神狼レンダ
「おおおい! レンダになにしやがったんだ!? なんでまだガキのレンダが獣化なんてする!?」
え? 獣化って年齢制限があるの?
ジョナサンが駆け寄ってきて慌てている。
若者組もやってきた。
いや、僕は本人が望む通りにただ気を注入しただけなんですけど。
僕、こいつに恐喝されたし。
元々は先生の助言に乗っただけだし。
ええっと。どうしよう。
レンダが狼さんになっちゃった。
フィクションなら見慣れているけれど、当然、こんな実例は初めての経験。
説明を求められても困る。
「フーッ! グルル……? フーッ!」
どこまで獣化するのかと期待したものの、レンダの獣化は人狼にとどまった。
今のレンダは大人たちよりも体格がいい。
腕や胸周りは体毛もあるんだろうけれど、数倍に大きくなった。
はだけた胸元の毛がワイルドだな。
そのせいで着ていた衣服、籠手と革の防具、靴などは急激な肉体の膨張に耐えられずに裂けてしまっている。
縫い目だけじゃなくあちこち生地までだ。
ここまでいくと僕でも補修は無理。
頭部は鈍感な赤ずきんでもすぐに気づくレベルで、狼そのものになっている。
荒い息を吐く口からは涎をたらーり。
鼻に皺を寄せ、歯茎と獰猛な牙を見せてエンジンを吹かすように唸っている。
レンダの歯ってこんなじゃなかったよね。
どういう仕組みなのさ?
驚きもするけど、感動もする。
今のレンダはまさに獣人って感じ。
獣化前のレンダのような耳と尻尾だけくっつけたなんちゃって獣人は見飽きている。
動画撮っておこうかな。
あ、携帯端末、今持ってないわ。
リュックと一緒にすぐ近くに置いてある。
けれど、……なんとなく、今のレンダに背中向けるのはマズい気がする。
「レンダ!? レンダ!! 俺がわかるか?」
「ガ、ガル、……ガラド……? グルル……」
おお! レンダが喋った!
声が低い。
唾液垂らしながらたどたどしいけれど、ガラドルさんの呼びかけにちゃんと応えた。
「お? 意識あるのか? なんかカタコトだが「ガルルッ!?」……って、ええ!?」
ププッ! ジョナサンのヤツ、レンダの肩に触れたら乱暴に手を払いのけられてやんの。
信頼の差が見えるわ。
『意識がちゃんとある状態での獣化ですからね。肉体構造が変化して発声しにくいだけなのかな』
「で、これはどういうことなの?」
『獣化。先祖返り。獣人種の中でも稀な存在ですが、通常時とは別に、異なる形態を肉体に秘めて生まれる者がいます。どうやら彼はその素養の持ち主だったようですね。普段は身体中に眠っている獣化細胞が、大量の気を取り込み活性化。増殖して獣化体を作り上げます。心臓で生成される特殊な物質が血流に乗せて体内を巡り、全身の獣化細胞を覚醒させるんです。オプションパーツとでも言えばいいんでしょうか。トランスフォームと言えば、わかりやすいかもしれませんね』
人体でリアルにトランスフォームされたら結構エグいよ。
レンダの場合は、闘気の発光と発毛でいい感じに誤魔化せていた。
これが人狼じゃなく、狼そのものにトランスフォームしていたら、きっともっとエグかっただろう。
『発情時の男性器の変化みたいなモノでしょうか』
「獣化をそんなものに例えたのは、先生がきっと初めてなんじゃないかな?」
「グオオオオオォオオンッ!!」
一層息が荒くなり、レンダの落ち着きがなくなっていく。
「痛ッ!?」
「ジャズッ!!」
制止が間に合わない。
体毛に触れようと不用意に手を伸ばしたジャズが、レンダの腕に払われて地面を転がった。
今はレンダを刺激したくないので闘気で庇えなかった。
……ジョナサンならともかくジャズまで。
ジョナサンが慌てて駆け寄るが、すぐ起き上がったから大丈夫そう……って、抑えている肩部分の服に血が滲んでいく。
爪にやられたか。
レンダは追撃をしない。
襲ったわけじゃなく、払いのけた際にひっかけただけらしい。
ジャズの様子を見る限り、そこまで大した怪我ではなく軽く皮膚が削がれた程度。
ん? レンダの様子がおかしい。
自分の爪に着いた血を見つめて……!?
