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先生と僕の異世界デバック滞在記  作者: 野良大介
一章 厄災の帰還
14/56

第五話 食神信奉と禁書

 ◇◆◇◆◇ーーーーーーーーーーー◇◆◇ーーーーーーーーーーー◇◆◇◆◇

        ◇◇【????樹海・渓谷/中層】◇◇



 この匂いは……やっぱりね。

 ここにもあるよ、例のピンポン球。

 独特な匂いが漂ってくるからわかりやすい。


 確か、今は亡きおっさんがこれをモチダケと呼んでいた。


◇◆◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇◆◇

 情報が更新されました。


【鑑定/モチダケ(多分、キノコ類)】

 ゴルフティーに似た茎の台座に五センチ前後の球体を形成。

 チーズに似た匂いを広範囲に散布する。

 水が湧く土壌を好み、沢周辺に多く群生している。

 球体部分は強い粘着力と弾力を持ち、内包する気泡は耐熱耐火性が高い。

 全身に付着すれば、大人でも身動きできなくなるほどの拘束力を持つ。

◇◆◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇◆◇


 大量だ。


「……お腹空いたなぁ」


 野生動物を探して、かれこれ数時間。

 結構な距離を移動しているのにちっとも見かけない。

 これだけ植物が豊富なら、それを食べる草食動物がいそうなものだけど。


 なにかイレギュラーな強個体でも居着いたかな?

 その気配を察して逃げ出したあとなのかもしれない。


 どうしよう。

 これでは肉料理が作れない。


 また野苺モドキを見つけた。

 が、まだ実は小さく未熟。

 龍脈で成長を促して摘む。


「甘酸っぱぁ〜!!」


 群生地を一掃しても、大して腹の足しにはならず。

 探せばまだ見つけられるだろうけど、これでお腹を満たす気にはなれない。

 

 だって、異世界にまで来てさ。

 地球でも食べられる物でお腹を膨らませるのは、なんか悔しいじゃない?


『おやおや。食料品売り場で餓死しそうになってますね』


「うん?」


 このかまぼこ板は、僕の目を『節穴』と仰る?


『……』


 僕ともあろうものが、美味しい食材を視界に入れながら見逃している、と。

 先生はそう言いたいの?


『キミが信奉する『あの御方』の言葉を思い出してみてください』


 あの御方……?

 今このタイミングでそう言われて浮かぶのは、闇組織のボス。

 あとほかには、ただお一人様のみ。


『ワシじゃよ』


 誰だよ!?

 食神様のことだよ。


 高天ヶ原の街で祀られている心優しき食の神様。


 とある神は、『右の頬を打たれたら左の頬も出せ。』、そう説くそうな。

 『足らぬ。お返しの一撃のため、もっとその身に怒りを溜め込めよ。』ということらしい。


 でも、心優しき食神様はこう説かれる。


 『暴力は振る舞えどなにも生まず。だが、食は振る舞えばあとで肥料を生むのだ。』と。

 『鼻から胃へとキビヤックを突っ込んでやりなさい。』と。


「えっと、ごほんっ、『……これの在庫か? 探せ。干し椎茸は暮れてからやる。この横の全てを冷蔵庫においてきて!』のこと?」


『全然違います。なんですか? その微妙にどこぞの海賊王っぽい台詞と口調は』


「え? 実録・食神烈伝・第四十七巻、『絶対零度!? 今、解き放たれる伝説の茶碗蒸し!!!!』の四十五ページ、二行目の名台詞だよ! 悪神グラトニーの卑劣な罠にかかって剃り込み入れられそうになった食神様が、大量の不良在庫を負わされてもなお猫舌大将軍を懲らしめようと大宇宙へと向かうときの……」


『なにそれ!? 先週回収した第二十巻が最終巻じゃなかったんですか!? 一体、誰が広めているんです? 勝手にあちこちの本棚に並べて回って……! 盛り過ぎです。それって先月の話ですよね。お腹空かせた保育園児に残り物でただ冷たい茶碗蒸し作ってあげただけのことでしょうが! 猫舌な保育園児にバリカン片手に冷めても美味いものを作れと脅されて。取られた人質、キミですよね? ええっと、そうじゃなくて。美食道! 其の三!』


「『総てに舐めてかかれ!』」


『そう、それです。その教訓をキミは守れていませんね』


 バカな!?

