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先生と僕の異世界デバック滞在記  作者: 野良大介
一章 厄災の帰還
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サイホウニスト

 赤毛の子の治療を終えた。


 あちこちにある古傷までは手が回らなかったものの、患部から拡がった細菌感染も根絶やしにしてやったし、全身の骨に入っていたヒビも治した。ガチで死ぬほど上がってしまった体温も、熱を闘気で奪って強引に下げてあげた。


 もう大丈夫だ。


 うんうん。我ながら見事なものだね。


 最後に血を拭ってやれば、傷跡も腫れも残らないつるんつるんの右足。


 ただ、完璧な施術なのに周りが古傷だらけなせいで逆に目立つという結果に。


 これは僕のせいじゃないよね? 


 僕が悪化させた証拠はちゃんと抹消した。


 痕跡すら残ってはいないんだから、これでもし彼に訴えられてもシラを通せるだろう。

 最悪、この場にいる人間や先生が敵に回って証言したとしても執行猶予は狙える。

 助けてやった彼らを消す必要はない。ないはずだ。


 みんな、この子の回復状態を目の当たりにしてもまだ信じられないモノを見るように立っている。


 お? ようやく理解が追いついたらしい。

 ジョナサンがこちらを窺ってきた。


 手で、どうぞ、と示して場所を譲ってやる。


 赤毛の子のボディチェックが始まった。

 自信はある。

 大丈夫なんだけども、ちょっとドキドキ。


「……ぷっ!」


 ええっ!? 何故笑うおっさん。


「…………マジでか。ははっ! おい、ガラドル。ジャズの足見てみろよ。……こいつは笑えるわ。俺らの涙返せって感じだぞ」


 ……え? まさか上下逆にくっついている? 


 やめろよ、バカ。

 不安になって確認しちゃったじゃん。


「……こ、これは……バカな……」


 ええ!? ガラドルさんまで!?


「お、親方……?」


「……あり得ん。こんなあり得ないだろ。塞がっているだけじゃない。骨まで治っている。ちゃんと正常に……筋も。どういう仕組みだ。ポーションを使ったわけでもないのに」


「この辺、触ってみ?」


「む? ……………ッ!?  元通りどころか、歪んでいたはずの箇所までか……?」


「……なぁ、親方。ジャズは……ジャズはどうなんだ!?」


「…………」


「ガラドル。いい加減、答えてやれよ」


「ん!? あ、ああ。すまん、レンダ。グッタリと衰弱はしているが……おそらくもう大丈夫だ」


「帰れる……のか?」


「ああ、帰ろう。だが、今はまだ動かさんほうがいいだろう。帰還は休息をとってからだ」


「「おお! 」」


 ガラドルさんが赤毛の子の容態をチェックをして問題がないことを告げると、歓喜の声が上がる。

 よほど嬉しいのだろう。

 感情を持て余したケモ少年とチャラいお兄さんが泣きながら僕に抱きついてきた。


 もちろん全回避。


 特にケモ少年! 

 お前、自分の格好を考えろ! 

 ウンコの返り血浴びているから臭いんだよ! 

 返り血もちゃんと躱して、ようやく一人前だぞ? 

 世の中には強酸性の体液を持つ敵だっているんだからな。


 それにまだ仕上げが終わっていない。

 邪魔しないでもらおうか。


 治癒術で終わり? 

 いやいや、プロとしてそれはあり得ない。


 今度は治療するために破いてしまった右足の服を縫うのだ。


 ……の前に。


 え? なんでみんなして赤毛の子を庇う。

 いやいや、もう鳩尾なんて踏み抜かないよ? 

 僕をなんだと思っているのさ。


 綺麗な湧水に闘気を浸透させ操る。

 この生地にこの水を染み込ませるんだよ。


 水とともに染み込ませた闘気に振動を与え、繊維に絡みついた血液や汗、土などの汚れ成分を剥離させる。

 剥がれたら再付着しないように汚れを包んで取り除く。


 僕の作業を見ている全員から息を呑む音がする。


 そりゃそうだよ。


 右部分だけ汚れがキレイに落ちて、新品のようになったんだからね。


 違いがよくわかるだろ?

 同じ服なのに左右で別物のようだ。


 もちろん、全部洗浄するよ。

 先に片方だけやったのは、左右の違いを見せつけて僕の腕を披露したかったからだ。


 僕のこの作業、どこの深夜通販番組だよ、って感じだろう?

