮らしている。

 後見人はユミル族のカフーツイ。

 なんでもそつなくこなす才能の塊で、スグルにはなにかと敵視される。

 キラとは幼馴染。風呂も一緒に入るほどの仲だが、互いに手のかかる弟分としか見てないので、特には問題なし。

 学校のお姫様(マドンナ)竜宮 乙姫とは恋仲。

 『お前は『神産女』になればいいさ。俺が最強の『男神』になって独り占めしてやるよ』


【天人始祖・哪吒】高天ヶ原民の始祖。星馬タケシの前世。

 哪吒の複製クローンを身体とするスグルに、タケシが適切な助言ができるのはそのため。

 かつての自分の姿でバカやられるとなんとも居た堪れず、手を出したくなるらしい。

 やや達観気味だが、なんだかんだで面倒見はいい。なにせ、みんな自分の子の子孫だから。

 散々だった前世を取り戻すように、今は少年時代を謳歌中。

 前世の記憶持ち転生者で、タイムリープ経験者で、天人の祖の生まれ変わりで、前世に劣る肉体という枷を持ち、学校のお姫様と恋仲で、実は女の子だった幼馴染がいて、やたらとライバル視してくるかませ犬な前世の自分のクローンがいるという、タケシは生まれながらに主人公体質。


 哪吒を転生させたのはカフーツイ。

 本来なら、哪吒のクローン体に転生する予定だった。

 高天ヶ原の王として再誕し、最終決戦を率いるはずだった。

 それをスグルに横取りされたため、急遽、今のタケシの身体を転生先とした。

 生前、哪吒とカフーツイは盟約を交わしている。

  哪吒『高天ヶ原に一族をもうける』。

  カフーツイ『哪吒を血族の行く末に立ち合わせる=最終決戦に参加させる』。

 カフーツイはほかにも関わってきた者たちを何人か天球へ転生させている。

 獣王の名もなき長子『天候を操り雷をも纏う凄まじき男(スサノオ)』もまたその一人。

 一地域、天球の文化が微妙にアジアンテイストな理由がそこにある。



星馬ほしば あきら】

 火産霊カグヅチ計画で産み出された、始祖・哪吒の細胞を用いた強化人間の一人。

 使用された産女の胎内で途中意図せず分化した突然変異体の片割れ。劣性体と判断された。

 竜体形成と同時に龍脈も形成する特異体質を発現。だが、自分の意思では龍脈を解除できない。

 気の過剰摂取による細胞分裂の異常、竜血の暴走で傷ついた肉体を異物と捉えて竜血が焼き払うために自滅が起こる。

 幼少期に竜血を暴走させ、施設に収容されて薬物漬けの生活を送る。

 自分を助けようとした両親を巻き込み殺害。

 『起源ルーツ』で抑えようとした兄タケシとの同調を拒絶、重傷を負わせる。

 能力を阻害する薬物投与がなければ身体の維持すら困難な状態。

 薬物への耐性によって維持効果が望めなくなり、死期を悟って施設を脱走。

 タケシや高天ヶ原の人々を道連れにしようと暴れる。

 暴走し竜血で肉体を自壊させて逝くその最期を、キラが一人で拘束し看取った。

 最期まで呪詛を吐きながら燃え尽きていく。


『放せ! てめぇらも死ね! 死んでしまえ。お前らばかり。なんで俺ばかり。みんな死ね。俺だって死にたくないのに! 嫌だ! 嫌だ……助けて……一緒に……誰か…誰か一緒に死んでくれ……もう独りは……』

『少しだけね。少しだけお前の復讐を手伝ってあげるよ。嫌がらせ程度だけど。俺の名前、キラって言うんだ。似てるよね? きっとタケシはこれからもずっと俺の名前を聞くたびに、言うたびに、書くたびにお前を思い出すんだろうね。俺があいつのそばにいる限り、あいつはお前を忘れたくても忘れられないよ』


 タケシの眼には、アキラはかつての自分に映る。

 自分から剥がれず憑き纏う亡霊、罪そのものに思えた。

 過去と()()から継承した記憶。

  ()()()()()()()()()()()()造られた人工子宮・天岩戸より不完全な恐竜種の身体を得て蘇った自分。

 崩れいく身体で()()()()に挑み敗れた自分。

 己を元に、次々と量産され消費されていった火産霊(分身)たち。

 母殺しの火産霊として生を強制された己の子らの子孫。

 全て失った。

 自分に向けられた憎しみすら失い、彼はまた与えられた。


【スグル】キラの未来の旦那。高天ヶ原民の始祖・哪吒の複製体クローン(失敗品)として生を受けた。

 懸賞シールを求めて街中のアイスやジュースを買い占めたものの、処分に困り幼稚園児に奢りまくった彼は、重篤な社会問題『幼児交通機関無差別多発下痢嘔吐事件』『幼児自宅便所引きこもり占有事件』ほか、説得に失敗しお漏らした家族たちの心傷及び心的退行、職務放棄による都市運営の低下等の事態を引き起こす。

 事件の発端として容疑をかけられてネチネチと監督責任を問われたポルティオンはおかんむり。

 白猫に怒られ、抽選にも外れたこともあって、スグルは樹界に篭ってやさぐれた。

 樹界領域主『白虎』を半殺しに遭わせて経験値を与え続けた。

 憎き白猫の最凶最悪の領域主(キャラかぶり)を育てるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