 いくら先生でも、その発言は聞き捨てならない!

 守っているよ!

 そこの岩だって、さっき齧ってみたよ!


 ここだけの話。

 実は僕、食神様を祀る密教・暗黒料理会クサヤの会員なんだ。

 最近、町内会の監視体制が厳しくなってきて、正体は明かせないけどさ。


 食に関してはうるさいよ?


『そのモチダケは食べられますよ』


 …………。


 なんだよ。

 モチダケのことか。

 ガッカリだよ。


 『今、キミを包囲し様子を窺っている連中、食べられますよ』とか、そういうのを期待していたのに。


「もしかして焼けばいいとか思ってない? ダメだよ。ちゃんと試したんだよ。あれは煎餅のようにはならない。表面ばっか焦げる。灰になるまで焼き切らないと奥に熱が通らないんだ。半生で食べたらくっついて口が塞がる。 僕が口を閉ざしたら、誰がこの冒険話を盛り上げるのさ?」


『とりあえず、ドッペルゲンガー弾に収録サンプリングしてみてください』


収録サンプリングを? なんで?」


『いいから。ドッペルゲンガー弾を使った裏技を教えてあげます』


 腰のホルスターから取り出したるは、デバイス・トリガー。

 見た目、銃っぽいけど僕の携帯端末だよ。

 これの薬室に、取り出した未収録のドッペルゲンガー弾を装填。


 ピンポン球に銃口を当てて引き金を引くとーー


 モチダケが爆発した!!


「うぉわっ!?」


 ち、違う違う!

 これはドッペルゲンガー弾の効果じゃない。

 だって僕はまだ引き金を引いてないもの。


 なんなんだ? このキノコは。


 さっきまではピンポン玉サイズだったのに、爆発したらボーリング球サイズになったぞ?


 僕の右手は携帯端末デバイス・トリガーごと飲み込まれている。


 危なっ!

 驚き過ぎて後ろにあるモチダケを踏むところだった。


 うおっ!?

 こっちにも。


 なるほど。

 あのおっさん、このコンボを食らって全身モチモッチになったのか!


 僕はヤツとは違う。

 そうはならないぞ!


 取れない!

 ネバネバするっ!

 引っ張っても引っ張っても、にょーんと伸びる!

 わわわ! 左手までくっついて取れなくなった。


 ああっ! 踏んじゃった!!


 こうなったら闘気で……!

 いや、もし本当にこれが食材だったら?

 くっ……!

 食神様を奉ずる僕が食料を無駄にするわけには……!


 ムムム!

 ん? 今の僕のおてて、どっかで見覚えのあるフォルム。

 なんだっけ?

 う〜ん。


「あ、わかった。ドラ◯も……ンンンッ!!」


 うああああっ!!

 あぶねえええええええええ!

 危うく禁忌の名を吐くところだった。


 ……先生には聞かれて……ないよね!?


『今……キミ、なんか抜かしましたね?』


 ダメだッ! 聞かれたーッ!!!


「んんん! ああ、僕の本心が駄々漏れたかな。聞かれちゃった? 恥ずかしいなぁ! 僕は、先生大好き! って言ったのさ!」


『……そう? じゃあ、ぼク、そこいラに終焉をもたラさなくチャ……』


 あわわ! カタコトだ!!


 一気に症状ステージⅢ!?


 四文字も禁言を口走ったからか!


「ぜぜぜ全然必要ないかな。 うん! 僕、世界一大好きなポルティオン先生にお願いがあるんだ。とりあえず深呼吸してもらえると嬉しいな! 深呼吸! サン! ハイ!」


『スー……ハー……、これでいいです力?』


「ワンモア深呼吸!」


 ダメダメ!