ちょ、ちょっと? こいつ、ねちゃりと舐めてますけれど。
ドン引きして下がるジャズを目で追う。
……なんかこれは、ヤバい気がする。
鼻をスンスン鳴らし、……おいおいおい、涎がどんどん出てきたぞ?
ジョナサンが間に入ってジャズを庇う。
「おい、坊主! レンダのヤツ、本当に大丈夫なんだろうな?」
「ええぇ、わかんないよ、そんなの僕に聞かれても」
「お前が獣化させたんだろうが。いいから、早くこいつを元に戻せ!」
「え?」
「お、おい。お前、まさか、戻し方も知らずに獣化させたのか?」
「ぐぬ、……ねぇ、先生。コレ、レンダの意識は本当にあるの?」
「おおぉいっ!?」
「うるさい! 今、当局に問い合わせているから! ちょっと黙っててよ!」
『う。あるはず。単に興奮しているだけ、大丈夫ですよ。……多分。今までに経験したことのない、肉体が拡張された超感覚。湧き上がる野生本能。極度の興奮状態。楽しくてしょうがない。完全にキマっちゃっている状態ですね。バイクがあれば盗んで走り出すんじゃないですか? 自分でもどうしようもないんでしょう』
「薬物中毒者っぽい! 全然大丈夫なようには聞こえなかったんだけども!? コレ、本当に戻れるんだよね? ここ、ファンタジー世界だけど、結構僕を裏切ってきたから心配だよ」
『も、もちろんです。獣化する獣人なら何人か僕の知り合いにもいますから。獣化する様子も何度か立ち会って見ています。疲れ果ててしまえば自動的に戻りますよ。獣化状態はカロリー消費が激しくてそうは保ちませんよ』
「あ。それもそうか。じゃなきゃ普段から獣化状態でいるよね。あれ? じゃあ先生はどうなっているの?」
『いえ。コレ、ただ見た目だけのエセ獣人ですから』
「先生ッ!? 実は取り乱してんの!? 落ち着いて! 僕はなにも聞かなかったよ!」
『う。ありがとうございます。ええっとええっと! あ、ありました。……ふむふむ。最初の獣化は発情しちゃうことが多いそうです。そして獣化した身体で理性をどっかに飛ばしたままコトをなしますから、獣化が解けて正気に戻ったときには思いの丈をぶつけられた相手は目の前でこと切れている。あー、なるほど。獣人との悲恋話の定番の展開ですね。以前、酒場で聴いたことがある吟遊詩人の歌の内容から推測すると……地球だと賢者タイム? とかいうものらしいですね。終わったあとスッゴいテンションが落ちて冷静になれるようです。以降、回数を重ねることで獣化中でも理性を保てるようになっていくらしいですね。繰り返すうち段々とマンネリ化していくというか』
「餌食になった女の人たちが可哀想過ぎるでしょ!」
『いや、実際には獣化の際に失ったカロリーを補うためにやったあとにやっちゃうみたいです』
「ケダモノが。そりゃ迫害もされるわ。……ん? ねえ? 相手、女の人だよね? ……ハッ!? アイツ、今度は僕を見ているよ!? タァスゥケェテェ〜!」
僕に押しつけて逃げようとしていたジョナサンの背後に急いで回り込む。
そしてレンダの前にそっと差し出した。
「うわ!! 押すな! 押すなよ!? 前から俺はアイツにしつこく添い寝狙われてんだよ!! 今のアイツに抱きつかれたら死ぬわ!! って来るな! レンダ、あっちだ! あっち行きやがったぞ、アイツ! ほら!」
おのれ、ジョナサン。
僕は次の頼れる大人たちの背後を取ってジョナサンの指さしを逃れる。
「ちょっ……!」
バランさん。
「な!? いやいやいや!」
ヘイズさん。
「オイオイ!? 勘弁してくれ、レンダ。私は妻で十二分に満たされている」
ガラドルさん。レンダの視線は次々と目移りしているようだ。
節操ないな。今までどんな狼人生を生きてきたんだよ。奴隷生活って僕が思っている以上にシビアなんだろうか。
