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先生と僕の異世界デバック滞在記  作者: 野良大介
一章 厄災の帰還
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コミュニケーションを試みる

 さて、困った。

 言葉が通じない。


『……の割にはキミ、何故か彼らの話す言葉を理解しているようですけど?』


「いや、全部じゃないよ? 飛び飛びだけどね。なんとな〜く、わかるんだ。……え? コレ、先生のおかげじゃなかったの?」


『違います。ゲーム中でも『異世界言語取得』とかのアシストは一切ありません。ゲームを始めたプレーヤーに立ち塞がる最初の壁こそ言葉の壁です。この地方の言語をインストールしておくこともできますけど、せっかくの異文化交流ですし。ウルルンしてほしいんです。言葉が通じないというのは旅の醍醐味だと思うんですよ。ほら、キミたちは高天ヶ原に幽閉されているでしょう? 経験できないじゃないですか。今回、いい機会だと思いました』


 ゲームしていたらいつの間にか勉強に。

 ああ、なるほど。

 さては今回、そう言って審査会を通したのか。


 うーん。先生はいろいろ詰め込むからねぇ。

 ほかにもなんか企んでいそうだ。

 そういや、先生の家の年末の大掃除を手伝った子たちがキレッキレの動きを身につけて帰ってきたことがあったな。

 掃除の動作が技の反復運動になっていたらしい。

 現場の重力が通常の十倍になっていたあたりで、ほとんどの子が先生の意図に気づいたみたいだけどね。


『うーん。前世の記憶を魂の並列記憶領域から無意識のうちに引き出している……んですかね? でも妙ですね。そんなことすれば普通、経験が混じって人格が変調しかねないのに』


「んー。意味はね、言葉を反芻していると大体理解できるんだよね。文法もわかってきたよ。でもちょっと発声に癖があるね。噛みそう。単語ならまだしも談笑しているうちに口周りが血塗れになりそうだよ。とりあえず、今はボディランゲージに頼るしかないや。あ、先生。今、この人の言った『ウルべェツィッラゥラァ』って単語さ、『血』だよね? 長過ぎだよ。あと、最後突然巻き舌過ぎない? 多分、外来語を加えた造語じゃないかな。そこから唇や舌の使い方が明らかに違うもん」


『……キミはなに気に多才ですよねぇ。確かに、その『ウルべェツィッラゥラァ』という単語は神族の古代語が混じっていますね。『溢れる赤黒の雫』という意味の合成語です。ウルとベェツィが溢れると赤黒。ラゥラァが神族の古代語で雫。この場合、促音が助詞です。ここの言語自体、神族の言語が起源になっていますから、外来語というより古語との合成造語ですね』


「器用貧乏なだけだよ。僕さ、どうせなら魔力という才能が欲しかったよ。全属性。魔力炉。無詠唱。よその異世界転移者たちは本当恵まれているよね。羨ましいよ。僕も神様に送ってもらいたかった」


『スグル君の場合、自前の闘気がもう魔法みたいなものでしょう。普通、魔力があってもそこまで自由自在に二次現象を起こせないと思いますよ? 詠唱もいらないですし』


「僕は詠唱がしたいの!クソ長いやつを!」


『じゃあ唱えなさい。まずバレませんよ。この人たちだって、キミの力を魔法だと思い込んでいるじゃないですか。むしろ唱えておいたほうがカモフラージュになる。この世界、魔力のない人間ってそうそういませんからね。詠唱なしでは怪しまれますよ?』


「ヤダよ。必要もないのに人前で唱えるとか、どんだけ莫大な量の心の力を浪費するのさ。制御ミスるわ!」


『普段、無意味に技名叫んだり印とか組んでいるのに、なにを今更……』


「あーっ! それは言っちゃダメなヤツでしょ?」


 あの子たちを助けたあと、言葉が通じないせいで一悶着起きた。


 まったく、助けてあげたというのに。

 二人ともゴブリンの血に塗れた臭い刃物を向けて威嚇してくるから、僕はやむなく異世界間でも通じる暴力という名の共通言語に頼ったんだ。


 そこに駆けつけて来た大人たち。

 彼らも彼らさ。

 なにしろ言葉が通じない。

 こちらへの警戒が半端なくて。

 ケモ少年たちを解放して離れろとか言うのさ。

 でも、僕は二人の怪我を闘気で止血してあげていたから離れられないしさ。


 そのあと足が絡れて倒れ込んできたケモ少年を僕がぶっ飛ばしたのは正当防衛だよ?

