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先生と僕の異世界デバック滞在記  作者: 野良大介
二章 厄災、アステアに住み着く
43/56

スグル in 奴隷宿舎

「………?」


 なんかスッゴイ変な夢見た。


 見たというか聴いていた?


 …………。


 …………。


 あれれ? ダメだ。なんの夢だったっけ?

 内容が思い出せないや。


 胸が痛い。

 さすりたいんだけど、どこだ?

 痛いところに触れられない。

 なんだか心臓を鷲掴みにされていたような、妙な痛みが残っている。


 念のため闘気を全身に巡らせて確認してみる。

 どこにも異常はないな。

 なんなんだ、コレ。


 うーん。

 とりあえず、今は身に迫る危険のほうを優先しようか。


「キミさ、その足でなにする気?」


「……ちっ!」


 不審者に声をかけた。


 橙色の灯り……ランタンの火に照らされているのは知らない少年。

 レンダぐらいの歳だな。

 ……上半身裸。

 レンダたちにあった物と同じ隷属の紋様が首から胸にかけて刻まれている。


 彼は右足を上げて僕の股に狙いを定めていた。


 危険な彼の右足を蹴って退ける。


 動いたらお日様の匂いと干し草の匂いがした。

 僕が横になっているこのシーツの下には藁が詰めてあるようだ。


 これ、ベッドだな。

 僕、寝ていたのか。

 あれ? 上に掛けるものがない。


 少年が持つランタンの有効範囲は狭い。


 今、何時だろう? 

 窓が見えた。

 外は薄暗い。

 景色からでは夕方か朝方か区別がつかない。


 ……あれ? 携帯端末デバイストリガーからの反応がない。

 いつもなら意識するだけで視界に時間を表示してくれるのに。


 ない!

 携帯端末デバイストリガーがない!


「チッ! スヤスヤ寝てやがったクセに。カンのいいヤツだな!」


 少年はつまらなさそうに言い、僕の使っているベットの柱を突き飛ばして離れていく。

 ぺちぺち足音を鳴らしてそのまま去る……のかと思ったら、すぐ隣で立ち止まった。


 灯りが移動したことで暗闇が隠していた隣の様子が暴かれる。


 レンダがいる。

 はぁ……。

 コノヤロウ、尻尾が股に巻き込まれていて隠れているが、また全裸だ。

 裸にならんと寝れんのか。


 ヤツが寝ているのは隣の二段ベットの下段。

 作りが一緒だから、僕の寝ているこのベットも二段ベットなんだろう。


 少年が先ほどと同じ格好で狙いを定めた。


 うん。興味がない。


 身を起こそうとして、天井の低さにちょっと戸惑う。

 一人暮らしで兄弟もいない僕。

 二段ベットの使用経験がないのだ。

 頭をぶつけないように一応手を添えてみたけれど、必要なかった。

 僕の座高なら身を起こしても頭をぶつけない高さ設計だ。


 あ。知らない天井……だった。

 言いそびれちゃった。


 でもこれ、知らない天井に該当するんだろうか。

 上のベットの底板だよね。

 ……うん。ノーカンにしよう。

 次回、機会があればその時ノルマを達成しよう。


「喰らえ、朝殺し!!」


 え? 朝なのか?


 ゴッ! ギシッ! ゴンッ! ドスン。


「フギィッ!? ぐおおおおおぁあ」


 音は合計六コンボ。

 一、二、三……ああ、頭をぶつけたんだな。

 上ベットの底板は、さすがに立ち上がろうとすれば頭をぶつけてしまう高さだ。


「イッテェ! グエル、……それ、金玉は、……やめろって、……言ったよな!?」


「ぎゃはは! 喜ぶなよ。お前、これじゃなきゃ起きねえじゃねえか。正直にお礼を言えよ。本当はクセになってきたんだろ? あぁん? 次から有料だからな。金貨一枚用意しとけよ?」


「くっそ……」


 なんて凶悪な目覚ましコンボだ。


 頭と股間を抑えて悶えるレンダとそれを見て爆笑する目覚まし少年による茶番劇も終わったようだし、もういいだろう。


「うわぁ!? 明る……!! な、なんだ!?」


「目が、目がぁ……」


 グエルと呼ばれた少年が驚いているのは、部屋が突然パッと明るくなったからだ。

 レンダは頭と股間を押さえながらシーツに顔面を押しつけて悶えている。

 地味に苦痛が追加されたらしい。


 ざまあみろ!