 最後、カタカナのカじゃなく漢字のちからだったでしょ。

 僕じゃなきゃ見逃していたね!


 ……通称、【雪ダルマ】……。

 諸事情により該当個体の正式名称は語れない。


 その忌むべき名は先生を嫉妬の鬼に変えるから。


 かの『猫型ロボット』は先生の天敵だ。

 先生にとっては目の上のタンコブ。


 ウチのオコジョモドキは『自作のオモチャ』を出しては騒ぎ起こす。

 どこぞの【雪ダルマ】も買ってきた『未来のオモチャ』を出しては騒ぎを起こす。


 『宇宙からやって来た猫型宇宙人』。

 『未来からやって来た猫型ロボット』。


 『本人は猫というけどどう見てもオコジョ』。

 『本人は猫というけどどう見てもたぬき』。


 先生はキャラ被りとして。

 ヤツを何十年も前から勝手にライバル視し、目の敵にしていたらしい。


 それなのにどうだ。

 ときは流れ。

 かたや知名度ゼロのまま。

 かたや日本にとどまらず世界中でも愛される存在になっている。


 この生じた差は一体なんなのか?


 その答えを封じた口は希望なきパンドラの匣。

 開ける必要も、メリットも、一切ないシロモノだ。


『キャラクター性かしら?』


 そんなことは先生自身が一番わかっているッ!!!


 みんな、わからないフリをしていたのに。

 昔、空気を読まないある人が言葉にして、先生の中でナニカが壊れた。


 先生がゆっくりと振り返り……。


 宇宙は滅びたという。


 当時の白猫教室の面々はそのときの先生の表情を確かに見たそうなのだ。

 この世の終わりの直前に。


 誰一人としてフォローが思いつかない状況で。

 泣いていたのか。怒っていたのか。

 絶望していたのか。救いを求めていたのか。


 皆、そのときの先生の顔を思い出すことができないと語る。


 でも、思い出せない人があんな哀しい顔で語るだろうか。

 目を逸らして語るだろうか。


 どれほどのものだったのか。

 いや、知りたくなどない。

 見た者の脳が、心が、抱え込んだことを拒絶するほどの表情なんて。


 幸い、先生は正気に戻ってくれた。

 こうして世界が続いているように、地獄のような世界の終わりはなかったことに。


 だが、次もまたそう都合よく奇跡が起きると思ってはいけない。


 直ちにどっかから持ってきた国家予算を使って、高天ヶ原の街から【雪ダルマ】の存在は徹底的に抹消された。

 その時期に話題になった消えた国民年金騒動とは一切関係ないんだと、聞いてもいないのに力説された。


 それから無情に過ぎた月日。

 先生の知名度は相変わらずだ。

 だが、高天ヶ原での【雪ダルマ】の知名度は下がった。

 高天ヶ原の街に、その姿形、声、絵描き歌を記憶に留めている者はもうほとんどいない。

 当然アニメも配信されていない。

 掲載雑誌は、他の作品が名作揃いであることも考慮され、一部黒塗り加工し検閲を受けることで販売が許されている。


 たまに隠れて本土から無修正品を輸入・販売を試みる愚か者もいるようだが、衛星軌道上からのレーザーで消毒されて終わり。


 だが、これだけの弾圧を受けてなお抵抗を続ける秘密組織が、高天ヶ原の街には潜んでいる。


 『零点会』である。


 連中は自らを『ダメガネ』と名乗る。

 『オシイレ』と呼ばれるどこかに【雪ダルマ】の原本を秘匿。

 頻繁に『ウソツキ』というミサを開いてはそこで読んでいるという。


 原本の内容に興味がないと言えば嘘になる。

 だが、ウチのオコジョが本気で理性を失ったらどうなるか。

 連中はわかっていない。


 平然としているようで、ヤツの存在は今なお先生の身を蝕んでいるのだ。

 おかしいじゃないか!