おっと。待ちなよ、ジョナサン。
おまえはレンダのご主人サマだろ。
そんな要らない情報置いて逃げられると思うなよ。
押すな! 押すなよ! は、当然、鉄板のフリだ。
わかっている。
日本人の僕にはわかるさ。
いや、大人って本当に頼りになるね。
もう一度ジョナサンの背後を取ったあと、僕は全力でその場を離れた。
おっ? 今のは僕の瞬間最高速度の記録を更新したんじゃないか。
音速を越えても音というか衝撃波を出さずに移動するにはコツがある。
先に真空の通路を作ってその中を加速するのさ。
隠遁術の一つだよ。
幸い、レンダはガラドルさんの背後に移動した僕を目で追えなかったようだ。
ちゃんと体臭も密封している。
「ガルルルァッ!!」
「うおぁ!? ……クッソ! 覚えていろよ!! 坊主!!」
ほっ。結局、ジョナサンが選ばれた。おめでとう。
さきほどより興奮が増して抑えがきかなくなってきているらしい。
レンダの息遣いがますます荒いよ。
ハッ! ハッ! って言っている。
これから僕らの目の前でナニが行われるんだろうね。
「うん。ジョナサン。お前の犠牲は忘れないよ。だからその最期の勇姿を後世に映像として遺しておこうと思う。あれ? ……あ! だから、携帯端末は置いてきちゃったんだってば。動画撮れないじゃん」
『いや。キミが期待しているいい絵は撮れないと思いますよ。彼の場合は発情ではないでしょう。子供ですし。ジャレているだけ。もしくはお腹が空いているのかな?』
だってさ。
だといいね、ジョナサン。
『……ふむ。獣人の集落で行われている部外者御断りの成人儀式でも、ごく稀に獣化する者が出るそうですよ。『月天の下、古神木より盃を戴き、始祖の荒御魂を招きて慰め祓い鎮める』? ああ、なるほど。霊樹等の気を多く含む樹液を獣化を誘発させる秘薬として飲むのか。多分コレ、獣化を促す儀式ですね。今回、スグル君がやらかしたみたいに』
「先生のミスリードでね!で、その人たちはどうやって獣化を静めているの?」
『んー、ちょっと待ってくださいね。ええっと……うあぁ……』
「……先生?」
「…………」
このパターンは……いつもよりペース早いね。
「……もしかして、また残念なお知らせ?」
『……ハイ。成人の儀式以降、数日に渡って村一番の勇者が相手をして、その……小屋に籠るみたいです。勇者が身体を張って若人を慰め……慣れるまで……』
「クソ異世界がッ!!」
要するにだ。
こいつの獣化って月を見て大猿化する、アレのパクリでしょ。
闘気の刃を生み出して構える。
「よし! 尻尾を斬ろうか。 それとも前のほう? 僕の闘気の刃は斬鉄剣じゃないから、本当はつまらないものなんて一つたりとて斬りたくないんだけどね! この際、もういい! スパッといこう!」
尻尾ならば獣化を解いたあとで繋げてあげられるハズだ。でも前だった場合はホントごめん。ムリ。レンダには、ま、いっか! と潔く諦めてもらうしかない。だって僕、よその御子息には触れたくないもの。気の受け渡しは直の接触が必要だ。絶対イヤ。
『待って待って! そんなことで獣化は解けない。僕のウッカリミスでそれはやめてあげて。僕、そんな責任は取れませんよ。彼は自力で獣化に必要な大量の気を確保できるわけではありません。今回の彼の獣人化はイレギュラーです。今後はない。ですから彼の体内の気がなくなるまで待つか、消費させ……』
「グウオオオオオオ………ンンッ!!」
「!?」
「どぉわあ!?」
『まさか!?』
「ちょっ、チャージしたよ!? 先生!?」
マジか。
僕にもできない闘気を纏いつつ再チャージをやってのけたぞ。
闘気が一変。
神々しいまでの銀の輝きとなってレンダの胸元から放たれる。
出所は……例の心臓か!?