 意図せず余分なものが視界に入る苦痛、お前も味わうがいい。

 そしてとっとと履け!!


 発光源は僕の横だ。

 光量を上げた闘気の塊を宙に浮かしている。

 ルクス、ワット、ルーメン……明るさの単位がどれなのか未だにあやふやだけど、まあ、一般的な室内LEDライトほどまで明るさを落とす。


 ちなみに夜間、自分自身を発光させてはいけない。

 虫が寄ってくるから注意だ。

 夏場は特に気をつけたほうがいいね。

 そのまま帰宅すると後悔することになる。

 虫が嫌いなわけではないが、その手の虫は服やらシーツやら、障子、襖とやたら白いものにいたがる。

 うっかり潰してしまうとシミになるのだ。

 そんな反省から、以来、自分から少し離して闘気の光球を作り、多少の熱を持たせるようにしている。


 改めて見渡せば、今いるのは十畳ほどの部屋だった。

 床は木造。

 壁は石造り。

 ドアがない出入り口の先に廊下を挟んでここと似た部屋が見える。

 部屋には二段ベットが両壁に一つずつ。

 ほかは何もない。


 多分、ここはレンダたちの宿舎だろう。


 見た限り、意外とまともだ。


 奴隷の部屋なんて、檻付きの馬小屋同然な場所で糞尿が詰まった壺と一緒に寝ているものだと思っていたよ。

 手枷足枷つけて鎖でジャラジャラ繋がれてさ。


 ベットは木枠に干した藁が詰めてある物。

 シーツが被してあるし、クッション性は割といい。

 新しいのか湿気もなくいい匂いだ。

 掛け布団がないみたいだけど、夏場の今はいいとして冬場はどうするんだろう。


 どのベットも無人。隣の部屋にもいない。レンダと少年だけ?


 はっ! そうだった。


 改めて彼らの隷属紋を見て血の気が引く。

 急に意識を失うまでの記憶が戻ってきた。


 僕は代官の闇の魔法にやられたんだった。


 僕は奴隷にされたのか?


 相手を殺す気でいて倒された以上、殺されても仕方ない。

 けれど、奴隷にされて喜ぶほどマゾっ気は僕にはない。

 状況次第では最悪自決する覚悟もあるぞ。


 ドキドキしながら意を決して襟元から胸を覗く。

 ……ない! 腕!? ……にもない。

 彼らのような奴隷紋はどこにもない。


 どういうこと!?


 この状況、いつでも逃げ出せてしまう。

 何故僕はここに放置されているんだ?


「ねえ、今って朝? 夕方? 僕、なんでここで寝ていたの?」


「夕方。五時過ぎてんぜ。俺が来たときにはそこに寝ていたぞ。てかお前、誰なんだ?」


 レンダに聞いたんだけれど少年が答える。


「キミは知りもしないヤツの股ぐらを蹴るの?」


「新入りがよ、先輩差し置いてこんな時間からグゥスカ寝てんだろ。教育してやろうと思ったんだ。アイサツ代わりに。はは! 後輩思いで優しいだろ、俺。今からでも股開けろよ。金貨一枚で堪能させてやるぜ?」


 新入り……。


「遠慮しとくよ。生憎と一文無しでね。代官にぼったくられたし」


 確かぼったくり代官と面談した時間は昼の二時頃だったハズだ。

 外の暗さからして……ざっと三時間ぐらい寝ていたのか。


「おいそれより。コレ! どうなってんだよ、なんの魔法だ。どこで手に入れたんだ?」


 玉蹴り少年が僕の闘気の球にまで興味を持ってきた。

 別に止めないけれど、蹴ったら多少爆発はするぞ? 


 ん? 

 どこで手に入れた?


 変な表現だな。

 魔法ってどこかで手に入れるものなのか?


「スグルをここに運んだのは俺だ。でも俺も呼ばれて執務室に行ったら、グウスカ寝ているお前を渡されただけだし。お前が起きるまで部屋で寝かせて見てろってな。なにがあったんだ? 団長の執務室、凄いことになっていたぜ?」