 だって、全身ゴブリンの血塗れだったんだもん。

 さすがに怪我がヒドい赤毛の子にはなにもしてない。

 ぶっ飛ばしたとき巻き添え食らって勝手に意識を失っただけだ。

 あの子らのせいで敵意がないことを証明するのに苦労した。


 僕が異世界へ来てようやく遭遇できた人間だもの。

 なんの情報も得ず、逃げるわけにも、逃すわけにもいかなかった。


 いろいろあって時間はかかったけど、なんとか話し合いにまで漕ぎ着けた。


 今は安全な場所を確保して、僕らは互いの立場を確認し合っている。

 僕は先生に教えてもらいながらの拙い単語とボディランゲージ。

 こうして、僕が大岩の上に一人立っているのは注視してもらうため。

 ボディランゲージは相手に見てもらわないと伝わらないのだ。

 なにもしないことを見せて安心させるためでもある。


 当然、まともな会話にならない。

 焦れったい。

 こっちは向こうの言葉を大体わかっているというのに。

 僕は理解していても上手く伝えれない。

 お互いに望みの情報を聞き出せない状況だ。


 このハンサムなおじさんの尋問に僕がジェスチャーで応えるカタチに落ち着いた。


 この人の名前はガラドルさん。


 金髪青眼で彫りの濃い渋い顔。

 無精髭が伸びていても似合っちゃうナイスガイ。

 背も高くてね。脚も長い。

 まるでハリウッドスターのようだ。

 なんか貫禄というか気品があるね、この人にはね。


 僕も名前を告げてある。

 あと当たり障りのないことを頷きと首振りで、出身地を訊かれたときは高天ヶ原と答えたよ。


 名前はスグル。


 アサルトゴブリンを十数体同時に瞬殺でき、気配を完全に消せる実力を持つ、『タカマガハラ』出身で身寄りのない、光を操る魔法使いの十歳児。

 共用語を話せず、書けず。

 冒険者ではない。

 一人旅をしていて、現在、この樹海で遭難中。


 彼らが得た僕に関する情報はそんなところだ。


 ガラドルさんはいい人みたいだよ。


 だって、彼の質問に頭を振って答えるだけで、その都度、乾パンを僕に分けてくれるんだ。


 最初のうちは、

 ①ガラドルさんが紙に載せた乾パンを岩の上に置く。

 ②ガラドルさんが距離を取ったら、それを僕が取りに行く。


 ①②を繰り返していたんだよ。

 だけど気づけば、僕は岩の上から降りて直接受け取りに行っていた。

 今は直接口に入れてもらっているよ。

 ボディランゲージの苦労の甲斐もあったというもの。


 おかげで小麦、卵 、砂糖、塩、イースト菌、そして乾パンの調理加工技術がこの世界にもあることがわかった。

 ならクッキーとかもあってもいいんじゃないだろうか。

 今、持っていないのかな?

 この人について行ったらありつけるだろうか。


『……キミ、餌付けされていますよね?』


「え? な、なに言っているの、先生!? べ、別に久しぶりのお菓子に浮かれていたわけじゃないんだからね! この人たちの警戒心を少しでも和らげるために……そう! あえてノッてあげていただけだよ! 僕からのがぶり寄り……ん? いや、歩み寄りだよ!」


『低姿勢でグイグイ寄っていく技ですから、がぶり寄りであながち外れてないと言うか……えっと、本当ですか? キミ、食べ物に弱いから。ちょっと心配です。その手で何回か誘拐されていますよね? 知らない人には絶対ついていっちゃダメですよ?』


「失礼しちゃうよ。先生は僕をいくつだと思っているのさ。僕、もう十歳だよ? なんの心配もしなくて大丈夫だよ! ノーセンキュー! 僕は誘拐はされていません。毎回食べ終わったらちゃんと片付けて自分の足で家に帰ってます!」