 あれだけ自由奔放な先生が、高天ヶ原の街にこもっているのはなぜだ?


 外にはアレの書籍やグッズやCMが溢れているからだよ!


 僕ら歴代の白猫教ーーごほん! この際、白状しよう。

 僕ら白猫教室こそが、白猫保護団体タワーズである。

 我々が最優先とするのは地球延命などではない。

 『先生を【雪ダルマ】以上の人気者にする』だ。


 受け継いでしまった。

 読んでしまった。

 全部、全部。


 それは先代たちの戦い、無念と先生の絶望の証。

 世代を超え、数多の吐血を注がれ、塗れ、汚れしもの。


 流れる血よりもなお赤きもの。

 染まる闇よりもなお黒きもの。

 澱む悔恨、そのお凝りよ。

 時の流れにコンクリの如く埋め固められし、忌まわしき汝の名は。


 禁書・【白猫教室学級日誌】。


 あの呪われた書の最終ページにハッピーエンドを刻み、浄化してやるんだ!

 あんなモノ、僕らの子供世代に引き継がせてなるものか!

 僕らの代で終わらせるのだ!


 先生を。

 先生を人気者に!


 くっそ! 涙が……!

 僕は! 僕らは絶対諦めない!!


 地球滅亡とか。

 今回のトラブルとか。

 んなことで僕らの計画をオシャカにするわけにはいかない。


 先生が人気者になりさえすれば!

 気兼ねなく【雪ダルマ】を読めるようになる!

 劇場版なんて何十作品もあるらしい。

 全部名作揃いだって話じゃないか!

 絶対観たい!!


 ……な訳で。

 この手をそのままにしておくのはマズいよね? って話。


 ううっ! 感じるぞ!

 僕の視界越しにコレを睨みつける先生の目力を。


 慌てまくり急ぎまくり。

 僕は終焉の引き金ではなく、モチダケの中の携帯端末デバイス・トリガーの引き金を引いた。


収録サンプリング!」


 終焉のきっかけになりかねなかったトリモチハンドは、バンッと音を立てて輝くと、光の粒子を散らせて消え去った。


 これがドッペルゲンガー弾の本来の効果。

 モチダケは分解されて、その全データは装填されている弾へと収録されたはずだ。


 この弾は、装填した状態で銃口を対象物に接触させて撃つと、対象物を分解・解析してデータを収録する。

 また、再度撃てば、収録した対象物を再現リライズすることができる。


 注意事項としてはーー

 ・対象物は分解されてなくなる。

 ・標本化サンプリングできるのは一個のドッペルゲンガー弾につき一個体だけ。

 ・再現リアライズは一個体のみ。同時に複数生み出すことはできない。再度再現(リアライズ)するには、再現物を解除しなければいけない。

 ・ドッペルゲンガー弾は収録物を破棄すれば、再利用可能。

 ・対象の大きさは関係なく、きっと月でも丸ごと分解する。ゼロ距離で撃って一つだと認識できればだけど。


 利点は、収録した時点の状態で何度でも再現できること。

 新品を収録すれば、何度でも綺麗な状態を再現できる。


 欠点は、現物を失うこと。

 だから宝物をこれに込めるヤツはいない。


 あと再現するにはコストがかかる。

 再現する際に原価分のポイントを消費する。


 僕が持っているドッペルゲンガー弾は計三つ。

 少ないけど、結構高いんだよ。

 これ一つで一億PP(ピッズ)もする。


「ああ〜、びっくりしたぁ」


 いろんな意味で。


 僕の右手と巻き添えを食らった左手は、モチダケから無事解放された。

 モチダケは粘着するだけで、溶解成分とかは含まれていなかったようだ。


『ちょっと待ていてくださいね』


 ほっ。よかった。

 正気に戻ったーー


『今、発行百万部超過書籍を持つ所得者への税負担額を劇的に増やす妙案を思いついたので。ゆくゆくは大平洋の海底を持ち上げて、超軍事力&莫大な海底資源で世界各国全てが一丸となっても圧倒する大海賊国家を樹立しようかなって。掲げるはこの世からの著作権の撲滅です。ワン・フォー・オール!! アイデアも才能も人気もみんなのモノ。目指せ、平等! 飢餓も貧困も格差もない世界! 共産主義万歳!!』


 ………。


 タケシ、キラ、クラスのみんな。

 この際、倫理委員会でもいいや。

 誰か助けてぇ。


「うぉい! なんだよ、それ。んなことできるなら、俺んときにやれよ!」


 ビクッとした!