 レンダ、寝ていたよね。


「……んー、えっと。代官と戦って負けた。僕、キミらのお仲間にされたのかも。奴隷にさ」


「………は?」


 一瞬真剣な顔を見せたレンダは僕の袖をめくって、模様のない僕の腕を見て断言する。


「……いや、お前は奴隷になってねぇよ。隷属紋がねえ」


 念のため上着も脱いで見てもらった。けれど、レンダや少年の身体にあるような紋様はどこにもない。背中にもだ。


 だけど安堵はできない。

 紋様のない奴隷化だってあるかもしれないじゃないか。

 先生がいればすぐに相談してわかるんだけれど。

 相変わらずこういうタイミングの悪さはピカイチだ。


「でも胸の奥が痛く……あれ? もう痛くない。こういうのって、奴隷化の影響じゃないの?」


「胸? 心臓か? いんやぁ、隷属紋が刻みつけられる痛みは全身を駆け巡るんだ。全身に楔を打ち込まれるんだからな。絶叫モノだぜ。息もできねえ。頭は破裂。心臓が潰される。全身の肉が裂けて骨が砕ける。そんな痛みだ。あと震え。恐怖と寒気が襲ってくるんだ。まずゲロ糞尿塗れだな。根を張ったあとも身体中痛くって爪が剥がれるぐらい搔きむしっちまうから血塗れになる。後引くからしばらくはまともには動けないし。隷属紋いただいてすぐ、お前みたいにグウスカ寝てられるかよ。そんな優しい隷属はねえよ」


 ちょっとレンダ!

 クンクンしないで。

 漏らしていたらさすがに自分で気づくから!


 着ている服はいつものお気に入りだ。

 全然汚れていない。

 藁がついているだけ。

 ああ、だから寝るときは裸なのか。


「そもそも本人の同意なしに奴隷にはできねえ」


「え? それなら誰も同意しないでしょ?」


「するさ。死ぬか隷属かだぜ? 薬で堕として認めさせてもいいんだけどよ。拷問で隷属を迫られるんだ。どうせ血もいるし慣らしも兼ねて。金かからねぇしな。はっ。綺麗な爪しやがって。新入りなら舐められるな。五枚もいったら大物だ」


「五枚以上は俺なら距離をとるぜ。とばっちりはごめんだからな」


「……?」


「ははっ。爪の数だよ」


 爪は普通両手で十枚だろ。

 獣人だと数が違うのか?


「だから、爪だよ。爪を剥がされんだよ。拷問の基本だろ? でも両手の爪は早めに剥がしきったほうが、爪を立てて搔きむしらずに済むからいいんだぜ?」


 近い少年を見ると彼は右手の爪を擦っている。

 少し身震いをしていて、そのときの痛みを思い出しているらしい。


 思わず、奴隷になっていなくてよかったと胸を撫で下ろしてしまった。

 …………。

 奴隷である彼らの前で。

 ちょっと気まずい。


 なによりこうやって気まずく思うこと自体、彼らにとっては不快なんじゃないだろうか。


「ケッ。惜しいことしたな。鞭打ちは気持ちよくて病みつきになるぜ?」


 こっちの気持ちを目敏く見抜かれた。


 レンダと少年が藁を一摘み投げてくる。

 これで落とし所にしてくれるらしい。


 気を使うことに長けた僕より、彼らのほうが上手く気を使う。


 ふふふ。

 コレ、高天ヶ原ジョーク。

 まぁ、これは『借り』としておく。


「ま、とにかく。オイ、新入り。聴け!」


 ん? 


 少年が姿勢を正す。

 少し見下ろす感じで踏ん反り返る。

 あ、これは……いや! させんよ!


「俺の……」

「僕の名はスグルだ。天知る、地知る、猫と人が知る! 世界の暗闇を切り裂く稲妻が如く、天空より光を纏いて顕現せし光の勇者! ははんっ! 知らぬ者などこの世に誰もいない天にも轟く伝説の男の名。そうッ!! お前たちが声を揃え讃える神速の閃光・ライトニングとは、この僕のことさッ!!」


「おおおおいい! 嘘だろ!? コイツ、俺の挨拶に被してきやがった!! しかも目が! 目がぁ! 逆光が眩しい! ふざけんな!もう!」


 勝った!


 先手必勝。

 先制を取ることは大事だ。


 初対面での自己紹介で後手に回るなど愚行。

 自己紹介はその後の関係を左右する弱肉強食なアピールタイム。

 自分を大きく、そして相手を怯ませて小さくしてナンボ。

 こっちの子供業界の常識はレンダたち相手ですでにわかっていた。

 異世界間でも概ね同じ。共通しているのだ。


 さあ、ターンエンドだ。

 お前のターンだぞ? 

 はは〜ん?

 ほら、ほらほら来いよ。

 果たして僕のインパクトを超えられるかな?

 もし超えられるようなら妨害してやるぞ。ふはは!