 今はもうそうでもないが、こうやって僕が先生と喋っているとよく警戒された。

 魔法の詠唱だと疑われたようだ。

 でも、彼らのやりとりを聞く限り、このお喋りについては疑いが解かれている。

 羨ましいことにガラドルさんは魔力を感知できるらしい。


 また妖精さんとお話しているのかと言われたので頷いておいた。

 頷きは異世界共通。

 おかげで周囲の視線がずいぶんと暖かくなった。


『……スグル君。妖精さんと話すというのはね、独り言を指します。この辺りでは、孤独な人の呟きに聞き耳を立てると妖精さんのご機嫌を害するという言い伝えがあります。そういう子はそっとしておくものなんですよ』


 なんだと?

 先生のせいで、ここでも僕は不思議君キャラに認定されちゃったのか!?


 なんてこった。高天ヶ原でもみんなにそう思われているんだ。


 違うんだよ。

 本当に聴こえるんだって!

 昔から妙な『聲』が聴こえるの!

 はっきりとした言葉じゃなくて感じるというか、こう、もっと感覚的な『聲』なんだ。

 時々絶妙なツッコミ入れてくるんだよ。


 でもみんな信じてくれない。

 先生でさえだ。

 病院でどんなに検査しても異常ない、気のせいだって言われるし。

 お祓いもした。

 霊感商法にも引っかかったさ。

 必死に稼いで稼いで注ぎ込みまくったら、相手から『もうやめて。心が痛い』と全額返されたわ。


 キラだけだ。

 この『聲』のことを信じてくれたのは。


「先生のせいで……」


『ははは、申し訳ない』


 僕からはジェスチャーと片言で少年たちを助けた対価を要求している。

 勇者を名乗っておいて見返りを望むのはどうかと思ったが、先生からのアドバイスだ。

 この世界では当然の権利だそうな。

 金銭的な謝礼もほしいけど、今一番ほしいのは情報とここでのコネクション。


 彼らの住む街に行きたい。


 先生によれば大抵の街では街への出入りを制限している。

 部外者が立ち入るには身分証明書の提示と入場料を払い、さらに滞在費を門番に見せる必要があるらしい。

 文無しは入れてもらえない。


 異世界モノでは定番のヤツだね。


 お金はゴブリンの魔石でなんとかなるだろう。

 でも身分証明がネックだ。

 お金を持っていても入れてくれないかも。

 この人たちが街まで案内してくれて、さらに仲介なんてしてくれるとありがたい。

 その前にここがどこなのか知りたいな。


 ゴブリンとの遭遇時、僕の探知から逃れていた手練れのおっさんは二人。

 一人はガラドルさんで、もう一人いる。

 そのもう一人はガラの悪いおっさんで、今は少し離れた場所でケモ少年たちに治療をしている。


「嗜虐を好む者へ贄となるは浮浪者どもの群れ。者どもが匿うは異端の仔。番兵は掲げた烙印にて灼き暴き、仔の苦悶と香りを愉しむ」


「怖っ。ブツブツなに言ってんの、あいつ」


『キミが言いますか? あれがキミが憧れる詠唱です。内容の意味は『その辺の空気を集めろ。空気中の酸素を抽出して燃やしたい』ですね』


「意訳?」


『まんまの意味ではないんですよ。詠唱に用いる世界記録ワールド・レコードに紐付けした言葉は符丁のようなもの。あれで世界を描いています』


「???」


『小説と同じですよ。文章を読み進めると脳内に世界が造られるでしょう。言葉に紐付けした脳の記憶を組み立てていますよね。もし、言葉に紐付けされているのが自分の記憶だけでなく、世界が記憶している世界記録ワールド・レコードもだったらどうでしょう』


「言葉で脳内に世界の記憶を組み立てられる……。世界に再現、空想……ええええ! 創作できるってこと!?」


『そう。でも創作は荷が重いですかね。この世界に実際に起きた現象の再現ならそれをコピーするだけです。言葉で世界記録ワールド・レコードの断片を揃えれば、天空遺跡アヴァロンの支援システムが拾って補正してくれます。あとは魔力で必要な舞台と材料を用意すれば、求めた現象がその場に再現リサイタルされますね。それがこの天球オーヴの魔法ですよ』


風仔焚刑ブレイズ


 おおっ。

 おっさんが呟いたあと、手のひらに風が集まって火が起こった。


 くっそ。羨ましい。

 あんなおっさんでも魔法使っているのにぃ。

 僕には使えないとは!