 なのに見守っている彼らの口からあの『お約束』が出てこない。

 まぁ、異世界だから期待するほうが間違っているんだけども……。


 寂しい。


 うーん。変なところで異世界に来ちゃったことを意識しちゃったな。

 コレ、ホームシックってやつかなぁ。


『わああ。スゴぉおい。見て! まるで新品のようだわぁ。ほら、ウチの子って超わんぱくじゃない? いつもお迎えに行ったら泥だらけになっていて飛びついて来るのよ。……先週、幼稚園の授業参観があったの。で、教室にあの子が描いてくれた私の似顔絵が貼られていたんだけれどね。……私、エプロンに返り血を浴びた赤鬼のようだったの。とても恥ずかしい思いをしたわ。でも、これなら鬼に金棒ね! これからは遠慮なく泥だらけのウチの子をギュウウって抱きしめられる。これでママ友に広がってしまった私の怒りん坊な継母のイメージも返上できるわ! ……うふふ。フハハハハハ!覚えていろよぉおお、クッソアマどもぉ。……だけど、これ、お高いんでしょう?』


 あはっ! さすが先生だ。わかっているね! 


 そうなんだよ! ちょっとイヤラシイ、ねだるような言い方がポイント。


 キャラの作り込みもバッチリだね。

 ……いや、むしろやり過ぎだ。

 その設定、絶対モデルがいるよね。気になる。


『でも本当に器用ですねぇ……。やっぱりキミに魔法なんていらないでしょ?』


「いるよ! 使いたい!! 使いたいんだよ!! 魔法がある異世界にやって来て魔法なしってどんな生殺しなのさ!? こんなの海外旅行先で日本料理店で済まして、お土産も帰国後に国内の空港の売店で買うようなもんだよ? 僕、海外旅行どころか本土の国内旅行すらしたことないけども!」


『は、はぁ。……わかるような、わからないような』


「いいや、先生にはわからないよ! 言っている僕にもよくわかんないし。遠路はるばる地球までやって来て完全に現地に溶け込んで堪能し尽くしている宇宙人に、この気持ちがわかるもんか!」


 僕の憤りも汚れごと闘気で滅却廃棄だ。

 大岩を巻き込んで大爆発して崖崩れが起きているけども、まあいい。


 次は生地の断面同士を合わせる。


 ここ大事。互い違いにならないように注意だ。一段ズレるだけでヨレるからね。


 念入りに確認し終えたら、闘気水を振動。断面部の繊維を少し解す。

 そこに洗濯ついでに比較的摩耗の少ない部位から解しておいた繊維片を投入して……こう、一緒に縒ってやれば、ほら。


 元通りとはいかないけれど繕うことができるのさ。

 物は大事にしようね! 


 どう? スゴいでしょ。

 ご近所でも僕は有名なんだよ?


 衣類だけじゃなく絨毯やソファーなんかも頼まれる。

 特に旦那さんたちに多いね。


 タバコで焦がしちゃったけど奥さんには内緒でやってくれないかってさ。


 もちろんリークするよ?

 裏切り?

 違うよ。だって前もっておばちゃんたちにウチの旦那が来たら教えてねって言われているもの。

 内密にしてくれって言う領収書の写しをおばちゃんたちに渡すと褒めてくれる。

 旦那さんを血祭りにあげてなんか収穫があると、僕にもお裾分けとしてお菓子をくれたりするんだ。

 旦那さんは僕に恨めしそうな視線をくれるよ。


 そういえば、シャツの襟にキスマークつけられちゃったって泣きついてきた旦那さん、その後見かけないんだけどどうしたんだろう。


 これを披露して一月経った頃だったかな。


 晩に寝苦しくて目を開けたら、三丁目でクリーニング屋さんやっている小梅おばあちゃんが、僕の寝室の天井にへばりついていてね。

 狩るモノっぽい眼光でこっちを見下ろしていたんだ。


 へへへ。

 僕の腕はね、プロが深夜に褒め殺しに訪問しちゃうほどだよ?


 小梅おばあちゃんは僕の腕を直に確認するために戦いを挑みにきてくれた。


 結果はもちろん合格さ。


 僕、その場でスカウトされて小梅おばあちゃんのところで修業をすることになったんだ。


『そのままあの店に就職する気ならいいですけど。違うなら営業妨害になるからやめてあげなさいね。アイドルのおっかけ資金が確保できなくなったらマジで殺されますよ? キミがバイトに入る前、彼女はキミのことを調べ回っていたようです。学校のシステムに残っていたハッキングの痕跡を辿ったら小梅さんにヒットしました。深夜の訪問、本当にキミのスカウトが目的だったんでしょうか? スカウト前に闘ったんですよね?』