「お、おっさん!?」


 生きていたの!?


「つか、てめぇ。火焙りするわ、風に巻き上げやがるわ。岩ぶつけまくるわ。途中、目が合ったろ? それで無視して去っていくって。お前、どういう教育受けてんだ!?」


 あれから三日も経っているというのに、相変わらずおっさんはブーたれている。

 近づいてきて、調子を変えず小声で短く告げてきた。


「……お前、囲まれているぞ」


 ……おっさん。

 その状況をわかっていて……。

 わかっていて、わざわざ文句を言いに来たのか。


 木の上や裏。

 岩陰。

 草むら。


 そこいらに潜む連中にはもうとっくに気づいている。


 狙撃には都合のいい場所へ、わざと移動してみせる。


「お、おい!」


 大丈夫、狙撃はない。

 僕を狙うにはベストだけど、おっさんが死角に入っていて見えない。

 だから襲えないのだ。


 こちらが状況把握していることが伝わったみたい。

 おっさんの肝を冷やせられたようで、なおよし。


 お返しだよ。

 僕もびっくりさせられたからね。


 いきなり現れやがって!

 僕の探索網にかかりもせず、すぐ背後にまで迫ってきやがった。

 どうやっているのか、風景に溶け込んでいる。

 見ればそこにいるとわかるが、気配に頼っていると、そこにいると感じさせない。


『ハイ、おまたせしました。ドッペルゲンガー弾は、対象物のデータを取ってそれを完全再現します。つまり、さっきのモチダケの全データが、今、携帯端末デバイス・トリガー内にあるということ。それを脳に落とせば実質フル鑑定です』


 はい、その裏技無理。

 今確認したら、モチダケ一つでとんでもないデータ量だった。

 こんなの僕の脳に落としたらパンクしちゃう。


 ここは先生に丸投げだ。


『……ふむ。なるほどなるほど』


「一人で納得していないで、僕にも教えてよ」


『その球体はキノコ本体じゃなく、キノコの生成物です。地中部分が本体。膨張の正体は発酵ですね。その特徴的なチーズ臭はその発酵菌が出しています。気泡内部に生じた気体が真空に近い断熱効果を発揮。膨張させる前のピンポン球に闘気を浸透させてみてください。その発酵菌を完全に死滅させられます』


「発酵菌を死滅させたら膨らまないんじゃないの?」


『大丈夫。どのみちその菌は断熱物質を生成する過程で死滅します。で、死滅すると発酵するんです。()()()()()()()()()()()()『死滅して発酵』、が、()()()『死滅して発酵』に変わるだけです』


 手頃なモチダケを闘気で包み、注文通り、奥まで闘気を浸透させてみる。

 意思がないモノなので抵抗は一切なし。

 生き物相手だとこうはいかない。


 ボフッ! と、包んでいた闘気が圧された。


「おおうっ!」


 キノコは一瞬でボーリング球サイズに。


 怖っ!

 膨張時には結構な力が加わる。

 コレ、口に入れていたら、喉が詰まるよりも先に顎が吹っ飛ぶだろ。


 あ、そっか!