今のレンダの闘気の総量は僕の五倍はある。
『ん? 今のは……。スグル君。もう一度、彼の胸を見てもらえます?』
「うん」
『すみません。少し身体を借してください』
ぐっ!? えええ!?
突如、身体中の血管と全神経に、溶岩と氷水でも流し込まれたような、とてつもない圧迫感が襲う。
多分、先生に仕業だろうけど。
ちょっと! これかなりキツいんですけども……!
息が、できない……!
『やっぱり。この闘気……魔狼王の……!? この子の心臓、もしかして……』
…………。
うううう……、うう。身体がパンクしそう。
……先生。
今、聞き捨てならない単語を言ったね?
魔狼王。
忌々しい名だ。
それって、先生の創ったカードゲーム『王の矜持』の超激レア神級カードの名前だよね。
現在、全ユーザーでたった一人しか現出していない一点物。
ゲームバランス大破壊させた八大元凶の一枚。
八柱の覇王と呼ばれる八枚の激レアカード。
覇王はどれもマジでヤバい。
出すための条件は厳しいが、それだけに有するスキルが異常過ぎる。
魔狼王は、戦場の移動コストを爆上げする鬼畜束縛スキル持ち。
常に自分の周囲、縦四横四斜め四の場を隆起させる。
最大五Hも高くする。
さらに干渉下の場にいる敵には重圧をかけて飛行不可にする飛翔持ち殺し。
落下ダメージも与える。
移動力の乏しいカードが隆起に巻き込まれると終わる。
場の高度があり過ぎて移動も攻撃もできなくなるからだ。
隆起した大地は魔狼王が移動して対象範囲から外れると元に戻る。
その際、その場にいたカードに1H毎にDEF:1000のダメージを与える。
大抵、雑魚カードはDEF:3000以下。
5Hもあれば即死だ。
そのうえ、ATK:15000、DEF:25000、MOV:5(大地限定高低無視)。
リキャスト8のバケモノでありながら、受けたダメージまでATKにプラスする。
DEFを下手に削るとバケモノを自分の手で強化させてしまうことになる。
凶悪コンボがあって、仔狼皇子の自己犠牲スキル『選択・唯々父を想う/一矢より父を庇おうともお前の死はこの胸を穿つ幾千の槍に勝る』で魔狼王を敵の攻撃から庇えばDEF:1で残る。
さらに、庇われた対象以外の場の全カードにリキャストタイムリセット。
……わかる?
その瞬間、ATK:15000+24999のキャラに先制攻撃が約束されるんだよ?
しかもこいつの周囲の場は移動コストが高くなるせいで、ユニットを集結させにくく、一斉攻撃によるワンリキャストキルも狙いづらい。
掌るは加護の剥奪、加護の授与。
母なる加護を剥奪された大地は浮かび、月となる。
仇なす者らに加護を授与する。
……だったか。
なにが加護だ。なにが剥奪だ。なにが授与だ。
周囲にかかる重力を全部強引に敵へシフトさせるだけだろ。
効果テキメンだよ! コンチクショウ。
厄介極まりないレイドボスのような鬼畜カードなんだ。
アレのせいで何回僕が可愛いコレクションに処刑されて泣いたことか……。
お、の、れ、タケシぃ……。
だけど、僕だって同格の冥王を手に入れたんだ。
次こそ、次こそはお前を跪かせて、覇王による処刑を受けさせてやるからな!
今までとは違うというところをだな……。
「ウオオオオォオオオオォォォンン!」
吠えるなクソレンダ!
ビクッとしたわ!
……てか、まさか。
あの魔狼王まで、この世界に実在するんじゃないだろうな!?