「くっ!俺の名はグエルだ。轟く旋風のグエル。人は俺をシンプルにグエルと呼ぶぜ! ……ってくっそ! ズルいだろ! 被せてくるなんて。口上なげえし、光るし。お前……チクショウ。チクショウ……! それに一体どこからあのデケェ太鼓の音は聴こえて……」


 ふっ。完全勝利。


 エフェクトやパーカッションぐらい闘気でやるんだよ。

 できなければ金を惜しまず人を雇えよ。名乗りの基本だろうが。

 決め台詞のときにも使えるぞ。(ドンッ!)


「……あー……目がチカチカする……。つか、ライトニング? 聞いたことすらねぇんだけど。グエル、お前の通り名もな」


 いや! レンダ!?

 お前って三歩歩いたら忘れるというニワトリの獣人だっけ?


 思い出せ!

 僕、お前には名乗ったことあるハズだぞ!!

 樹海でお前の生命を救った恩人、それがライトニングだ!


 あ、僕こそ思い出したわ。

 そういえば意識がなくなる直前に、ジェミリアになにかいろいろ言われたような気がする。

 内容は思い出せないけれど。


 彼女の黒い剣の話をしたら、二人は、あぁ、と納得した。


「ジェミリア様の魔剣『黒姫』喰らったのか。それ、俺もやられたことがあんぜ。あのジェミリア様に食ってかかるなんて馬鹿なのかお前。アレは……イテッ!?」


 レンダがグエルの足を踏みつけた。

 もしかして機密事項なのかな。


 魔剣『黒姫』。


 ……うん。

 あのとき言ったな、『黒姫』と。


 発動に詠唱を必要としないのは魔剣の力だったから?

 魔剣、か。

 ……欲しい。

 魔力のない僕にも使えるんだろうか。

 魔剣士スグル。

 うん、いいな。

 絶対どこかで手に入れよう。


「じゃあもしかして、僕、ただお仕置きされただけ?」


「じゃね? なんで『閃光の戦乙女』をお前が怒らせたのか知らねえけども……イテッ!」


 今度はレンダが踏まれた。

 グエルがニヤッと笑う。


 なにその『閃光の戦乙女』?

 それってあのジェミリアのこと?

 闇を使っているくせに、何故に閃光なんて名乗ってんの? 


 ちょっと、やめてもらえるかな?


 僕と『閃光』被るじゃないか!

 それに『戦乙女』って。

 ……いくつだよ、あの人。

 ジョナサンの奥さんってことは三十はいっているでしょ。

 あいつがロリコンまで患っているなら別だけど。


 本当になにもされていないのなら、今のうちにとっととここから逃げ出すべきかな。


 ……あ。ダメだ。


 リュックと携帯端末デバイストリガーがないんだった。

 ジョナサンはあれが僕の宝物であることを知っている。

 どれだけ大事にしているかもだ。

 人質に取られた?

 それならこの放置も納得だ。

 あれを置いて僕は逃げ出せない。


「あ、でもよ。俺、スグルのことは宿舎の新入りだって聞いたぜ?」


「ええぇ!? 僕、だったらやっぱり奴隷兵にされているんじゃ!?」


「いや、スグル。ウチは奴隷以外にも志願してきたやつらとかもいるぞ。でもグエル。お前、誰からそれを聞いたんだ? 親方からか?」


「いや、マーサさんが言って……はっ!? ……マーサさん……!!」


「グエル?」


 足元で不毛な踏み合いをしていた二人だったけど、グエルが硬直したあとは突然されるままになり、どんどん青褪めていく。


 怖い怖い。

 こいつ、比喩じゃなくマジで血が引いていく。

 なんの発作だよ。


「……ヤバい。ヤバいヤバいヤバい!!  お前ら。急げ! とっとと行かねえとやべえよ!!」


「「え?」」


「マーサさんがお前らを赤く焼け焦げた岩抱えて待っているぞ!! 俺! 俺!! 伝言頼まれてここに来たんだった……!! 終わった。もう死んだわ、俺はもう駄目だ……」


「な、なにいいいいいいっ!?」


 今度はレンダが発症した。

 グエル以上の症状を見せて青褪める。

 褐色の肌しているくせに目に見えて変化していく。

 サァー……という幻聴まで聞こえるほどだ。


 耳と尻尾がピン! と一瞬立ったあと、そのままクテッと床に落ちそうなほど力なくへたった。


 ぶっきらぼうなクセに。

 コイツ、獣人要素のせいで表情豊かなんだよね。



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