 コイツは、匂いで釣った獲物に自分を食させて仕留めるわけか。


 自分を踏んだヤツも、トリモチのように捕らえて時間をかけて肥やしにする。


 その場で暴れたらもう逃げられない。

 飢えに耐え切れず食べたら悶絶、暴れてさらに雁字搦めだ。

 んで、トリモチも死んだ獲物も、いずれ地中本体の養分になる、と。


「いけ! ピンポンボール!」


 ……って投げつければ、確実にモンスターを捕まえられるな。

 仕留めたいときは、口に投げ込めばいい。


 あ、掴めないか。

 保存だって大変だ。


 普通ならね。


 残り二つのドッペルゲンガー弾にも手頃なモチダケを収録しておく。

 確認したら、再現にかかるポイントは僅か百。


 低ポイントで使える面白アイテムをゲットだぜ!


 ちょうどいいことに、こっちを窺っている緑色の変な連中があちこちに大勢いる。

 多分、そいつらは食べるに適さない獲物だろう。


 これで遊べるな。


『その状態なら熱が通るはずですよ。蒸してよし。焼いてよし。熱を加えるまでは粘着性が厄介な、天然のパン生地。そう思って構わないですね。でもモチと違って、手に水つけると余計にくっつきますので注意を。加工時に粉を振って表面の粘性を抑えるのもいいですが、味が変わりますからね。キミの場合、闘気を使って練るといいでしょう」


「わかった」


 湧き水もあるし、今回は蒸しパンにしてみようか。


 発酵を終えたモチダケを包む闘気に湧き水を加えて、励起。

 これでモチダケの周りは密封された蒸気で満たされる。

 闘気の包みはせいろに早変わりだ。


 密閉・高圧のお陰でかかった時間はたったの三分。

 ふっくらと仕上がった。


 では実食といきましょう。


「……うわぁ、ふっかふかだぁ!」


 かぶりついた瞬間、残りをおっさんに取り上げられた。


 ふざけんなよ?


 本当ならすぐさまブッ飛ばすところだが、口の中のふわふわ天使が『今、そんなくだらないことに文字を使っちゃダメよ』と僕を優しく宥めてくる。


「バカ野郎!! 今すぐ吐き出せ。喉詰まらせて死ぬぞ!! ……な、なんだ、これ!? やわらけえ。 女の胸みてぇだ。あれ? おかしい。手にくっつかねえ」


「……んおおおお! 美味しい〜!!」


「なっ!? お前ぇええ!! なぜ光るぅううう!?」


 感嘆の声を上げ、天を衝く烈光を放って宙を舞い上がった僕のナイスなリアクションに、おっさんだけでなく、隠れて僕を取り囲んでいる連中もビクッとなっている。


 射ろうとしていたのを中断した様子。


 いい判断だ。

 今、この至福の刻を邪魔していたら、お前ら地獄を味わうことになっていたぞ。


 具の全くないチーズまん。


 これを言い表すなら確かにそうだろう。

 具はどこにもない。


 だが、物足りないか?

 いいや、これだけで満足!!


 目に見えずとも舌は理解する。

 生地と一体となったチーズっぽいものが口いっぱいに存在する。


 人は姿がここになくとも、見えずとも、神を信奉するものだ。


 なぜなら。

 あそこに! そこに! ここに!

 確かにその存在を。

 その愛を。

 感じ取っているからだ!


  一見、具なしまん。

 だが、此れは紛れもなくチーズまんなり!


 そこに『具』は在わす。


 人の身で目にするには神々しすぎるゆえ、『具』様はその御身を潜めなされたのかもしれない。


「……奇天烈、これ美味ナリ……!!」


 コレ、料理への絶賛の言葉。


「……え? 『ゴッドチーズまん』ですか? 食神様。我らにこれをそう呼べと仰る? 伝え広めよと?」


『怖い……。誰も、なにも言ってませんよね?』


「お、お前……一体何者なんだよ」


 何者と聞かれたら……ああっ。いけない!

 勇者スグルの名乗り口上、僕まだ用意してない!


「返せ。おっさん、いつまでかっぱらってんだ」


 口ん中のゴッドチーズまんが仲裁に入ってなきゃどつき倒している。

 だが今もまだ、僕は厳かな心持ちが継続中。


 仕方ないので許す。

 おっさんの開けっ放しの口にも施しをくれてやる。


 この奇跡の出逢いを分けてやろう。


「よ、よせ! ……あ。あれ? 美味い?」


 なにぃ? もう一口喰らえ!!