『あれくらい闘気で再現できるでしょうに』


「闘気に呪文いらないじゃん!」


 バターナイフのようなモノを出して……炙っている?


 その背を少年の傷口に当てた。

 ケモ少年は呻いたが、ジッとそれに堪えている。


「えええ……」


 つい声が出る。

 そこ回復魔法じゃないの? 

 背中に続いて足の傷口も焼いていく。

 あいたたたた……。


「ねえ、先生。この世界って回復魔法ないの?」


『いえ、ちゃんとありますよ。事象の逆行や肉体の生成、再生、促進などキミが想像するような様々な回復魔法が存在します。ただ、それらをここの魔法で行使するのは難しいですね。キミならわかるでしょう。他者への行使となると更に難易度が上がります。一般的に回復魔法とは対症療法的なモノがほとんどのようです。光源を生む初級魔法。これも回復魔法に数えられているんですよ。力場に斥力が発生するので、当てれば傷口を触れずに圧迫して止血ができるから。小規模の火や光の熱を生む魔法なんかも傷口を焼けるため、回復魔法に数えられていますね。あ、そうそう。雷を生む魔法。これも蘇生魔法として数えられていますよ。一か八かのバクチですが止まった心臓に電気ショックを喰らわせるんです。ふふ、あ、失礼。今、某ザ○ラル、実は弱いデインなんじゃないかと思いました」


 聞いていて不安しかない。

 ケモ少年でコレだと、寝かせている重傷の赤毛の子の治療はどうなるのか。

 足を切り落としかねないよ。


 チャラそうなお兄さんは周囲の警戒役……なんだけど、注意が外に向いてない。


「赤毛の子が心配なのはわかるけど、おろそかにし過ぎだよ。周囲に危険な生き物はいないからいいけどさ」


『彼らキミのことも警戒しているんですよ』


 ああ、なるほど。


 やれやれと溜息を吐いたら、無口なお兄さんがやってきた。

 少し会話をする。


「まだ腹が減っているのか? あとは干し肉ぐらいしかないが」


 お腹はそこまで空いてないからお断りしておく。


 お兄さんさぁ、ゴブリンを触ったあと手を洗ってないよね?

 僕、見ていたからね。布で拭っただけだ。


 なんでこの短期間で、ガラドルさんの好感度がここまで上がったと思う?


 ガラドルさんはね。

 見た目だけじゃなく内面も紳士だったんだ。

 彼は僕に渡す乾パンを手に取る前に、湧き水で自分の手を洗ったんだよ。

 拭いた布も清潔な物だった。


 無口なお兄さんが干し肉を出してきたのは僕のボディランゲージのせいだ。

 オッパイのポーズを見せて女性は居ないのかと尋ねてみたところ、そういう反応が返ってきた。


 僕が仕留めたアサルトゴブリンは一体だけ持ち帰るらしい。

 この干し肉のお兄さんがテキパキと処理していた。

 手足を落としてまで重量を減らしているのにアサルトゴブリンがつけた鎧はそのまま。

 鎧にはどこかの家紋がついている。

 その鎧が証拠物になるようだ。


 今はグルグルに布を巻いて風下に置いてある。

 それでも臭い。

 こっそり地中を通して伸ばした闘気で包んで密閉しておく。

 ほかは埋めるらしい。

 あとで回収部隊を派遣するとか話している。


「余計なことをしてくれたな、クソガキ」


 ちっ。来やがったな。


 ケモ少年たちの治療を終えたガラの悪いおっさんがこちらにやって来た。

読んでくださってありがとうございます。次回投稿は2018/05/16 00:00 までに行います。


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