「うん。強かったよ! 小梅おばあちゃん、いや! 我が師、サイホウクイーンは自分を超える者を求めているんだ! 待っているんだよ。口では言わないけれど、同じサイホウニストの血を持つ僕にはわかるよ! 小梅おばあちゃんにはもう時間が……残ってないんだ。一刻も早く全ての技術を習得して、僕がおばあちゃんを超えてあげないと、安心して逝かせてあげられない」


『すこぶる健康体ですよ。勘違いです。キミの前ではいつも調子が悪い振りしているだけ。あの人が行きたいのは極楽ライブです。というか、サイホウクイーン? サイホウニストってなに? 小梅さんのクリーニング店『松竹梅』、最近評判ですけど……キミ、ひょっとしていいように仕事手伝わさせられていませんか? お給金、ちゃんともらっているんですよね?』


「え? イヤだなぁ。なに言っているの、先生。僕ごときひよっこがバイト代なんてもらうのはまだまだ早いよ。僕は未だ剛鉄の布地程度も切り裂けないんだからね。放課後、毎日通ってピヨピヨと特訓さ。でも、百均のハサミはやっぱり脆いよね。十センチも厚みがあるとツラいよ」


『んん? キミらのいう剛鉄って、実はこの世界ではアダマンタイトと呼ばれているシロモノなんですけど。布地っていうかそれはもうアダマンタイトの板ですよね? なにを言いくるめられているのかわかりませんが、キミ、多分騙されていますよ。クリーニング屋の顧客をキミに奪われたままだと、あの人、アイドルのファン続けていけないから。最近は年金生活も楽じゃないんですよ。小梅さんがそれを切っているところ、ちゃんと確認しましたか? キミ、あの人の技術はとっくにもう超えていますよね?』


「うーん。先生はサイホウニストじゃないからなぁ。小梅おばあちゃんの凄さがわからないんだろうね。小梅おばあちゃん、いや! サイホウクイーンの底知れない熱い情熱がさ! 先生もサイホウニスト、始めてみない? 今なら三年間契約で月謝は七千円のところを六千九百九十九円で済むよ?」


『うわぁ。キミ、なんか変な宗教信者っぽい。大ごとになる前に今度電撃職場訪問しますからね? キミが感じた彼女の底知れない情熱、それはね、アイドルに上げているだけのただのすんごいお熱ですよ。やれやれ、小梅さんめ。スグル君を利用するつもりで墓穴を掘りましたね。この子の変な才能に火をつけてしまったのが運のツキですよ……。このスグル君こそ、混沌の王。トラブルジェネレーター。トラブルテイマー。トラブルグラトニー。始まりにして、現在、そして終わり。トラブル永久機関。この僕をもってしても震撼せしめる、トラブル地産地消を体現せしスグル君の実力をとくと味わうがいいです。……なんか僕まで巻き込む致死量のお灸になりそうなのが怖いですけど』


 僕、『斬剛鉄』を極めたら小梅おばあちゃんに挑むんだ。


 百均のハサミで、地をチョッキン、海をチョッキン、空をチョッキン。

 それをチョキチョキチョキと修めたとき、全てを切り裂く最強の裁断の一撃が生まれるんだって。


 それが必殺『オバンスラッシュ』。


 ふふふ。ここだけの話だよ?

 僕ね、練習を続けていて剛鉄の布地に薄っすら切れ目が入るようになったんだよ。


 そのままだとまるで某名作に出てくる必殺技のパクリみたいだからさ、少しだけ変えさせてもらったよ。

 出版社と原作元に挟み撃ち、さらに旧ファンと新ファンを加えての四面楚歌はさすがに怖いからね。


 僕のはこうだ。


 大地のいかなる産物よりも超硬質。

 大海をも全て蒸発させる超高熱。

 大気をも粉砕する超振動。


 そう。三大体現・闘気刃二刀最大出力、裁断双刃トリニティエッジがそれなんだ。


 さらにその相反する二刀をクロスさせた瞬間に大解放する全力の一撃、それこそが全てを切り裂く真の裁断双刃(ジャッジメント)!! ……になる予定。


 今はまだ解放時に僕まで巻き込まれるんだよね。


 前方に指向性を持たせる必要があるんだけど、それをすると威力が制御できない。


 街を吹っ飛ばしちゃう。


 反物質はやっぱり扱いが難しいね。


 ここにいる間に極めるつもり。

 地球に帰るまでには完成させてみせるよ。

 で、小梅おばあちゃんに披露するんだ。


 きっとびっくりするだろうなぁ。


 今度こそ褒められちゃうね。


 いや、小指で軽く受け止めちゃうのかなぁ。


 だって小梅おばあちゃんだもの。

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