「美味い!」


 そうだろう? 

 このゴッドチーズまんに対し、疑問符など不敬だぞ!


 それからも作っては二人で試食を続ける。


 判明したのは、モチダケは元のサイズが小さいほど濃厚だということ。

 大きくなるにつれて風味が薄くなっていくようだ。

 スタンダードな味を決めるなら、変化前の状態でピンポン球サイズくらいが妥当だと思う。


「俺はもっと小さいのがいい。それと、あとそこので作ってみてくれ」


 おっさんも好みが僕と同じか。

 ははは、気が合うね。

 実に不愉快だ。


 そこのは僕が先に目をつけていたの!

 絶対譲らないからな。


 あちゃー!

 小さいまま先に加熱してしまうと、あとでいくら衝撃与えても膨らまないのか。

 固めたワタのようになってしまった。

 これは食べられたもんじゃない。


 でも食神様の信徒として、食べ物を粗末にすることはできない。

 だからこれはおっさんの口の中に入れる。


「固え! お前、なんてモン喰わすんだ!」


 食神様、食べ物を吐き出したコイツに、どうか罰をお与えください。


 僕はこの失敗を今後の料理に必ず活かすと誓い、それを処分した。

【食神様を祀る密教・暗黒料理会クサヤ


 高天ヶ原で暗躍する裏料理連合会。

 かつて、表の料理会が悪臭漂う料理をこの地上から根絶せしめんとしたことがあった。

 それにたった一匹、正面から立ち向かったのが白猫。

 納豆菌を根絶しようとする料理会に対し、首脳部を監禁して三日かけて説得(納豆漬け会議)。

 納豆臭を嗅げない場所では息ができないなど、重度の納豆依存症となった首脳部。

 大混乱の食界のどさくさに紛れ、納豆は食品売り場に並ぶことが許されたという。

 以降、白猫は食の自由を象徴する存在として祀られるようになった。


母親『お残しすると食神様が来るわよ? 亜空間に拉致られて、そこで炊いた虫の卵にウンコをかけた美味しい料理をご馳走され続けるのよ?』

子供『うわぁああんッ! 嫌だぁ! 食べる! これからはピーマン食べるから!』

母親『偉いわねぇ。……でも、もう手遅れみたいね』

子供『え?』

白猫『こんにちは〜、回覧板です」

子供『うわぁあああああんッ!!』

白猫『え? ええ??』


 食神という存在は一人歩きを始めた。

 白猫本人ではなく、食の自由、そのものを指す言葉となった。

 人を食で導くとき、白猫の身に降臨なさるのだ、と。


 要は、ご当地ヒーローである。


 白猫本人は祀るには及ばず。

 食神が時々宿る依代でしかない。


 食神信奉者により、人に血を流させず改心させる秘儀として、『栄養満点で身体には良いけどクソ不味い料理』は極められていった。

 密教・暗黒料理会クサヤも、起源は食神の狂信者たちによる結社だと言われている。

 最近では、ゲテモノ食材や調理法の奇抜さばかりに意識がいった過激な一派が台頭。

 彼らはクサヤの正統流派を主張し始めた。

 クサヤの理念は『料理による世界平和の実現』なのだが、悪と見做す相手が偏っている。

 多発する悪臭騒ぎに町内会等は警戒を強めている。


 モズク。

 密教・暗黒料理会クサヤの中でも悪辣と評判の少年狂信者を指す名。

 本名は不明。

 名の由来は癖のある頭髪がモズクに似ているから。

 本人に名の由来を尋ねるとキビヤックを鼻に突っ込まれるので注意。


 一時納豆は好んだものの、白猫は特段悪臭食に思い入れがあるわけではないらしい。

 オクラの存在を知ってからは納豆を食べておらず、もう不要かなと考えていたりする。

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