……いや。あり得るよね。先生だもん。
じゃあなに、前に先生がブチギレて召喚した竜の四法。
あの覇王たちもホンモノ?
冗談じゃないぞ。
あんなの、ばったり遭遇したら死ぬって。
『……………』
「……うう。せ、先生、なんかわかったの? ここまでさせておいて、なにもってのはナシだよ?」
僕の身体から先生が離れたのがわかる。
吐き気がヤバい。
違和感が半端ない。
全身の臓器がデタラメに配置された感じだ。
『すみません、スグル君に負担をかけましたね。でもおかげで彼の力を感知できました。この波長、微弱とはいえ彼が放つ闘気は間違いなく魔狼王のものですね。この子の年齢から考えて……多分、レンダ君は魔狼王の神使オルトロスの子なんだと思います。ただ、それがなんで奴隷になんて。……オルトロス。コンタクトをとれないと思ったら、息子に自分の心臓と力を与えて死んでいたのか』
「オルトロス?」
『僕というか、そっちで準備を任せていた分け身に、コンタクトを取ってきた神使の一人ですよ。彼は魔狼王の啓示を受けて行動していました』
「ん? 待って。設定がおかしい。先生、アバターの記憶はないはずだよね?」
『僕のアバターが独立する以前の話なので』
それ以前の記憶はあるわけだ。
僕、そのオルトロスって名前も知っているぞ。
その名も『王の矜持』に存在する。
流浪の狼君主オルトロス。
魔狼王の神使だ。
グレードは王級カード。
場に出されたら、同位のカードをぶつけるか、効果でハメなきゃ倒せないような、かなりの強キャラ。
僕のデッキのキーカード、導師アヌビスが冥王を呼び出すために必要な媒体であるように、流浪の狼君主オルトロスもまた、魔狼王を場に出すために必要な媒体キャラだ。
そうか。この世界に実在する人物たちが『王の矜持』カードのモデルになっているのか。
……んん? じゃあ、この世界のアヌビスっていう神族、冥王の神使ってことにならないか?
ジョナサンが獣化レンダの相手をしながらも、僕が漏らしたオルトロスの名前に反応している。
地獄耳め。
ジョナサンも既知の名称らしい。
レンダのパパ、有名人なのかな。
カードゲームと同じなら覇王の部下だもんね。
おっさんが向ける僕への警戒心が強まった感じだけれど、今は無視だ。
というか、しっかりレンダの相手をしていてよ。
先生のせいで僕は今まともに動けない。
僕が苦い思い出を振り返っている最中、ジョナサンとレンダは戦闘状態に突入した。
二人とも素手だけど、今のレンダには爪がある。
十分凶器だ。
「……仕方ねえ。ガラドル!」
「『隷従、レンダ! その身に楔を穿つ』!」
なんだ!?
レンダの身体から赤黒い光が生じて脈打つように明暗。
ガラドルさんがかざす手、左手中指にも似た光を放つ指輪。
共鳴?
周波数を合わせようとしているようにも。
「ヒッ!! ……う、うううう……!!」
「ジャズ?」
どんなに殴られてもへこたれないジャズがそれを見て身を縮めて蹲り怯える。
バランさんも不快そうに顰めている。
もしかしてこれが奴隷を従える魔法か。
が、絡んでいた紋様が途中でパンクするように弾かれて、霧散してしまう。
バチィッ!! と電光が紋様を伝い、ガラドルさんの手元まで走ってきて爆ぜた。
「ぐあっ!? 」
「発動しない!?」
「……全然、わからない。なにがしたいの?」
『おそらく神経節への干渉を行う術式を展開。でも実行できず、行き場を失った魔力が逆流。それによって起きた現象。まあ、ただの暴発ですね。無理ですよ。今のレンダ君は獣化で肉体が変化していますから。設定と異なり過ぎて対応できない』
「ジョナサン。レンダは獣化して身体が変化しているからそれ効果ないらしいよ!」
「あぁ!? そんなの初耳だぞ!?」
『加えて今のレンダ君は魔狼王の神使オルトロスに準じています。この状態のレンダ君は肉体的に別人。スグル君、これは彼らには伝えないでくださいね。レンダ君の立場が危うくなります。『スグル君に無理やり獣化されたせいで不安定な肉体になっていた』、隷従術が機能しなかった理由は、これで押し通しましょう。彼らにはそう伝えてください』
切羽詰まっているこのタイミングでさりげな〜く獣化させちゃった責任を僕に押しつける気だ!
「あとで妖精さんのアドバイスミスだってしっかり説明するからね!?」
ジョナサンが手信号を数回。
すると、周りのガラドルさんたち大人は詠唱に入る。
ほかのは知らないけれどガラドルさんの詠唱には聴き覚えがある。
前に僕に使った地面を泥沼に変えるヤツだ。
レンダを魔法で無力化して抑える気らしい。
ジョナサンが一人で注意を引き、時間を稼いでいる。
ジョナサンが退いた場所には……。
「……あ」
とっさに胸元のリュックの帯を掴もうとしてしまったがあるわけない。
特訓に付き合うために、そこにそのリュックを置いたんだから。
「……ああぁ……」
レンダのヤツ、近くに置いてあった僕のリュックを踏んづけやがった。
泥や糞ゴブリンの体液塗れの靴で。
先生から貰った限定モノの僕のリュックを……。
僕のお宝を……。
さらにその場に泥沼が発生。
僕のリュックを踏んだまま胸まで沈むレンダ。
…………。
「…………」
闘気弾を数十発、地中に撃ち込んで爆発させる。
爆発によって天高く噴き上げられた周囲の大地。
レンダたちが上空までぶっ飛んだ。
「ギャヒッ!?」
僕の闘気はレンダが撒き散らす闘気にぶち当てれば打ち消し合う。
だけど、地面の土を介した間接攻撃は有効だ。
闘気を扱う者同士の戦いだと闘気は打ち消し合い、決定打にならない。
ウチの樹海では、領域主はもちろん、一部のモンスターは闘気を使う。
だから、こういう周囲にある物での間接攻撃こそ、僕ら闘気を用いる者の主力武器となる。
これを仙術という。
辺りは正真正銘の土砂降り。
レンダと一緒に巻き込まれたジャズと大人たちもボトボト落ちてきた。
埋もれて見えなくなったが、土が積もってクッションになっているから平気だろ、多分。
死にたくなきゃ頑張れ。
『ちょ、スグル君!?』
「…………」
「おおおぉぉいい!? ちょ、ちょっと待て! その瞳。お前まで暴れる気か!?」
「あ?」
うるさい! 黙れ! お前も吹っ飛ばしてやるよ。
ちっ。上手いこと勢いをいなして避けたな、ジョナサンめ。
ほかの人たちはそのまま全員土に埋もれているのに。
風を纏ってやがる。
大体さ、お前がそっちに退かなきゃ踏まれなかったんだよ。
僕のリュックは!
まず神使って言葉からして覇王そのものってことはないだろう。
その神使の親から力を分け与えられたというのなら、多分、レンダ自身はその親より弱いハズだ。
と、いうかさぁ。
もう覇王でも、魔王でも、アホウでも、そんなのどうでもいいんだよ!
闘気で負けるなら、最悪、超々高温の闘気でマグマでも作ってそこに蹴り落とせばいい。
それか『地獄の三警鐘』でもぶちかまそうか?
アレは物質の解放、純エネルギー化だから闘気の優劣とか関係ないぞ。
銀色。白と黒。
神々しく煌めく闘気を纏う神狼レンダと、いざ決闘だ!!
僕はお前が泣いても許さないぞ!!
『いや、スグル君!? 待って。落ち着いて!! レンダ君は今回被害者ですって!! あのリュックはほかにもいっぱいあるから!』
ポルティオン先生の創ったカードゲーム『王の矜持』の基本設定は、『土下座の神秘』に移動させました。
ちなみに『王の矜持』のカードは、この異世界で得た観測データを参考に生成されています。ジョナサンに似たカードも存在します。




